ヴィオラの対価
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
模擬戦の結果を踏まえ、巫術師の機兵運用について話し合うために会議室に来ると、隊長は既に席についていた。
そして、会議室に入ってきた俺達に向けて言葉を投げてきた。
「なぜ、スアルタウ特別行動兵も連れてきた」
「えっ!? い、いちゃマズかったですか……?」
「いや、本人がいいなら構わん。子供にとって長く退屈な話になるぞ、と言いたかっただけだ」
怒られるかと思ったが、隊長は単に気遣ってくれただけだった。
アルは緊張した様子だったけど、「ボク、大人しくしてます! うるさくしませんっ」と返した。それを聞いた隊長は受け入れてくれた。
「途中退出しても構わん。好きにしなさい」
「はいっ……!」
そうこうしていると、他の会議出席者もやってきた。
星屑隊からは隊長、副長、俺が出席。第8巫術師実験部隊からはヴィオラ、アル、技術少尉が出席。6人で話し合う事になった。
スアルタウの模擬戦での活躍も踏まえ、星屑隊では巫術師による機兵運用試験を始める。あくまで通常の任務に支障のない範囲だが……これでアル達は流体甲冑で出撃する必要がなくなる。
「――ということで異論はないな? 技術少尉」
「昨日も無いって言ったでしょ」
話を振られた技術少尉は鬱陶しそうに応じた後、ニヤリと笑った。
「他所の実験部隊と同じ方法で競っても、出し抜くのは難しい。この賭けにのってあげる。昨日の模擬戦であの元エリートを倒すとこ見せられたら……ねぇ?」
いやらしい笑みと共に出てきた言葉に対し、アルが首を傾げた。
「えりーと……?」
「アンタが倒したレンズ軍曹は、あの銀星連隊所属の機兵乗りだった。銀星連隊といえば交国でもそれなりのエリート集団よ。犬塚特佐の部隊と比べたらゴミカスだけど、機兵乗りなら名前ぐらい聞いた事あるでしょ」
最後の方は俺や副長に対して言ったようだった。
レンズが前所属していた部隊に関しては、詳しくは知らない。
本人が言いたくなさそうにしてるし、無理に聞く話じゃない。でも、どうやら技術少尉は自分でアレコレと調べていたようだ。
「アイツはエリートだったけど、野蛮なオークらしく暴力沙汰を起こしてネウロンに左遷された。天に輝く星のはずが、地に落ちる星屑になっちゃったわけ。実力は本物らしいから、それを倒したことは誇っていいのよ、クソガキ」
皆が黙っている中、技術少尉は得意げに言葉を続けた。
「アタシの方でも星屑隊のこと、調べさせてもらったけど……思っていた以上にゴミ部隊ねぇ。レンズ軍曹みたいな野蛮オークがゴロゴロいるし、命令違反や横領犯までいる」
「…………」
「明星隊も似たようなものだったけど、アンタらもアンタらで問題児多すぎでしょ。ああ、あとラート軍曹――」
「はい?」
「アンタはアンタで、何やらかしてここに来たのよ。アンタだけなんか、よくわからなかったんだけど……」
「いやぁ……ははっ……。お察しの通り、俺も問題児っスよ。オマケに頭も悪い」
技術少尉の調べ方が甘かったのかな。
一応、玉帝が関係している一件だし……詳細は抹消されてたりするのかも……。
技術少尉は俺の返答に眉をひそめた後、「まあとにかくクズの集まりって事よねぇ」と言いながら自分の身体を抱きしめ、大げさに身震いを見せた。
「アンタらみたいな落ちこぼれと同じ船に乗ってる事実を考えると、身の危険を感じちゃう。アタシのキャリアどころか、身体まで傷物にされそう!」
「あはは、そんな心配しなくて大丈夫っスよ~」
技術少尉に対して言葉を返したのは、笑顔の副長だった。
目はあんまり笑ってないが――。
「問題児多いのは事実ですが、全部過去の事です。ネジ隊長の部下になってからは、皆とても紳士的になったので問題1つ起こしてないんですよ?」
「どうだか。露見してないだけでしょう?」
「酔っ払って野糞してる程度ですよ。かわいいもんでしょう?」
顔をしかめる技術少尉と違い、副長は笑みを深めた。
手を組んでアゴの前に起きつつ、さらに言葉を続けた。
「でも、オレ達は問題児集団なので、気が合うんですよねぇ」
「…………?」
「仲良し問題児の中に、仲良く出来ない問題児が混ざってきたら皆で『教育』する。問題児が大多数なので数の力で何でも出来る。口裏合わせるのも簡単です」
「……何が言いたいの」
「星屑同士、仲良くしましょって話ですよ~? アンタも落ちてきた身だろ」
ダンッ! と机を叩く音がした。
顔を赤くし、頬を引きつらせた技術少尉が机を叩いていた。
技術少尉は副長を指差しつつ、隊長に向けて叫んだ。
「ネジ中尉! 部下の躾ぐらいしなさいよ! こいつ……アタシを脅して――」
「副長は『戦友として仲を深めましょう』と言っただけだろう」
隊長がしれっとそう返すと、技術少尉は舌打ちした。
忌々しげに「部下が部下なら、隊長も隊長ね」と呟いた。
「まあとにかく、アタシは巫術師による機兵運用、望むところよ。……ただし、この実験のことは外部に口外しないこと! 絶対にね」
「交国術式研究所には――」
「いいのよ! まだ言わなくて! 他の実験部隊にはない成果が出るのは確実なんだから、もっと成果をまとめてからで……」
技術少尉はまたいやらしい笑みを浮かべていたが、直ぐに不機嫌そうな顔で「半端に報告したら、アタシの成果を上がかすめ取るかも!」などと言った。
ヤドリギ作ったのはヴィオラで、それを実際に使うのはアル達だ。
この人、何もしてねえのに……。
「ネジ中尉! 箝口令を敷きなさいよ!? 成果をまとめてから報告するって案は、そもそもアンタ提案なんだし……。雪の眼の馬鹿がいなくなったんだから、箝口令ぐらい簡単でしょ!?」
「ああ。承知している」
隊長は淡々とした口調で返答し、俺達の方を見て、「――という事だ。この件は口外するな」と言った。
「これは上からの正式な命令ではない。しかし、成果をある程度まとめて報告した方がいい。そうでなければ第8の特別行動兵は各地に散らばり、別々に実験に参加させられる可能性がある」
「まあ、隊長がそう仰るなら……」
「わかりました。絶対に言いません」
副長と俺が頷いた後、ヴィオラも「わかりました」と返した。
黙って真面目に話を聞いていたアルは――皆の視線が自分に向いた事で――返答を求められていることに気づき、慌てて「わかりました!」と言った。
こうして、巫術師による機兵運用実験は密かに始まった。
ここまでは俺達が望んだ通りだった。
「それで、成果についてだけど――」
けど、最後に技術少尉が言い出した話は認めたくないものだった。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「ヴィオラっ! おっ、お前、本気で言ってんのか……!?」
「ら、ラートさん、落ち着いて……。そんな怒らないでくださいよぅ……」
「おっ、怒ってるんじゃないっ……!」
ラートさんは混乱した様子であたふたと両手を振り回した。
その後、隊長さんに軍服の裾を「くいっ」と引っ張られ、その場で腰を落とした。私に視線を合わせてくれた。ワンちゃんが「座れ」って言われたみたい……。
「お前絶対、騙されてるって~……! なんでお前が損しなきゃいけないんだ?」
「や、私はいいんです。皆に相談せず、話をまとめてしまったのは悪いとは思っているのですが――」
こうしないと、子供達が電子手紙を出す許可も取り付けられなかった。
頑固でイジワルな技術少尉を何とかするには、これしかなかった。
ラートさんは心配してくれてるけど――。
「ラート、落ち着け。ヴァイオレットを困らせるな」
「でも副長っ!」
「ラート軍曹。これは決定事項だ」
「そうそう、決定事項! 軍曹風情がギャアギャア口出ししないで頂戴」
技術少尉はラートさんを煽るように笑いつつ、「それじゃ、後はバカ同士でよろしく~」と言いながら会議室を出ていった。
ラートさんは技術少尉を睨んでいたものの、副長さんが肩を押さえてくれた事で追いかけて行ったりはしなかった。
「やっぱおかしいって……。頑張ったのはヴィオラなのに……」
「いいんですよ、ラートさん」
ラートさんに近づき、私より二周り以上おっきな手に触る。
「ヤドリギは技術少尉が発明した事にする。そうしましょう――って言い出したのは私です。私は納得しているので、気にしないでください」
私はあくまで助手。
そういう事にした。
ラートさんは困惑顔のままだけど、納得してもらわなきゃ。
「ヤドリギを作ったヴィオラだ。ヴィオラが皆に褒められるべきだ」
そう言ったラートさんは、ちょっと泣きそうな顔になっていた。
大型犬が叱られて、キュンキュン言ってそうな雰囲気を醸し出している。
「私はホント大したことしてないですから。皆さんも、口裏合わせてくださいね? 『ヤドリギは技術少尉が発明した』ってことで」
ワンちゃんみたいな雰囲気のラートさんの両頬を撫でて落ち着かせつつ、副長さんや隊長さんにもお願いする。
副長さんは「お前がそう言うなら、オレらはどっちでもいいが――」と言ってくれた。隊長さんは事前に話を通しておいたので、問題ないでしょう。
「技術少尉も、これで少しは落ち着いてくれるはずです」
技術少尉は子供達を実験動物のように扱う。
平気で射殺しようとするし、平気で死地に追いやってくる。
でも、ヤドリギの件があるから交渉の余地が出来た。
技術少尉はヤドリギについて大した事を知らない。最終的な成果は全部あげるけど、情報を小出しにしていけば交渉材料になる。
子供達に酷いことするようなら、「ヤドリギについて教えませんよ」と脅せばいい。……中央に戻りたい技術少尉は成果に飢えている。
「それに、そもそもヤドリギは……私の発明品って気がしないんですよね」
「えっ? でも、作ったのはヴィオラじゃん」
「そうなんですけど……。私は『発明した』というか、『再現した』って感じがするんです。欲しいと思ったら作り方が頭に浮かんできたと言いますか……」
巫術による機兵の遠隔操作。
ラートさんの言葉でそれについて考え始めた結果、気づいたらノートにヤドリギの設計図と術式干渉計算を書き連ねていた。
ノートに書いているうちに考えもまとまったから、あとは何も見ずに作ることが出来たけど……自力で発明した気はしない。
「なんと言うか、カンニングペーパーを見て不正したような気分なんですよね」
「ヴィオラ姉ちゃん、『かんにんぐぺーぱー』って何?」
「えっとね。メモに試験の答え予想とか書いて、こっそり持ち込むこと」
「えぇ~! イケナイことだ……」
「そうそう、しちゃダメだよ~」
でも、それをしたような居心地の悪さがある。
誰かの答案を盗み見たような感覚だった。
「つまり、ヤドリギにはオリジナルがある……という事か?」
「うーん……。確信は無いんですが、そんな感じがします」
不思議そうな顔しているラートさんと副長さんと違い、隊長さんの態度はブレなかった。いつも通りの無表情で淡々と問いかけてきた。
「では、誰の発明なんだ?」
「いや~……。それがわからなくて……」
私もわからない。
ただ、ヤドリギを作った時の感覚はおかしかった。
自分で考えて作った感じがしなかった。
ハッキリと答えられずに困っていると、隊長さんは両目を閉じ、「まあいい」と言ってくれた。
「ヤドリギの成果を譲るのは、ヴァイオレット特別行動兵が自分で言い出した事だ。技術少尉もヤドリギという飴があれば、少しは機嫌よく動くだろう」
「でも、隊長~……」
「くどいぞ、ラート軍曹。……技術少尉がまた何かやらかそうとしたら、繊十三号の一件も含めて軍法会議で話をするだけだ」
「あくまでヤドリギの成果を譲っただけで、巫術師による機兵運用実験の成果は渡してないので。そこは皆さんで分け合ってください」
と、いう事で話をまとめてもらう。
ラートさんはまだ食い下がっていたけど、隊長さんは「この話は終わりだ」とピシャリと言ってくれた。
ラートさんのほっぺナデナデして落ち着いてもらっていると、隊長さんはラートさんに向けて別の話題を振ってくれた。
「それよりラート軍曹。祝勝会がしたいそうだな」
「あ、はい……。アルやヴィオラ達のために、模擬戦の祝勝会を――」
「常識の範囲内なら好きにやれ。食堂の一角、もしくは会議室を使うといい。あまりハメを外しすぎるなよ」
隊長さんがそう言うと、ラートさんはやっと笑顔を見せてくれた。
祝勝会のことがわからず、「きょとん」としているアル君を抱っこし、「お祝いしよう!」と騒ぎ始めた。
その光景は微笑ましいけど――。
「えっと、あのぅ……。ごめんなさい、副長さん」
「ん? 何が?」
「祝勝会は、その、機兵対応班の皆さんへの当てつけとかではないので……」
模擬戦は第8巫術師実験部隊と、星屑隊の対決のようなものだった。
ラートさんは私達に協力してくれたけど、模擬戦の祝勝会をする事に関して「不快感を持たれたらどうしよう」と心配していたけど――。
「ああ、そういう事ね。気にすんな。オレは別に気にしねえよ」
「さっすが副長! 懐が広い!」
「ラートをサンドバッグにして気を紛らわすよ」
ハハハハ、と笑いながら酷いことを言うので、アル君と一緒にオロオロしていると、「冗談だよ、冗談」と言ってくれた。
そのわりにラートさんが乾いた笑みを浮かべるような……。
「祝勝会は隊長が許可したものだ。文句言ってくる奴がいるなら、そう言ってやんな。ちょっかい出す奴はいないと思うが、オレも少し顔を出すようにするよ」
「あ、ありがとうございます!」
多分、文句を言う人はいないと思う。
模擬戦に勝った事、星屑隊の人達も「やるじゃん」って祝福してくれてるし……。ラートさんと副長さん以外の機兵対応班の人達とは、少し気まずいけど。
「お前らも少しぐらい、ハメを外せばいい。ラートはお前らのために奔走して、前々からプレゼントを用意したり――」
「ふ、副長!? それまだ言っちゃダメなヤツ……!」
「あれっ? そうだっけ? スマンスマン」
「もーっ……!」
ラートさんがプリプリ怒り、副長さんがケラケラと笑う。
アル君も嬉しそう。祝勝会って聞いた時点で表情を明るくしていたけど、「プレゼント」の単語を聞き、さらに目をキラキラさせている。
最近、アル君の表情が明るい。
その事といい、模擬戦に勝って未来を掴んだことといい、ラートさんにはお世話になってるな~……。星屑隊に拾ってもらえて、本当に良かった。




