過去:正義の灯火
■title:新暦1241年
■from:交国軍特佐・カトー
『カトー特佐。此度の命令違反は――』
「作戦は成功した。オレのやり方が正しかった」
以上だ――と言い、玉帝との通信を切ろうとした。
だが、必死の形相の副官に腕を掴まれ止められてしまった。
『今回はキンバリー特佐の指示を聞くよう厳命したはずです』
「敵以外、誰も死ななかった。つまりオレが正しかった!」
『…………』
「オレが勝った! 文句の付け所のない勝利だった!!」
オレが正しかったんだ。
そう言うと、玉帝は気怠げに首を横に振った。
『正しい勝利ではなかった。あなたは規律を乱した』
「だが、オレの方が多くの人間を救えた!!」
『あなたは命令違反を軽く見過ぎている。仲良し同好会時代と同じやり方が交国で通用すると思わないでください。組織にとって、命令に従わない存在が1人でもいるのは非常に厄介なことで――』
■title:新暦1241年
■from:交国軍特佐・カトー
「カトー特佐。石守素子様が面会したいと……」
「オレはここにいない。いいな?」
「ほ……ホントにいいんですか? 相手は玉帝の子の1人で、領主の妻ですよ……? しかも、御自身の力で政財界に強い影響力を持つようになった方で――」
「お前らは黙って上官の指示を聞いていればいいんだ。グズ共」
「「「…………」」」
「なんだ、その目つき。お前らはオレの部下だろ? じゃあ、オレの命令に従えッ!! 上官の命令に逆らうな!! 反抗的な態度を見せるな!! 規律を乱すんじゃねえッ!!」
■title:新暦1241年
■from:交国軍特佐・カトー
「アンタは流民の恥だ。カトー」
「信じてたのに……裏切りやがったな!? 交国の犬め……!」
「…………。言いたいことはそれだけか? じゃあ、さっさと行け。テロリストのお前達を交国軍が探している」
「交国を裏切って、俺達につくつもりはないんだな?」
「……お前らを逃がしてやるのが精一杯だ。悪いな」
交国を裏切ったら、ナルジスはどうなる。
仕方ないんだ。ナルジスを守るためには……。
「ニュクス総長も浮かばれんな」
「黙れ」
「あの人は交国の犬を作るために、こんなクズを生かしてしまったのか」
「知ったような口を利くな!!」
■title:新暦1241年
■from:交国軍特佐・カトー
「アレが例の特佐か」
「噂通りの野蛮人ねぇ……」
「玉帝の頭痛の種になっているって噂が――」
「近々、更迭されるかも――」
「おい、なんだ。なんだぁ!!? お前らがオレの何を知っている!? 安全圏で陰口を叩いているつもりなんだろうが、そこはオレの間合いだぞ!! 喧嘩なら買うぞ!!?」
「特佐……! やめてください! お願いですから……!」
■title:新暦1241年
■from:交国軍特佐・カトー
「と、特佐……? なぜ、友軍を攻撃したんですか?」
「奴らは流民を使って人狩りをしていた」
「そ……」
「お前はオレの副官のくせに、他国のクズ共の肩まで持つのか?」
「重大な……重大な国際問題に――」
「くだらん心配をするな。要は交国がやったとバレなければいいんだろ」
■title:新暦1243年
■from:交国軍特佐・カトー
「カトー特佐。玉帝との謁見時は直ぐに謝罪してくださいね。私の用意した原稿通りに――」
「副官の用意した原稿なんざ知るか。捨てたよ。そんなもの」
「今回、首都に呼び出されたのは只事じゃないんですよ……? 厳しく叱責されるだけでは済みません。絶対、絶対……よくないことが――」
「お前に出来るのは無駄口を叩くことじゃない。黙る事だ。オレはフェルグスやラート達に挨拶してくる。ちょっと待ってろ」
「特佐! お願いですから――」
「鬱陶しいんだよ。オレはお前の出世の道具じゃねえんだぞ」
■title:新暦1243年
■from:交国軍特佐・カトー
これが黒水。アイツの領地か。
オレだって……その気になれば、これぐらい……。
ムツキに出来る事なら、オレだって……。
「…………? おい、あの建物は何だ」
「アレは……学校ですよ、学校。黒水守が優秀な教師を招いて、学校を作ろうとしているとか何とか……」
「…………」
「結構な数の流民があそこに通うみたいですよ。他所からも大勢受け入れる気みたいで、大きな寮まで作るんだとか――」
「…………」
「大した御仁ですよ。多くの流民があの人に期待しているみたいです。交国人としては、ちと複雑ですが……あそこまで成り上がるのはさすが――」
「オレだって、アレぐらい作れる」
「え? あ……あはは、そうっスね。特佐サマですもんねぇ」
「学校を作るアイデアだってあった。きっと、オレの方が先に思いついていた。けど……オレは、皆に邪魔されて――」
「え、えーっと……。あぁ、そうだ、仕事戻らねえと……。それじゃ、特佐サマ、ごゆっくりどうぞ~……」
■title:新暦1243年
■from:交国軍特佐・カトー
「騙し討ちするなんて、ひでぇじゃねえか……玉帝さんよぉ」
部下達を使ってオレを行動不能に追い込んだ玉帝がオレを見下ろしている。
落ちそうになる意識を必死に繋ぎ、玉帝を睨んでやる。
「あなたは腐っても神器使いです。下手に抵抗されると大きな被害が出かねない。ただ、警戒しすぎていたかもしれません」
「…………」
「あなたが私の呼び出しに対し、無警戒で応じるとは思っていませんでした。私があなたの数々の命令違反を問題視していないと……本気で思っていたのですか?」
「失敗も、あった。だが、オレのやり方の方が正しかった」
負ける事もあった。
けど、勝つ事もあった。
弱体化した神器を上手く使って、上手く勝ってきたんだ。
「オレは正しい。お前なんかより、正しい」
「あなたは腐った林檎です。取り除かねば」
「腐っているのは、お前らだろうが……!」
交国は所詮、交国だ。ずっと昔から横暴なままだ。
何の罪もねえフェルグス達に罪を着せて、実戦投入までして――。
「あなたが全盛期の力を変わらず持っているのであれば、まだ使い道があったのですが……。ここまでです、カトー」
「オレの価値を、勝手に決めるな」
「あなたの神器は交国が有効活用します。人類のことは我々に任せて、安心して仲間のところへ逝きなさい」
ふざけるな。ふざけんな。
散々利用しておいて、こんな扱い――。
■title:新暦1243年
■from:ただのカトー
「なんで……オレを助けに来た」
「ハッキリ言ってしまうと、あなたの事なんてどうでも良かった」
「でも……でも、隊長が……ファイアスターター隊長が! あなたなんかを助けに行くと言って、聞かないから……」
「…………」
「アンタの所為で、隊長が……!!」
「おい、やめろ!」
「そいつを殺したら隊長がやったことが、全部無駄になる。堪えろ」
「…………」
「どうするよ、これから。コイツもう……神器もなくなったんだろ?」
「どうしようもねえよ。もう、終わりだ! エデン最後の希望が……ファイアスターター隊長が、もう……」
■title:新暦1243年
■from:ただのカトー
「やぁやぁ、カトー君! お加減いかがかなぁ~?」
「……泥縄商事」
ファイアスターター達だけじゃ、交国に勝つのは不可能だった。泥縄商事が交国軍を引っかき回し、退路まで確保してくれていないと逃げ切れなかった。
だが、なぜ助けた。
エデンと泥縄商事は敵同士だろ――と聞くと、泥縄商事の社長は肩をすくめ、「ファイアスターター君に頭を下げられたからねぇ」と言った。
「お前がその程度で動くとは思えない」
「まあね。交国のメンツに泥を塗る好機だから動いただけだよ。交国にはエデン以上にやられたからねん。交国と比べたらエデンなんてかわいいもんだよ」
「…………」
「それに、内通者もいたからねん。そこまで分の悪い賭けじゃなかった。ど~せ失敗したところで泥縄商事の損害は微々たるモノだし」
「内通者……?」
誰の事だ、と問うと、泥縄の社長は少し驚いた表情を浮かべた。
「誰って、キミの副官だよ?」
「…………は?」
「ファイアスターター君に依頼受けて、キミの奪還経路を探っていたらカトー特佐の副官が接触してきたのさ! あの子が手引きしてくれなきゃ、交国本土から逃げるのも厳しかったかなぁ~」
「な…………何を言ってる」
副官はオレの事を嫌っている。
宗像のお気に入りで、オレという出世道具を与えられただけの奴だ。
出世の道どころか、命すら危うくなる事なんて絶対しない。オレを逃がす手伝いをした事がバレたら、絶対にタダじゃ済まない。
だから有り得ないと言ったが、泥縄の社長は唇を尖らせつつ、「でも実際に助けてくれたからな~」と返してきた。
「あの子、むしろキミのこと大好きでしょ」
「何をバカな事を――」
「あの子、『カトー特佐は私の英雄なんです』って言ってたよ。子供の頃、海賊に襲われたところを、エデンのキミに助けてもらったって」
「…………そんなこと、オレは一度も言われてない」
知らない。
そんな事、本人から何も言われてない。
「え~? でも、ウソっぽくなかったよ? 実はウソだったってオチ? じゃあ、何でそんなウソついたのさ。実際助けてくれたじゃんよ」
「オレが知るかよ……」
アイツが、オレを助けた?
そんなはずない。
ありえない。ずっと、オレの行動に文句を言ってきたアイツが――。
なぜ助けたのかは、わからないが……。
「本人に……本人に聞けば、ウソかホントかわかるはずだ」
「あ、それ無理! あの子なら、キミを助けるために自分の命を捨てたよ!」
「――――」
「交国軍に射殺されてたよん☆ キャハハ!」
■title:新暦1243年
■from:エデン総長・カトー
「エデンを再結成する」
ファイアスターター隊の奴らに、そう告げる。
出来れば協力してほしいと伝える。……今はコイツら以外頼れない。
戦力としてかなり不安だが、それはオレも同じだ。
「再結成して……どうするんですか」
「カトーさん。アンタは神器を奪われた。もう、以前のようには……」
「オレ達は生き残った。いや、死に損なった」
オレ達が死なずに済んだのは、何か意味があるはずだ。
そうじゃないとおかしい。
そうじゃないと……皆の死が、無駄になっちまう。
オレ達が死に損なった意味を見つけなきゃいけないんだ。
「オレ達の力で……皆の仇を取ろう」
エデンの灯火は、まだ消えていない。
オレ達は……まだ、終わってない。




