過去:人のため
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■from:ver.2.7.1
「ボクの実力はご理解いただけましたか? 真白の魔神・メフィストフェレス」
「いいや。だが、興味深い」
丸いサングラスをかけた胡散臭い男――【占星術師】に言葉を返す。
胡散臭いけど、面白い異能を持っているようだ。少なくとも1つ持っている。
突如、オレの前に姿を現した【占星術師】と名乗る男は、「未来の出来事を的中させてみせましょう」と言ってきた。
十の結末を予言し、予言通りの結果に至った。……彼は自分の発言を「予言」と言い張っているけど……彼のそれは「未来視」とは違うものだろう。
彼の予言はインチキくさいものを感じる。
まあ、インチキだろうと十分興味深いものだけど――。
「…………」
もう1人の方も、興味深い。
【占星術師】の影のように寄り添い、黙っている男の方も何らかの異能を持っているみたいだ。おそらく認識操作系のものだろう。
かなり強力なものみたいで、オレでも完全には破れな【認識操作開始:考察妨害】【認識操作開始:考察妨害】【認識操作開始:考察妨害】【認識操作開始:考察妨害】【認識操作開始:考察妨害】【認識操作開始:考察妨害】……黙っている男の方が厄介そうだ。
強力な力は対策すればいい。
だが、認識できない力は対策すら許してくれない。面倒だな。
「【占星術師】、キミの「予言」はとても興味深い」
「そうでしょうそうでしょう。では、もう1つ予言をさせていただきましょう」
【占星術師】は舞台役者のような大仰な動作をしつつ、その予言とやらを教えてくれた。その予言はオレにまつわるものだった。
「<交国計画>ね……。キミの予言通りなら、オレがそれに至るわけだ」
「はい。はぁい! あなた様なら交国計画を成就させ、人類を救う事が可能です! いや、あなた様以外には人類は救えないッ!!」
「オレを過大評価していないか? 計画の概要を聞かされても、『どうやればいいか』がわからないよ。オレは」
【占星術師】の話では、オレが<交国計画>という計画を発案する。
しかし、どうやればそこまでの計画に立てられるか……自分でも理解できない。
正直にそう語ると、【占星術師】はニンマリ笑って言葉を吐いた。
「ええ、今のあなたでは交国計画を始めることすら不可能です」
「そうなると、別のオレが計画を成功に導くのかな?」
「その通りです! 転生を繰り返した後、あなた様は交国計画に至るのです。最高の人類救済計画! それをどのように作り上げていけばいいか、手に取るようにわかるようになるのです!!」
「…………」
【占星術師】が教えてくれた計画の概要は……少し、嫌悪感を抱くものだった。
後のオレは、そんな計画を選んでしまうのか。正直どうかと思うけど……「絶対に反対」とも言いがたかった。嫌悪を抱いても理解はできる計画だ。
このままだと人類は負ける。人類の敵に敗れてしまう。
負けてしまうぐらいなら……倫理を踏み倒して交国計画とやらに走るのも1つの手なのかもしれない。現状思いつくどの計画よりも勝率が高いものに感じる。
オレ達は……そこまでしないと勝てないのかもしれない。
けど――。
「その交国計画で、本当に……人類を救えるのか?」
「救えますとも!」
「人類を犠牲にするのに?」
そう問うと、【占星術師】は笑って「犠牲なくして勝利は有り得ません」と言った。その意見には同意する。同意するが――。
「貴方が大嫌いで大好きな人類を……救いがたい人類共を救うには、もう交国計画しかないのですよ!!」
「…………」
「貴方は今まで何度も裏切られてきた。人類のために尽力してきたのに、何度も何度も何度も何度も人類に足を引っ張られ、敗北してきた!」
「…………」
「ファゴットの2代目皇帝は貴方の理解者を殺め、人類連盟を腐らせた。シーラント合衆国はそれに加担するだけではなく、貴方を死に追いやった! 真白の魔神自身がそれを忘れても、彼らが裏切った事実は変わらない!」
「…………」
「貴方は裏切られてもなお、未だに人類を救おうとしている。人類が愚かなのは『仕方ない』と諦めてしまっている。諦めつつも人類救済の道を模索し続けている」
「救わなければ、自分自身が救われないからね」
オレは「魔神」と呼ばれているけど、人類側の存在だ。
人類側には嫌われているけど……かといって、天使側に受け入れられる存在ではない。一時共闘は出来ても、天使と相容れる事は無いだろう。
人は1人で生きていく事など出来ない。
オレもその1人だからこそ、人類を救うために動かざるを得ないんだ。自分を救うためには世界を救わなければならない。面倒だが……そうしなければならないんだ。
「交国計画によって世界を『平和』にし、人類が救われれば……彼らも自分達が愚かだった事を認めるでしょう。自分達を導いてくれた貴方に感謝するでしょう」
「オレは感謝が欲しいわけじゃない」
別に認められなくてもいい。そこは重要じゃない。
人類の敵を排除できれば、人類に嫌われたままでも問題ない。
人類なら、大した脅威にはならない。人類はどうとでも出来る。
蛮火の使徒などの特殊な事例はあるが、彼らの対策は可能だ。彼の魔神をしっかり封印し、火の粉1つ漏らさなければ脅威は生まれない。
大本の火元に関しては対策しづらいが、上手く付き合っていくか完全に封じればいい。混沌機関まで使えなくなるのはかなり面倒だが――。
「人類に認められる必要はないが……勝利という結果は欲しいね」
「ですよねぇっ!」
「でも、本当に交国計画なんてモノが実現するのかな?」
「実現しますとも。ボクは実現した未来を知っていますから」
「そこまで自信があるなら、キミ自身がやればいいじゃない」
【占星術師】は交国計画がどのような結末に至るか知っている。
それで本当に世界が「平和」になるのであれば、自分自身でやればいい。……わざわざオレにやらせようとする必要はない。
そうだろう? と聞くと、【占星術師】は両手の指を付き合わせつつ、「ボクにはそこまでの事は出来ませんよ」と言った。
「ボクはただ知っているだけ。交国計画は、あなた様でなければ実現できない」
「交国計画の概要はわかっていても、具体的な実現方法はわからないわけか」
「ええ、ええ。しかし実現方法は貴方の異能があれば、いずれ手に入ります。あなた様なら交国計画に至れます」
【占星術師】は胸に手を当て、ズイッと踏み込んできた。
「ボクは未来を見通す事で、あなた様の交国計画に感銘を受けました! だから、あなた様の計画を手伝わせてくださいっ!」
「…………」
「あなた様は源の魔神すら凌ぐ最強の魔神ですが……あなた様だけでは今後、苦労するはずです。今までだって苦労してきたでしょう?」
「そうだね」
何度も何度も敗北してきた。
オレは最強の魔神などではない。凡人と大差ない肉体しかない。
敗北を糧に対策を立て、時には勝利を掴んできた。対策さえ立てることが出来れば勝つ事も不可能ではない。ただ、それでも……どうしようもない時もある。
「ボクが、あなた様の計画を邪魔する小石を取り除きましょう」
「ふむ……。ところで、キミはどうやって未来を知っているのかな?」
「<予言の書>というものがあるのです」
そこには未来に起こる出来事が書かれているらしい。
本当かな? 怪しいな。
「あなた様を説得するためにも、ボクが所有している<予言の書>を見せたいところですが……それは出来ません」
予言の書とやらは、閲覧に資格がいるらしい。
「ただ、あなた様には予言の書など必要ない。そもそも……あなた様自身が予言の書のようなものなのです」
その言葉には腑に落ちるものがあった。
オレは【占星術師】が所有する予言の書を見ることができない。
その逆も然り。だからこそ、オレに話を持ちかけてきたのか。
「あなたは予言の書を越える力を持っている。……ボクはその力にも頼りたいのです」
「勝ち馬に乗るために?」
「えぇ、その通り……。ボクは勝ちたいんです」
その言葉は本心なんだろう。
他の言葉に関しては、話半分に聞くべきだろうけど――。
「あなた様なら……真の敵にも勝利できるでしょう」
「それはプレーローマのこと?」
「いえいえ。奴らは所詮、一部の者が頼っていたシステムに過ぎません。我らの真の敵というのは……全ての元凶です」
【占星術師】の言う全ての元凶とは、予言の書とやらを作った者の事らしい。
【占星術師】は勝利を欲している。交国計画の力を使って、最終的に全ての元凶とやらも取り除きたいらしい。
「奴は多くの可能性を知っています。それを書にしたため、我々に配って高みの見物を決め込んでいるのです」
「そんな事をして、その元凶さんに何の得があるのかな?」
「さあ? 理解できませんし、理解したくありません……。奴は人外の化け物と結婚して、子供まで産ませたようなイカレ野郎です。あんな輩のこと、考えたくもない……」
その元凶が余程嫌い――いや、怖いのか、【占星術師】は青ざめている。
怖いのは元凶とは限らないけど――。
「ともかくっ……! ボクは自分自身のためにも、あなた様に協力したいのですっ! 交国計画に協力させてくださいっ……!」
胡散臭い相手だけど、ひとまず受け入れる事にした。
【占星術師】の方はどうとでも出来るだろう。問題はその影の如く振る舞っている男の方かな……。対策したいところだけど、対策自体が難しいかも。
影の如く振る舞っている男をよく観察しつつ協力関係を結んでいると……【占星術師】は「重要な助言をさせてください」と言ってきた。
「<蠱毒計画>はやめてください。絶対に」
「それも、未来のオレが実行する計画?」
「はい。ただ、アレはただの毒です。人類を勝利から遠ざける毒です」
その<蠱毒計画>の所為で、交国計画に大きな支障が生まれるらしい。
【占星術師】は恩着せがましい口ぶりで、「それはあなた様も望むところではないでしょう?」と言ってきた。それは確かにそうなんだけど――。
「転生後のオレがやらかす計画なら、どうしようもないかもね。真白の魔神が転生するたびに記憶を失っているのは知っているんでしょう?」
「ええ、まあ……」
「じゃあキミの助言すら、忘れてしまうかもね」
オレがそう言うと、【占星術師】は苦い表情を浮かべて、「それは確かにそうなんですが……」とこぼした。
「ま、まあ、何とかボクの方でも対応してみせます……! あなた様をいち早く見つけて、蠱毒計画はやめてください――と説得してみせますとも!」
「よろしくね。あぁ、ところで――」
キミは色々と知っているようだ。
だから教えてほしい。
「キミは、オレが誰か知っている?」
「それは……真白の魔神・メフィストフェレスでしょう?」
「違う。その前だよ」
そう問いかけると、【占星術師】は苦笑いを浮かべ、「さあ……そこに関してはわかりませんねぇ」と言った。
まあ…………いいか。
わかったところで、どうせもう過去の話だ。
過去は変えられない。影のように付き纏ってくるだけ。
影を踏みつけても、意味はない。
影はオレに付き纏う事しか出来ない。
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■from:ver.2.7.1
交国計画。
その名には嫌悪感を抱くが、最悪の未来を回避するための保険として用意するべきだろう。今のうちから準備を進めておくべきだ。
必要ない時は使わず、どうしようもない時は頼るべきだ。
そのための投資をしたい。
それを譲ってほしい。
「おや……。御客様、これが何かご存知なのですか?」
神の背骨だ。
遙か昔、戦を司る神がいた。
彼は多次元世界を滅ぼせるだけの力を持っていたが、本気で力を振るう事を避けていた。
彼の目的はあくまで知的生命体の進化を促す事であり、戦と死を振りまきつつも世界を滅ぼしてしまわないように自制していた。
だが、妹の死でその自制心は粉々になった。
彼は怒り狂って仇敵に――源の魔神・アイオーンに挑んだ。
最終的に源の魔神が勝利したが、その背骨の主は――戦いにおいては――源の魔神を凌ぐほどの力の持ち主だった。その力、欠片でもいいから頼りたい。
オレなら――いや、真白の魔神なら、その背骨を鋳つぶして精霊どころか殲血の魔神を遙かに凌ぐ兵器を作れるはずだ。
「素晴らしい……。対価さえお支払いいただければ、これは御客様のものです。そうですねぇ……先程の品を質草に入れていただければ直ぐに譲りますよ」
あんなものでいいのか?
それは単なる背骨じゃない。貴方にとっては――。
「あの子も喜んでくれるはずです。御客様も未来を見据えていますからね」
感謝する。神よ。
「私はそんな大したものではありません。御客様こそが、神様なのです」




