復讐者:石守素子
■title:交国首都<白元>にて
■from:逆賊・石守素子
「睦月は最初、玉帝を説得しようと思っておった」
交国の助力を得て、流民の置かれた現状や人類文明全体の現状を変えようとしていた。じゃが、真っ当な方法では交国は――玉帝は変わらないと悟った。
だからといって、玉帝を暗殺したところで交国が荒れるだけ。
玉帝の代わりを擁立したところで、交国をまとめきれるとは限らない。十分な準備を進めた後ならともかく、急に首をすげ替えるのは不可能。
それどころかプレーローマを喜ばせるだけに終わるかもしれない。
じゃから、<巫術>を使った荒技に頼る事にした。
「睦月は|世話になっておった組織経由で、玉帝の正体や巫術の存在を知ってな。巫術を使えば、『比較的穏当に交国を乗っ取れるんじゃないか』と考えおったらしい」
交国との裏取引関係を結んでおった<ロレンス>は、交国の依頼で真白の魔神の遺産や記録も探しておった。
ロミオ・ロレンス首領はそれらの記録を交国に横流しするだけではなく、自分達のところでも活かそうとしておった。一部の記録に関してはあえて交国に渡さず、秘匿しておった。
暗号の解読等に手間取ったものの、<ネウロン>や<巫術>に関する記録を見つけたロミオ・ロレンス首領は、それを睦月に託してくれておった。
睦月なら上手く活かしてくれる。そう信じて――。
「交国の権力の大半は、玉帝に握っておる。その玉帝を抑えてしまえば、交国全体を乗っ取るのも不可能ではない。そう考え、睦月達は動いておった」
「巫術はネウロンでしか普及していなかった。先進国の交国でも巫術への理解が乏しいから……対策が十分ではなかった」
「うむ。お陰で乗っ取りは上手くいった」
玉帝は暗殺等を警戒しているため、防御は硬かった。
しかし、功績を上げた睦月が交国の中枢に食い込んでいくほど、玉帝乗っ取りの機会は近づいていった。当然、妾もそれを支援した。
交国の術式研究の第一人者である明智の姉様ならば、「巫術師なら玉帝を乗っ取れる」という可能性に気づいたかもしれん。
玉帝周辺の巫術への理解は高まっておったかもしれん。その場合、睦月達の計画は成功しなかったじゃろう。
じゃが、明智の姉様はネウロンで行方不明となってしまった。それを「幸い」とは言いたくないが……明智の姉様がいなくなった後では、<玉帝の子>という特殊な立場の者達を巫術の実験台にするような者も出なかった。
「玉帝の変化に気づき、睦月達を疑う者達も出てきた。じゃが、玉帝を掌握してしまえば大半のことは玉帝の権力で解決できた」
玉帝の威光を使って黒水守派の派閥を大きくしつつ、強硬に反発する者は玉帝の権力で排除する。乗っ取り可能なら、玉帝と同じように乗っ取りもした。
「宗像の兄上はなかなか慎重で対処できておらんかったが……交国の掌握はかなり進んでおる」
「だから交国の対応が近年になって変わっていたんですね」
「まだ完璧ではないがな。軍部の6割も抑えた。完全には抑えられていない事もあって、黒水襲撃が起きてしもうたが……」
「でも……反黒水守派の人達が、この状況を覆すのは難しい。あまり大っぴらに動こうとすると、玉帝の権威で黙らされる」
例えば「玉帝を解放する」といって蜂起を行ったところで、巫術師が操る玉帝に「逆賊」と言わせれば蜂起勢力の大義名分など粉砕できる。
玉帝は自身に権力を集めすぎた。
その結果、1人の巫術師で大打撃を受ける弱点を作ってしまった。
玉帝本人が妾達に敵意を持っていても、巫術で黙らせる。憑依で操っていない間は外部への連絡手段を断った場所に閉じ込めておけばよい。
その玉帝の操作を主に担ってくれておるのが――。
「改めて紹介しよう。この子の名はメイヴ。玉帝への憑依を任せておる子じゃ」
メイヴは玉帝の身体を使い、ソファで目を閉じておる自分の本体の手をヒラヒラと振らせた。そして玉帝の声帯を使って「よろしくね」と言った。
「他の子に任せる事もあるが、基本的にメイヴにやってもらっておる」
「誰か1人に集中して操作させた方が、記憶の齟齬とか少なく出来るからね~」
巫術憑依で身体を奪っても、記憶を盗めるわけではない。
メイヴの言う通り、記憶の齟齬を起こさないためにも誰かに集中的に任せる方が良い。記憶に問題がなくても振る舞いで違和感を抱かれる可能性もあるからな。
玉帝の身体を奪った当初はかなり苦労したが、メイヴ達はそれを乗り越えてくれた。大多数の交国人は玉帝が操られておるとはまったく思っておるまい。
交国が侵略したネウロンに対しても無関心だった国民は、巫術に対する理解が乏しい。そんな術式を知らない者もおる。
交国政府が彼らの関心がネウロンに向かないよう努力してくれたおかげで、巫術への理解は進んでいない。これに関しては「良くも悪くも」という話じゃが――。
「睦月はメイヴ達のような巫術師を密かに保護し、計画への協力を求めておった」
「だから7年前、屋敷に彼女がいたんですね」
「本当は別の場所に匿う予定じゃったんじゃが、色々と問題があってな」
匿う予定の場所が特佐に見つかって、危うく計画が露見するところじゃった。
そこに匿っておった巫術師達は何とか別の場所に移す事が出来たが、そこに向かう予定じゃったメイヴの移送先に困る事になった。
結果、当面の間は屋敷で匿っておったんじゃ。……そこをお前達に見つかってしまったわけじゃ。後で報告を聞いた時は冷や汗が出たぞ……。
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「改めてよろしく~。んで、桃華ちゃんのこと助けてくれてありがとねっ」
「あ、ああ……。いや、僕はそんな大した事は出来てなくて――」
「殺されそうになってた桃華ちゃんを助けてくれたんでしょ? 命の恩人!」
玉帝の身体を使っているメイヴが、玉帝の手を使って握手を求めてきた。
そして玉帝らしからぬ動作で僕の手をブンブンと振ってきた。
黒水守の協力者で、石守家で暮らしていた事もあるから桃華お嬢様の事を知っているのか。お嬢様が一時さらわれていた事も聞いていたらしい。
「……黒水守は、ずっと前から玉帝と戦っていたんですね」
「ああ。…………エデンとは別のやり方でな」
「…………」
目指すところは同じだったのかもしれない。
手段が違った。過程が違った。
それでも手を取り合える可能性は、あったはずだ。
総長と黒水守が手を組む可能性は……確かにあったはずだ。交国以外での因縁があったとしても、それでも……過去ではなく未来を重視していたら――。
「睦月は交国を暴力による革命ではなく、別の方法で変えたいと願っておった。暴力に頼れば、多くの無辜の民が巻き込まれかねんからな」
「お優しい黒水守様! でも、どうせならもっと早く動いてくれればなぁ~」
玉帝が舞台役者のような振る舞いで言った言葉に対し、奥方様の表情が陰った。そして、その表情のまま謝罪の言葉を口にした。
「すまなかった。睦月に代わって、謝罪させてくれ」
「ちょっとちょっと……! マジで謝らないでくださいよっ! 私が本気で素子様や首領を責めるわけないでしょ?」
メイヴはあたふたと奥方様に駆け寄り、その背を撫でた。
冗談のようだけど、元々の発言はどういう意図だったのか聞くと――。
「交国によるネウロン侵攻前にやってほしかった、って話だよ」
「あっ……。なるほど……」
「でも私はもうマジで気にしてないけどね。仕方ない事情があったわけだし」
巫術に目をつけた黒水守達は、密かにネウロンに渡って巫術師の協力を得ようとしていたらしい。
真白の魔神の記録によって、<ネウロン>や<巫術>の存在はわかったものの、「ネウロンがどこにあるか」が正確にわからなかったから……見つけるのに時間がかかってしまったらしい。
結果、交国によるネウロン侵攻が始まってしまった。
玉帝達もネウロンに注視し始めた事で――当時は玉帝掌握が出来ていなかった事情もあり――黒水守達はとても動き難くなっていたらしい。
「妾達の動きが遅れた事もあり、多くの罪無きネウロン人を死なせてしまった。……睦月もその事を悔やんでおった。本当にすまん」
「この話題を持ち出した私が言うのもおかしな話だけど、素子様達を責めないであげてね!? あれはマジで玉帝達の動きが予想外だったんだよ~……」
「僕も責める気はないよ。……どうしようもない事はある」
玉帝は巫術を狙っていたわけじゃないだろうけど、ネウロンを注視していた。
それで黒水守達は動きづらくなったものの、諦めはしなかった。
玉帝が巫術の危険性に――巫術が人造人間を乗っ取れる術式だと気づく前に、決着をつける。そのためには巫術師の協力を得る必要があった。
「黒水守は部下を密かに派遣し、一部の巫術師をネウロンから脱出させていたの。交国政府の手の届かない安全な場所にね」
「その中の1人がキミだったのか」
「うん。ちなみに私を逃がしてくれた人は、貴方も知ってる人だよ」
「えっ……僕が……?」
「星屑隊隊長のサイラス・ネジ中尉だよ」
隊長がそうだったのか。驚きつつ、事情を聞く。
ネジ隊長は元々、玉帝の近衛兵だった。そこまではヴィオラ姉さん経由で聞いていたけど……それ以外の話は初めて聞く事になった。
あの人は「玉帝暗殺未遂犯の1人」として処刑されそうになって、交国から脱出した。その際、後の黒水守と出会った。
2人は協力関係を結び、ネジ隊長は黒水守を陰から支える立場となった。その一環で交国軍に潜入し、ネウロンでも活動していたらしい。
「ネジ中尉は事故とかに偽装して、巫術師達を逃がしてくれていたの。あと、ネウロンで巫術に関する資料集めもしていたの」
「知らなかった……」
「てか、キミも逃がす予定だったんだよ? けど、どこかの誰かさんが休暇取得させたり、どこぞの使徒がネウロンで問題起こすとかの横槍が入って計画を全部崩された。運が悪いというか何というか……」
「そうだったのか……。…………ひょっとして、僕らがネウロンから脱出した時、ネジ中尉も一緒に脱出出来てたら――」
「竜国――もとい、第三国経由で逃がされて、私達の協力者になってたかもね」
色々と行き違いがあったんだな。
ネジ中尉が自分の素性を全て明かせなかったのは、そういう事情か。
全て話してしまった時、それを知る者が交国政府に捕まると……黒水守達の計画が露見しかねなかった。だから秘密にせざるを得なかったのか。
「何にせよ、ずっと前から間接的に協力してもらってたけどね」
「それは、どういう……?」
「キミ達のところのお姉さんが<ヤドリギ>って超便利品を作ってくれたでしょ? 星屑隊にあったアレを横流ししてもらって模倣品を作った結果、私達も遠隔憑依バンバン出来るようになったんだよ」
黒水守達は巫術の存在は前から知っていたものの、遠隔で憑依する方法に関してはわかっていなかったらしい。
だから最悪、玉帝と巫術師を有線で繋いで憑依するつもりだったけど、ヤドリギが見つかった事で無線による憑依が可能になった。
「というわけで、前々からキミ達の存在に助けられてたってわけ」
「なるほど。でもそれは、僕達というかヴィオラ姉さんの活躍だ」
「そうとも言う。けど、キミ達は私達より経験豊富な巫術師だったから……黒水ですんなりと脱走できてたら、玉帝の憑依操作はキミ達の誰かが担う事になっていたかもね?」
僕らは薄氷の上を歩いて来たつもりだった。
けど、直ぐ傍に助け船があったんだな。
その船に辿り着けていたら……色んな事が変わっていたのかもしれない。
多分、僕は黒水守の計画に乗っただろう。
玉帝の操作なんて技術的にも感情的にも難しい事はやらなかったと思うけど、別の形で協力は出来ていたはずだ。例えば……<北辰隊>の兵士になるとか。
もしもについて考えると、どうしても暗い想いが湧き上がってきたけど……それを振り払う。いま考えるべきは、取り返せない過去の事じゃない。
過去を想うのは、今の問題が解決した後にしよう。
「奥方様達がどうやって玉帝を掌握したかは、わかりました。それで……貴女達は今後、どうするつもりなんですか?」
「無論、黒水守の計画を引き継ぐ」
引き続き玉帝を掌握し、交国を変えていく。
「この方法が『正しいこと』だとは、胸を張って言えん。妾達がやっている事は交国を弱体化させ、人類文明を衰退させる事に繋がるかもしれんが――」
「交国みたいな横暴な存在に踏みつけられてきた身としては、黙ってやられるつもりはない。卑怯な手段だって頼らせてもらうよ」
まずは交国を変える。
その後、交国を足がかりに人類連盟も変えていくつもりらしい。
当然、人類の敵にも対抗していくつもりらしいが――。
「対プレーローマだけを考えるなら、玉帝のやり方の方が正しいのかもしれん。戦略的には玉帝に倣うべきなのかもしれんが――」
「その場合、誰かが踏みにじられ続ける」
僕の言葉に対し、奥方様は頷いてさらに言葉を続けた。
「誰も犠牲にせず、勝利するのは難しい。……妾達が選んだ道でも犠牲は生まれるじゃろう。それでも妾達は石守睦月が選んだ道を進むつもりじゃ」
「玉帝のやり方で人類文明が勝てる保証もないしね」
実際、交国は未だ勝利していない。
現状維持は出来ていても、現状維持にも終わりが見えつつある。
交国が軍事利用してきたオーク達の秘密は公になり、昔のやり方は通用しなくなった。……玉帝のやり方には終わりが見えつつある。
黒水守が選んだ道が「絶対に正しい」とは言い切れない。けど、それでも奥方様達はあの人の遺志を継ぐ事を決めているようだ。
「少なくとも、どこぞの組織のように後先考えずに暴れる方法より、ず~~~~っとマシだと思うけどね」
「ぅ…………」
メイヴの容赦の無い言葉に呻く。
でも、そういう事を言われても仕方が無い。総長の……いや、エデンの蛮行により、被害が出ているのは確かだ。
「僕は……黒水守のやり方も、玉帝のやり方も、『どちらが正しい』かはわかりません……。ただ……エデンが黒水でやった事は明らかに間違っていると思います」
エデン構成員として謝罪させてください、と頭を下げる。
これだけでは済まないだろう。
総長達は、黒水の潜伏先から既に離脱しているらしい。交国軍の偵察により、それは既に確認されている。でも、おそらく、今も交国本土のどこかに潜んで機を窺っているんだろう。
「ところで……さすがに玉帝は、黒水守の協力者ではないんですよね? 巫術で操作されているだけで」
「そうだよ。ただ、こっちの話は今も聞こえている」
メイヴはそう言い、「どう思っているか直接聞いてみよっか」と言いながら玉帝の憑依を解いた。
「――――」
ソファで目を閉じていたメイヴが目を開くと、玉帝の雰囲気が変わった。
僕が想像していた通りの姿が――冷酷な為政者らしい振る舞いの玉帝が、背筋を伸ばしつつ、仮面越しにこちらを見つめてきた。
「くだらない計画です。あなた達は、大局を考えていない」
「母様。あなたの考える崇高な計画は成功するのか? 無茶をし続けてきた結果、破綻しかけておるではないか」
「…………」
玉帝は口を閉ざした。
ただ、それは……論破されたのとは少し違う気がした。
玉帝の纏う空気は変わらない。……何か隠しているのか?
玉帝の沈黙の意味について考えていると、奥方様がツカツカと玉帝に向けて歩み寄っていった。そして、玉帝の仮面に手を伸ばし……それを剥ぎ取った。
それにより、玉帝の姿が晒され――。
「…………なんで、ヴィオラ姉さんが……ここに……」
仮面の奥に隠されていたのは、僕がよく知る人と同じ顔だった。
いや、よく見ると違う。
ヴィオラ姉さんじゃない。
……ヴィオラ姉さんは、こんな冷たい表情はしていない。




