過去:穏やかな日々
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念のため、この子にも安全装置をつけるべきなんだろうか?
今のところ裏切り防止を考える必要はない。
けど、危なっかしい子だから、危険を遠ざけるために安全装置をつけるべきなのでは? 例えばこの子が車道に飛び出しそうな時、「止まりなさい!」と一言で止められるように安全装置をつけるべきなのでは?
でもそれは、本当にこの子のためになるの?
命は守れるかもしれない。
けど、呪いになるかもしれない。
私は次の私を信用できない。
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子供が家の壁にクレヨンで絵を描いていた。
この子には絵の才能があるのかもしれない……。
神器以外の才に恵まれているとは予想外だった。
撮影し、ネットにアップしたところ、イイネは10個しかつかなかった。理解に苦しむ。愚民か? この絵の良さがわからない愚かな人類は死ねばいい。
いや、いま無駄に死なれると困る。死ぬなら蠱毒計画が始まった後にして。
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今日も子供が幼稚園に行く。
あの子の身の回りの世話は私がやればいいし、勉強も私が教えればいい。この世界に私以上に優れた者など存在しないのだから。
でも、私だけでは駄目だ。
私だけでは、あの子の社交性や人間性を養ってあげられない。
泣く泣く幼稚園に送り出した。あの子も私と離れるのが嫌なようで、私に向けて手を伸ばして大泣きしていた。でも、心を鬼にして送り出した。
あの子は誰よりも強くなる素質があるけど、戦闘能力だけでは駄目。人に寄り添う心が育たないと、人類の救世主にはなれない。
私が捨ててしまったものを、あの子には大事にしてほしい。そのためには人と触れあわせる必要がある。色んな人と交流してほしい。
…………。
それはそれとして寂しいし、不安だ。
急いで自宅に帰った後、幼稚園に仕掛けておいた隠しカメラ越しにあの子の様子を見守る。あぁ……私がいないから泣いている……。かわいそうに……。
やはり、幼稚園の職員に変装して傍で見守るべきだっただろうか?
いや、あの子は聡い子だから、直ぐに私の正体に気づいてしまうだろう。
何とか耐えてもらうしかない。
大丈夫、貴方は出来る子です。
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あの子が楽しそうに幼稚園に入っていった。
ついこの間まで、私と離ればなれになるから大泣きしていたのに!!
どうやら友達ができたらしい。
その子と遊ぶのが楽しいから、幼稚園に行く楽しさが私に会えない寂しさを上回ったようだ。へぇ~……! ほぉ~ん……! ふぅ~ん……!
私より幼稚園に通っているガキと一緒にいる方が楽しいんですね。
ふーーーーん。まあ、いいですけどね。
いや、私、真白の魔神なんですけど? 貴方の友達よりよっぽど頼りになるし、賢いし、私の方が色んな遊びを知っていますけど?
あと、貴方が「ほしい!」と言うなら何でも買い与えて…………いや、なんでも買い与えるのは教育に悪いから、ほどほどにしますけど……。それでも貴方が笑顔を向けている子より、私の方がスゴいと思いますけどね。……思いますけどね!!
いいですよいいですよ、こっちも忙しいので。
今のうちに蠱毒計画の準備を孤独に進めるので……。
…………。
ちょっとだけ隠しカメラのチェックを……。
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やってしまった、やってしまった。
一時の感情に流され、子供に玩具を買い与えてしまった。
先週、新しいものを買ってあげたばかりなのに!!
まだ誕生日ですらないし、何かのご褒美ってわけでもないのに……!!
幼稚園の友達じゃなくて、私の方を見てほしくて……つい買ってしまった。
まぁ、「ママ大好き!」と言ってくれたので、これは……計画のために頑張っている私のご褒美という事で……。えぇ、誰も損してないので良いのですよ。
…………。
自分のバカさ加減はわかってますっ!!
でも、だって! あの子、家でも友達のこと楽しげに話してるから……!!
ええ、ええ。理解しています。醜い嫉妬だと……。
こんな事をしている場合ではないと……。わかっています。
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も~……! 電気をつけっぱなしにしないっ!
「いま消すとこだった!!」
飛び散るから、立っておしっこしない!
「上手だから、飛び散らないもん」
玩具も出しっぱなしにしないっ!
「いま片付けるところだった!!」
遊んでばかりいないで、夏休みの宿題をしなさいっ!
「いまするつもりだったけど、言われたからやる気なくした!! あーあ!!」
ああ言えばこう言うんですから、もうっ……!
ギリギリになって泣きべそかいても、私は手伝ってあげませんからねっ。
「いいもんっ。ひとりでできるもんっ! 遊んでくるっ!」
あぁっ……。まったく……。
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「ママーーーーッ!!」
も~……! だから、毎日コツコツやっておきなさいと……。
はい、はい……。わかりました、わかりましたから。
手伝ってあげましょう。今から急いでがんばりましょう。
夏休みの日記? そんなの適当に創作すればいいんですよ……。
楽しく書けるように「夏休みの思い出リスト」を作ってあげましたから、サイコロ転がして出目に応じた思い出を適当に書いてしまいなさい。
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子供と手を繋いで街を歩いていると、急に手を振り払われた。
驚いて固まっていると、子供と同じ学校に通っている女の子が通りがかった。
どうやら母親と手を繋いで歩いているところを見られたくなかったようだ。ふーん……毎日顔を会わせる私より、同じ学校に通う女子への体面を気にするんですね。ふーん……。
私は貴方の好みを全て完璧に把握していますし、貴方のワガママなら大体聞いてあげるのに……ほんの数年生きただけのメスガキへの体面を気にするんですね!?
まぁ……冷静に考えればそんなものでしょうか。普通は。
親より他所のメスガキの方が惹かれますよね。ええ、ええ、それは別にいいんですよ。いいんですけど、別に火に触ったように手をパッと離さなくてもいいじゃないですか……! もうちょっと、こう……配慮が欲しかったですよ!?
とりあえず、手を繋ぎ直しましょう。
あのメスガキはもうどっか行きましたし、もう気にする必要は――イヤだ? ハァ~~~~!? 親に向かってなんですか、その口の利き方は!
今晩、大好きなハンバーグ焼いてあげませんからねっ……!?
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それでは、本日の稽古を始めましょう。
「は~い。よろしく母ちゃ~ん」
コラ。今の私は「母ちゃん」ではなく、「先生」と呼びなさい。
これから貴方に剣を教えるのですから――。
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今日は少し、厳しくしすぎたかもしれない。
稽古であの子を泣かせてしまった。部屋にこもって出てきてくれない。
でも……心を鬼にしてあの子を強くしないと。
このままじゃ、プレーローマの天使達を倒すどころか、蠱毒計画を勝ち抜くことさえできない。神器の力だけで勝ち続けられるほど、この世界は甘くない。
あの子を鍛えるのは、あの子自身のためになるのだから……何とかしないと。
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「勝手に入るなっ! ばかっ!!」
部屋の掃除をしただけなのに怒られた。
これは……アレですね。ついにそういう年頃になりましたか。
覚悟はしていたつもりでしたが……予想以上に精神的ダメージを負ってしまった。
あの子に怒鳴られた時、胸がキュッと締め付けられた気分になった。
至近距離の爆発より大きな衝撃を感じた。
そこまで怒鳴らなくていいじゃない、と叱るべきだったかもしれない。
けど、私は小声で「ごめんなさい」と言い、縮こまる事しか出来なかった。
今日はもう、何もする気力も湧かない。もうダメかも。
いや、洗濯物の取り込みと夕食の用意と、お風呂ぐらいは――。
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朝起きると、微かに焦げ臭い匂いが漂ってきた。
なんだろうと思いながら台所に行くと、あの子が目玉焼きを作ろうとしていた。しかし、失敗して焦がしてしまったようだった。
それだけではなく、トーストも焦がしてしまったようだ。
初めて朝食を作ろうとして失敗したらしい。
バツの悪そうな顔で「おはよう」と言ってきたので、笑顔を浮かべて「おはよう」と返した。……昨日怒鳴られたばかりなので腰が引けてしまったものの、「一緒に作る?」と誘った。
するとあの子は消え入りそうな声で「ん」と言い、一緒に台所に立つのを受け入れてくれた。そのうえ、「昨日はごめん。怒鳴って」と言ってくれた。
小さな声だったけど、確かに聞こえた。
ポンポンと背中を叩いてあげながら、「お母さんもごめんね」と返した。
焦げた目玉焼きと焦げたトーストは私が食べる事にした。あの子が淹れてくれたココアのお供にした。あの子は「やめろよ」と言ったけど、これは譲れない。
おいしい、と言ったけど、信じてくれなかった。
本当に美味しかったんですけどね。
だって、息子の初めての手料理だったから……。
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子供が成長した。
まだ若く危なっかしいけど、大きくなった。
身も心も強くなった。
もう、資格は十分だと思う。
この子なら、きっと救世主になれる。
救世主は力があればなれるものではない。
心もしっかりしていないとなれない。
心がなくなってしまえば、私のようになってしまう。
多分、私も……昔はちゃんとした動機があったはずだ。
心の底から「人類を救いたい」と願う心があったはずだ。
しかし、それは失われた。どこかに行ってしまった。……多分、捨てた。
転生を繰り返すうちに摩耗し、大事な記憶が消えてしまった。
今の私は、惰性で人類を救おうとしている存在だ。機械のようなものだ。
私はもう、救世主にはなれないだろう。
力はあっても心がないのだから。
けど、この子には心がある。足りない力はこれから身につけていけばいい。
蠱毒計画で生き残れば、きっと、この子が救世主になってくれる。
…………。
蠱毒計画を始めれば、この子の日常が壊れる。
それだけではない。この世界に生きる全ての人間の日常が壊れる。
ただ、誰かが人類の敵に抗わなければ、もっと多くの人間の日常が壊れる。
だからといって、この世界での犠牲が肯定されるわけではない。
でも、私は――。
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計画を始める。
中断は出来ない。後戻りはできない。
この世界の法則を塗り替えた。もう、私ですら変えられない。
蠱毒計画を完遂するまで、誰も止まらない。
蠱毒の蓋が閉じる。殺し合いが始まる。
狂奔せよ、人類。
絶望の先で力を掴み、救世主になって。
誰か、人類を救って。
この世界を何とかして。
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斬る。
殺す。
斬り、殺す。
私の術式により、世界の全てが狂ってしまった。
あちこちで殺し合いが始まっている。
……あの子はまだ、生きているだろうか?
大丈夫。
きっと大丈夫。
強い子に育てた。
あの子はきっと、この苦難を乗り越えてくれるはず。
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いた。
あの子がいた。
誰かを呼んでいる。
誰かを探している。
蠱毒計画で狂った者に襲いかかられても、武器だけ砕いて逃げている。
強い子に育てた自信はあった。
けど、まったく狂わずにいられるとは――。
「母ちゃん!」
…………。
「どこだ……!? どこ行っちまったんだよ!?」
誰かを探している。
「くそっ! くそっ……! み、皆……なんで!? どうなってんだよ!!」
私ではない。
私を探しているわけではない。
「母ちゃん! 母ちゃんっ!!」
あの子が探しているのは「母親」だ。
私は、あの子の母親じゃない。
あの子の母親の身体を奪っただけの怪物だ。
母親の皮を被っているだけの魔神だ。
私の所為で、あの子の母親は死んでしまった。
私が殺した。
私が蠱毒計画を断行した事で、あの子の日常は壊れてしまった。
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雪だ。
雪が降っている。
真白の雪が全てを覆い隠していく。
何の音もしない。
世界にはついに、私達だけになってしまった。
1人の子供が、私の前にたっている。
「……母ちゃん」
ようやく「母親」を見つけたと思っている。
「家に…………家に帰ろう」
けど、私を見て「おかしい」とも思っている。
私の事を疑っている。
皆が狂って死んでいってもなお、正しい思考能力を維持している。
その思考能力により、私のことを疑っている。
全て教える事にした。
都合の悪い事は伏せるべきだと思ったけど、口が勝手に動いた。
この世界を終わらせたのは、真白の魔神。
貴方の目の前にいる私が、全ての元凶だと伝えた。
あと1人死ねば蠱毒の術式が完成し、生き残った1人が力を得る。
人類の敵に対抗できる力を得て、最強の個人になる。
「なに……言ってんだよ。ワケ、わかんねーよ……」
いずれ、理解できる日が来ます。
「プレーローマってなんだよ。んなバカなこと言ってねえで……家に帰ろう」
目の前の子は――困惑しつつも――私に手を伸ばしてきた。
「母ちゃんだけが頼りなんだ」
震える手を伸ばしてきた。
「母ちゃん見つけて、助けねえとって……」
…………。
「皆、おかしくなって…………」
…………。
「おれ……皆、ころしてでも……母ちゃん、守らなきゃって……」
私が、貴方の母親を殺した犯人よ。
「…………。母ちゃん、疲れてんだよ」
彼は雪に埋もれた死体達から目を背け、手を伸ばし続けている。
「帰って、なんか……あったかいもの飲もう。俺、ココア作ってやるから」
私は、貴方の母親ではないの。
「なんで……そんなっ……。そんなヒドいこと、言うんだよ……」
その剣で、母の仇を取りなさい。
「なんで……」
悪を倒すことで、正義は完成する。
貴方は救世主になるの。
皆の仇を取りなさい。
「…………。あと1人死ねば、この茶番は終わるんだな?」
ええ、だから――。
「じゃあ、それ、俺でいいだろ」
え?
やめ…………やめなさいっ!!
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「ぁ……ぁ……! ぁぁぁああああっ……!!」
…………よく、できました。
「かあちゃん!! なんで……かあちゃんっ……!!」
さすがです……。私の予想を越えた行動をするなんて。
でも、わたしのほうが……一枚上手でしたね。
…………。
でも、さすがに……焦りました。
ここまで焦ったのは、貴方が転んで、頭を打った時以来かも……。
この世界を狂わせた術式を貴方に集中させて、ようやく、私に剣を向けてくれるとか……ホント、将来有望な子です。
獅真。
丘崎獅真。
貴方は、私の自慢の…………作品です。
その力で、どうか……人類を――――




