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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.0章:交国計画
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それでも前へ



■title:港湾都市<黒水>郊外にて

■from:死にたがりのスアルタウ


『カトーがお前の脱走に気づいたぞ』


 手元の通信機から、バフォメットの小声が聞こえた。


 怒ってた? と恐る恐る聞くと、バフォメットは肯定の言葉を返してきた。


『探してこいと言われたが無視した。奴の命令を聞く義理はない』


「そっか……」


 ホッと胸を撫で下ろす。さすがにバフォメットに追われたらどうしようもない。


 僕の拘束を解き、逃がしてくれたのはバフォメットだから……今更追ってくる事は無いと思っていたけど――。


「でも、何で僕のお願いは聞いてくれたんだ? 拘束解いて、見逃して……」


『…………』


 問いかけたものの、バフォメットは直ぐに答えなかった。


 何故か考え込むように黙った後、僕を見逃してくれた理由を教えてくれた。


『自分でもわからん』


「…………?」


『お前を逃がせば、現契約者を探しやすくなると考えたのかもな』


 僕はバフォメットの現契約者と思しき人物――レオナールの顔を知っている。


 だから、総長のところから逃がすついでにレオナールを探してきてくれると助かる――とバフォメットは言った。


『それだけではなく、お前はカトーと別行動した方がいいと考えたのだ。お前はヴァイオレットの事も奪還したがっているだろう?』


「うん。それはもちろん」


『彼女は、スミレの肉体を受け継いだものだ。それが交国に好き放題されるのは私としても気分が悪い。だからお前を逃がした』


「でも、それは……」


 まるで後付けの理由のように聞こえた。


 総長もヴィオラ姉さんを助けようとしてくれるはずだ。2人は方針の違いで衝突する事もあったけど、見捨てるとは……思いたくない。


 だから、バフォメットがわざわざ僕を逃がす必要はないはずだ。レオナールの件も、総長に任せておけばいい話だと思う。


 ただ、その辺を突っ込むのはやめておいた。


 バフォメットも色々と思うところがあるのかもしれえない。逃がしてもらったのは助かる。僕にとって都合が良いから、あまり突っ込まないでいいだろう。


 ただ、お礼は言っておく。改めて見逃してくれたお礼を言っておく。


 それと――。


「通信機まで貸してくれてありがとう。大事なものじゃないの?」


『それは私の物ではない。雪の眼の史書官に押しつけられたものだ』


 ラプラスさんがバフォメットさんと連絡取る用に預けたものらしい。


 又借りしちゃったわけか。出来れば無傷で返さないとな……。


『とにかく、お前を逃がす事で私も利益を得られる可能性はある。レオナールという現契約者を見つけたら教えろ』


「うん」


『だが、お前がやろうとしている事は自殺行為だ。今ならまだ、カトーも許すだろう。こちらに戻ってくるのも手だと思うが――』


「いや、行くよ」


 総長とバフォメットから離れ、黒水の地を進み続ける。


「奥方様に……石守素子さんに会いに行く」


『お前もエデンの人間だ。見つかったら即刻射殺される可能性もあるぞ』


「殺されるとしても、行かなきゃ……。僕は、奥方様に……黒水守の最期を伝えるべきだと思うんだ」


 ノコノコと伝えに行って、殺される可能性はある。


 所詮、お前もテロリストだったな――と殺されるかもしれない。……僕は黒水守の傍にいたのに、守れなかった男だから……きっと責められるだろう。


 通信機に向かってそう言うと、バフォメットは「お前が黒水守側に立って戦っていた事は、向こうも知っているはずだ」と言った。


『その件に関しては責められないだろう。だが、いま会うのは危険な相手だぞ』


「でも、エデンの皆を救うためにも、奥方様に会う必要があるんだ。向こうにはレンズもいるはずだし……何とかしないと」


 レンズもエデンの人間として責められているかもしれない。


 それに、このままだとエデンは終わりだ。


 交国との戦いで皆死んでしまう可能性がある。プレーローマに利用され、単なるテロリストとして使い潰される可能性もある。


 ただ、プレーローマと手を切れば、エデンの皆が餓え死んでしまう。


 でも、奥方様の……交国の支援を受けられれば、あるいは――。


「虫の良い話だと思うけど……頼むだけ頼んでみる。皆を助けてくださいって」


『死ぬぞ。お前が真っ先に』


「いいよ。賭けなきゃいけないのが自分の命だけなら、気楽なもんだ」


 行動を起こさない限り、エデンの皆が苦しむ事になる。


 それに……奥方様も苦しめる事になる。


「手土産代わりに白瑛を持って行きたかったけど……」


 総長が操縦席に乗り込んでいたうえに、巫術対策もしていたから奪えなかった。ひとまず生身で逃げるしかない。


「誰かが死ぬべきなら、僕の命で勘弁してもらうよ」


『お前の命にそこまでの価値はあるまい』


「た、確かに……。そうだね」


 とにかく、奥方様に直談判しにいく。


 本当に虫の良い話だと思うけど、お願いしにいく。


 奥方様は交国の中枢にいる人だ。……ヴィオラ姉さんを連れて行った宗像特佐長官も、追ってくれるかもしれない。


 どうも特佐長官と黒水守達は険悪な様子だったし、ヴィオラ姉さんを助けることは協力してくれる……かもしれない。さすがに希望的観測すぎるかもしれないけど、いま頼れる「真っ当な人」は奥方様しかいない。


 これ以外に選択肢は無いし、とりあえず行ってみると――と通信機に語りかけると、バフォメットは「他の選択肢もある」と言った。


『何も背負わず、1人で逃げる手もあるだろう』


「無理だよ。僕1人で逃げられるはずがないし……そもそも、逃げたくない」


 エデンがここまでの事をやってしまった責任は、僕にもある。


 エデンの一員として戦ってきた僕にも責任があるんだ。……総長に頼りっぱなしで、「プレーローマに頼る」なんて判断をさせてしまった僕も悪いんだ。


「とにかく、ありがとう。僕を見逃してくれて。ここからは――」


『待て。私が何のために通信機を渡したと思っている』


「…………?」


『私の方でも黒水の状況について、探りを入れている。その内容を教えてやる』


 どうやら小型のタルタリカを黒水に潜伏させ、その子を経由して情報収集してくれているらしい。それを僕にも教えてくれるそうだ。


 バフォメット曰く、黒水守の死後に交国軍の第7艦隊がやってきた。そして、黒水で「テロリスト殲滅」を口実に砲撃を開始した。


 第7艦隊側にも「これはさすがにおかしい」と考え、艦隊司令の命令に背いて黒水を守ろうとしてくれた人もいたようだけど……第7艦隊の砲撃により、黒水はさらにメチャクチャになったらしい。


 避難所にいる人達はどうなったか聞くと――。


『第7艦隊の砲撃は避難所にも飛んでいた。それによって多数の死者が出ている』


「嘘だろ……? ミェセ達は、無事なのか……?」


『さすがに個人がどうなっているかは知らん。皆殺しとなったわけではないが、一般人にも多数の被害が出たのは間違いない』


「…………」


 ミェセ達だけではなく、奥方様やお嬢様も無事なんだろうか……?


 レオナール達が人質に取ったつもりだった奥方様達は、黒水守が神器で水を操って作った偽者だった。だから本物の奥方様達は別の場所にいたはずだ。


 でも、第7艦隊による無差別砲撃まで行われた以上、それに巻き込まれた可能性もある。


「そもそも、何で第7艦隊が黒水に砲撃を……!」


『特佐長官の宗像が命じたのだろう』


 交国の宗像特佐長官は、密かに総長に連絡を取った。


 交国本土に――黒水に入れるよう手引きし、さらには第7艦隊の方舟や機兵の一部を巫術で奪いやすいように誘導もしていたらしい。


『その宗像もエデンを裏切った。政敵の黒水守を殺したらそれで満足したという事ではないのか?』


「本当にそれだけかな……? いくら何でも、無茶をしすぎじゃないかな」


 宗像特佐長官は、交国でもかなり立場のある人だ。


 そんな人がテロリストと直接取引をしてまで、政敵である黒水守を殺そうとするのは……さすがに無茶じゃないか? バレたら解任どころじゃ済まないぞ。


 後先を考えていないというか、これほどの事をやらかしても何とか出来る策があるような振る舞いに感じる。


 黒水守達に交国の実権を奪われ、自暴自棄になったとしたら……あまりにも愚かな行動だ。何か裏があるはず……。


「宗像長官が黒水守と敵対していたのは、確かだと思う。どうも……黒水守達は玉帝を支配下に置いているような様子だったから――」


『玉帝を支配下に置く? 弱みでも握っているのか?』


「わからない。でも、黒水守達は玉帝に言う事を聞かせている様子があった。玉帝を使って、宗像長官を撤退させたりもしていたようだし……」


『ふむ……。その辺りの話は、交渉材料(・・・・)になるかもしれんな』


「交渉材料?」


『黒水守達と、宗像は明らかに敵対していたのだろう? そして、宗像は黒水襲撃を確かに手引きしていた』


 その事を話せば、「敵の敵は味方」と扱ってくれるのではないか――とバフォメットは言った。


 宗像長官を裁くための証拠なり証言を出せば、それが取引材料になるんじゃないか? という話らしい。取引材料としては弱い気がするけど、何もないよりはマシ……と思うべきなんだろうか?


 奥方様にエデンの皆の保護をお願いするにしても、まったくの無策で行くなんて……ただの自殺行為になりかねない。


 エデンは奥方様の大事な人を奪った。


 黒水もメチャクチャにしてしまった。


 それでも、なんとか、エデンの……子供達や、何の罪も犯していない人達ぐらいは……なんとか、助けてもらえるように交渉するとしたら――。


『フェルグス。黒水の警備隊の情報を手に入れた。石守素子は無事のようだ』


「ほ、ホント……!?」


 立ち止まり、考え込んでいるとバフォメットが新しい情報を仕入れてくれた。


 奥方様は生きているらしい。何とか無事らしいけど――。


『だが、娘が(・・)行方不明のようだ』


「桃華様が……!?」


 バフォメットがタルタリカ経由で盗み聞いた話によると、奥方様は桃華様を逃がそうとしていたらしい。


 けど、その途中で何者かに襲撃され、桃華様の護衛は全滅。桃華様自身の行方もわからなくなっているらしい。


『市街地で抵抗を続けている者もいるうえに、負傷者も多数いるため、捜索活動も捗っていないようだな』


「抵抗を続ける者って……」


『エデンの協力者だ』


「…………!」


 黒水守は死ぬ直前、神器を振るってレオナール達を守ったようだった。


 その後も、レオナール達が暴れ続けているんだろうか……? あるいは彼らとはまた別の人達か……。


『領主の息女を襲撃したのは、プレーローマの工作員か、もしくはエデンの協力者だろう。死体が見つかっていない以上、連れ去って人質にしようと考えているのかもしれん』


「バフォメット。もし、総長が桃華様を……黒水守の娘さんを確保した様子があったら、教えてくれ」


 とりあえず、僕は近辺を捜索してみる。


 お嬢様を助けに行く――と告げる。奥方様に会いに行くのはその後だ。


『私としては、現契約者捜しを優先してほしいのだが』


「桃華様を連れ去ったのは、エデンに関係している人だと思う」


 それがプレーローマの工作員なのか、別の人なのかはわからない。どっちにしろエデンが関係している以上、そこにレオナールがいる可能性もゼロじゃない。


 情報を提供してくれるだけでいいから協力してくれ――と頼むと、バフォメットはほんの少し考え込んだ後、「わかった」と言ってくれた。


『ならば、さっさと見つけた方がいいな。怪しい動きをしている者がいないか、こちらの方でも巫術で探してやる』


「…………! ありがとう、バフォメット!」




■title:港湾都市<黒水>郊外にて

■from:死にたがりのスアルタウ


 バフォメットから得た情報を頼りに、まずはお嬢様が行方不明になった現場に――襲撃された現場に向かった。


 そこを中心に捜索を続けていると、バフォメットが「妙な魂」を見つけてくれた。黒水郊外の農園に集まり、隠れている魂を見つけてくれた。


『何者かが集団で隠れている。そこを直接探ってみろ』


 その助言に従い、急いで向かう。


 黒水警備隊の人達が捜索活動をしている可能性もあったけど、そうではなかった。バフォメットの見立ては正しかった。


 黒水郊外の農園にいたのは、明らかに警備隊の人達じゃなかった。……粗末な武器で武装し、焦っている様子の人達だった。


 おそらく、最初は黒水で保護されていた人達だったんだろう。でも、黒水守や交国に反抗心を持って……エデンの襲撃に協力した人達だったんだろう。


 寄り集まり、「これからどうする」と話し合っている様子だった。


『後先考えずに踏み入るのはやめておけ』


「わかってる」


 総長の使いのフリをして近づいて、情報を仕入れてやる。


 そう思い、近づいていくと――。


「――――」


 寄り集まっている複数の魂。


 その中の1つが、フッ……と消えるのが(・・・・・)観えた。


「――――!」


『おい、待て』


 嫌な予感がした。


 バフォメットの制止も聞かず、魂が集まっている場所へ――納屋に踏み入る。


 その中央。


 そこに、椅子に縛り付けられた人がいた。


 その人を怪しい風体の人達が取り囲んでいた。


「……お嬢様(・・・)?」


 縛られていたのは桃華様だった。


 椅子に縛られたまま、地面に倒れている。


 ピクリとも動かなくなっている。


 見開かれた目。そこにある瞳は、まったく焦点があっていなかった。


 そんなお嬢様の傍に、レオナールがいた。


 注射器片手に立っていたレオナールは、お嬢様を見てケタケタと笑っていた。





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