復讐者:レオナール
■title:港湾都市<黒水>郊外にて
■from:復讐者・カトー
「どいつもこいつも……!」
アルが見つかった場所へ――エデンの協力者が潜伏している農園に急ぐ。どうもアルはさらに逃げたようだが、ひとまず農園に向かう。
バフォメットはアルがオレのところから逃げた後も通信機越しに色々と手伝っていたらしい。アルが交国本土という危険地帯を1人でうろつくのも看過していたらしい。
それにキレつつ、農園に辿り着いて話を聞くと――。
「……子供を毒殺しようとした?」
『注射器を使ってな。本人もそう言っている』
ここで行われていた事を聞いて絶句する。
黒水守の娘が毒殺されかけたらしい。毒殺をやったのは……妙にキラキラした瞳でオレを見つめてきている男らしい。
歳はアルと大差なさそうだ。こいつが例の「レオナール」らしいが――。
「お前の現契約者は……かなり、問題があるようだな」
レオナールに聞こえないよう小声でバフォメットに告げると、バフォメットはオレを軽くみながら「お前の共犯者でもある」と呟いた。
『彼はお前の信者のようだ。毒殺も、お前が喜んでくれると思ってやったそうだ』
「オレは……。オレはそんな命令、一切してない」
『…………』
オレは、そこまではしない。
ムツキの子供だからといって、子供相手にそこまではやらない。
『だが向こうは、お前の意図を汲み取った行動と考えているようだ』
「バカ言うな。オレは――」
『黒水守を殺すために、黒水の市街地で派手に戦闘して一般人を巻き込んだお前の行動と、彼の行動はそこまで異なるものか?』
「黙れ。お前だって襲撃に加担してただろうが……!」
お前にオレを責める資格はないと言うと、バフォメットは「そうだな」と返してきた。その態度に小馬鹿にしたものを感じ、苛つかずにはいられなかった。
『お前に現契約者を見つけるために必要なことだと言われ、襲撃に参加した。お陰様で本当に現契約者が見つかった。お前が吹き飛ばすところだったようだが』
「…………」
『とにかく、現契約者は見つかった。私を起こそうとした契約者の命令を完全に達成する事は出来なかったが、私の目標は達成された』
「契約者を連れて逃げるつもりか?」
バフォメットは腕組みしつつ、「ならばお前がここに来る前に確保し、逃げているさ」と言ってきた。
『ここからどうするかは現契約者次第だ。……あるいは、お前次第か?』
「…………」
『貴様は彼を使って私を操るつもりだろう? まあ、好きにすればいい……。どうせ、私にはもう失うものはない』
バフォメットはそう言って背を向け、オレから距離を取った。
そして離れたところでジッとこちらを見てきた。オレが今後どうするか、見定めるように……上から目線でオレを見ている。
苛つくが、まあいい。その余裕ぶった態度ももう直ぐ終わりだ。オレはお前を従わせるための首輪を手に入れた。それを持って逃げなかった時点でお前の負けだ。
そう思いながらにらみ返していると、協力者達が近づいてきた。
カトー総長と言いながら近づいてきた。別にコイツらはエデンの構成員ではないんだが、機嫌取ってやるために認めてやるべきか。
「カトー総長! あの卑劣な黒水守は、貴方様が討伐したのですよね!?」
「あ……ああ。お前達が協力してくれたおかげだ」
協力者達の働きは、そこまで役に立たなかった。
だが、「オレ1人では勝てなかった」「お前達のおかげだよ」と言ってやる。すると全員、パッと表情を明るくした。……ベルベストの奴らと同じく、簡単に手のひらのうえで踊ってくれている。
皆、認めて欲しいんだ。
自分が単なる弱者ではないと認めて欲しいんだ。
エデンを復活させて以降、人の使い方がわかってきた気がする。……未だに突っかかってきたり、裏切ってくる奴らはいるが。
協力者達は「正式にエデンの一員にしてください」と頼んできた。少し迷ったが、これからの戦いのためにも仲間は多い方がいい。
敵は交国だけじゃない。
プレーローマを打倒するためにも、手駒は多いに越したことはない。
喜び騒ぐ協力者達を「あまり騒ぐと交国軍が来るぞ」となだめる。
交国側も混乱しているとはいえ、この辺りも捜索されている可能性はある。荷造りしてさっさとここから離れよう、と促す。
多くの協力者は大人しく荷物を取りに行ってくれたが、1人だけオレの傍に残った。
レオナールだけが、歓喜に満ちた瞳でオレを見つめてきている。
お前はレオナールだよな、と声をかけると、レオナールはさらに嬉しそうに表情を明るくしつつ、詰め寄ってきた。
「ボクのこと、ご存知だったんですか!? まだちゃんと自己紹介できてないのに……! さすがカトー総長ですっ!」
「ははっ……」
「貴方はナルジス姉さんに聞いた通りの人でしたっ! これからはボクも一緒に戦わせてくださいっ! 貴方のためなら何でもしますっ!」
「……ナルジス? なんで、お前がその名前を――」
いや、思い出した。
ナルジスから貰った手紙に、「レオ君」という男子の事が書かれていた。……アレってコイツの事だったのか……!?
念のため聞くと、レオナールは嬉しそうに肯定した。自分はナルジス姉さんにとてもお世話になった。あのゲットーで生き残れたのは姉さんのおかげです――なんて言って来た。
コイツはナルジスと一緒にいた。
深い雪に覆われ、交国軍も暴れていたゲットーでナルジスと一緒にいた。
それなのに――。
「ナルジスは死んだのに、何でお前は生きているんだ?」
一緒にいたなら、お前も死んでないとおかしいだろ。
……なんでお前じゃなくて、ナルジスだけが死んだんだ?
つい、そんな事を聞いてしまった。
顔全体に喜色を広げていたレオナールは一気に青ざめ、視線を泳がせながら言葉を絞り出してきた。
「ボクは、助けられたんです。ナルジス姉さんと占星術師様に……」
「…………」
「ボクは、もう少しで犬塚銀に殺されるところでした。でも、ナルジス姉さんが……自分を犠牲にして、ボクを逃がしてくれて……」
「…………」
「そ、それで、占星術師さんがボクを黒水に向かう方舟に紛れ込ませてくれて……それで、なんとか、生き延びる事が出来たんです」
「…………。そうか。……そうだったのか」
ナルジスは、命懸けでコイツを守ったのか。
コイツの所為でナルジスが死んで…………いや、そう思うべきじゃない。
ナルジスが選んだんだ。卑劣な犬塚銀からコイツを守るために、命懸けで戦って……殺されてしまったんだ。
ナルジスを殺したのは犬塚銀で、レオナールは悪くない。そう思わないと……ナルジスの覚悟に泥を塗る事になる。
でも、自分を優先してほしかった。
ナルジスの義母……俺の姉貴も、子供を助けるためなら身を挺するだろう。ナルジスもその精神を……エデンの精神を受け継いでいたんだ。
だが素直に「喜ばしい」とは思えない。ナルジスが献身の果てに死んでしまった以上、喜ぶ事は出来ないが……あの子の選択を尊重するべきだな。
青ざめているレオナールの肩を叩き、「教えてくれてありがとう」と伝える。
「ところで……ナルジスから何か、預かっていないか?」
ゲットーは飢餓と交国軍により、大混乱に陥っていた。
そんなゲットーから何か持ち出すのは難しかっただろうと思いつつも、「何かないか」とすがらずにはいられなかった。
ナルジスから手紙は来ていたが、途中から偽の手紙になっていたようだった、アレは交国政府がオレを騙すために送ったものだろう。
だが、ナルジスならひょっとして――。
「あの子から、手紙を預かっていないか…………!?」
レオナールの両肩に手を乗せ、軽く揺さぶりつつ問いかける。
何か持っていてくれ。そう祈りながら問うと――。
「そ、そういうものは……別に……。何も……」
「…………」
「逃げるのに必死で……! そういうもの書く時間とか……無かったかと」
「そうか。まあ、そうだよな……」
そう都合良く、ナルジスの遺品が手に入るわけがないか。
ゲットーに行けば、あるかもしれない。交国軍に踏み荒らされたゲットーでそれを見つけるのは難しいだろうが、交国を滅ぼした後にじっくり探せば――。
「ボク、ナルジス姉さんの分まで頑張ります! 頑張って交国に復讐します!」
「……ああ」
「ナルジス姉さんも、交国への復讐を望んでいますっ! ボクらの力で玉帝を殺し、交国を滅ぼしてやりましょうっ!」
本当にそうか?
いや、ナルジスだって無念だったはずだ。交国が憎いはずだ。
交国の都合に振り回され、飢え苦しみ、最後は犬塚銀達に殺されたナルジスは交国を憎んでいるに決まっている。
交国に復讐する。
それ以外……ナルジスのためにやってやれる事はない。犬塚銀とその部下達に対する復讐は完了したが、交国に対する復讐はまだ終わっていない。
全ての元凶は交国だ。
交国に苦しめられる犠牲者を増やさないためにも、交国を滅ぼすしかない。ナルジスだけではなく、皆のために戦わなきゃいけないんだ。
「頼りにしているぞ。レオナール」
アルと比べれば格段に見劣りする男に声をかけると、素直に返事をしてくれた。……正直戦力にはならないと思うが、アルよりずっと、オレを信じてくれている。大した付き合いもないのに……。
アルも、大した付き合いのない黒水守を信じている様子だった。
オレの方がずっと、親身にしていたのに……。ネウロンを解放したのはアルのためでもあったのに、アイツは――。
「復讐を遂げたら、ナルジス姉さんに褒めてもらいましょうねっ!」
「…………。ナルジスは、もういないだろ」
あの子は殺されてしまった。
レオナールもそれはわかっているはずなのに、オレの返答を聞いて「きょとん」とした表情を浮かべた。
「何を言っているんですか? 戻ってくるでしょう?」
「…………?」
「あぁ、そうか。カトー総長はご存知ないのですね? 叡智神のこと!」
いや、叡智神の事は知っている。
大昔にネウロンに滞在していた真白の魔神の事だろ。オレがそう答えるより早く、レオナールは目を見開き、指を組みながら言葉を続けた。
「死者は蘇るんですっ! この世には、叡智神様がいますからっ」
「は…………?」
「叡智神様はスゴい神様なんです。死者だって蘇生できるんですよ?」
「…………」
「叡智神様はネウロンを去ってしまいましたが、どこかでボク達を見守ってくれているんですっ! 悪しき交国を滅ぼせば、叡智神様も『正しい行いをした』と褒めてくれるはずです」
「…………」
「悪い奴を全員殺していって、世界が平和になれば……叡智神様もお喜びになられますっ! その時、頑張って悪人を殺してきたご褒美を賜りましょうっ! ナルジス姉さんも、ボクの父さんも母さんもそこで蘇生してもらうんですっ!」
何を言っているんだ、コイツは。
恍惚とした表情で、何を……。
まさか、シオン教の教えとやらを信じているのか……?
真白の魔神はそれほど上等な神じゃない。今代の真白の魔神に関しては危険なドラッグを開発し、多次元世界中にばら撒いていると聞く。
それ以外にも散々、ろくでもない事をしているのに……お前はそんな輩を信じるのか? と問いかけて……やめる。
レオナールは正気じゃない。
……狂信者の目をしている。
現実という冷や水を浴びせてやったら、何を言い出すかわからん。ツバを吐く勢いで怒鳴り散らし、暴れ出すかもしれん。
だから、「それはスゴいな」と当たり障りのないことを言うと、レオナールは目を見開いたまま満面の笑みを浮かべた。……それはとても、不気味な笑顔だった。
まあ、いい。
ここまで狂信者なら、逆に手綱を握りやすい。
適当に真白の魔神を持ち上げ、それっぽい事を言ってやれば喜んで戦ってくれるだろう。……こいつ自身は頼りにならなくても、コイツを使えばバフォメットを完璧に従えられるはずだ。
「とりあえず移動するぞ」
「はいっ!」
「……交国軍に見つかりかねないから、もう少し小声で話してくれ」
アルは逃がしてしまったが、収穫はあった。
さらに別の隠れ家に移動し、他の協力者とも合流しよう。戦力を整えた後で……交国首都を襲撃し、玉帝を殺してやる。宗像も殺してやる。
オレは必ず勝利してみせる。
交国だけではなく、人類連盟にもプレーローマにも勝利してみせる。
勝利という結果で、証明してみせる。
オレが正しかった。オレが選んだ道は正しかった。
オレは間違っていなかったんだと、証明してみせる。




