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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.0章:交国計画
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たとえ破滅に至るとしても



■title:港湾都市<黒水>郊外にて

■from:使徒・バフォメット


『…………』


 カトーが白瑛に乗り込んだ後、少しだけフェルグスの介抱をしてやる。


 気絶しているが命に別状はなさそうだ。


 黒水には現契約者(レオナール)がいる。いま直ぐにでも探しに行きたいところだが、いまは下手に動かない方が得策か。


 カトーもあまり信用できない以上、カトーに任せておくのも得策とは言えないが――と考えていると、フェルグスが目を覚ました。


「なんで……。何でバフォメットは総長に協力してるんだよ」


『…………』


「あの人は、プレーローマと……手を、結んで……」


『その件は、先程も話した』


 確かにプレーローマと組むのは、賢いやり方だとは思えん。


 プレーローマは私の敵でもあった。だがそれはもう、昔の話だ。味方とも思えんが、積極的にプレーローマ退治を行う理由もない。


 プレーローマが私の邪魔をしてくるなら戦うが、今は積極的に戦う理由もない。ゆえにカトーの決定を止める理由もない。


 馬鹿同士で勝手にやっていろとしか思わん――と改めて説明すると、フェルグスは明らかに落胆した様子だった。


「バフォメットだって、プレーローマと手を組んだら……ろくな事にならないってわかってるはずだろっ……!?」


『そうだな』


 カトーは自分が主導権を握っていると思っている。


 だが、そんな事は有り得ない。奴は明らかに冷静な判断能力を失っている。


 カトーがプレーローマを「上手く」利用できる可能性など、ゼロに等しいだろう。そう語ると、フェルグスは「それがわかっているなら、総長を止めてくれよ」と訴えてきた。


『かつての私なら、カトーを止めたかもしれん。だが、今の私にとっては……どうでもいい事だ。ヤツの愚行を止めるだけの理由がない』


 私の戦う動機(スミレ)は、もういない。


 与えられた命令はあるが、心から果たしたいものではない。


 もう、何もかも終わっているのだ。どうでもいい。


 ヴァイオレットの安否に関しては多少は心配になる。だが……彼女を命懸けで守る理由もない。守ったところで、スミレは蘇らない。


『私に頼っても無駄だ。そして、他のエデン構成員に頼ったところで……良い結果になるとは限らない』


「それは、どういう……」


『大半のエデン構成員は、カトーがプレーローマと通じている事を知らない。しかし、カトーがプレーローマの手を借りている事を知っている幹部もいる』


 ヴァイオレットのような穏健派の者達は知らんのだろう。だが、カトーが誰と手を結んでいるか知っている者も存在している。カトー側についているエデン幹部の殆どは知っている様子だった。


 奴らはそれでもなお、カトーを信じている。カトーの主張を信じている。あるいは……カトーを利用しようとしている。それが交国とプレーローマへの恨みから来るものなのか、打算によるものなのかは知らんが。


 どいつもこいつも愚かなのだ――と教えてやると、フェルグスは理解に苦しむと言いたげな表情を浮かべた。


「皆、おかしいよ。何でそこまでして……」


『他にすがるものが無かったのだろう』


 ベルベストは滅んだ。世界そのものがなくなった。


 彼らは故郷を失い、流民と化した。


 カトーの絵空事(けいかく)がどれだけ無茶なものでも――他にすがるものがない以上――カトーの計画に乗らざるを得なかったのだろう。


 選択肢らしい選択肢がない中、それでも何とか交国やプレーローマへの「仕返し」がやりたかった。だから、手段を選ばずに行動している。


 皆、自暴自棄になっているのだ。


 引っ込みがつかなくなっているのだ。


 エデン強硬派の中心人物達はもう真実を知っている。


 今からエデンを止めるのは簡単な事ではないぞ、と言うとフェルグスは俯いた。ひどく落胆している様子だった。


『全てのエデン構成員が真実を知っているわけではない。お前が皆に真実を暴露したら、エデンは大混乱に陥るだろう。カトーの支持を奪う事も出来るかもしれん。だが、それでカトーを止められる保証はない』


「…………」


『カトー側についているエデン幹部は、カトーと似た境遇の者が多い。家族を失い、自暴自棄になっている者が多い様子だった』


 おそらく、プレーローマ側がそういう者達を幹部に推したのだろう。


 カトーと同じく、プレーローマ(じぶんたち)の手先として御せる自信があったのだろう。その目論見はそれなりに上手くいっているようだ。


『エデン全体に真実を暴露したら――どう転ぶかはともかく――大きな影響が出るのは確かだろう。だが、その程度ではもう、カトーは止まらないだろう』


 ただしエデンが瓦解する可能性はある。


 統率が乱れ、テロリストとして各個撃破しやすくなる。


 オマケにプレーローマの支援も打ち切られるかもしれん。奴らの狙いは「エデンを使った対交国工作」だろうから、使い物にならなくなったエデンはさっさと切り捨ててしまうだろう。


 そう言うと、フェルグスは苦しそうな表情を浮かべつつ、「じゃあ、このまま何もするなって事か……!?」と言ってきた。


『可能性を述べているだけだ。エデンが瓦解すれば私は多少困るが……まあ、どうでもいい。貴様らは私にとって絶対に必要なものではない』


「…………」


『ただ、プレーローマの支援を失えば、今のエデンは維持出来なくなるだろう』


「……エデンで保護している人達は、養っていけなくなる」


『そういう事だ』


 エデン構成員の大半は、大した力を持たない非戦闘員だ。


 自給自足など出来ていないエデンが外部組織の支援を失えば、彼らは飢え苦しみ、死んでいくだろう。交国軍等の敵に追われ、逃げ惑い、殺されていくだろう。


『だがそれは、どうやっても避けがたいものだ。カトーの計画は遠からず破綻する。いや、既に破綻している。今のエデンは歩く死体(アンデッド)のようなものだ』


「…………」


『今のところネウロンの占拠……いや、奪還には成功している。だからネウロンで細々と自活していくという手もある。それも破綻するだろうがな』


 交国軍はエデンを許すまい。


 エデンはネウロンだけではなく、黒水でも事を起こした。しかも後者に関しては欠片も正当性がない蛮行だ。


 そう話すと、フェルグスは私に向ける視線を強いものにした。


 睨んでいるらしい。まあ、当然の反応だろう。


『お前は私を糾弾する権利がある。黒水でのこと、私は止めようと思えば止められる立場だったからな』


 私も襲撃に加担している。


 フェルグスの言葉を聞いて撤退したものの、私がカトー達を止めていればあんな事は起こらなかっただろう。止める理由もないが。


「…………。総長を止められなかった僕に、アンタを責める権利なんてない」


 フェルグスはうなだれ、そう呟いた。


 縛られていなければ、両手で顔を覆っていそうなほど落ち込んでいるようだ。


 カトーに目を掛けられていたとはいえ、大きな権限など持っていない若造が必要以上に自分を責めているようだ。……こういうところはあの子(スミレ)を見ているようで、少し、心がざわつく。


『今のエデンは、進むも退くも難しい状況だ』


 真っ当とは言いがたい方法で組織を再興し、その方法に依存している。


 カトーは「プレーローマは利用しているだけ」と言い張っているが、そうではない事は奴自身が一番よくわかっているはずだ。


 それでも他に――自分の目的を達成するための――策がない以上、そう言い張るしかないのだろう。哀れな存在だ。


 そのカトーに付き合わされているエデン構成員達も、カトーに依存してしまっている。カトーとプレーローマによって生かされてしまっている。


 プレーローマとの関係を断てば組織を維持できず、皆が路頭に迷う。プレーローマとの関係を断たず、このまま進み続けても待っているのは破滅だ。


 エデンは、とっくの昔に詰んでいるのだ。


「ヴィオラ姉さんが言っている事が、正しかったんだ」


『…………』


「交国との戦争じゃなくて、混沌機関を作成して売って……真っ当に他の勢力と取引していく方が正しかったんだ」


混沌機関製造(それ)が出来る環境を整えられたのは、カトーがプレーローマと手を組んだおかげだろう。エデンだけでは混沌機関製造に必要なククルカンライトどころか、必要な設備も整わなかったはずだ』


「…………」


『カトーはプレーローマの望みを理解していたのかもしれんな。戦わなければ支援を打ち切られる。……呑気に混沌機関を作っているだけでは、プレーローマの支援は打ち切られ、多方から叩きのめされるとわかっていたのかもしれん』


 カトーがプレーローマと手を結ばなければ、エデンは再興しなかった。


 ベルベストの者達も死んでいた。


 だが、完全に助けられたわけではない。外部の支援という生命維持装置によって、無理矢理生かしているようなものだ。


「……僕らは、どうすれば良かったんだろう」


『…………』


「何を信じれば……誰を信じれば良かったんだ?」


『…………』


「これから、どうすれば……」


『知らん』


 ウジウジと弱音を吐きそうになっている少年を突き放す。


 私には貴様らなど、どうでもいい。


 腐臭を放つ死体(エデン)など、滅びてしまえと思う。……貴様らには苛立ちすら感じている。エデンを腐らせた馬鹿者共め、とさえ思う。


 だから本当に貴様らの事など、どうでもいいのだが――。


『どの道を選んだとしても、お前は苦しむだろう』


 つい、発声器官を動かしていた。


『楽な道など1つもない。……だが、それでも足掻かない限りは死ぬだけだ。死なせるだけだ。守れずに終わるだけだ』


「…………」


『それが嫌なら、歯を食いしばって足掻くがいい』


 無駄な足掻きに終わるかもしれん。


 火に油を注ぐだけかもしれん。


 しかし、「何とかしたい」「守りたい」と願っているなら、行動を起こすべきだ。……私と違って、お前にはそう思うだけの動機があるのだろう?


 カトーはカトーで足掻いている。


 何とか仲間の仇討ちをしたかった。しかし、神器は奪われ、組織も瓦解しており、まともな相手には頼れなかった。


 それでも足掻いた結果、さらなる不幸を撒き散らす結果に至ったのかもしれんが、奴なりに足掻いたのだろう。……自分で考える事をやめ、ただ蹲って進む事も退く事も出来なくなった私とは違い、足掻いているのだろう。


 私も足掻く事は出来たはずだ。


 復讐以外の道もあったはずだ。


 例えば……スミレの遺志を継ぎ、誰かを守るために戦い続ける事も出来たはずだ。おそらく、スミレは……そうした方が喜んでくれただろう。


 だが、私は考えるのをやめた。


 現実から目をそらした。


 手を差し伸べてくれる同志もいたのに、足掻くこともやめた。


 カトーには、私にとってのシシンのような同志はいたのだろうか。




■title:港湾都市<黒水>郊外にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「…………」


 バフォメットの言葉をよく考えていると、「みぃん」という鳴き声と共に、フワフワしたものが近づいてきた。


 マーリンが「みぃん」と鳴きつつ、そのフワフワの身体を僕の足にこすりつけてくれた。その後、縛られた僕の腕を労るようにペロペロと舐めてくれた。


「……バフォメット」


『何だ』


「お願いがある」


 僕は守れなかったし、何も出来なかった。


 けど、まだやれる事はあるはずだ。




■title:港湾都市<黒水>郊外にて

■from:復讐者・カトー


「…………」


 仲間に連絡した後、操縦席で少し休むだけのつもりが……気がついたら眠っていた。白瑛の中で気絶するように寝てしまっていたらしい。


 霞む視界の中、目元を揉みつつ息を吐く。


 黒水襲撃を手伝ってくれた現地協力者の中には、捕まっていない者もそれなりにいるらしい。……まずはそいつらと合流する事になりそうだ。


 黒水警備隊の抵抗や第7艦隊の攻撃もあって、協力者の中にも逮捕者や死人が出たようだが、まだ無事な奴もいる。混乱に乗じて逃げている者達と合流したら、戦力に出来る。戦闘員としては心許ないが、陽動作戦ぐらいはさせられるはずだ。


 いや、それ以外の事も出来る。


 癇に障ることを言うバフォメットを、完全に従えられる人材を確保できる。


「レオナールって奴を、確保出来れば……」


 バフォメットは命令を忠実にこなす傀儡になる。


 黒水襲撃の時のように、途中で撤退していく事もなくなる。


 オレが契約者(レオナール)経由で「特攻しろ」と命じれば、それに従う傀儡になる。……奴を上手く使えば、交国にもっと痛手を与えられる。


「交国の首都を襲撃して……玉帝を、オレの手で殺してやる……」


 交国首都を襲えば、宗像の野郎も出てくるはずだ。


 奴は玉帝の手先だ。主である玉帝の命が危うくなれば出てくるだろう。……奴の傍には捕まったヴァイオレットもいるはずだ。アイツも助けてやろう。


 交国軍はいま混乱している。今が仕掛ける好機なんだ。


 今後の方針をバフォメット達に伝えるため、白瑛の操縦席から外に出る。


 バフォメットが素直に従うとは思えないが、レオナールって奴を確保出来ればどうとでもなる。


 あと、出来れば……アルも説得しておきたい。


 アイツにも理解してほしい。オレがやっているのは、必要な事なんだ。


 悪いのは交国で、オレは正しいと理解して――。


「…………」


 操縦席から出ると、アルの拘束のために使った縄が床に転がっていた。


 アルを縛り付けていた柱には、誰の姿もなかった。


 壁際で――素知らぬ顔をして――休んでいるバフォメットがいるだけだった。


「おい……おいっ! アルは!? アイツはどこに行った!?」


『フェルグスはここを出て行った』


「出て行けるわけないだろ!? 拘束して、お前に見張らせ――」


 アルが消え、縄も解かれている以上、何が起こったかは明白だ。


 バフォメットに「お前、縄を解いたのか?」と聞くと、バフォメットは淡々と「拘束を解くな、とは言われていない」と返してきた。


『言われた通り見張っていたところ、拘束を解くよう頼まれた。その願いを叶えてやったところ、フェルグスは出て行った。理解できたか?』


「馬鹿かテメエは!! いま、ここを出て行ったら……交国軍に見つかるかもしれないだろ!? アルが交国軍に捕まったら、どう責任を取るつもりだ!!」


 外を指さし、「いま直ぐ捜しに行け!」と命じる。


 お前の巫術なら、アルぐらい直ぐに見つけられるだろ――と告げる。


 だが、バフォメットは「拒否する。私は忙しい。自分で探しに行け」と言ってきた。壁際で休んだまま、そう返してきた。


 怒鳴りつけ、殴りつけたいのを何とか堪え、通信機に手を伸ばす。


 黒水の協力者に連絡を取る。アルを探せ、と命令する。


 どいつもこいつも、何でオレの言う事を聞かないんだ!!


 オレは……皆のために、手を汚しているのに……命懸けで戦っているのに!!


 それなのにどうして、お前は――。




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