表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.0章:交国計画
762/875

敵の味方



■title:交国本土<帆布>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「ぅ…………?」


 痛みに呻きつつ、目を覚ます。


 目隠しと拘束具をつけられ、どこかに運ばれているようだ。


 僕は……レオナール達からお嬢様を奪還し、黒水につれていった。それから……奥方様には会えなかったけど、交国軍の人達には会えた。


 お嬢様を助けてくださいとお願いして、お嬢様を渡して何があったか伝えた後……後頭部に痛みが走った記憶がある。「テロリストめ」と言われた記憶もある。


 後頭部だけではなく、全身が少し痛むあたり、ボコボコにされて気絶されてたって事だろうか……? 覚悟していたつもりだけど不意をつかれて意識を手放してしまったようだ。


 死ぬほどの痛みではないものの、ズキズキする身体に顔をしかめていると――。


「マーリン……?」


 風船のようにプックリしたフワフワマンジュウネコのマーリンが「みぃ、みぃん」と鳴きつつ、僕を舐めてくれていた。


 目隠しで見えないけど、心配してくれているらしい。有り難い気持ちと、心配になる気持ちが同時に襲ってきた。マーリンは痛めつけられてないだろうか……?


 お嬢様は、あの後どうなって――。


「…………」


 地面が揺れる感覚。


 方舟が着水した感覚だ。


 どうやら僕は方舟に乗せられ、どこかに運ばれていたようだ。


 重い足音を響かせやってきた人が僕の目隠しを剥ぎ、立って歩くように促してきた。それに従いつつ、マーリンの様子をよく見る。


「みぃ~ん……」


 いつものようにフワフワ浮き、心配そうにまとわりついてくるマーリンの身体には……怪我している様子はない。


 エデンの関係者とはいえ、さすがに小動物を痛めつけたり拘束するなんて事はしなかったようだ。僕を心配してくれているマーリンに小声で「大丈夫」と告げる。


 促されるままに方舟の外に出る。空気の感じは黒水に似ている。


 交国本土外に移送されたってわけではないようだけど――。


「ここは……?」


「交国の首都<白元(びゃくがん)>じゃ」


「…………!」


 声のした方向を急ぎ見ると、そこには奥方様が――石守素子様がいた。


 少し疲れた顔をしているけど、大怪我を負っている様子はない。「ご無事だったんですね」と声をかけようとした瞬間、両脇にいた軍人さん達に肩を押さえつけられ、跪かされた。


「やめよ! 丁重につれてこいと命じたじゃろうが」


 奥方様は軍人さん達に対し、険のある声を出した後、僕の拘束を解くように命じてくれた。軍人さん達が難色を示すと自分で拘束を解こうとしてきたので、軍人さん達も急ぎ、拘束を解いてくれた。


 奥方様は跪かされた僕と視線を合わせるため、膝を曲げ、「手荒な真似をして悪かった」と謝罪してくれた。


 でも――。


「謝らないといけないのは、僕です」


 僕はエデンの一員であり、エデンによる黒水襲撃にも立ち会っていた。


「僕は、黒水守の傍にいたのに……あの人を死なせてしまった」


「…………」


「皆の希望を、死なせてしまった」


 奥方様に合わせる顔がなく、俯いていると――胸ぐらを掴まれた。


 奥方様は「舐めるな。睦月が死んだ程度で、何もかも終わったように言うな」と言ってきた。表情には疲れが見えるけど、その目には強い力を感じた。


「あやつが……睦月が! 自分の死で頓挫するような脆弱な計画を許すわけがなかろう!?」


「っ…………」


「まだじゃ。まだ何も終わっておらん。……終わらせてたまるか」




■title:交国首都<白元>にて

■from:森王七百七十七号・石守素子


「ひとまず移動しよう」


 アーロイ(スアルタウ)を立ち上がらせ、車に乗るよう促す。


 港で立ち話をしている場合ではない。アーロイを医者に診せよう。


「僕は大丈夫です。この程度、黒水守が受けた痛みに比べれば……」


「平気なわけがあるか。阿呆」


 どいつもこいつも、自分の身体のことは軽んじおって……!


 苛立ちつつ、アーロイを車に押し込み、一緒に乗り込む。


「膝枕が必要なら言え。お前は妾にそれを要求できるだけの事をした」


「いえ、僕は――」


「桃華を助けてくれたじゃろう」


 報告は受けておる。アーロイが桃華を連れ戻してくれた事を。


 先走った軍人達が――桃華の命の恩人である――アーロイに暴行を働いた件も聞いておる。奴らが先走る事情もわかるが、アーロイを「テロリストの一味」として厳しく罰する必要はない。


 アーロイは……黒水でも戦ってくれておった。ウチの婿殿と共に。


 それでも睦月が死んでしまったのは……敵が一枚上手だっただけじゃ。


「よくぞ……よくぞ、桃華を助けてくれた」


 困惑しているアーロイに対し、深く頭を下げる。


 この子がいなければ、桃華は死んでおったじゃろう。……完全に峠を越したわけではないが、アーロイのおかげで希望は潰えなかった。


「ところで、妾はお前を何と呼ぶべきじゃ? もう偽名は使わなくても良いのじゃろう?」


 フェルグス? それとも引き続きアーロイと呼ぶべきか?


 そう問うと、目の前の男は「スアルタウでお願いします」と言ってきた。


「その名はエデン構成員としてのコードネームじゃろう? カトー総長にとって、お前はもう組織の裏切り者。ヤツも……お前を裏切って都合良く使っていた身じゃ。その名にこだわる必要はあるのか?」


「あります」


 ボロボロの状態でもなお、目に強い光を宿した男は自分の胸に手を当てつつ、妾に対して言葉を投げてきた。


「僕が『スアルタウ』というコードネームを使い出したのは、その名に恥じない行いをしようと思ったからです。けど、僕は……カトー総長を止められませんでした。止めるべきだったのに……」


「…………」


「この弟の名(コードネーム)を捨てたところで、総長を止められなかった事実も、エデンの一員だった事実も消えない。だから……僕は『スアルタウ』として戦い抜きたいと思います。せめて今の問題が決着するまでは――」


 真っ直ぐな瞳を見つつ、「難儀な性格じゃな」と漏らす。


 世の中、こういう性格のヤツばかり損をしている気がするが、易々と変えられる生き方でもないのじゃろう。この男にとって、とても重い決断なのじゃろう。


 ならば好きにすればいい。


「それで、その……桃華お嬢様の容態は……」


 スアルタウは少し身を乗り出し、そう問いかけてきた。


「お嬢様はレオナールに……いえ、エデンの協力者に毒薬を打たれたようなんです。注射器で――」


「桃華は生きておる」


 あの子は睦月のように死んだわけではない。


「一応は快方に向かっておるようじゃ。ただ、意識が戻らないままでな……」


「毒薬があとから効いてくる可能性もあるんじゃ……?」


「その兆候はない。今のところはな」


 何の毒かわからんゆえ、予断を許さない状況じゃが……最新鋭の医療設備と最高の医者達を揃え、不測の事態に備えておる。


 桃華は無事じゃ。……きっとこのまま回復してくれるはずじゃ。今はそう信じ、妾達は妾達でやるべき事をやらねばならん。


 交国本土だけではなく、最前線でも不穏な動きがあるからな。……桃華の傍にいてやりたいが、ずっと娘の傍におれる余裕がない。


「とにかく、お前のおかげで桃華は助かった。……レオナール達の手に落ちたままだったら、無事では済まなかったはずじゃ」


「…………」


「実のところ、妾はエデン構成員のお前を黒水で泳がせ、エデンとの橋渡しを任すことに関して懐疑的じゃった」


 じゃが、睦月が「彼に賭けてみたい」と言いだした。


 エデンとの平和的交渉が手詰まりになっていた以上、カトーの後継者として育成されていたスアルタウに賭けてみようと言いだした。


 妾はその判断をよく思っていなかったが――。


「間違っておったのは妾じゃった。お前は行動によって証明した。お前は……信じるに値する存在じゃ」


「でも、僕は黒水守を守れませんでした。それに、黒水の人達も――」


「お前の責任ではない」


 一個人にどうこうできる話ではなかった。


 敵はカトーだけではなかったのだから。プレーローマの横槍もあった。さらには……交国側にも裏切り者がおった。


 黒水の被害は軽くないが、街はいずれ復活する。人に関しては取り返しがつかないものじゃが、お前の活躍によって救われた人もおるよ――と言っても、スアルタウの表情は晴れなかった。


「僕が黒水に戻った時、殆ど人がいなかったんですが……」


「あぁ、そうか。お前は巫術師じゃからよく観えるのじゃな」


 黒水の住民にも多くの死者が出た。じゃが、全員死んだわけではない。


 生きておる者達は他所へ避難させておるし、巫術師の協力で迅速な救助活動も行われた。黒水におった者が全員死んだわけではないと説明しておく。


「お前が仲良くしておった娘、ミェセと言うたか。あの子も無事じゃ」


「そうですか……! 良かった! でも、何で奥方様があの子の事を……」


「お前には監視をつけておったからな」


 ミェセという子の動向も、一応見張っておった。


 あの子もエデンの関係者という疑いがあったからな。幸い、あの子は本当に偶然、交国本土におった子であった。


 今回の事件には無関係で、怪我もしておらん。さすがに怖がっておるじゃろうが、安全なところに逃しておるから安心してくれ。


 スアルタウはようやく安堵の表情を見せたが、それも束の間の事じゃった。直ぐに表情を硬くし、別の者達の事を聞いてきた。


「煤屋島の人達は……」


「多数の死者が出た」


 煤屋島で保護しておった巫術師達は、その殆どが死んでしまった。


 カトーは彼らが交国軍の戦力として育成されておると勘違いしたのか、巫術師の弱点を突く攻撃をしてきた。それによって大勢死んだ。


 死への耐性がない子供達は、毒ガスで吸ったかのようにバタバタと倒れ、そのまま二度と立ち上がらなくなった。


 彼らと友人になっていた子達が……犬塚の兄上に預けられた子達が、もう二度と息をしない友人らの身を案じ、泣きべそをかいていたという報告を思い出しつつ、スアルタウに概要だけ伝えておく。


 青ざめ、また謝ってこようとしたスアルタウを止める。お前が謝る必要などまったくない。……実行犯はカトーじゃ。


 そんな話をしておると、桃華を入院させておる病院に辿り着いた。スアルタウもここで治療を受けろと言ったが、拒んできた。


「僕は、エデンがやった事の責任を取りに来たんです。だから――」


「ええい、うるさいっ! 怪我人らしく大人しく医者にかかってこい……!」


 スアルタウを無理矢理、医者のところへ連行する。


 今後の話をするのは、お前の無事をしっかり確かめた後じゃ。……一個人(スアルタウ)に無理させたところで、そこまで状況は大きく変わらん!


「どいつもこいつも、生き急ぎおって……!」


 お前達は本当に妾を苛立たせてくれる。


 頼むから、もうこれ以上死んでくれるな。


 自分の命を、もっと大事にしてくれ……。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ