過去:プレイヤーと使徒 3/6
■title:平和な<ネウロン>にて
■from:遊者:【詐欺師】
「これが、<叡智神>の須臾学習媒体……」
「気安く触らないで。下手したら盗人対策が機能して消えるから」
黒色のコンパクトディスクの如き円盤に手を伸ばすと、隣にいた真白の魔神の使徒・エーディン――もとい、マウ・マクロイヒが僕を咎めてきた。
僕が手を引っ込めると、マウは慎重に防犯術式を解除して円盤を手に取り、保管用のケースにそれを移した。そしてそのケースを僕に預けてくれた。
ネウロンの全権を<叡智神>から預けられたマウのおかげで、<ニイヤド>の地下に眠っていた須臾学習媒体の保管場所にも難なく手に入れる事が出来た。
これをスミレさんの遺体に対し使えば、<叡智神>の完全複製体を作れるかもしれないのだが――。
「それ……本当にスミレに使ったりしないでしょうね?」
「使わないよ。彼女の遺体から完全複製体を造るのも1つの手段になるけど……全て終わった後の責任が取れそうにないからね」
叡智神なら【占星術師】にも対抗出来るかもしれない。でも、完全複製体は転生能力を持っている。それが転生を繰り返し、新たな問題を作りかねない以上、叡智神にはこのまま眠っておいてもらうべきだ。
ただ、バックアップデータは使わせてもらう。
「これを使って、不完全な真白の魔神を造る」
それはもはや、真白の魔神とは言えない別物だ。
酷い言い方をすると、劣化複製品だ。
でもそれでいいんだ。完全複製体は別の火種になる可能性がある以上、兄さんの計画を阻める最低限の機能を持つ者を造るだけでいい。
「ただ、コレだけでは足りない。器となる人造人間が必要だ」
「作成まで私に任せたいと。……言っておくけど、本当に期待しないでね? 私は専門外だし、設備を復旧できるかも自信ないから……」
眉根を寄せているマウに対し、「資材調達とか、僕に手伝える事は手伝うから」と告げる。
こうして僕らの人造人間製作が始まった。
一緒にいても不審がられないよう――マウに婿に迎えてもらう形で――結婚し、ヴィンスキー枢機卿の仕事をこなしつつ、兄さんの計画への対策を進めていった。
親切なヴィンスキー枢機卿がマウを案じて使用人さんを派遣してくれようとするから色々と誤魔化すのが大変だったけど、何とか人造人間製作は進んでいった。
最初に造った子をフェルグス。
2番目に造った子をスアルタウと名付けた。念のためもう1人造りたいところだったけど、その前に須臾学習媒体が破損してしまった。
そこまでやっても、「真白の魔神」と呼べる存在は造れなかった。
生まれたのはあくまで「フェルグス」と「スアルタウ」という子供達。ネウロン人に偽装して造った2人の人造人間だけだった。
「あーあ……。これで私が仕えていた真白の魔神が蘇る事はなくなったわけね」
「後悔している?」
「……まあね」
マウはフェルグスを抱っこしつつ、揺りかごで眠るスアルタウを見つめながらそう答えた。
「ただ、後悔しているのはマスターの事じゃない。この子達に……大人の尻拭いを手伝わせてしまう事よ。マスターの復活を願っている仲間には非難されるでしょうけど……心配なのはこの子達の方よ」
「…………」
「でも……本当に、この子達なら勝てるの?」
「実際、勝った事例がある」
こことは別の多次元世界。過去の多次元世界。
その記録が予言の書に残っている。
マクロイヒ兄弟が交国計画を阻止してみせた記録が残っている。それはあくまで過去の記録に過ぎないが……この子達には実績がある。
この子達はあくまで「フェルグス」と「スアルタウ」という人造人間だ。しかし、「真白の魔神モドキ」と呼べる存在でもある。
須臾学習媒体を使った結果、2人の魂は真白の魔神と同じものになった。だが、器が不完全だったため、彼の魔神の異能はほぼ受け継げなかった。
この子達は基本的に一度死ねばそこまで。本物の真白の魔神のように誰かの身体を乗っ取って復活する事もない。
ただ、普通の人間とは違う。
先に須臾学習媒体を使ったフェルグスは、魂の変質によって真白の魔神並みに長命の存在になったはずだ。スアルタウの方はそこまで変えられなかったけど――。
「私の技術的な問題だけど、この子達は超人じゃない。身体能力は常人と大差ない。常人より多少、丈夫な身体にはなったけど……」
「だが、この子達は真白の魔神の異能を一部受け継いでいる」
真白の魔神モドキのため、完全なものではない。
でも、一部受け継いだという事実が重要になってくる。
「この子達も、<原典聖剣>へのアクセス能力を有している」
真白の魔神の場合、その異能によって原典聖剣から知識を引き出せていた。
数多の多次元世界を観測してきた<原典聖剣>には、多くの叡智が保管されている。それを無差別に引き出す事で、真白の魔神は様々な発明を残してきた。
この子達には、そこまでの事はできない。
か細い繋がりがあるだけ。
それだけでは何の意味もないけど――。
「その繋がりと、僕が持っている<予言の書>を利用し、原典聖剣から必要な記録を引き出す。別の多次元世界に存在した<大英雄>を召喚する」
記録を使って再現した大英雄は、幽霊のようなものだ。
フェルグス達の護衛になってくれるわけではない。一時的に彼らの身体を借り、戦う事ぐらいは出来るが何もかも圧倒できるほどの武力は持っていない。
しかし、助言は出来る。
彼が振るっていた業の継承もできるはずだ。
バッカスの地を駆けた魔物狩りの大英雄の業が、フェルグスとスアルタウの力になってくれるだろう。彼らはそれで超人になれるわけではないが、困難な状況を切り抜ける力になるだろう。
「僕が持っている予言の書には、その大英雄の英雄譚がある。これを呼び水とする事で、彼の幻影を呼び出せるはずだ」
「何度も説明されたから理屈は……一応、わかったつもり。でも……」
マウはずっと不安げにしている。
呼び出す大英雄の実力を疑問視しているようだった。本当に強かったとしても、実体を持たない幻影なら大した力にはならないでしょ――と言っていた。
「信じてくれ。大英雄を……<虹の勇者>を。彼ならこの子達を最後まで守ってくれる。最後まで導いてくれる」
最悪の未来を回避する手助けをしてくれるはずだ。
「手助けしたところで、最終的にその大英雄さんは消えちゃうんでしょ? その人に、この子達を助ける理由なんてある……?」
「彼は絶対、この子達を見捨てないよ」
そうするだけの理由がある。
持てる全てを使って、この子達を守ろうとしてくれるはずだ。
彼自身が戦えずとも、彼の業は未来を切り拓く鍵になるだろう。
「けど、予言の書とやらを使って、他のプレイヤーに目をつけられたりしないの? 他の奴らがしゃしゃり出てきたら面倒な事になるんでしょう?」
「そこは大丈夫。勝率を高めるためにも僕の認識阻害術式を付与しておくからね。フェルグス達以外は、彼の存在を認識できないはずだ」
認識できそうな人はいるけど、彼女は何もしてこないだろう。
現の事として傍観してくれるはずだ。……フェルグス達は彼女の標的じゃない。
僕の認識阻害術式はそんなに強力なものじゃない。付与した対象に関する認識をボヤけさせ、ド忘れさせる程度のものだ。
弾丸や砲弾を止められるようなものではないし、機兵を砕くような破壊の力ではない。思考や記憶に空白を作り、ほんのちょっとだけ忘れさせる術式だ。
これを大英雄に紐付ける事で、彼をフェルグスとスアルタウ以外には認識できないようにする。そうする事でフェルグス達を過小評価させる。
大した脅威ではない。
そう認識させる。そして忘れさせる。
これによって兄さんはこの子達を「何が何でも排除すべき対象」とは思えなくなるはずだ。それ以外の皆も――大英雄の力に関しては――認識できなくなる。
「大英雄が剣となり、僕の術式が盾となるわけだ」
「盾、ねえ……。実際は剣の一部になるんじゃないの?」
「確かに! そう言うべきかもね」
ひとまず、フェルグスとスアルタウを生み出す事には成功した。
衣と二振りの剣が、この子達を守ってくれるはずだ
「ただ、この子達に任せる事になるのは最後の手段だ」
「当たり前でしょ。……大人で終わらせましょう」
フェルグスとスアルタウ、そして大英雄に頼るのは最悪の場合。
彼らだけに頼るのは無責任だし、何より……大博打すぎる。
マウの言う通り、僕らだけで決着をつけよう。
■title:平和な<ネウロン>にて
■from:遊者:【詐欺師】
僕らは夫婦のフリをしつつ、フェルグスとスアルタウを我が子として育てた。
そしらぬ顔で父親面しながら育てつつ、諸々の準備を進めた。
「こらっ! フェルグス! 泥だらけのまま家に入ってこないのっ」
「ちょっとだけ! 釣り竿とかとりにきただけだからさぁ」
「ダーメ。こっちに来なさい」
仕事と準備でちょくちょく家を留守にする僕と違って、マウは家でフェルグスとスアルタウを守り続けてくれた。彼らにたっぷり愛情を注いでくれた。
僕に対しては厳しい彼女も、フェルグスとスアルタウの事は……息子達の事は可愛くて可愛くてたまらないようだった。まあ実際可愛いからね。
「泥を落としてあげるから。アルもおいで?」
「う、うんっ……!」
「取るもの取ったら、また遊びに行くんだって! わっ! ズルいぞっ! 大人の力でアルを捕まえるなんて……!」
「はいはい。フェルグスも大人しく捕まりなさい」
「やだもんっ! アルを離せ~!」
元気いっぱいのフェルグスがそう言うと、マウはアルを思わず床に下ろしていた。彼女がその事に「あっ」と言っているうちに、バタバタと走ってきたフェルグスはアルの手を引き、元気に飛び出していった。
「わわっ! に、にいちゃ~ん……! おかあさんに怒られちゃうよぅ……!」
「もう怒ってますからね!? も~…………! 今回は見逃してあげるけど、次はないからね!?」
「わかったぁ~~~~っ!」
「ハァ、まったく……。……ホントに真白の魔神とはまったくの別人ね」
再び遊びに行った兄弟を見て、マウはため息をついていた。
ため息をつきつつ、微笑んでいた。
彼女は彼らを本当の子供として扱い、真摯に向き合っている。だが厳しくしなかった。2人のワガママは、ついつい聞いてしまっていた。
僕が彼らの様子を見てほっこりしていると……マウは僕を軽く睨んできた。母親らしい振る舞いをしているところを僕に見られるのが、あまり好きではないらしい。
「そんな目で見ないで。いやらしい……」
「いやらしくは無いと思うけど、ごめんね?」
「一応父親なんだから、フェルグスが泥だらけで家に入ろうとした時点で止めて頂戴。躾担当は貴方って約束したでしょう? 私は甘やかし担当なのに……」
不可抗力とはいえ、彼らを甘やかしてしまう子供好きのマウさんは、フェルグスの奔放な振る舞いを心配していた。
奔放すぎて悪い子に育ってしまったらどうしよう……と呟き、眉根を寄せていた。僕はそんな彼女に対し、「大丈夫だよ」と告げた。
「フェルグスもスアルタウも、きっと真っ直ぐ育つよ」
「その自信はどこから来るのかしら? 予言の書に書かれていたの?」
「違うよ。キミが彼らの母親だから、大丈夫だと思ったんだ」
ウインクしながらそう言うと、マウはしかめっ面を浮かべた後、僕の額にデコピンを放ってきた。
「じゃあ、貴方も父親の役目を果たしてきなさい。あの子達のためにもね」
「具体的にどうすればいいと思う?」
「一緒に遊んできなさいな。家にいても家事の邪魔だから」
「は、はぁ~い……。すみませ~ん……」
尻を叩かれ、家を出る。
駆けていったフェルグスとスアルタウをヨタヨタ駆けて追い、「待ってくれ~。僕も仲間に入れてくれ~」とお願いした。
彼らとの日々は穏やかなものだった。
遠からず終わる事を知っていたけど……フェルグスの快活な笑顔と、スアルタウの小鳥のような笑い声を聞くと、心が安らいだ。
彼らを見守るマウの温かい視線にも癒やされていた。……観測肯定派の使いっ走りとして死にかけていた日々や、兄さんを止めるために暗闘を続けていた日々が嘘だったかのような安らぐ時間を送る事が出来た。
こういう日々は……兄さんともあったはずだ。
でも、もう思い出せない。予言の書にも書かれていない。
交国計画について記された予言の書を手に入れて以降、兄さんは変わってしまった。力に溺れ、変わってしまった。……そのはずだ。
もう、かつての「優しかった頃の兄さん」の記憶すらおぼろげだけど……変わってしまった事は覚えている。後悔と共に焼き付いている。
僕は兄さんを止められなかった責任を果たさなければならない。
交国計画を止めなければならない。……フェルグスとスアルタウと、マウを巻き込み……不幸にしてしまっても、僕は――。




