過去:天使とペット
■title:癒司天直轄領<サード・プレーローマ>にて
■from:ラフマ
「エリリエル!」
どうしたものか――と悩みつつ、廊下の壁を撫でていると同僚が声をかけてきた。その同僚に対し、「今は名前が違う」と言っておく。
「ラフマよ」
「本土に帰還しているんだから、工作員としての名じゃなくて本名でいいでしょ?」
肩をすくめてそう言った同僚に対し、「今の任から解かれない限り、私はラフマよ」と言う。彼女は私の言葉に呆れたのか諦めたのか、苦笑しながら話題を変えてきた。
「新部隊設立の準備、進んでる?」
「全然? 正直、手こずってる」
私は新しい工作部隊を率いるよう命令された。
工作活動は1人でやる方が気が楽なんだけど、1人では出来ない事もあるから部隊を率いること自体は……まあいい。百歩譲って認める。
けど、新部隊の部隊員を「隊長自ら探してこい」と言われた事に関しては、閉口せざるを得ない。「部隊員なんて先に用意しておいてよ」と言いたい。
その文句を飲み込んでデータベースを見て部隊員を探して回っているんだけど……その勧誘もあまり上手く言っていない。
新設部隊はあくまで工作部隊。工作以外の仕事もやる事になるだろうけど、基本的に日陰者だ。栄えある部隊というわけではないし、そもそも――。
「欲しい天使が見つかっても、派閥の関係で声をかけられずに困っているとこ」
「あぁ……。まあ、そうなるか」
同僚は可哀想なものを見る目で私を見てきた。
プレーローマは多次元世界最強の組織。|多次元世界を作り上げた神が多次元世界を治めるために作った最強の武装集団。
いかなる組織、いかなる国家よりも強大な力を持っている。
ただ、所詮は組織だ。内部がしっかりまとまっているわけではない。
現プレーローマは<三大天>と呼ばれる三天使が指導者として君臨している。三天使が話し合ってプレーローマの大方針を決めている。
ただ、大方針を決めたところで全ての天使が大人しく従うとは限らず、そもそも三大天同士も考えの違いから不仲。各派閥の政治的な争いも生まれている。
時には武力による争いも起こるけど、昔と比べたら随分とマシになった方だ。……未だに火種は残っているけど。
ともかく、プレーローマは一枚岩ではない。
三天使が各々率いている派閥ですら、一枚岩ではない。
派閥内にあるさらに細かい派閥同士でも連携できない時もある。同じ天使でも、考えや所属が異なれば協力するのが難しくなっている。
常日頃から牽制し合っている以上、「新部隊設立のために天使貸してください」なんて引き抜きもしづらい。……同じ派閥内でも私はちょっと浮いているから距離を取ってくる天使も珍しくない。
よっぽど「コイツは別にいらん」と思われていない限り、暇している天使でも断られている。勧誘対象が了承しても、派閥側の意思に阻まれる事もある。
私の勧誘は既に7体の天使に断られている。
「部隊編成の期限は――」
「あと1ヶ月。もう少し伸ばす事も出来るけど……」
「訓練期間を削りたくないかぁ……」
同僚の言葉に頷く。
勧誘対象は兵士としての技能を持っている子が大半だけど、特殊な作戦に従事する事が多いから再訓練しておきたい。
せめてもっと時間が欲しいけど、上は私達を投入する作戦を既に決めているらしい。勝つ気はあるのかと言いたいけど、上の命令は絶対だ。
同僚は気の毒そうにして、「一緒に上に掛け合おうか?」なんて言ってくれたけど、やんわりと断る。
「<救世主兵器計画>でしくじった私に新設部隊を任せるなんて慈悲深い処分が下っただけ、有り難いと思うべきよ」
「いやいや……アレはエリーの所為じゃないでしょ。実験施設の警備の応援に行ったら、たまたま<エデン>と鉢合わせしただけでしょ?」
「人間如きにいいようにされたのは事実よ。あの男に好き放題された結果、部下達も殺された無能天使よ。私は」
「エリーが悪いのは運だけよ」
実際、運が悪かった。
あの男への復讐も今はもう出来ない。どうやらエデン内部で色々とゴタゴタがあったらしく勝手にポックリ死んだらしい。実に腹立たしい。
関係者に八つ当たりする事は出来るけど――。
「……もういっそのこと、人間でガマンしようかしら」
「えぇっ……!? 冗談でしょ? 権能の関係で困るでしょ。貸与してもらえる時でも普通の人間じゃ装備も出来ないじゃない」
「そうね」
使い捨ての工作員なら人間でもいい。
ただ、色々と難しい案件を任される予定だから「天使で編成しろ」と指定されている。……そのくせろくに隊員を用意してくれないから頭が痛い。
「好感触のヤツは何体かいたけど、返事待ちが多い」
「今日もこれから声をかけにいくの?」
「今日はコイツよ」
資料を見せてあげる。
同僚は興味深そうに見ていたけど、直ぐに顔をしかめた。
「変態野郎じゃない。こんなのに声をかけるなんて……正気?」
「変態だったのは親よ。彼自身は問題ない。少なくとも、能力はね」
とびきり優秀というわけではない。
ただ、上から命令に従順で現在はどこかの派閥に所属しているわけでもない。
「私達の創造主と比べたら、彼の親も可愛いものでしょ」
私がそう言うと、同僚は血相を変えて私の口を塞ごうとしてきた。「誰がどこで聞いているのかわからないんだから……!」と怒ってきた。
それを適当になだめた後、勧誘のために出かける。
プレーローマは多次元世界最強の組織――と言っても、全ての場所が栄華に満ち満ちているわけではない。
汚らしい貧民街も存在する。そこにはプレーローマの奴隷となっている人間だけではなく、天使も暮らしている。
多くの天使が「あんなところで暮らすぐらいなら死んだ方がマシ」と言うけど、そう言っていても暮らさざるを得ない天使もそれなりの数が存在している。
そんな貧民街を訪れる。
人間共に構わず光翼と光輪を出していると、周囲からの視線がチラチラと飛んでくる。その視線には恐れだけではなく、怒りの感情も交じっているようだった。
ただ、あまり直視していると天使に殺されかねないと考えているのか、あくまでチラチラと見てくるだけだ。
こういう視線には慣れたものだけど――。
「……引っ込めておけば良かった」
汚らしい貧民街のため、その辺にいる羽虫が寄ってくる。
光翼と光輪に対し、虫達がブンブンと飛んでくる。その鬱陶しさと払いのける手間を考えたら、翼も輪もしまってしまえば良かったと――と後悔する。
しまったらしまったで、私を人間と勘違いしたごろつき共が寄ってくるかもしれないけど……虫よりはマシかもしれない。人間の方が聞き分けがいい。1人、2人、叩きのめしてやれば寄りつかなくなるもの。
そう考えつつも、今更翼と輪を引っ込めるのも気が進まず、虫を払いのけながら貧民街を進んでいく。
貧民街の中で天使達が寄り集まっている区画に辿り着くと、幾分か清潔になった。あくまで「貧民街のわりには」という話で、ここに暮らす天使達が人間を追いやっていいところに住んだだけだろうけど――。
「ここね」
目当ての天使がいる家に辿り着いた。粗末だけど、綺麗に掃除されている。
アポも取らずに突然訪問すると、オーク顔の天使が出迎えてくれた。
「貴方がアルヴィエル? 少し、相談があるんだけど――」
出迎えてくれたオーク顔の天使は、外で話をしたがった。
私は「中で話をしましょう」と言ったものの、オーク顔の天使は半笑いを浮かべながら「中は汚いんで」と言ってきた。……挙動不審だ。
「男の独り暮らしなんで汚えんですよ。貴女のようなキレーな御方を上げられるほど掃除してないんで……。ははっ。すみません……」
「汚くてもいいから入れて頂戴」
そう言うと、アルヴィエルは「少し……少しだけお時間いただけますか?」と言い、慌てた様子で室内に戻っていった。
言われた通りに待つ。5分後、アルヴィエルが「必死に片付けてきました」と言い、戻ってきた。
狭苦しい居間に通してもらうと、それなり以上に片付いていた。おそらく、最初から掃除などする必要なかったんでしょう。
報告書によると、アルヴィエルは清潔で几帳面な男だ。家の外の掃除も自分でやって、近所の清掃も率先してやっているらしい。自分の家の中だからこそ、掃除を怠っている可能性もあったけど……それにしては片付いている。
彼が慌てていたのは、片付けとは別の要因だ。
それはさておき、ここに来た用件を伝える。
「貴方を、私が率いる新設部隊に勧誘したいの」
そう伝えると、アルヴィエルは目をパチクリとしていた。
随分と驚いている様子だ。
「俺を……ですか。でも、俺の親は……」
「私が見ているのは貴方であって、貴方の家ではない。貴方の親が……ここでは禁じられている人類保護思想の持ち主だった事は把握しているけど、過去の話について貴方を咎めるつもりはない」
「…………」
天使と人類は敵対している。
源の魔神――救世神が天使を使って人類を虐げていた事もあり、人類は天使を憎んでいる。
私達は今もなお人類を「下等生物」と考え、見下し、刃向かってくる彼らを殲滅あるいは支配しようとしている。
でも、殆どのプレーローマ支配地域は人類無しでは存続するのが難しい。
誰もやりたがらないような仕事に人類を投入し、人類を奴隷として使うことでプレーローマは大組織を維持している。
意思疎通可能な家畜がいるからこそ、プレーローマは存続している――とも言える。多くの天使が認めない話だけどね。
地域によっては人類もある程度の市民権を得ているところもあるけど、ここでは人類はあくまで「下等生物」だ。
けど、ここのような人類差別が色濃い地域でも物好きはいる。人類を自分達と対等に扱おうとする人類保護思想の持ち主もいる。
正確には「いた」というべきか。彼らは全盛期より大きく数を減らしており、現在では少数派になっている。
そして、「変態」と呼ばれている。
天使のくせに、人類を恋人のように扱う気持ち悪い存在として蔑まれている。
プレーローマの中でも、かなり人類の権利が保障されている人類絶滅派筆頭の<武司天>の統治下では絶対に許されない差別発言だけど……私達が暮らしているのは武司天の領地ではない。
「確かに、貴方の両親は相当な物好きだった。けど、それはあくまで親の話」
「…………」
「貴方は『プレーローマへの忠誠心』を示したでしょう」
オーク顔がピクリと動いた。
資料にはアルヴィエルが過去に「何をやったか」も記されていた。
「親の罪は、表向きは終わった話よ」
物好きだった親は、その「趣味」の影響で全てを失った。
しかしその影響は未だ色濃く残っている。親の罪を子に問う者は少なくない。アルヴィエルは――その優秀さのわりに――不遇な暮らしを続けている。
兵士として戦っているけど、激戦区に送り込まれがち。毎度のようにボロボロになって帰って来ている。けど、しぶとく生き残るだけの力を持っている。
親の罪によって孤立しているお陰で勧誘しやすくて助かる。家族に問題アリとはいえ、上も工作員としての登用なら目をつむってくれる事を確約してくれている。
「私が部隊員を勧誘するうえで、気にするのは2つだけよ」
1つ。本人の能力。
2つ。上官の命令を厳守すること。
「前者は問題ないと貴方の経歴が証明している。後者に関しては訓練と私の努力で何とでもなる。だから勧誘に来たの」
上は説得しているから、あとは貴方が首を縦に振るだけよ。
待遇面の話はまだ伏せつつ、そう告げる。
アルヴィエルは表情を強張らせ続けている。迷い、疑っている様子だ。
親の罪によって彼は不遇な立場に置かれた。
だから、今回も「悪い事が起きる」と疑っているようだ。私の勧誘を受け入れたが最後、今までよりずっと激戦地に投入される可能性があると考えているようだ。
その懸念は正しい。
おそらく、ウチに回ってくる仕事は楽なものじゃない。
「仮に、貴女の部隊に参加した場合、どういう任務を……」
「まだ詳細は語れない。ただ、人類文明圏での仕事が主ってことは教えておく」
「…………」
「人類を殺すのはお嫌い?」
「いいえ? 俺もプレーローマの兵士ですから」
今まで何人も殺してきた。
慣れっこです。
アルヴィエルはそう語った。
「親父達は愚かでした。人類は単なる家畜だというのに、それに対して情を持ってしまった。人類は意思疎通できる便利な家畜ですが、半端に知能があるから厄介だ。豚や牛とはワケが違う……邪悪な家畜です」
「…………」
「俺は親父達のような馬鹿はしません。下等生物である人類と戦えることは、誉れある仕事だと考えています。でも、その、俺がどう思っていようと……親がしたことは死ぬまでついて回るので……」
アルヴィエルは私の話を断ろうとしている様子だった。
私には、まだ切っていないカードがある。
アルヴィエルは是が非でも欲しいほどの兵士ではない。
でも、私も選り好みしていられる状態ではない。
「私は貴方の過去を重視していない。貴方の現在も、性癖なんかも考慮するつもりはない。個々人の趣味なんて好きにすればいい。そう、例えば――」
喋りつつ席を立つ。
私を止めようとするアルヴィエルの手を払いのけ、家の奥に進む。
彼は私に掴みかかってきたけど、投げ飛ばし、足蹴にしながら奥に進む。
奥にあった扉を開くと、そこに1人のペットが寝かされていた。
「貴方が非認可のペットを飼っていることも、正直どうでもいい。よくまあ、今までずっと隠しておけたものね……とは思うけど」
「ま、待ってください! これにはワケが――」
床に倒れたまま、私に手を伸ばしてくるアルヴィエルを視線で黙らせる。
「でも、もう隠しておけない。貴方は任務で不在の時、近くの人間にペットを預けていたようだけど……その預け先、最近、変えたでしょう?」
預かってくれていた人間が死んだから、仕方なく新しい預け先を見つけたものの……そいつが裏切った。当局に告発した。
そんな事が起きないよう、口止め料も払っていたものの裏切られた。
アルヴィエルもこの件を告発した相手が誰かわかったらしく、「あいつ……」と悔しげに呟いた。
「ペットの飼育自体は問題ない。許可があるならね」
アルヴィエルは親がやらかした――いえ、やらかした事にされたから、その手の許可を取ること自体、難しい。だからずっと法を犯してきた。
「貴方が隠しているナイフで私を殺したところで、現状は何も改善しない。このままだと貴方は捕まる」
通報を受けた当局は早晩、貴方達を捕まえに動くでしょう。
そう告げると、アルヴィエルは必死に懇願してきた。
「見逃してください……! 俺は、別に、危険思想なんて持ってないんです!」
「そう」
「ただ、そいつといたいだけで……」
「だから、それはご自由にどうぞ」
貴方の過去も趣味趣向もどうでもいい。
私の目的は、それなりに優秀な部下を確保すること。
「私の勧誘を受けるなら、この飼育許可証をあげる」
私の方で手続きをして取っておいた許可証を、アルヴィエルに投げる。
「それと、こんな貧民街ではなくもっと良い場所で暮らせるようにしてあげる。そこのペットの治療と介護サービスも用意してあげる」
「えっ……」
「ペットが死ぬまで、サービスを維持してあげる」
仮に貴方が死んだとしてもサービスを継続するよう、取り計らってあげる。
ただし、交換条件として――。
「私に従いなさい。私の部下としてついてきなさい」
こっちも手段を選んでいられないの。
上からの無茶振りに答えられない場合、「叛意あり」なんて無茶苦茶なことを言われて裁かれかねないの。
「どうして……俺如きに、そこまでしてくれるんですか?」
「…………」
「他にもっといるでしょ!? 手間暇かけて勧誘すべき相手が――」
「貴方は是が非でも欲しい兵士じゃない。けど、それなりに優秀だから、この程度の出費に見合う働きをしてくれると考えたのよ」
「…………」
「あと、私の命令に逆らった場合、『ペットがどうなるかわからない』と言っておけば、命令を厳守してくれるでしょう?」
私は従順な部下が好き。
貴方は「ペット」という大きな弱点がある。
そこを押さえておけば、貴方は「従順な部下」になってくれるでしょう?
アルヴィエルは顔を歪めた。けど、視線は逸らさなかった。
「私の誘いを断るなら許可証は返してもらう。当然、移住話や諸々のサービスもなし。そして……貴方達は捕まる」
「選択の余地はない、って事ですか……」
「逆よ。選択できない状況だったのを、選択できるようにしてあげたの」
これを「慈悲深い救済」と言うほど、私はツラの皮は厚くない。
けど、比較的悪い話ではないはずよ。
そう説得すると、アルヴィエルは「わかりました」と言ってくれた。
「貴女についていきますよ……。ついていけばいいんでしょう……!?」
「よろしい。よろしくね、アルヴィエル――いえ、ヨモギ」
私と同じく、工作員としての名で呼ぶ。
大して期待してないけど、給料分の仕事はして頂戴ね。




