過去:新たな希望を探して
■title:
■from:石守睦月
<カヴン>の内部抗争があった。
交国が裏で糸を引いていた内部抗争だった。
おやっさんの事を……ロレンス首領を目障りに感じている人間達が一斉に動いた事で、大きな内部抗争が発生した。
おやっさんは組織の内外に敵が多かった。組織外の人間に嫌われるのはまだわかるけど、同じ流民の中にもおやっさんを殺したがる者達がいた。
彼らはロレンス首領として大きな権力を握っているおやっさんの事が、気に食わなかったらしい。だから交国の工作なんかにまんまと乗せられてしまった。
おやっさんがカヴンの頂点に……大首領になろうとしていると言い、「そんな不遜な事は許されない」と考えて動く人もいた。
おやっさんには大首領になる意志なんて無かった。俺達が勝手に「カヴンはおやっさんが率いるべきだ」と期待しただけだったのに……。
あの人は常に皆のことを案じていた。ロレンスの内外に関わらず流民を助けていた。自分の手を汚してでも皆を助けていた。
その行為が根っこの問題を解決する行為じゃないとわかっていながら……それでもおやっさんは手を汚し続けていた。
自分では無理でも、いつか誰かが根っこの問題を解決してくれると信じて可能性を残そうとしていた。子供達を守ろうとしていた。
犯罪に手を染める悪人だったのは確かだ。
自分を「必要悪」と嘯いたりせず、「ただの悪党」と定義する人だった。自分が手を汚すことで皆の命を守れるなら、それを良しとする人だったのに――。
『おやっさん……』
おやっさんは、俺の目の前で息を引き取った。
そして俺は捕まった。おやっさんの遺体から引き剥がされた。
『おやっさんはどこだ。どこに連れて行った』
『ロレンス首領の遺体なら、ご息女のところに送った。それより貴様……自分がやったことを理解しているのか……?』
『何の話だ』
『貴様……大首領直参幹部のロミオ・ロレンスを殺したんだぞ!?』
『違う……。違うっ!! 俺じゃない!! 俺は、おやっさんを――』
『申し開きがあるなら夜会で行え。大首領と直参幹部がお前を待っている。ロレンス首領への手向けとして下手人を裁く準備を整えている』
おやっさんは死に、俺はロミオ・ロレンス殺しの犯人にされた。
俺がおやっさんの遺体の傍にいた事や、内部抗争の只中にいたおやっさんを助けに行くため……他のカヴン構成員と戦っていた事から一方的に「犯人」にされた。
ハッキリとした証拠があるわけじゃない。直参幹部の中にも俺を犯人だと断定しない人達もいた。弁護してくれる人もいた。
けど、おやっさんの死に乗じてロレンスの弱体化を図りたかった奴らが俺がおやっさんを殺した証拠を「見つけて」きた。
俺がロレンスに近しい立場にいるから、罪を着せて消したがったんだろう。彼らは偽造した証拠まで用意してさっさと始末しようとしてきた。
俺は幹部会議で――夜会で裁かれる事になった。おそらく、有罪になる可能性の方が高かったはずだ。
俺は強制的に眠らされ、<府月>へと送られた。
そのまま夜会に連れて行かれるはずだったが――。
『ご苦労様。その子は私が夜会に連れて行くから』
『胡蝶様……!? ですが、下手人の連行はデカローグファミリーが――』
『あのね? あまりね? 同じ言葉を重ねさせないで頂戴』
府月に来て直ぐ、霧の中からふらりと現れた女性が気怠げに俺の身柄を引き取ると言ってきた。
俺を連行していこうとしていた人達は困惑しつつ、身柄の引き渡しを固辞しようとしたものの――。
『あのね? 夜会は基本的に選ばれた構成員でなければ出席できないの。一般の構成員が――それもデカローグの名を勝手に使っている傘下組織の子がわたくしに意見するの? それが組織の総意?』
女性の背後の霧から無数の触手が這い出てきて、女性の手に恭しく煙管を渡す光景を見て、俺を連行していた人達は青ざめていた。
女性の背後だけではなく、周囲の霧中に蠢く何かを感じ取ったんだろう。彼らは俺をその場に残し、足早にその場から去って行った。
その次の瞬間には俺の背後から伸びてきた何かが俺の拘束を解いてくれた。そして俺と女性を府月の別の場所へふわりと運んでくれた。
『はぁ……。で、どういう事なのムツキ君。ロロ君が殺されたって本当?』
煙管を吹かしていた女性は――大首領直参幹部の1人である――胡蝶様は触手に腰掛けながらそう問いかけてきた。
俺はその言葉を肯定し、弁解した。
おやっさんを殺したのは俺ではないと――。
『はい、はい、はい。わかってる。わかってます。キミがロロ君を殺すわけないでしょ。大方、誰かにハメられたんでしょ』
『誰がおやっさんを殺したか、胡蝶様はご存知ですか……!?』
『…………知らない。疑っている子達はいるけど、確証ないから言わない。キミに変な先入観を与えたくないから』
確証なくてもいいから教えてくださいと言うと、胡蝶様は「そんな事より優先的に伝えるべき話がある」と言って言葉を続けた。
このまま夜会に出席したら俺は間違いなく処刑される。胡蝶様や一部の大首領直参幹部は「処刑は早計」と言っているけど、大半の直参幹部はさっさと処刑して終わらせようとしているらしかった。
俺以外にも怪しい人達はいた。俺を捕まえ、連行していた人達も怪しかった。
ただ、俺が犯人だと示す証拠があった。それが偽造されたものでも、この機会にロレンス側の戦力をさらに削っておこうと考える人達がいた。
『さすがのキミでも、こんなところで死にたくないでしょう?』
死にたくなかった。
真相すら知らず、おやっさんの仇討ちすら出来ないまま死にたくなかった。
胡蝶様は「可能な限り弁護するけど、今回は押し切られそうだから次善策を用意してくる」と言ってくれた。
『ですが、あまり俺なんかに肩入れをしていると胡蝶様の立場が――』
『わたくしがいたずらっ子達に触手を掴まれると思っているの?』
『…………』
『色々と手配してくるから自棄を起こさず大人しくしててね。それまでは~……我が君、子守りをお願い出来ませんか?』
『ええ。それぐらいなら』
いつの間にかやってきていた大首領に対し、胡蝶様は少し申し訳なさそうにしつつも後を任せ、霧の中に消えていった。
それを見送った後、大首領はにこやかに俺に話しかけてきた。
『ロミオ君が死んだのは本当に残念。あの子は子供達の行く末を本気で案じて、何とかしようと足掻いている子だったから』
『おやっさんを蘇生してください。……貴女は、それが出来るんですよね?』
夢葬の魔神は最弱の魔神。そう言われている。
でも、おやっさんは大首領に一目置いていたし、「大首領は絶対に怒らせちゃならない」と皆に口酸っぱく言っていた。
夢葬の魔神は何でも出来る。死者の蘇生すら出来る。
そんな噂もあったし、実際、不可能を可能にした記録も残っていた。普段は子供達と遊びほうけている威厳のない魔神だったが――。
『おやっさんを生き返らせてくれれば、全てが……全てが丸く収まります! 貴女だって、ロミオ・ロレンスが生きていた方が都合がいいでしょう!? おやっさんは、ずっと貴女の意志を汲んでくれていたでしょう……!?』
『…………』
『なんで……助けてくれないんですか? 何で何もしてくれないんですか?』
夢葬の魔神はニコリと笑ったまま、「私は現世のことに不干渉だから」と言った。……おやっさんが死んだというのに、微笑み続けていた。
おやっさんが死んだのは、組織の内部抗争の最中だった。貴女なら内部抗争を止める事も出来たはずだし、組織の長として動くべきだった。
長の椅子にゆるりと腰掛けて傍観しているだけじゃなくて、皆のために働いてくださいよ。神サマなら、それぐらいしてくれていいでしょう?
そう主張しても、彼女は――少し申し訳なさそうに――微笑むだけだった。
助けてくれないのはわかっていた。何を言っても動いてくれないのはわかっていた。……けど、それでも……俺は神に縋った。
散々、大首領を軽んじてきた俺が大首領に縋るなんて、虫が良い話なのはわかっている。けど、おやっさんは……貴女のために働き続けてきたじゃないですか――と言っても、彼女は微笑むだけだった。
夢葬の魔神は流民を見守っている。
見守っているだけの存在だ。
怒りもせず、説教すらせず、微笑み続けている夢葬の魔神に対し、俺は苛立った。プレイヤーとかいう陰謀論の産物のような輩の首がなければ動かないと言い張る彼女に対し、怒りをぶつけ続けた。
『カヴンは貴女の組織ですよ!? それなのに……何で何もしてくれないんですか!? なんで……なんでっ……! おやっさんを、助けて……』
『貴方の怒りは真っ当なものよ。ムツキ君』
彼女は微笑みながら、「でも私は貴方達を救わない。どうしても私を動かしたいならプレイヤーの首を持って来てね」と言った。
ただ……大首領は本当に何もしなかったわけではない。
一時的に匿ってくれたし、あの人とも引き合わせてくれた。
『ムツキ……!』
『お、お嬢様……!』
大首領は府月で俺とお嬢様を引き合わせてくれた。
大首領本人は「素晴らしい偶然ね」と言い張っていたが、意図的に俺達を引き合わせてくれたんだろう。……おやっさんが流民のために献身していた事に対する、せめてもの御礼だったのかもしれない。
『お嬢様、俺は……』
『わかってる。父さんを殺したのはキミじゃない』
お嬢様は直ぐに俺を信じてくれた。
おやっさんを殺したのは俺じゃないと確信していた。
『貴方は父さんの遺体を見つけて回収しただけ。そうだよね?』
『…………はい』
俺は困惑しつつも、そう返事した。
お嬢様に対し、嘘をついた。
お嬢様は俺が冤罪で捕まった事をわかってくれていた。
だから、現で俺を守るために動いてくれていたけど……俺を処分したがっている直参幹部達の圧力もあり、上手くいってなかった。
『大首領がムツキを庇ってくれたら、確実に助けられるんだけど……』
お嬢様がそう言ってチラリと大首領を見ると、大首領は「さすがにそこまではねぇ」と言って協力を拒んだ。
大首領も俺がおやっさんを殺していないのは知っている様子だった。……そもそもあの人は誰がおやっさんを殺したか、知っていたはずだ。
『すみません……。お嬢様にもおやっさんにも、「いまきな臭くなっているから、絶対に帰ってくるな」って言われていたのに……』
『それは……過ぎた事だよ』
あそこまでの事になるとは思わなかったけど、カヴン内部ではおかしな動きがあった。おやっさんもお嬢様も、それを知って部外者を遠ざけようとしていた。俺は……2人や皆を助けたくて、戻ってしまったけど――。
『それより、今はムツキを何とかしないと……。このままじゃ処刑される』
『それより組織が……』
『ロレンスのためにも貴方が必要なの!』
お嬢様は焦りながらも手を尽くそうとしていた。
俺の無実の証明する証拠は直ぐに手に入らなかった。俺を処分したがっている奴らが作った証拠の方が多かった。
いや……あの時点でも俺の無実は証明出来たかもしれない。手立てはあった。あったけど、それは――。
『ムツキ君の処分に慎重な幹部もいるけど、処刑を推し進めようとしている子の方が多そうねぇ』
大首領は俺達のためのお茶を淹れつつ、のほほんとした様子でそう言っていた。
お嬢様は大首領に対して物言いたげにしていたものの、大首領への言葉は飲み込んだ。そして、俺に対して「ひとまず逃げて」と言ってきた。
『今は逃げて。貴方が逃げている間に、なんとか……何とか無実の証拠を見つける。今はロレンスとカヴンから距離を取って』
お嬢様はタツミ達とも相談し、俺を逃がす事に決めたらしい。
俺が裁かれる可能性が高い以上、ひとまずは組織から逃がす。
胡蝶様も密かに協力してくれる事になっていた。
『……大首領はそれでいいんですか?』
『どうぞご自由に。キミ達を助けず、な~んにもしない私がキミ達の脱走だけ阻止するのもおかしな話じゃない?』
『カヴンの大首領としては、おかしな話ですよ』
府月で俺とお嬢様を引き合わせ、脱走の相談させている時点でおかしいんですよ――と言うと、大首領はいつもの笑みを浮かべた。
大首領が何もしない役立たずなのは周知の事実じゃないと言い、笑って傍観を続けると言った。
『ああ、でも、夜会で「加藤睦月の追討」が決まって暗殺部隊を派遣する段取りになったら止められないからね? そこは自分達でなんとかしてね』
カヴンは人類連盟ですら壊滅に追いやれない大犯罪組織。
殺しを生業としている人達もいるから――いくら俺が神器使いとはいえ――真っ向からやり合って勝てる相手ではない。逃げる事すら難しい相手だった。
だからお嬢様は、俺に提案してきた。
『交国に逃げ込んで。例の計画を前倒ししましょう』
交国の玉帝とは、前々から一度話をしたいと考えていた。
おやっさんは――交国と手を切って以降は――交国に対して敵意を向けていたけど、お嬢様や俺は「交国は他の常任理事国よりは話がわかる」と思っていた。
交国との協力関係を再び結ぶ事が出来れば、お嬢様が考える「流民の海運事業」の後ろ盾になってくれるかもしれない。……一度断られた話だから難しいとしても、他国よりはまだ話し合いの余地があると考えていた。
交国の庇護下に置いてもらえればカヴンの暗殺者達にも対応しやすくなる。交国にはそれだけの力があった。
『でも、いま交国に逃げ込んでも足下を見られるのでは……』
『…………。手土産として、父さんの神器と……遺体を持っていきなさい』
お嬢様の言いだした策は大胆なものだった。
ロレンスの弱体化を図りたい直参幹部達が、あくまで俺を「ロミオ・ロレンス殺しの下手人」としたいなら、それを利用する。
ロミオ・ロレンスは大海賊組織を束ねる長であり、人類連盟側にとっては不倶戴天の敵。その首を取って、さらには神器まで奪ってきた人間はその功績によって悪いようにはされないだろう――という考えだった。
実際、お嬢様の策は上手くいった。
玉帝は俺を「利用価値がある」と考えて受け入れてくれたし、カヴンの暗殺部隊からも身を守る事が出来た。
交国側で「ロミオ・ロレンスの排除」を目論んでいた人達にとっては、歯痒い結果に終わっただろうけど……玉帝は実利を取った。俺達は賭けに勝った。
お嬢様が俺を信じてくれた事に比べたら、おやっさん殺しの汚名を着るぐらいなんてことはない。ロレンスの人達に憎まれようと、結果的に多くの流民を守れるならいいんだ。
おやっさんは死んだ。
あの人が死んでしまった以上、ロレンスの弱体化は避けられない。
俺達が真に守るべきは「組織」ではなく「流民」だ。
俺達はどんな手を使ってでもダメージコントロールを図る必要があった。交国に取り入って、少しでも多くの人々を救う手立てを考えるべきだった。
その事に後悔はない。
ただ、さすがに……おやっさんの遺体を交国に持っていくのは気が引けた。
提案したお嬢様も、本当はそんな事をしたくなかっただろう。交国に神器使いの遺体を持ち込めば、手荒に扱われる事はわかっていただろう。
『父さんは……貴方を助けるためなら、自分の身体が切り刻まれようと屁とも思わない人よ』
『でも、お嬢様……!』
『私は、父さんと血の繋がりがない。だから父さんの神器を使う事もできない。このままだと神器を持て余すどころか、新たな火種を抱える事になる』
それならムツキに活用してほしい。
お嬢様はそう言い、俺におやっさんの遺体と神器を託してきた。
あの人も必死だったんだ。お嬢様の判断は間違っていない。
多分、おやっさんもお嬢様を支持してくれただろう。
おやっさんは……どんな時でもお嬢様の味方だった。
血の繋がりはなくとも、お嬢様の事を本当に大事にしていたから……。
『それと……大首領にお願いしたい事があります』
『何かしら? 私は現世の事は基本的に不干渉よ』
『でも、府月での事には関わってくれますよね』
お嬢様はそう言い、大首領に「ロレンス首領から預かってるものがありますよね」と言ってきた。
『父さんは府月で貴女に遺言を預けていたはずです。それを教えてもらえませんか? ……私には無理でも、ムツキに――』
『2人ならいいでしょう』
大首領は「夜会で言おうと思ったんだけど」と言いつつ、言葉を続けた。
『ロミオ君は「自分が死んだ場合、後事は全てジュリエッタに任せる」と言ってた。それと「背負うも託すもジュリエッタの裁量で決めてくれ」ですって』
さらに、おやっさんが遺した遺言状も渡してくれた。
俺達はそれを見た。
大首領が要約してくれた通りの内容と、事細かな事に関してアレコレと書かれていた。おやっさんは、ずっと前から遺言書を遺していたらしい。
大首領は笑顔で「ジュリエッタちゃんが成長した時に、遺言書の内容が更新されたのよ」と教えてくれた。おやっさんはそれだけ、お嬢様の事を評価していたという事だろう。
お嬢様は表情を曇らせていたけど――。
『大首領も……この遺言書の内容を、支持してくれますよね?』
『ええ、もちろん。といってもロレンスの立て直しまでは手伝わないけど』
『では、私はロレンスの新首領を指名します。それを認めてください』
お嬢様はそう言い、俺を見つめてきた。
『私は、加藤睦月をロレンスの新首領に推薦します』




