パズル
■title:交国本土<帆布>にて
■from:交国特佐長官・宗像
「お前が<交国計画>に興味があるとはな」
執務室に戻って秘書に用意させた珈琲を飲みつつ、ヒスイに語りかける。
お前が知る必要はないのだが……重要な計画の詳細を知る事で「認められた」と思いたいのだろう。
驕るなと言いたくなるが、ヒスイは「器」の確保においてとても重要な役割を果たした。私の想像を超える活躍を見せた。それに対し、少しは報いねばなるまい。
しかし――。
「だが、私も<交国計画>の全てを知っているわけではない。所詮、私も部品の1つに過ぎん。そして、知っている全てを語る事もできない。言えるのは断片的な話だけだ」
「あ、あのっ、ごめんなさいっ……! 私如きが知っていい話ではないんですよね!? ごめんなさいっ、変な質問をして――」
冷や汗を流しているヒスイに「少し落ち着け」と告げる。
どうせならもっとふてぶてしく情報を引き出そうとしろ、と思わずにはいられない。甘井汞の爪の垢を煎じて飲めとまでは言わんが……。
「<交国計画>を完璧に理解していない私が、さらに断片的に計画を説明する以上、理解するのは難しいだろう。……むしろもっと理解できなくなるかもしれんが、そこは覚悟しておいてくれ」
そう前置きし、語り始める。
「ヒスイ。人類連盟加盟国の後進世界援助実績第1位はどの国家か知っているか?」
「はぇ……?」
「答えは交国だ。では、何年連続1位かわかるか?」
わからんだろうな、と思いつつ聞く。
案の定、ヒスイは涙目で「ごめんなさい」としか言ってこなかった。
「答えは279年だ」
「そ……そんな長い間……」
「交国は武力以外でも、人類文明に貢献し続けている。後進世界を支援し、人類文明全体を豊かにし、力をつけさせている」
「素晴らしいことです! 貧者にも救いの手を差し伸べ、人類の未来を慮っているなんて……」
「いま私が語ったのは、表向きの理由だ」
本気で人類文明全体が豊かになるよう、手を差し伸べているわけではない。
「後進世界の支援といっても、彼らが自立していけるよう支援しているわけではない。人口を増やし、搾取しやすい対象を増やすために支援しているのだ」
食料支援を行う事で――その世界にとっては必要以上に――人口を増やす。餓死者を出さないためという名目で、人間という重りを増やしていく。
交国の支援無しでは生きていけない者達を増やしていく。完全に自立はさせない。食料も技術も産業も交国に依存させていく。
餓死者を出さないためと言いつつ、ある程度は餓えさせる。それによって治安を悪化させ、さらに交国に依存させていく。治安維持のための戦力派遣はほどほどに。ある程度は荒れていた方が都合がいい。
「依存させて交国の産業を進出させていく。さすれば交国はより豊かになる」
その世界の独自ブランドの誕生も、「善意の支援」という名目で潰していく。
例えば交国領で消費された古着を後進世界に送りつけ、安価あるいは無料で普及させる。その世界の現住民達が自分達で紡績・服飾産業を発展させようにも、交国から大量に流れ込んでくる古着に駆逐させる。
後進世界の住民達が作る新品の衣服など、交国の古着にも劣る。製品の質でも価格でも圧倒し……その世界の産業発展を阻む。そして一層、交国に依存させる。
国際社会では、交国は「良いこと」をしているのだ――と主張する。
長期的に見ればその国の発展を阻害しているが、「良いものを安く、時には無料で提供してあげている」と言い張る。それを邪魔する方が悪なのだと主張する。
時には交国企業の工場を作らせ、後進世界の住民を安くこき使う。それによってさらに安価な製品を作り、別の世界にも産業侵略を仕掛けていく。
「これは表向きの善意で包装した押し売りだ。交国の影響力を強くし……交国の支配下に置く世界を増やす行動だ」
「…………」
「それを阻んでくる者達は、誰であろうと黙らせる。私達は既にそれだけの力を手に入れている。人類連盟での強い影響力もあるからな」
他の常任理事国も似たような事はしている。
善意のフリをして押し売りするなど、他所もよくやっている。
古着の処分にもそれなりに金がかかる。混沌の海に捨てるという方法もあるが、自国領の近海でゴミを撒きすぎれば航行に支障が出る可能性もある。善意の包装で古着をラッピングして送りつければゴミ処理も産業侵略も行える。
後進世界の方にも危機感を持ち、「善意の押し売り」を拒もうとする者もいる。だがそういう者達は現地の支配者達を使って黙らせればいい。
交国の支援で「交国の都合を汲んでくれる者達」を支配者層に据えておけば、一部の賢人など簡単に黙らせられる。最悪、「事故死」させてやればいい。
発展途上の後進世界の政治ほど介入しやすいものはない。賢人がいようと、それはあくまでごく一部の話だ。大きく群れる前に潰せば大きな脅威にはならん。
「だが、これらは必要な事なのだ。……人類は我が強すぎる」
誰も彼も自分の幸福を追求しようとする。
自分の利益を追うあまり、人類同士で争う日々を送っている。
人間は争う事によって発展してきたとも言えるが、プレーローマという人類の敵がいる以上、人類同士で争っている場合ではないのだ。
誰かが何もかも管理してやる必要があるのだ。
その管理者として、交国は影響力を強めている。
その一環として後進世界の支援を行い、骨抜きにし、交国の支配下に組み込んできたのだが……黒水守達はそれを「良し」とせず、奴らの自立を支援している。
それが「正しいこと」だと信じている。……幸福を平等に分配したところで、愚者達はそれを未来に投資せず、食い潰していくだけだというのに……。
「ただ、交国による『支援』は完璧ではない。他所の常任理事国と同じように、自国の都合だけで動いているように見えるだろう」
だが違うのだ。
我々はもっと先を見据えて行動している。
「多くの人間を交国に依存させるのは、真の目的の副産物に過ぎない。では、我々が本当は何を狙っているかわかるか?」
「ええっと――」
「我々の真の狙いは『交国ブランドの普及』だ」
どうせわかるまいと思い、さっさと教えてやる。
思った通り、ヒスイは困惑顔を浮かべている。
「食料品も工業製品も、交国ブランドを普及させていく。後進世界だけではなく、先進世界でも普及させていく」
今や交国製の製品は、数多の世界に普及している。
多くの人間の日常生活に交国製品を送り込む事に成功している。
人間以外の生活にも、「隠れ交国製品」を送り込む事にも成功している。それらの事実が計画の肝なのだ。
「ただ、これは交国に富を集めるために始めた計画ではない」
富など、最終的に何の意味もなくなる。
「多次元世界を交国で満たしていく。これこそが<交国計画>なのだ」
理解したか、ヒスイ。
そう問いかけたが、当然何も理解していない。
理解していない事で自分が廃棄処分されると恐れているらしく、青ざめ、震え、「ごめんなさい」と謝り続けている。
「謝る必要はない。顔を上げろ。ヒスイ」
お前にはそこまで期待していない。安心しろ。……ヴァイオレット嬢なら私の説明で全てに感づいたかもしれんがな。お前は成功作と違って失敗作なのだから気にするな。
「先程説明した事など、<交国計画>の一部に過ぎない」
<交国計画>とは巨大なパズルのようなものだ。
至るところにピースが存在する。しかし、多くの者が――巨大さゆえに――そのピースすら認識できていない。巨大な計画の一部という事すら認識できない。
<交国計画>とは、様々なものが組み上がって完成するものなのだ。
白瑛も揺籃機構も蟲兵もアップルカンパニーも林檎食品もりんご物産も神器も我々も交国すらも、交国計画の一部なのだ。
あと数年でネウロンすらも計画の一部になるだろう。いや、交国計画が動き出せば数年と待たずして取り込む事が出来るだろう。
……全てが真白の雪の下で1つになるのだ。
「交国計画はこれから始まる計画ではない」
とっくの昔に始まっているのだ。
丘崎獅真は重大なミスを犯した。
奴は太母の殺害に成功したが、交国計画を葬る事には失敗した。太母は確かに交国計画に欠かせない要の部品だが、太母無しでも交国計画は始められるのだ。
「お前のおかげで、交国計画に最も重要な部品が手に入った。真白の遺産が手に入った。……これでようやく、交国計画が完成する」
■title:交国本土<帆布>にて
■from:森王八百八十八号のヒスイ
「…………」
結局、どういう事なんだろう……?
交国計画が「重要な計画」なのは知っている。前からそう教わっていた。
交国の製品が多次元世界中に普及して、「いっぱいお金が手に入る」以外に良いことってあるんだろうか……?
よくわからないけど、あまりにもわからない事だらけだと廃棄処分されてしまうのかも。そう思うと怖くて質問しづらいけど――。
「あ、あの……宗像長官」
あと1つ。気になっていた事がある。
評価が落ちるとしても、それは聞いておかないと――。
「ヴィオラ様に太母のバックアップデータ……? を入れると、交国を建国した頃の太母が蘇るのですよね……?」
「ああ」
「では、ヴィオラ様はどう……なるのでしょうか……?」
声がしぼんでいく。
微かに笑みを浮かべつつ、冷たい視線を向けてきた宗像長官の顔を見ると……胸を張って喋る事は出来なかった。
「ヒスイ。貴様、あの器に情が移ったか?」
「えっ……。あ…………いえ、そんな、ことは……」
「心配するな、死にはせんよ。彼女が太母になるのだ」
それは、つまり――。
「須臾学習媒体を使えば、器に太母の記憶が流れ込む。流れ込んだ記憶は太母の術式として機能し、器の脳と魂を焼いて太母に加工する。結果、彼女は太母に変質する」
ヴィオラ様本人は、実質消えるって事じゃ……。
「これは彼女にとっても良い事なのだ。何せ、太母になれるのだからな。……長きに渡る戦いに終止符を打てる救世主になれるというのは、とても名誉なことなのだ」
「ほ…………他に方法はないのですか?」
例えば、私じゃダメなんですか?
どうせ消えるなら、価値のない私じゃダメなんですか――と聞いたものの、返ってきたのは冷たさを増した視線だった。
■title:交国本土<帆布>にて
■from:交国特佐長官・宗像
「それぐらい理解しろ。それが出来ないからお前も『失敗作』なのだ」
お前や私如きが器になれるなら、とっくの昔に使っている。
素子ですら器たり得なかった。……真白の魔神でなければ完璧な器など作れないという事だろう。太母ではなく、叡智神に頼らなければならないのは業腹だが他に打つ手がない以上は致し方ない。
「あの女を器にするのは決定事項だ。くだらん事は言うな」
「ご……ごめんなさい……」
「まあ、他の方法も存在はしているが――」
そう呟くと、ヒスイは表情を変えて食いついてきた。
それにウンザリしつつ、一応教えてやる。
その他の方法が何の意味もない事も含めて――。
「太母とは真白の魔神だ。腹立たしいが他の真白の魔神でも代わりは務まる」
「他の真白の魔神を代役に立てる……。いえ、器にするという事ですか?」
「そういう事だ。既に真白の魔神として変質している転生体なら、太母の記憶と力を受け止めるだけの器になりうる。……しかし、それは毒入りの器だ」
純粋な「太母の完全複製体」にはならん。
ある意味、ヴァイオレット嬢を使うより「完璧な真白の魔神」が作れるとしても……絶対に頼ってはならん一手だ。
「太母以外の真白の魔神を器にし、太母を復活させようとした場合……出来上がるのは『太母の記憶を持っているだけの別の存在』だ」
純粋な太母の完全複製体にはならない。
別の真白の魔神という不純物が混じる以上、それは太母とはまったく異なる存在だ。
そんなものが生まれてしまった場合、交国計画が乗っ取られかねない。悪しき真白の魔神が交国計画を掌握した場合、交国は滅びてしまうだろう。
いや、事は交国だけでは収まるまい。
「あの器を使うしかないのだ」
太母亡き後、<森王式人造人間>で器を作る計画は未だ成功していない。
おそらく、今後も成功しないだろう。もう過去の遺産に頼るしかないのだ。
「交国計画は全人類を救う計画だ。たった1人の女とその他の人類。どちらが重いかは、お前でも理解できるだろう」
「…………」
「どちらが重いか、その口で言ってみろ」
机を軽く叩きつつ、ヒスイに無理矢理喋らせる。
ヒスイは僅かに肩を震わせた後、「人類です」と言った。認めた。
その言葉を聞いた後、「わかったなら今は休め」と退出を促す。
「…………。所詮、愚かな失敗作か」
感情に振り回され、部品に対する情が湧いてしまっている。
器を確保してみせた事には驚嘆したが、今は落胆せずにはいられなかった。だが、まあいい。……あんな失敗作でも、まだ使い道はある。
久常竹でも再利用は出来たのだ。
アレにも使い道はある。




