過去:踏みにじられた希望
■title:
■from:石守睦月
『ただ……お前をロレンスに入れないって事は、ジュリエッタを嫁にやる事も諦めなきゃいけないって事だからな。そこが一番、無念かもしれない』
『はぁ、俺がお嬢様と結婚……ですか』
『ハァ? なんだぁ、不服なのか? ブッ飛ばしてやろうかぁ!?』
『いやいや、そういうわけじゃ……』
おやっさんはお嬢様を――ジュリエッタ・ロレンスを溺愛していた。
2人に血の繋がりはない。お嬢様はあくまで義理の娘だ。けど、2人とっても俺にとっても血の繋がりなんて大した問題ではない。
2人は仲良し親子だった。おやっさんはお嬢様の事をとても大事にしていたし、お嬢様も…………おやっさんを、とても信頼していたはずだ。
『お嬢様と俺では釣り合わないって話ですよ。相手はお姫様なんですから』
『逆にお前以外、釣り合う相手がいないと思うがね。オレは』
お嬢様はロミオ・ロレンスの養女であり、王女でもあった。
彼女はとある国の王女として生まれた。おやっさんは、お嬢様の実の親と親交が深かった。ロレンスが犯罪組織という事もあり、大っぴらには付き合えなかったが……それでも仲良くやってきた。
公私共に上手くやっていた。お嬢様の実父は密かに流民の受け皿を作り、おやっさんはそれに報いるために密かに物資を渡したり、敵を討つ事もあった。
ロレンスと交国ほどの大きな繋がりとは言えなかったが、ロレンスと交国よりもっと……深いところで繋がっていた。利害関係だけではなかった。
けど、お嬢様の国は滅びた。
きっかけを作ったのは彼女の実父であり、人類連盟でもあった。
当時、お嬢様の国には険悪な関係の国家があった。その国家は人連の常任理事国の後ろ盾を得て、好き勝手やっていた。
お嬢様の実父はそれを良しとしなかった。自国だけではなく、他の諸外国も被害を受けている事もあり、対応に動いた。
お嬢様の実父は常任理事国を後ろ盾にしている国家に戦争を仕掛ける事を考え、おやっさんに――ロレンスに相談をして備えていた。
おやっさんは「相手が悪い」と考えつつも、「時間をくれ」と頼んでいた。交国と裏取引をして、交国の後ろ盾を得て相手を叩き潰そうとしていた。
ただ、その計画は失敗した。
敵が先手を打ってきた。常任理事国の力も全力で活用し、先に仕掛けてきた。明らかに過剰な先制攻撃を行い、軍人どころか多数の一般人も虐殺してきた。
その事件により、お嬢様の親御さんは殺された。国も滅びた。
おやっさんは――親友と国を守れなかった事を悔やみながら――お嬢様を匿う事にした。自分の娘として匿う事にした。
おやっさんがお嬢様を溺愛しているのは、守れなかった引け目もあるのかもしれない。犯罪組織の長だけど、それでもお嬢様を守ってきた。
『おやっさんが死ぬのは絶対イヤですけど、早めに隠居してもらって……お嬢様に跡目を継いでもらって……お嬢様に俺のロレンス入りを認めて貰うのはアリかもですね。いっそのこと、おやっさんもお嬢様の部下になるとか』
『馬鹿野郎と言いたいところだが……悪くない話かもな』
おやっさんは「オレは未だに皆を救えていない」「さっさと後進に道を譲るべきなのかもな」と言っていた。……気落ちしている様子だった。
おやっさんは首領として、十分すぎるほど働いていた。俺はおやっさんを貶したいわけではなかった。
冗談です。すみませんと謝ったが、おやっさんは「お前の案も1つの手だとは思うんだよ」と言った。
『実際、オレは限界を感じている。ジュリエッタは…………オレの跡目を継ぐほどの実力はまだないが、オレにはない才能も沢山もっている』
お嬢様はロレンスの一員として活躍していた。
戦闘員としてではなく、幹部として活躍していた。
お嬢様が様々な改革を行った事により、ロレンスは海賊稼業以外でも大きく稼ぐようになっていた。
副業としてやってきた密輸の効率を上げるため、航路の見直しや輸送船や海獣の運用を見直したのはお嬢様の発案だった。それは密輸だけではなく、海賊稼業の効率化にも繋がった。
お嬢様のおかげでロレンスはさらに躍進していた。
『ジュリエッタが首領になったら、海賊稼業は廃業になるかもな』
『そうなんですか?』
『あくまで可能性の1つだけどな。ジュリエッタは危険な海賊稼業ではなく、海運の力で生計を立てていくべきだって主張しているんだ』
『はぁ……。想像もつきませんね』
『だが、的外れな意見じゃない。問題はあるが……オレも良い案だと思ってる』
流民は混沌の海で長く暮らしてきたため、海の暮らしに慣れ親しんでいる。
船や装備の面では先進国に劣るものの、今まで培ってきた航海技術は先進国にも劣らないものを持っていた。ロレンスはそれを主に海賊稼業に活かしてきた。
お嬢様は流民の航海技術を、海運に活かすべきだと主張していた。
ロレンス首領に後押しされながら、ロレンスの航海技術をさらに高めるための研究と改革を推し進めていた。
多次元世界では多くの先進国が異世界間の貿易を行っている。それを流民に外注する環境が整っていけば、流民は多次元世界の貿易に真っ当な形で関わっていける。真っ当な生業を得る事ができる。
ただ、そのためには大きな障害があった。
陸の人間にとっては、「流民」というだけで蔑視の対象という問題があった。
『陸の人々は……流民というだけで俺達を差別してきます。犯罪者呼ばわりしてきます。そんな状態なのに海運の仕事が来るんでしょうか?』
あの時点でも海運の仕事はあった。
だがその殆どが密輸。人類連盟加盟国に敵視される犯罪行為だった。
『お嬢様の案が上手くいけば、とても良いことだと思います。おやっさんも……違法行為だけでは、いつか行き詰まると懸念していたから……真っ当な生業に関しても色々と投資を行ってきた。でも……現状では――』
『大抵、上手くいってねえ。だが、不可能じゃないはずだ』
おやっさんは「オレに考えがある」と言っていた。
お嬢様の主張する「海運業への移行」を推す意志があった。
多分、あの時……交国に頼る事を考えていたんだろう。
交国に「流民の真っ当な海運業」を後押ししてもらおうと思っていたんだろう。ロレンスが完全に海運業へ移行出来ずとも、海運のために新たな流民組織を作って交国に後ろ盾になって貰おうと考えていたんだろう。
『ジュリエッタはオレとは違う道を見据えている。……それを応援したい』
お嬢様は俺には出来ないことをやってのけていた。おやっさんにも認められていた。俺は…………お嬢様が羨ましかった。
お嬢様は俺が欲しいものを全て持っていた。
けど、仮に俺がお嬢様の立ち位置にいたとしても、俺はお嬢様ほど活躍できなかっただろう。単なる鉄砲玉程度の活躍しか出来なかっただろう。
だからこそ余計に羨ましかった。
『アイツだけじゃ、大きな組織をまとめ上げるのは難しい。けど、俺が相談役として一線を引いて、ジュリエッタとお前みたいな若い連中にロレンスを……あるいは新しい組織を任すのも……1つの手なんだろうな』
お前達なら、オレが見つけられなかった可能性に至れるかもしれない。
おやっさんはそう言いつつも、首領として働き続けるつもりだと言っていた。
『オレもいずれは引退する。そのつもりで動かないといけない頃合いなんだろう。けど、その前にやるべき事がある』
俺はおやっさんの語った「やるべき事」が何か、わかっていなかった。
けど、多分……あの頃にはもう、おやっさんは手段の1つとして考えていたんだろう。自分の手を汚そうとしていたんだろう。皆のために。
交国に頼る以外の手も、考えていたんだろう。
ともかく、おやっさんは俺をロレンスに入れてくれなかった。
『お前はもっと真っ当なところに行け。大国にでも仕官しちまえ』
おやっさんはそう言っていたけど、さすがに従う気にはなれなかった。
俺はおやっさんに憧れていた。おやっさんのようになりたかった。
ロレンスに入れてもらえずとも、おやっさんのために出来る事はある。
そう考え……考え無しに人を助けて回った。
おやっさんのように人助けをやっているつもりだった。色々……考え無しに事件に首を突っ込んで何度も痛い目を見る事になった。
何度も、おやっさんに尻拭いをさせてしまった。
おやっさんは呆れたり笑ったりしつつ、「お前に好きにやってみな」と言っていた。「師匠として尻拭いぐらいやってやるさ」と言い、俺が考えなしに助けた人達をロレンスや関係組織で引き取ってくれていた。
俺は何度も、おやっさん達に助けられた。
父さんはもういない。
でも、おやっさん達がいる。
俺はとても恵まれていた。
欲しいものを全て手に入れたわけではないけど、それでも……。
『今回も迷惑かけてしまって……すみませんでした、おやっさん』
『今回はさすがにヒヤヒヤしたぞ! まったく……!』
本当にやり過ぎる事もあったけど――。
『……父さん、今は怒ってるフリしてるけど……ムツキが「人連常任理事国の艦隊を襲って流民を助けた」って聞いた時は手を叩いて喜んでたよ』
お嬢様がそう教えてくれた。
そうなんですか、とおやっさんを見ると、おやっさんは渋い顔をして「バカ、ジュリエッタ。余計なこと言ってんじゃねえよぉ~っ……」と少し情けない声を出していた。
俺が迷惑をかけたのは事実だろう。でも、おやっさんが少しでも認めてくれたなら……とても誇らしかった。嬉しかった。
『ケッ……! 確かに上手くやったけど、お前の手立てはどんどん犯罪者らしくなっていってる! さっさと大国にでも仕官してほしいのに、不良になっちまった! 教育ミスったかもなぁ……』
『すみません。でも、おやっさんならこうするだろうなぁ……と考えたら、いつの間にか走り出しちゃって……』
『まったく……。オレなんかを参考にしてんじゃねえよ。ボケカス』
『父さん、もういい加減……ムツキをロレンスに入れてあげたら?』
お嬢様は「教育を間違ったなら、その責任を取ってあげたら?」と口添えしてくれた。俺のロレンス入りを推してくれた。
『父さんの後継者はムツキしかいないでしょ』
『お前、そこは「娘の私しかいないでしょ」と言わねえのか?』
『私には荷が重いと思ってるくせに』
お嬢様はおやっさんを少し睨んだ後、直ぐにおやっさんをじっと見つめて、「でも、ムツキなら任せられると思っているんじゃないの?」と言った。
『ロレンスは世襲制ってわけでもないんだから。私もムツキに面倒事……もとい、責任ある立場を任せて、その下で働く方が好き』
『ムツキ、お前、ジュリエッタをアゴで使えるか?』
『おやっさんに出来ない事を俺が出来るわけないでしょ』
相手は王女様。やんごとなき立場の方ですよ――と言うと、お嬢様は「その扱いはやめなさい」と言いたげに俺を睨んできた。
『ロレンスにも私達親子にも、ムツキの力が必要よ。きっと』
『う~ん…………』
『……ひょっとして、何か別の考えがあるの?』
お嬢様がそう問うと、おやっさんは頬を掻きながら肯定した。
『お前達2人には、ロレンスとは別の組織を任せたい……って考えもあるんだ。あくまでまだ検討中の話だけどな』
『別の組織?』
『ほれ、ジュリエッタが「ロレンスの海運業移行」って案を出してくれただろ? アレは面白い案だと思うが……海賊組織のロレンスが、真っ当な海運業に移行するのは難しいと思うんだよ』
だから、ロレンスとは切り離した組織を作る。
ロレンスが密かに支援する。ロレンス側からも若手を中心に人員を送り込み、新たな海運組織を作る。ハッキリ決まったわけではないものの、おやっさんはそういう案を考えているようだった。
お嬢様が提示した可能性を踏まえ、そんな案を考えたらしかった。
『……父さんは、ロレンスと心中する気?』
『…………。そんな事ねえさ。けど、やっぱりロレンスをそっくりそのまま、真っ当な組織に変えるのは難しいよ』
新しい組織を作る方が、上手くいくはず。
最初は小さくても大きくしていけば、多くの流民の受け皿になるはず。
おやっさんはそう言っていた。
『まだ決まった話じゃないが、前向きに検討してくれ』
俺はお嬢様と顔を見合わせた。お嬢様はおやっさんがあんな事を言うのを予想していたのか、そこまで困惑している様子はなかった。
ただ、少し、不安げにしているように見えた。
俺も不安だった。……ロレンスと距離を取った新しい組織を任せられる場合、ロレンスに何かあった時は助けにいけないんじゃないか、という不安があった。
『お前達はオレの誇りだ。……頼りにさせてくれ』
おやっさんは相好を崩し、そう語りかけてきた。
俺は頷いた。不安はあったが、おやっさんの力にはなりたかった。
お嬢様も不安そうな……物言いたげな表情をしていた。ただ、お嬢様は俺とは違う不安を抱いていたんだと思う。
ただ、俺達が新組織を任せられる話は上手くいかなかった。
新組織を作り、その後ろ盾として力を貸してもらう国家の……交国との話が上手くいかなかったらしい。……おやっさんは交国に対し、激怒していた。
交国とロレンスは、昔から裏取引関係があった。
おやっさんは、お嬢様が考えた「流民の運送業」を軌道に乗せるには交国の協力が必要不可欠だと考えていた。
だから交国に「新組織の後ろ盾になってくれ」と話を持ちかけていたらしい。
だが……その話が上手くいかなかった。それどころか、当時の交国側の担当者はおやっさんが持ちかけた話を一蹴したらしい。踏みにじったらしい。
交国側の担当者が回路先生のままだったなら……あそこまで無碍にはされなかったかもしれない。けど、回路先生はもう亡くなられていた。
おやっさんは最愛の娘が見つけてくれた希望を踏みにじられた事で激怒した。交国への不信感を募らせていた事もあり、裏取引関係そのものを終わらせた。
あの時から、一気に歯車が狂っていったのかもしれない。
…………。
いや、違うか。
ずっと前から兆しはあったんだ。
お嬢様は多分、それを知っていたから不安がっていたんだ。
俺は気づけなかった。
外部のミカエル様でも気づいていたのに……俺は気づけなかった。
だから、止められなかった。
『おやっさん……! おやっさん!!』
炎の中を走りながら、おやっさんの名を呼んだ。
あちこちに死体が転がっていた。悪い想像ばかりが膨れ上がっていった。
『どこですか!? へっ……返事してください……!!』
神器で炎を押しのけ、進んだ。
転がっている敵の――マフィア構成員の死体を踏み越え、進んだ。
『おやっさん!!』
俺の師匠であり、大恩人であり……育ての親だったあの人を探した。
そして、見つけた。
『ロミオのおやっさん……!』
『…………バカ、やろ……。なんで、おまえが……ここにいる』
俺はおやっさんを見つけた。
おやっさんは生きていた。
けど、手遅れだった。




