僕らは名誉オークだった
■title:交国本土<帆布>の深海にて
■from:復讐者・カトー
「くそ…………」
作戦は成功した。
黒水守は死んだ。俺が殺してやった!
オマケに黒水守の神器強奪にも成功した。
何もかもオレの計画通りだ。全てが上手くいっている。
<白瑛>の権能で交国軍を強引に突破し、深海に潜って追跡を躱す。……まだ玉帝が生きている以上、完全勝利ではないが……今のところ上手くいっている。何とかなっている。
だが、身体の方が――。
「…………」
霞む視界の中、震える手を動かして注射器を取り出す。
急ぎ打って、ガタがきている自分の身体を無理矢理持たせる。……投薬が必要な間隔が短くなってきている。クスリが効かなくなってきている。
だが、まだいける。
まだ、戦える。
クスリを打った事で少しは楽になってきた身体を、何とか落ち着ける。呼吸を整え、荒い息を静めていく。
「…………」
そうしていると、足下から呻き声が聞こえてきた。
殴って気絶させておいたアルが目を覚ましたらしい。
アルはオレを裏切って黒水守の味方をしていた。けど、それは……一時の気の迷いというヤツだろう。アルが本心からオレを裏切るはずがない。
オレ達は同じ過去を持つ同志だ。
話せばわかってくれるはずだ。
暴力を振るってアルを黙らせた事は……さすがに謝ろう。
そう思いながら手を伸ばすと――。
「ぐッ……!?」
「なんで……! なんでッ!! 何で黒水守を殺したんですか!?」
アルの拳が、オレの頬を打ってきた。
■title:交国本土<帆布>の深海にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「あの人は……争いを避けようとしていたんですよ!?」
黒水守はエデンと事を構えず、交渉で解決しようとしていた。
横暴な交国を変えようとしていた。皆のために動いていた。
「あの人は皆のことを考えていたのにっ! なんで、なんで――」
「――――!!」
頬を押さえていた総長が、叫びながら殴ってきた。
鋭い拳に顔面を殴られ、弾かれ、操縦席の壁で頭を打つ事になった。
「うるせえ!! 黒水守は玉帝の犬だ!!」
違う。
黒水守は、そんなんじゃなかった。
総長は、知らないんだ。
殴られた衝撃で揺れる視界に酔いつつ、必死に言葉を絞り出す。
黒水守は玉帝の犬じゃない。むしろ、玉帝を操っていた。
それによって交国を変えようとしていたんです――と告げる。
そう言ったものの、総長は「そんなわけがない!」と言ってきた。
「黒水守は、そんな大した奴じゃない! 大国に寄生する虫けらなんだよ!!」
「あの人は……そういうのじゃありません……」
交国を変えようと暗躍していただけではなく、実際に弱者を保護していた。行き場のない流民や異世界人を黒水で保護していた。
黒水守に反発する人もいたけど……それでも、多くの人があの人に救われていた。そのはずだったのに……。
力もあった。
戦闘1つせず特佐長官すら退け、玉帝を支配下に置いている素振りがあった。……方法はわからないけど、特佐長官を退けていたのは事実だ。
「玉帝相手ならともかく、黒水守相手なら……話し合いで解決できたんです……」
「お前、オレは総長だぞ。総長に、口答えを――」
「暴力に頼る必要なんて、なかったんです。総長みたいに……自分勝手に……何の罪もない一般人まで巻き込む必要なんて――」
「黒水にいた奴らは裏切り者だ!!」
総長は僕の胸ぐらを掴み、そう叫んだ。
「玉帝の犬であるムツキに媚びを売っていた裏切り者達だ!」
「だ……だから、殺しても良かったと言い張るんですか!?」
「アル、お前……お前は忘れたのか!? オレ達が、流民がっ! 交国みたいな大国の都合で振り回されて、苦しめられてきた事を……!」
「…………」
「交国の所為で、お前の人生も故郷も家族もメチャクチャになった事を忘れちまったのかよっ……!!?」
「忘れてません! でも……でもっ……!」
「悪いのは交国だ! 諸悪の根源は、交国なんだ!! 最初に戦いを始めたのは奴らだぞ!? 先に仕掛けてきたのは、交国なんだぞ!?」
「それは……! でも、だからといって黒水の人達を巻き込むなんて――」
あの人達は交国で暮らしていただけだ。
あの人達が、僕らから奪ったわけじゃない。
黒水の人達だけじゃない。交国で暮らしているってだけで、罪があるわけじゃない。……交国の横暴は、実際にそれを命じた人の責任だ。
「交国がやった事をやり返して、何が悪い!?」
「交国や玉帝を信じられないのはわかりますっ! 黒水守もっ…………総長にとって、親の仇だって事も……わかります、けど……」
それでも、黒水の人達を傷つけていい道理はない。
無関係の人達を虐殺していい大義なんてない。
「黒水守は、本当に……今の交国を変えようとしていて――」
「ムツキは大量虐殺者なんだぞ!? エデンが裁くべき悪党なんだ!!」
「…………」
「オレの家族を、故郷を奪って……世界まで滅ぼした大罪人なんだぞ!?」
総長にとって、黒水守が憎い仇だって事は……わかる。
真の意味では理解できていないかもしれないけど、総長が傷ついているのはわかる。わかる……けど――。
「何でムツキなんかを信用する!? なんで……なんでっ! 師匠を信じてくれないんだ!? 会って間もないクソ野郎より、実際にお前を助けてやったオレを信じろよ!!? オレは総長で、お前の師匠で……命の恩人なんだぞ!?」
「僕だって総長のこと、信じたいですよ!!」
信じていた。
信じてついてきた。
総長なら、皆を導いてくれるって信じて――。
「でも、今の総長は信用できな――」
「黙れぇッ!!」
平手打ちが飛んできた。
みぞおちに拳も飛んできた。
思わず吐き、蹲る。
しばしの沈黙の後、総長が話しかけてきた。
「……もう、やっちまったから、仕方ねえだろ」
「…………」
「オレ達は……エデンは、交国と敵対しているんだ」
お前もテロ組織の一員だ。
それを忘れるな、と総長は言ってきた。
そう言った総長の顔を見ると、その表情は気まずそうなものだった。僕と目が合うと、余計に気まずそうに視線を逸らした。
「エデンがやった事は、お前のやった事になる。……今から交国に出頭したところで無駄だからな? お前もエデンの一員として殺されるだけだ」
「一般人を標的としたテロに加担するぐらいなら……殺された方がマシです」
そう返すと、総長は睨んできた。
額に脂汗を流しつつ、苦しげな表情で睨み、「お前は現実がわかっていないんだ」と言ってきた。
「少しは頭を冷やせ。交国にやられた事を思い出せ」
「頭を冷やすべきは、総長ですよ……」
「…………。もう後戻りはできない。オレ達は、戦争を始めたんだ」
「こんなの……こんなのっ、もう戦争ですらない」
ただの人殺しだ。
ただの虐殺だ。
「機兵を乗っ取ろうとしたところで、白瑛の権能で弾くから無駄だからな」
総長はそう言い、僕を拘束してきた。
抵抗したけど無駄だった。
「仮に乗っ取ったところで、お前の本体はオレの直ぐ傍にある。お前の首を絞めるなり、殴るなりの方法でどうとでも出来るからな」
「僕の話を聞いてください! 黒水守は、本当に――」
「黙れ!! 黙れッ!! 黙れッ!!」
総長は、拳で僕を黙らせようとしてきた。
こんな風に総長に殴られるなんて、初めての事だった。
総長はずっと優しかった。皆の事を考えて……ずっと守ってくれていた。
今も、皆の事を守ろうとしているのかもしれない。
けど、その「皆」の範疇は……きっと、とても狭いんだ。
「ぼく、は…………こんなこと、するために…………」
エデンに入ったわけじゃない。
僕は、守りたかったんだ。
皆を守りたかった。僕らみたいに苦しむ人が出ないよう、守りたかった。
けど、何も出来なかった。
それどころか……総長の悪行に、加担してしまった。
僕がエデンの人間として戦っていなければ……犬塚特佐に勝っていなければ、黒水の人達も……巻き込まずに済んだかもしれないのに――。
「…………」
僕らは名誉オークだった。
ラート達のように、誰かを助けたかった。
けど、出来なかった。
助けるどころか、不幸をばら撒く手伝いをしていただけだった。




