奪われた器
■title:交国本土<帆布>にて
■from:復讐者・カトー
オレは正しい。オレが正しいんだ。
交国が悪い。交国も黒水守も悪行の報いを受けただけだ。
いや、まだ終わりじゃない。これからだ。……玉帝への報いを与えていない。
復讐を完遂するためにも、合流予定地点に向かう。
オレと一緒に交国本土内に入った奴らと合流し、次の作戦を始めよう。白瑛に乗ったままだとさすがに目立つ。偽装も施した方舟に乗り、移動したいんだが――。
「…………」
合流予定地点に迎えに来てくれる方舟には、ヴァイオレットもいる。
アイツは作戦の詳細を知らないが、ここまで来たらもう内容を言わずにはいられない。
……アルに暴力も振るっちまったし、ヴァイオレットにも責められそうだ。皆のために仕方ないことをしたとはいえ、アイツと会うのも気が重い。
どう説明したものかと考えながら待っていると――。
「……お前か」
方舟ではなく、バフォメットがやってきた。
海の中をスルスルと進み、近づいてきた。
「バフォメット。お前、何で勝手に撤退した……!」
黒水での戦闘で、バフォメットは勝手に撤退しやがった。
おかげでラフマ達の手を借りる事になっちまった。勝手に逃げやがった事を責めると、バフォメットは悪びれもせずに喋りだした。
『あの場には私の契約者がいた。契約者の息子がいた』
「はぁ……? どういう事だ?」
詳しく話を聞く。どうやらバフォメットが探していた奴が黒水にいたらしい。
バフォメット曰く、アルにそう言われたらしい。
「お前、あの状況でアルの言葉を鵜呑みにしたのか!? お前を撤退させるためにウソをついたかもしれないのに――」
「僕は、嘘なんて言ってません……」
アルはオレ達の会話に口を挟んできた。
アルは黒水に潜伏中、「レオナール」というネウロン人と出会った。
そいつは石守家で――黒水守のところで使用人として働いていたらしい。
「レオナールが、バフォメットの今の契約者です。……でも、レオナールもテロに加担していた。総長の襲撃に……加担していた」
「…………」
「総長は、レオナールの事も前から知っていたんじゃないんですか……!?」
アルとバフォメットが問い詰めてきた。
予想していなかった言葉に戸惑いつつ、正直に答えていく。
「そこまで把握してなかった。オレが知っていたのは、黒水に協力者がいた事だけだ。……協力者の詳細に関してはオレは知らねえ」
協力者を手配したのはプレーローマの工作員だ。ラフマ達より前から交国本土に潜り込み、密かに動いていた奴がいたらしい。
誰が協力者なのかはどうでも良かった。
黒水襲撃が上手くいけば、どうでも良かった。
協力者共がオレと同じく、黒水守を敵と認定して動いてくれるなら……どうでも良かった。まさか、バフォメットが探していた奴がいたとは思わなかった。
ラフマ達は知っていたかもしれない。いや、交国軍に追われていたラフマ達が協力者と直接接触するのは難しかっただろうし……アイツらも知らなかったのかもしれない。
別にバフォメットを騙したわけじゃない――と言ったが、アルはオレの言葉をまるで信じていないようだった。ずっとオレを睨んできている。
バフォメットは「まあいい」と言い、さらに言葉を続けた。
『私はフェルグスの要請通り、黒水から撤退した。契約者の身柄を寄越せ』
「レオナールの安否は……わからない。レオナールは黒水にいたけど、総長が……無差別攻撃をするから――」
「オレは知らなかったんだ! バフォメットが探している奴がいたなんて――」
アルがオレの責任にしてくるから急いで弁解する。
いまバフォメットと敵対するのはマズい。……バフォメットとやり合うなら、先に現契約者のレオナールって奴を確保しておきたい。
バフォメットやラフマ達より先に、レオナールを手元に置いておけば後はどうとでもなる。バフォメットは統制戒言とやらに縛られ、傀儡になってくれる。
何とかこの場を凌ぐために言葉を紡ごうとしていると、アルが「生きている可能性はある」と言ってくれた。
「レオナールの魂が消える瞬間は……見ていない。白瑛の自爆攻撃が行われる直前、レオナールの魂が急速に遠ざかっていくのが観えた」
「…………」
「多分、黒水守が神器を使って守ったんだ……。黒水の人達を……レオナール達のような人達も、まとめて――」
『では、黒水に戻れば見つけられるな』
「正気か……!? いま黒水に戻ったら、交国軍からタコ殴りにされるぞ!?」
宗像の手引きにより、オレ達を黒水に通した第7艦隊は――黒水守が死んだ後は――もうオレ達を「用済みだ」と言うように攻撃してきた。
いま黒水に戻れば、包囲されてやられるのがオチだ。バフォメットなら今の第7艦隊なら蹴散らすかもしれんが……。
「お前は切り抜けられるとしても、レオナールって奴は流れ弾で死ぬかもしれないんだぞ? さすがにいま黒水に戻るのはやめてくれ」
『私が交国本土に来たのは、現契約者を見つけるためだ』
「冷静になれ! レオナールって奴は、こっちで何とか保護する」
バフォメットが行けば絶対に目立つ。だから駄目だ、となだめて止める。
コイツが先にレオナールって奴を確保した場合、「目的は達成した」と言ってさっさと逃げて行く可能性がある。バフォメットより先に確保しないと、バフォメットという重要な戦力を欠く事になる。
交国本土にはプレーローマの工作員も少数ながら存在する。そいつらを使って、レオナールって奴も見つけ出せばいいだろう。
そう考えていると、そのプレーローマの工作員から連絡が来た。
ラフマ達から連絡が来た。
■title:交国本土<帆布>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「な、なんでラフマ隊長達が生きているんですか……!?」
当たり前のように通信先に現れたラフマ隊長達を見て、思わず声をあげる。
ラフマ隊長達は黒水で死んだはずだ。……黒水守にやられ、あるいは白瑛の自爆に巻き込まれてほぼ全員死んだはずだ。
魂が消えるのも観えた。それなのに、ラフマ隊長は通信先で微笑している。「私達はそう簡単には死なないの」と言った。
『一度死んだ程度で死ねるほど、ヤワじゃないのよ』
「…………」
『それはさておきカトー君、直ぐにそこから離れて』
「何だとお前らまさか、オレ達を裏切って――」
『ここで裏切って何の意味があるの? 裏切ったのは宗像よ』
■title:交国本土<帆布>にて
■from:プレーローマ工作部隊<犬除>隊長・ラフマ
「それはさておきカトー君、直ぐにそこから離れて」
『何だとお前らまさか、オレ達を裏切って――』
そんなわけないでしょ、と言葉を返す。
カトーと<エデン>はまだ使い道がある。
手間暇かけて手駒にしたテロリスト達。まだ使い道がある。
流れ星のように鮮烈に活躍させて、最後は燃え尽きて死んでもらう。そこまでやってやっと<エデン>は御役御免よ。
「ここで裏切って何の意味があるの? 裏切ったのは宗像よ」
第7艦隊に話を通し、<エデン>を交国本土内に手引きした宗像特佐長官が動いた。……黒水守の殺害に成功してしまえば、こちらは用済みらしい。
宗像が率いる部隊が動き、交国本土内で待機していたエデン構成員が襲撃された――と伝えると、さすがにカトー君は顔色を変えた。
『全員、殺されたのか……!?』
「少なくとも2人、生きているみたい。合流予定地点もバレてる可能性が高いから、直ぐにそこから動いて」
詳しい説明はしてあげるから、直ぐに動きなさいと促す。
カトー君達を迎えに来る予定だったエデン構成員は、ほぼ殺されたと見ていいはずだ。生きていたとしても交国軍に身柄を抑えられているでしょう。
ただ、宗像の動きは少しおかしい。
エデンを交国本土に手引きした時点で十分おかしいけど――。
「あなた達が黒水襲撃を開始した頃合いに、宗像が率いる部隊が待機中のエデン構成員を襲撃した。その後、宗像達はさっさと逃げていった」
『逃げて……?』
「それで、その後から交国軍が来た。……どうも宗像は宗像で交国軍の奴らとは別口で動いているみたい」
交国も一枚岩じゃない。
おそらく宗像側の派閥と、黒水守側の派閥が別々に動いているんでしょう。
後者は遅れてエデン構成員達を見つけて捕まえに来たのかもしれないけど、その時にはもう宗像達がやることやって去った後だったみたいね。
「生きているのはヴァイオレットちゃんと、その護衛のタマちゃん。おそらくタマって子が裏切って宗像達を手引きした」
『ヴィオラ姉さんとタマも来てるんですか!?』
アル君が口を挟むと、カトー君が「お前は黙ってろ」とドスの利いた声を出し、彼を黙らせた。
『…………。本当にタマが裏切ったのか?』
「彼女は拘束されず、宗像長官に同行している姿が記録に残っていた。あの子、前から宗像と知り合いだったみたいね」
おそらく、交国の工作員としてエデンに潜入していたんでしょう。
宗像がカトー君に連絡を取れたのは、タマって子が手引きした影響。……宗像がすんなり味方についてくれるとは思ってなかったけど――。
『あのクソガキ……! 見つけたらブッ殺してやる!!』
「黒水に潜伏場所を用意してあるから、そこに行って。イヌガラシも行かせるから必要なものは彼におねだりして」
『ラフマ隊を信用しろと?』
「他にアテがあるなら、どーぞご自由に」
あなた達だけじゃ、潜伏場所なんて用意できないでしょ。
白瑛もバフォメットも無敵の存在じゃない。操縦者であるカトー君もボロボロだから、海中で潜伏し続けるのにも限界がある。
宗像と違って、いまあなた達を裏切る意味なんてない――と告げると、カトー君は舌打ちしながら視線を逸らした。大人しく従ってくれるならいいのよ。
『だが、黒水だと? よりにもよって……』
「黒水といっても郊外よ。あそこはいま大混乱中だし、敵さんもあなた達がノコノコと黒水に戻ってくるとは思わないでしょ」
プレーローマ側で用意しておいた潜伏場所を知らせてあげる。
潜伏場所といっても、そんな立派なものじゃないけどね。でも、白瑛を隠して少しぐらいは休む時間は取れるはずよ。
『しかし、宗像のクソ野郎は何がしたいんだ? 政敵の黒水守を殺したかっただけか? で、実行犯のオレ達に口封じするつもりか?』
「それだけとは思えない」
口封じも出来ればしておきたかったかもしれないけど、それにしては仕掛けるのが早すぎる。カトー君が白瑛に乗っている間に仕掛けたら逃げられるのは目に見えていたのだから。
「単なる口封じ目的なら、交国本土に来たエデン構成員は皆殺しにされているはず。けど、キミら以外にも2人生きている。タマって子は裏切り者だから生き残った。……じゃあ、ヴァイオレットちゃんは? なんであの子は生かされたんでしょうね」
『…………』
あの子は優秀な技術者だけど、交国がわざわざ確保するほどの人材じゃない。
7年前も交国の部隊がヴァイオレットちゃん相手に動いていた。アレは単に脱走兵を捕まえるためかと思っていたけど……星屑隊の隊員がほぼ死んだのに、ヴァイオレットちゃんがほぼ無傷だったのもおかしいといえばおかしかった。
あの子には何か秘密がある。
だから狙われている。
宗像の標的は、あくまであの子だったんじゃないの?
「あなた達、ヴァイオレットちゃん絡みで何か隠してるでしょ」
『いいや? なにも?』
「私達は同志じゃなくとも、仕事仲間ではあるでしょ? あんまり隠し事をしてほしくないんだけど――」
そう言った瞬間、通信がプチッと切れた。
答えに窮したカトー君が切ったみたい。
ヴァイオレットちゃんに何か大きな秘密があるのは確定か。彼女の経歴には謎が多かったし、もっと調べておけば良かった。私の手落ちね。
「…………。スアルタウは、一応無事みたいですね」
「気にするとこ、そこ?」
黙って通信を聞いていたヨモギが、大して重要じゃないことに触れた。
いや、ヨモギにとっては重要なのかしらね。
何せ――。
「交国本土に来て交国軍に襲われた時、あの子は重傷を負った。けど、貴方は勝手に権能を使ってあの子の傷を請け負ってあげた」
「…………」
「人間相手に感情移入しちゃって、危険を冒して守ってあげた」
「……違いますよ。あの時はアルに殿を任せることになったから、長く戦ってもらう必要があったでしょう?」
ヨモギは視線を泳がせ、下手な言い訳をしてきた。
「アルを気に入ってたのは隊長の方でしょ」
「私はあくまで手駒として気に入っていただけよ。カトー君のように鉄砲玉として使えると思っただけ」
「…………」
「まあ、過ぎた話としておきましょう。同じ事が二度と起こらなければね」
次やったら貴方のペットに責任を問うからね――と告げると、ヨモギは顔を歪めながらも頷いた。
「……隊長の予想通り、宗像達の目的はヴァイオレット嬢なんでしょうか?」
「他にある? 黒水守を殺害したいだけだったとしたら、カトー君不在の時に襲撃仕掛けてきたりしないでしょ」
宗像は直ぐ裏切ってくるだろうとは思っていたけど、ここまで早いとは思わなかった。いつ裏切ったところでプレーローマは痛手を受けないように注意していたけど――。
「特佐長官ともあろう御仁が、テロリストと取引してまで手に入れたがる人材。そんなのを見逃していた事が上にバレたら怒られちゃう。貴方の所為にしていい?」
「やめてくださいよ……。でも、マジであの子は何者なんですかね?」
「さあね」
単なる交国出身の技術者、ってわけではなさそう。
発想が飛躍しすぎかもだけど、真白の魔神絡みの人材かもね……。
「あのタマって子は、いつから裏切っていたんでしょうか」
「そりゃあ最初からじゃない?」
カトー君と私達は結託して、「ベルベストの奇跡」という茶番劇を演じた。
そうする事でエデンに箔付けしてあげつつ、方舟等の物資も渡してあげた。オマケにベルベストの奴らを騙し、エデン構成員にしてあげた。
あの時、大量のベルベスト難民を受け入れちゃったから、それに紛れて交国の工作員も紛れ込んでいたわけだ。
ただ――。
「あの子もあの子で、裏切るタイミングが解せないのよね」
「純粋な交国の工作員だとしたら、もっと前に裏切ってそうですもんね」
「そうなのよねぇ……」
交国側がヴァイオレットちゃんを確保したいなら、彼女を確保出来る時にエデンの居場所を漏洩させるだけで良かったはずだ。
けど、ヴァイオレットちゃんがカトー君に連れられ、交国本土に来たところでやっと宗像達は動いた。タマって子も正体を明かした。
「エデンの行動が完全に筒抜けだったとしたら、エデンはもう壊滅していたはず。けど、そうはならなかった」
「泳がされていたって事ですか?」
「泳がせた結果、交国の英雄・犬塚が死亡した。白瑛まで奪われた。ネウロンもテロリストの手に落ちたっていうのは……さすがに泳がせ過ぎじゃない?」
「……宗像自身が、自由に動けない状態だったんですかね?」
ここ数年の交国は、おかしなところがあった。
7年前の告発で土台が揺らいだとはいえ、ある程度はダメージコントロールに成功していたのに……前は考えられない振る舞いをしていた。
交国の指導者であるはずの玉帝が、今までとは真逆の方針に転換したような節もあった。その影響もあって宗像も積極的に動けなかったのだろうか? 彼は主流派の黒水守派とは険悪のようだったし――。
「政争に敗れた結果、前ほど積極的に動けなくなった。けど、さすがに交国本土までヴァイオレット嬢が来た事で動けるようになったから……意地でも確保するためにテロ組織と一時的に手を結んだとか……?」
「そうなのかもね」
「けど、そうまでして確保したがるって、あの子何者なんですかね」
「さあ? でも、カトー君達は何か知っている様子だった」
私達は協力関係を結んでいるけど、仲良しってわけじゃない。
カトー君は「プレーローマを利用してでも交国に復讐してやる」ってアホな考えに取り憑かれているだけ。……老い先短いから視野が狭くなってるのかもね。
おかげで利用しやすくて助かってるけど――。
「まあ、場合によっては私達の方で横取りしちゃいましょう」
ヴァイオレットちゃんに大きな価値があるなら、確保しない手はない。
最悪、サクッと殺すのも手ね。交国の手に渡るよりは殺す方がいい。
とりあえずこっちはもう一仕事した後、カトー君達と合流しましょう――と命じる。ヨモギは「了解」と言ったものの、直ぐに渋面を浮かべた。
「でも、俺らは黒水守との戦闘で残機使っちまったから、次に死ぬと終わりですよ? タカサゴ以外は、あんまり無茶はできませんよ」
「上の指示を意訳してあげる。『無茶をしろ』との事よ」
「キツいなぁ~…………」
「危険な任務なら、私に割り振ってください」
盗聴対策に動いてくれていたタカサゴが、顔を上げてそう言って来た。
タカサゴはまだ死んでいないから残機がある。まだ「死ぬ余裕」がある。
ただ、この子はそこまで強くない。後方支援要員だ。
ヨモギもそれをわかっているから、「お前を駆り出すわけねえだろ」と言いつつ、タカサゴの頭をワシワシと撫でている。
タカサゴは命を捨てる覚悟があるらしく、私を見上げて「命令してください」と言いたげに見つめてきていたけど――。
「さすがに今回は副長と同意見。貴女を駆り出すつもりはない」
「それは……隊長としての判断ですか? それとも――」
余計な事を口走ろうとしたタカサゴの唇を指で押さえる。
もちろん、隊長としての判断よ――と言っておく。
「それ以外にないでしょ」
「…………」
「けど、私達が死んでしまった時は、後始末をよろしくね」
私達はもう後がない。
黒水守に残機を持って行かれたから、残機の補充をしてもらわないともう生き返れない。……その補充もプレーローマ本土に戻らない限り出来ない。
私達が死んだ後は、さっさと逃げて情報を持ち帰りなさいね――と改めて命令する。けど、タカサゴは唇をキュッと閉じ、不服そうに黙っている。
「返事をしなさい。タカサゴ。これは命令よ?」
「…………わかりました」
「上官命令に、そんな嫌そうな顔しないの」
今回はホント、部隊壊滅も有り得る。
私達は権能を与えられているとはいえ、<武司天>や<死司天>等とお偉いさん達と比べたらカスのような権能しか使えない。
所詮、私達も使い捨ての駒に過ぎない。カトー君より少しだけマシなだけ。使い捨てられたくなければ……何とか生還するしかない。




