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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第5.6章:天使と悪魔
732/875

過去:知恵の果実 2/3



■title:後に<黒水>と呼ばれる地にて

■from:四号


『四号! 私の愛しい娘♪ 貴女には私の罪も見てほしいのっ!』


『罪、ですか……?』


『そう! 罪っ! 愚かな人類を導く愚かな私を見てっ!!』


 私が自意識に目覚めた翌日、交国首都近くにある集落に連れて行ってもらった。


 そこには家畜に混ざって糞尿を垂れ流す人間達がいた。


 集落に配置された世話係から話を聞いた後、太母はポロポロと涙を流した。糞尿を垂れ流す人間達に対し、「ごめんね、ごめんね」と謝っていた。


『あの子達はとってもかわいそうな子なのっ! 私はっ……! バカなあの子達に交国計画の素晴らしさを理解させてあげられなかったの!』


 愚かな人間達は太母の崇高な計画を理解しないどころか、刃向かってきたらしい。その結果、太母は彼らを裁かざるを得なくなった。


 太母はそれを「私の罪」と語っていた。


 交国計画実現のために交国という国家を運営していく以上、指導者に逆らう民は厳しく罰する必要がある。刃向かってきた以上、裁くのは仕方の無い事ですと私は慰めたが、太母は「おバカな子達を説得できなかった私が悪いのっ」と泣いていた。


『かわいそうな私を慰めてっ! 頭ナデナデしてっ!』


『はい』


『可哀想なおバカ達! でも可愛かった!! 可愛かったのに怒鳴って私を罵って、逆らってきたから……! わたし、私……「林檎」を食べさせてあげたの!』


 そしたらああなった。


 糞尿を垂れ流す人間になった。


 当然、食べさせたのは単なる林檎ではない。


 太母の発明品の1つだった。


 太母は発明に長けた神であり、その発明品は多次元世界の歴史を変えるほどの力があった。しかし、全ての発明品が上手く機能したわけではない。


 太母も失敗する事もあった。失敗を糧に成功を掴み取るだけの力をお持ちだったが、失敗作を作ってしまう事もあった。


『この子達が私に逆らうから<蟲兵>にして有効活用してあげたかったのに……! でも、でもっ! 上手くいかなくってぇ~……!!』


『お母様……』


『<蟲兵>は、全然ダメだった! 兵士としてはとんでもない欠陥品なのっ! でも、データ取りには使えるからここで観察させてるのっ……!』


 彼らは――蟲兵は命令に忠実だった。


 ただ、忠実すぎた。


 いちいち命令を与えないと、日常生活すらまともに送れない木偶と化した。


 そのうえ、蟲兵と化した彼らの脳細胞はまともに機能しなくなっていた。


『この子達はもう、笑うことも泣くこともできないのっ! それがどれだけダメなことか……私の愛娘なら理解できるでしょ!? 四号!!』


『混沌の生産に差し支えます』


『そうその通り! 混沌は知的生命体の感情から生じるもので、混沌の海が高濃度の混沌であふれかえってしまっているのは源の魔神が人類の鏖殺と繁殖を繰り返した結果!! 強い感情が生じる時こそ命は輝き、高濃度の混沌が世界に生まれる……!! 混沌はとても便利なものだから、混沌を生まないこの子達は生きてる価値ないの!! おバカになりすぎちゃったの!!』


 混沌機関は人類でもプレーローマでも重要なモノとなっている。


 しかし、混沌(エネルギー)が無ければ混沌機関は動かない。


 混沌機関を搭載した方舟に知的生命体を乗せれば、それらから生じる混沌によって混沌機関は動き続ける。しかし……蟲兵ではそれがろくに出来ない。


 混沌を作れない知的生命体は――どれだけ命令に従順だろうと――欠陥品だと言い、太母は嘆いていた。


 嘆いていたが、次の瞬間にはもうパッと笑っていた。


『でも、この失敗(つみ)を次に活かしたのっ! 失敗は成功の母♪ 一度や二度、百度や千度の失敗程度ではお母さんくじけませんからね♪ どれだけ失敗しても、どれだけ犠牲が出ても最終的に成功したら問題な~~~~いのよぉ~~~~?』


 挑み続ける事が大事なの――と、太母は私に囁いた。


 その術式(ことば)が私の魂に大事なものを刻んでくれた。


 最終的に成功すればいい。最終的に勝てば良い。


 結果が私達を肯定してくれる。……最終的に勝ちさえすれば、その過程で失われた命など大した問題ではない。


 命は作れる。


 1000の命が失われたら、1000の命を創造すればいい。


 蟲兵という失敗作すら交国計画の糧とした太母に対し、私は深い尊敬の念を抱いた。私も――恐れ多い事かもしれませんが――太母のようになりたいと願った。


 失敗を恐れず、挑み続けて結果を勝ち取るのが大事だと学んだ。


 理屈では、そう理解しているつもりでしたが――。


『あらら、今日の演説のこと、まだ引きずって落ち込んでいるの?』


『申し訳ありません……』


 理屈ではわかっていても、私は中々……失敗を糧として活用できなかった。


 失敗した事をくよくよと悩み、上手く活かす事が出来なかった。


 太母は笑ってそれを許してくれました。


『貴女はまだ経験不足なんだから仕方ない! 大丈夫! いずれ出来るようになるし、クヨクヨ悩む事で混沌も生成されてるからっ!』


『申し訳ございません……』


『でも1年以内に「玉帝」の仕事を完璧にこなせるようになってね? そうしないとま~た新しい玉帝を作らなきゃいけなくなるから』


『はい』


 太母はいつもの温かい笑顔を浮かべ、太ももをポンポンと叩いて座るように促してきた。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつ、その通りにした。


『失敗するのはしょうがない事なの! 頑張って失敗を糧にしましょう。そうね~、例えば、失敗しないように工夫するとか~』


『工夫、ですか……』


『今日の演説、なぜ失敗したのかしら? 原稿はまったく問題なかったけど』


『……緊張してしまいました』


 国民の視線を感じ、緊張で舌が回らなくなった。


 太母はクスクスと笑い、「アレはアレで可愛らしかったけどね」と言ってくださったものの……私は羞恥で自殺したくなった。


 私は太母の代行として元首を務めているのに、その役目を果たせない私には何の価値もない。結果を出していない以上、肯定(あい)してもらえない。


『緊張しないためには、どうしたらいいと思う?』


『……私も蟲兵になってはいけませんか?』


『それはさすがにダメっ! 貴女まで彼らのような役立たずの木偶になったら、お母さん困っちゃうっ!』


『目を……つむって、演説するのは駄目でしょうか……?』


 緊張しながら聞くと、太母は「それで解決するなら別に大丈夫!」「目をえぐって、盲目って事にしましょうか♪」と提案してくれた。


『ああでも、そうなると他の業務に差し支えが……。演説時に目をつむっても、バレないようにするには…………仮面でもつける?』


『仮面……』


 表向きのものとはいえ、元首がそれでいいのでしょうか――と問うと、太母は「お母さんはいいと思うわ」と言ってくれた。


『暗殺対策で顔を隠しているだけ、という事にすればいいでしょう。顔が見えないという神秘が女を輝かせるのよ……♪ 試しに目元を片手で覆って鏡を見てみなさい! なんかちょっとイケナイことしてるみたいでしょ?』


『お母様、お母様、前が見えません』


『んまぁ~~~~! ホントねぇ!?』


 太母の提案により、私の緊張は緩和された。


 失敗し続けていたら処分されるという事実にも勇気をもらった事で、私は失敗を糧に成長する事が出来た。「玉帝」の仕事をこなせるようになった。


 努力した先には、「ご褒美」が待っていた。


『お母様。人体改造計画案、私なりに考えたものをまとめてみました』


『お~っ! 宿題こんなに早くやってくるなんてエラい! ……うんうん、中身もちゃ~んと仕上げているみたいね。それじゃあご褒美を作ってあげましょう♪』


 そう言った太母が指を鳴らすと、混沌が物質化した。


 皿とフォーク……そして、アップルパイが虚空から生み出された。


 混沌で作られたもののため、そのうち消えてしまうものでしたが……従来のアップルパイを遙かに超えるほど美味なものでした。


 私は太母のアップルパイに憧れた。アレは神の食物だった。


 私ではどう足掻いても作れないモノでした。誰1人として太母以上のアップルパイを作ることは出来なかった。あのアップルパイは、太母の天才性を証明するモノだったと言っても過言ではありません。


 太母は――真白の魔神は、物作りの天才でした。


 人造混沌竜、人造権能、溶けない氷、再生兵士(ワーウルフ)、鏡面世界構築、魂魄複写、機械天使……。


 神のアップルパイ以外にも、太母にしか作れないものは無数にあった。……だからこそ、その多くが今は失われてしまった。


 混沌から神の食物を作る技術が今も残っていれば、「いくら食べても太らない食品加工技術」が現代に残っていた。


 それは交国をさらに躍進させるものになっていたでしょう。


 しかし、失われてしまった。


 私は太母の脳からあふれ出す産物の数々に感嘆し、「どうやったら私も、お母様のようになれますか」と問いかけた事がある。


 太母は私の問いに何でも答えてくれた。それだけ優れた頭脳を持っていた。


 しかし、あの問いに関しては「私もわからないのよねぇ……」と困り顔を浮かべていた。腕を組み、足をブラブラ揺らしつつ、どういう事か教えてくれた。


『私も、自分の頭を理解しきれていないの。アイデアが勝手に湧いてくるの』


 完全に専門外の事でも、スルリとアイデアが湧いてくるらしい。


『私も一から発明する事があるけど、大半の発明品は勝手に(・・・)出来ちゃうのよ。作り方が勝手にわかっちゃうの』


『…………?』


『普通、発明は前提となる知識や物品が存在している』


 例えば「携帯端末」という発明品を作る場合、いきなり携帯端末の発明に着手出来るわけではない。前提となる部品や加工技術の発明(ちしき)が必要になる。


『私の場合、前提を全て蹴飛ばして発明品(ゴール)に辿り着くの』


『……無意識で試行錯誤しているうちに、頭の中だけで前提となる発明を完成させてしまう事で、その先にある完成品に至ってしまうという事ですか……?』


『そうじゃなくて、ホントにいきなり完成品を思いついちゃうの。例えば……この間、転移門技術について話したでしょう?』


『はい』


 転移門技術。


 太母が空間転移のための技術について最初に話してくれた時、太母はそれを「都市間転移ゲート技術」と話していた。


 数百キロ離れた都市間を龍脈(レイライン)経由で瞬間移動する技術。世界の内外を出入りする海門(ゲート)技術と似たところがあるものの、別の技術。


 転移という技術に関しては、一応既に存在している。プレーローマの権能や、神器の中には転移による移動を可能とするものもある。


 だが、太母の言う転移門技術はそれよりもっと大規模なものだった。


 誰でも当たり前に使える技術として――インフラとして利用できる技術として、普及させる事も不可能ではないはずだ、と仰っていた。


『アレも急に思いついたの。私が考えたのではなく、「誰か」の考えが私の脳に転がり込んできたように……。今まで考えた事もなかったアイデアが私の脳に湧いてきたの』


 太母が無意識に考えていたわけではない。


 本当に、コロリと「転移門技術をどうやったら実現できるか」という考えが湧いてきたらしい。


『転移門技術に関しては……残念ながら作り方がわかっても、必要な素材が足りないからアイデア止まりだけどね。でも、転移を管理する中枢として使える神器や吸血鬼(ベール)を確保できたら交国のインフラは他の追随を許さないものに進化させる事が可能になる』


『べーる、とは……?』


『あぁ、それも頭に転がり込んできた考え。どうも特定個人を指す言葉みたい』


 太母は困った様子で笑い、「知人にそんな人がいたら直ぐ確保できて楽なんだけどね」「代用できそうな魔神はいるけど」と言っていた。


『ともかく、私の思いつく発明品の多くは突飛なの』


 不意に完成品のアイデアが湧いてくる。


 天啓の如く現れる。


 ひらめきで歴史を変える発明を思いつくなんて、さすがです――と褒め称えると、太母は「実際はとても悪い事をしてるのかも?」と仰った。


『実は私が色んな知的生命体の脳にアクセスして、彼らのアイデアを無意識に盗んでいるのかも?』


『それは……一種の読心能力という事ですか?』


『かも? まあ、実際に心が読める自覚はないけど、そんな感じの異能(ちから)が私の意志とは無関係に暴走し続けているのかもね?』


 太母は本当に人のアイデアを盗んでしまっているのかもしれないと考えていたらしく、罪の意識を感じ、少し落ち込んでいた。


 私は「気にする必要なんてありません」と言った。


 太母は人類のために戦っている。発明品の多くも人類のために使っている。ならば、それがもし仮に人のアイデアだとしても、人類のためになっているのだから問題ない。私はそう言った。


『あるいは、ただ思い出しているだけなのでは?』


『思い出す……?』


『お母様は、今まで何度も転生してきたんですよね?』


 太母が――真白の魔神が持つ異能の1つ。転生能力。


 あの力によって、真白の魔神は転生を続けてきた。


『お母様が忘れてしまった「過去のお母様」が編み出した発明を、偶然思い出しているだけなのでは? だから、誰かからアイデアを盗んでいるわけではない』


 盗用の可能性に心を痛めている太母を慰めたくて、私はそんな考えを述べた。ただ、お母様は「そういうのじゃなさそうなのよね」と言っていた。


『昔の真白の魔神(わたし)の発明品に着想を得たり、何とか復元したりはしているけどね。例えば<揺籃機構>も昔の私の発明ね』


 太母は揺籃機構を使って、改造オーク達の洗脳を試みていた。存在しない家族の記憶を植え付け、人間兵器として運用しようとしていた。


 私はそれを引き継いだが、当初は揺籃機構の使用に問題を感じていた。


 彼らに見せるのは所詮は夢幻。いつか夢が醒めた時、大変な事が起こってしまうのでは――と問いかけた事がある。


『口答えではなく、純粋な質問なのですが……本当に揺籃機構による洗脳に頼ってしまってもよろしいのでしょうか……?』


『そういう疑問を持つのは正しい! 刃向かっているなんて思わないから遠慮せず聞いて! ホントに刃向かってたら殺処分するだけだから!』


 太母はニコニコと笑顔を浮かべ、「でもオーク達は散々悪い事をしてきたから、少しは罰を与えてあげないとね」と言っていた。


『彼らはプレーローマに加担し、本来は同胞である人類をイジメていた! 悪い事をしたら償わないといけないの。揺籃機構はその手助けになるでしょう』


『なるほど……?』


『あらあら、四号。貴女、オーク達を哀れんでいるの?』


『いえ、そういうわけでは……。お母様が決めた事が正しいと思います。ただ、嘘がバレた時、交国は致命傷を負うのでは……?』


 騙されていた事に気づいたオーク達が、暴れ回る日が来るのでは?


 私はそんな懸念を抱いた。


 太母ほどの神なら、オーク達など恐れる必要はない。しかし、プレーローマとの戦争中に反旗を翻された時は厄介な存在になるのでは――と考えた。


『大丈夫。所詮、揺籃機構は交国計画までの繋ぎだから』


 そう、改造オーク達はあくまで繋ぎ。


 本命の交国計画が始まれば、オーク達の諸問題は些細な話になるはずだった。……交国計画さえあれば、問題ないはずだった。


『派手に動かず、統制もしっかりしておけば揺籃機構の件は100年ぐらいは隠し通せるでしょ。バレてしまったら、交国計画を使っちゃえばいいのよ』


『そう……ですよね。ただ、交国計画をいきなり始めるわけにもいかないから、当面の間は別の方法が必要になる』


『そうそう。その1つが揺籃機構ね。……でも、現状の交国計画では足りない。もっとアップデートしていかなきゃ……』


 そのための手段として、太母は神器に注目していた。


 選ばれた人間だけが使える超常兵器。その力は並大抵の権能を凌ぎ、強大なプレーローマに抗う手段となっている。


 選ばれた人間しか使えない――という弱点はありましたが……。


『神器は少しだけ確保できたけど、まだまだ足りない。それに~……大人しく協力してくれない神器使いもいるから、適合者不在の神器を使う方法も確立しておきたいのよね~』


 その方法に関しては、揺籃機構が役に立つ事となった。


 揺籃機構だけでは足りなかったが、森王式人造人間も投入する事で、非適合者でも神器をある程度は使う事が可能になった。


 しかも、神器が遠隔地にあっても使用できるようになった。神器本体は交国本土に置いたまま、最前線に送り込んだ森王式人造人間に神器を使用させる事が可能になった。


 森王式人造人間は作成に莫大な金がかかるとはいえ、相応の戦果が上がるなら使い潰す価値はある。<金枝計画>の失敗作中の失敗作(・・・・・・・・)達に廃棄処分以外の結末を用意出来るようになった。


 計画そのものは太母が立てたものの、研究を引き継いで完成させたのは私だった。アレは太母に胸を張れるものとなった。


 ……太母が健在なら、私などより遙かに早く完成されていたでしょうけど――。


『交国計画には進化の余地がある。人類救済のために、さらに強化しましょう』


『はい』


 太母も私も、人類救済のために努力を続けていた。


 横槍が入らなければ、太母の計画はきっと成功していたでしょう。


 あの男が来ていなければ……私はもっと太母に褒めてもらえたはずなのに――。





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