王手
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
奥方様に連れられ、病院を出て玉帝のところに向かう。
玉帝は交国首都<白元>の中心部にいるらしい。そこにある執務室で政務をこなしているらしい。どうも幽閉されているわけではないようだ。
黒水守達は何らかの方法で玉帝を支配下に置いているようだった。だから幽閉している可能性も考えていたんだけど……どうやら普段通り働いているみたいだ。
「…………」
玉帝の居場所が近づくにつれ、心臓の鼓動を大きく感じていく。
ついに玉帝と対面できる緊張だけではなく、交国政府の中枢に入っていく緊張もあるんだろう。ここは昔の僕が考えていた「敵」の真っ只中だ。
今の僕にとっても、交国が味方とは言い切れないけど……信じるべきだ。これ以上の犠牲者を出さないためにも。
玉帝の居場所に近づくにつれ、警備は厳重になっていった。最初は奥方様の権限でスルスルと入っていけてたけど、途中から奥方様でも様々な認証を突破する必要があった。
奥方様なら顔パスで行けると思ってました――と言うと、奥方様は微かに笑いながら「行けるわけなかろう」と返してきた。
「顔なぞいくらでも偽装できる。お前の義体もそうじゃろう?」
「あっ……そうですね」
僕の義体も多少は形を変えられる。正体を隠す必要がなくなったので、偽装前の顔に戻し、ついでに怪我の痕も出来るだけ隠して「アーロイ」と名乗っていた頃とは異なる容姿になっている。
こういう事は僕だけが出来る話じゃない。僕程度の変化なら、潜入や暗殺の玄人なら簡単にできてしまうんだろう。
「要人に整形した暗殺者を顔パスで通したら大変ですもんね」
「その通り。さて、ここが最後の関門じゃ」
奥方様は警備の人達に近づいていき、自然体でチェックを受けた。
奥方様はともかく、僕の方は訝しがられたものの……何とか通る事が出来た。一応、事前に話を通しておいてくれたらしい。
「あの扉の先に、玉帝の執務室がある」
「…………」
長い廊下の先にある扉。……あそこに玉帝がいる。
僕を拘束しておいた方がいいのでは――と言うと、奥方様は「お前を信じる」と言ってくれた。
「お前自身が『大人しくしている』と言ったじゃろうが」
「た、確かに言いました……。けど、ちょっとだけ自信がなくなってきました」
「大丈夫。単に緊張しておるだけじゃ。……お前は、妾よりよっぽど理性的な人間じゃ。妾がお前ぐらいの年頃の時は、お前のように振る舞えなんだ。機会があれば玉帝を殺したいと願っておった」
「…………? 奥方様は、玉帝の子では……?」
「一応な。しかし、親子だから無条件に仲が良いわけではない。そもそも妾は、『アレ』を親と認めておらん。少なくとも今はな」
「…………」
「妾は玉帝に、大事な人達を奪われた。その事を恨んでおる。恨んでおるからこそ、妾は睦月に協力したんじゃ」
そんな話をしていると、長い廊下を歩き終えた。
執務室の前にいた警備の人達が扉を開け、僕らを通してくれた。
玉帝の執務室は機兵格納庫のような広さがあった。入口の両脇には機兵ほどの大きさの像が2つ鎮座している。……今にも動き出しそうな迫力のある像だった。
それに目を奪われたのも束の間。
部屋の奥にある執務机で仕事をしている人に視線を向ける事になった。……仮面をつけた女性が書類から顔を上げ、こちらに顔を向けてきた。
玉帝だ。
総毛立つ身体を抑えるために、自分の片腕をギュッと握る。
けど、そんなものでは収まらなかった。
僕は思わず立ち止まってしまったけど、奥方様は構わず奥へと進んでいく。
「…………」
一度深呼吸して気持ちを切り替えた後、奥方様の後を歩いて行く。
その途中、「妙なもの」がある事に気づいた。
玉帝の執務机の近くにソファが置かれている。それだけならそこまでおかしくないけど、そのソファには1人の女の子が座っていた。
いや、眠っていた。
僕と大差ない年頃の女の子が、玉帝の前で眠りこけている。交国の最高指導者の前で――恐ろしい暴君の前で堂々と眠りこけている姿に戸惑う。
戸惑っていると――。
「お久しぶりですね。フェルグス」
「…………!」
玉帝に名を呼ばれた。
その呼びかけに微かな違和感を抱いていると、声をかけてきた女性は――玉帝は執務机の上で手を組みつつ、さらに言葉を投げてきた。
「いや、スアルタウと呼ぶべきでしょうか? それともアーロイ?」
「…………」
淡々とした口調ながらも、若干……馴れ馴れしさを感じる。
僕の人生を大きく変えた諸悪の根源が、旧知の仲のように声をかけてきた事に嫌悪感を覚えた。その嫌悪感に押されるまま、玉帝を睨む。
向こうは僕の視線などそよ風のように受け流し、余裕そうな態度でこちらを見ている。表情はわからない。仮面に隠され、見えない。
「あなたと僕は、初対面でしょう?」
「貴方がネウロンから脱出する時、通信で語りかけたでしょう? 貴方個人に対して語りかけたわけではありませんが」
「あんなの話したうちに――――誰だアンタ」
ぞわりと鳥肌が立った。
気づくのが遅かった。
玉帝の身体に、本来はないものが観える。
「そうか。わかった。キミは、この子だな?」
ソファで寝ている女の子を指さしつつ、玉帝に呼びかける。
すると玉帝は小さく拍手し、「正解」と言った。その声には冷徹な為政者らしからぬ喜色が混じっているように聞こえた。
けど、冷静に観察したらおかしくないんだ。
目の前にいるのは玉帝だ。
でも、魂が2つある。
いま……ようやくわかった。
真実はずっと、ネウロン人の傍にあったんだ……。
「奥方様。貴女達は……玉帝を、巫術で乗っ取ったんですね?」
「うむ……」
奥方様は小さく頷き、肯定した。
通常、人間は巫術で乗っ取れない。
巫術憑依が成功するのは、基本的に人工物だけだ。
けど、巫術師が人間を乗っ取った事例も確かに存在する。
ヴィオラ姉さんは、グローニャに巫術憑依された事がある。それによりグローニャが身体の主導権を握った事がある。
それ以外の事例も、僕らは知っている。
「7年前、バフォメットは巫術を使い、ネウロン旅団長の久常中佐を乗っ取っていました。そして……中佐の権限を使って行動していました」
「その通り。要は、アレと同じ事が起きておるんじゃ」
「久常中佐も、玉帝も、人造人間だからですか」
今の玉帝も、かつての久常中佐のような操り人形になっているんだ。
それをやらせたのが黒水守達だったとしたら、黒水守達は「操り人形の玉帝」を介して玉帝の権限を行使できる。
玉帝という人造人間を通して、交国そのものの憑依強奪を行ったんだ。それによって、交国を変えようとしているんだ。
僕が瞠目していると、玉帝が――玉帝らしからぬ女の子っぽい仕草で――頬杖をつきつつ、声をかけてきた。
「これなら玉帝の生体認証や魂魄認証が必要なものも騙せる。交国の規格はまだ巫術対策が出来ていないからね」
巫術師なら『玉帝の身体に魂が2つある』という異常に気づけるけど、単なる機械では気づけない。非巫術師も、魂の異常までは観えない。
玉帝は長く、交国の最高指導者として君臨し続けていた。7年前の騒動で全盛期の権限は失っていたものの、それでも交国で最も大きな力を握り続けていた。
玉帝さえ巫術で抑えれば、交国の大部分を支配下における。……玉帝だけでは手に入らないものも、玉帝の権限を足がかりにしていけば手に入れられるだろう。
要職についている<玉帝の子>も、玉帝と同じ方法で乗っ取れる。人造人間相手なら巫術で乗っ取る事が出来る。
乗っ取った相手の記憶が手に入るわけではないから、本人らしく振る舞うのは大変だろう。憑依中、無防備になる自分の身体をどうするかという問題もある。けど、それらを解決できれば交国を乗っ取っていける。
交国は優秀な人造人間が要職についている巨大軍事国家。
でも、人造人間だからこその弱点が存在していた……って事か。
「早くお話したかったよ、キミと。7年もお預けくらってたからさぁ」
「――キミか。黒水守の屋敷に、匿われていた巫術師……!!」
玉帝の身体を乗っ取っている巫術師は、再び小さく拍手してくれた。
ラートが黒水守との交渉に使った情報。
当時、黒水守の屋敷に匿われていた巫術師が……この子か!
「奥方様達は、7年前……いや、それより前から準備してたいたんですね!?」
「ああ。睦月達が思いつき、準備を進め……実行に移したのじゃ」
「巫術を使った玉帝掌握計画をね」
 




