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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第5.4章:道半ば【新暦1226-1247年】
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過去:鯨の背



■title:

■from:石守睦月


 加藤黒(とうさん)の死後、俺は<エデン>から逃げた。


 逃げた先で人類連盟加盟国に捕まった。彼らは俺が神器使いだとわかると、懐柔を試みてきた。


 当時のエデン上層部と同じように、俺を軍事利用しようとしているのは明白だった。子供の頃の俺でも彼らに手を貸すのはマズいとわかっていた。


 何とか逃げだそうとしていたところ、俺を捕まえていた人連加盟国とやり合っていた組織の長と出くわした。戦闘中のところ出くわし……保護された。


 それが<カヴン>傘下組織の1つ、<ロレンス>の首領だった。


 おやっさんだった。


 おやっさんは「同じ神器使いの(よしみ)で助けてやるよ」と言い、俺を保護してくれた。神器の使い方も教えてくれた。


 ロレンスが海賊組織である事は教えられていたから、さすがに警戒していたけど……その警戒も直ぐに解く事になった。むしろ利用してほしいと思った。


 おやっさんの部下として戦えるなら最高だ。……流民(みんな)を救おうとしているおやっさんの下で戦っていれば、それが世界を1つ滅ぼした贖罪に繋がるかもしれないと思った。


 1人でも多くの人を救えば、それが贖罪に繋がると思った。そう思わないと狂ってしまいそうだった。


 けど、おやっさんは最後まで俺をロレンスに入れてくれなかった。


 あくまで外様。あくまで食客。実質的な師弟関係は結んでいて、いつも良くしてくれていたのに……俺のロレンス加入は頑なに拒み続けた。


『ロレンスは犯罪組織だ。そんなもんに入ろうとするんじゃねえよ』


『けど、その犯罪って人類連盟基準の話でしょう?』


『どこ基準でも犯罪行為だよ』


 おやっさんは俺が手を汚すのを嫌っていた。


 犯罪組織の長のくせに、俺が「悪い事」をしようとすると、烈火の如く叱ってくる事もあった。……親のように俺を躾けてくれた。


『長をやっているオレが言うのも何だが、ロレンスは……そこまで良い組織じゃない。俺にとっては自慢の組織だが、所詮は犯罪組織だ』


『…………』


『ロレンスに入ったら、色々面倒な事になるぞ。後々、立派な国家なり組織に仕官する時、犯罪組織にいたって過去は絶対に足枷になる』


『俺はもう真っ当な生き方は出来ませんよ』


 陽一君の家族を……多くの人の命を奪った時点で、もう手遅れなんだ。


 それならおやっさんのように、闇の中で出来る事をしたいと思っていた。……1人じゃ寂しいから、おやっさんと一緒にいたかった。


『そもそも俺に「真っ当なところに仕官しろー」とか言うのがおかしいんですよ。自分がやらない事を俺に押しつけないでくださいよ』


『それ言われると、さすがに耳が痛えなぁ……』


『そもそも……おやっさんは俺以上に、どこへだって行けるでしょう?』


 おやっさんは神器使いとしての強さだけではなく、組織の長としての統率力(カリスマ)も持っていた。


 大犯罪組織の長という経歴があるものの……まだロレンスの長を務めていなかった時代なら、どこへだって行けたはずだ。


 俺がそう言うと、おやっさんは照れ笑いを浮かべ、「よせよ、そこまで本当の事を言うなって」と答えた。


『正直、昔は何度もそういう事を考えたよ』


『そうなんですか?』


『オレは我が身が一番可愛いからな。けど、1人でフラッとどこかに泳いでいけるほど身軽ではなかった。タイ…………いや、兄貴分や仲間がいたからな。賢い生き方が出来るほど頭も良くなかったし』


 我が身が一番可愛いというのは嘘だろう。


 おやっさんは常に皆の事を第一に考えていた。……組織の長として難しい判断を迫られた時以外は、皆の事を優先していた。


 ロレンス所属か否かも問わず、流民の皆に対して慈しみの視線を注いでいた。常に皆の未来を案じていた。より多くを救おうとしていた。


『お前には……悪党(オレ)みたいになってほしくねぇんだよ』


『…………』


『お前の手はまだキレイだ。お前はいつだって海から抜け出せる』


 おやっさんは少し悲しげな表情で俺を見つめつつ、そう言ってくれた。


 けど、間違っている。


 おやっさんは俺を「正しい方向」に進ませようとしていたけど、あの時は間違ったことを言っていた。


『俺の手は血まみれです。どこにも行けません』


 俺の手が汚れていたから、父さんは死んだ。


 父さんが死んだのは俺の所為だ。父さんは自分の意志で死を選んだけど、その選択をした原因は俺にある。


『そう思って自戒できる時点で、まだまだキレイだよ』


 おやっさんは大きな手で俺の頭を乱暴に撫でつつ、笑った。


『それに身軽だ。腕も立つ。オレには劣るが、なかなかの神器使いになった。好きなとこに仕官して、最高の人生を送ればいい』


『じゃあ、ロレンスに仕官させてください』


『バカヤロッ! 師匠の話はちゃんと聞きやがれ。ボケっ』


 おやっさんは、ずっと俺のロレンス入りを拒んできた。


 俺のために拒んでくれていた。組織の長としては、神器使いの俺をロレンスに加入させる方が正しいはずだけど……それを良しとしなかった。


 俺を色んな危険から守りつつ、教え導いてくれていた。


 おやっさんのような人がいなかったら、俺はきっと……もっとどうしようもない人間になっていたはずだ。人と世界を恨む人間になっていたはずだ。


 だから、俺はおやっさんに……ロレンスの皆に恩返しがしたかった。


組織(ロレンス)の長としては、神器使いの俺を歓迎すべきですよ。おやっさんだって、俺の実力はそれなりに評価してくれているでしょう?』


『まあな。俺を超える男になると見込んでいるとも』


『なら、俺をロレンスに入れてくださいよ。下っ端でいいんです。鉄砲玉でいいんです。俺をロレンスに入れたら、組織をもっと大きく出来ますよ?』


 おやっさんのためなら何でも出来る。


 父さんが守り、おやっさんが育ててくれた命。


 それを誰かのために役立てたい。……おやっさんなら上手く使ってくれる確信があった。もし仮に「特攻してこい」と言われても喜んでやるつもりだった。


『ロレンスを、もっと強大な組織にしたくないんですか?』


『そんな事をして、どうする』


『おやっさんを今以上の地位に押し上げる事が出来ます』


 あの頃のロレンスですら、カヴン内でも大きな発言権を持っていた。


 ロミオ・ロレンスという傑物の存在により、ロレンスは全盛期を迎えていた。もっと繁栄できるだけの力を持っていたはずだ。


『それこそ<カヴン>の大首領だって夢ではありません』


『…………』


『カヴンは、おやっさんのような人が率いるべきです。夢葬の魔神のような……人にも世界にも無関心なカミサマが率いるべきじゃない』


 カヴンの大首領・夢葬の魔神。


 あの御方は、巨大組織の長としての仕事をほぼまったくこなしていなかった。<府月>の管理は行っていたが、組織にも人にもほぼ無関心だった。


 所詮は神だった。人々の傍らに寄り添うのではなく、人々の上に君臨しているだけで……何もしない神様に過ぎなかった。


 そんな神より、おやっさんの方がよっぽど皆の事を考えている。


 俺はそう思っていた。流民(みんな)の痛みを知るおやっさんのような人が、人の組織(カヴン)を率いるべきだと本気で思っていた。


 おやっさんならそれが出来ると思っていた。


 俺にはその手伝いが出来る。……そう驕っていた。


『いま以上の力を手に入れれば、人連相手でも――』


『現実問題、無理だろう』


 おやっさんは俺の力を認めてくれていた。


 だから、俺がロレンスに入れば、組織はさらに強大になると言ってくれた。


『オレは大首領の器じゃねえよ』


『そんなことありませんよ。夢葬の魔神より……子供と遊びほうけているあの女より、おやっさんの方が大首領の器です』


 おやっさんの方がカヴンに貢献している。


 邪魔な直参幹部を消していけば、おやっさんの大首領就任を阻む者はいなくなるはずだ。夢葬の魔神自身がやる気がないのだから、相談役程度の地位を用意してやればいいだろう――と思っていた。


 俺がそう語ると、おやっさんは睨み付けてきた。そして、「くだらん考えを抱くのはやめろ」と言った。


『大首領には大首領なりの考えがある。あと……色々と事情もあるのさ』


『でも……』


『今の地位が、オレの限界なんだよ。……今でも結構いっぱいいっぱいなんだ。オレは夢葬の魔神(かみさま)にはなれないんだよ』


 おやっさんは「カヴンは、あの御方が大首領だからこそ、まとまれているんだ」と語った。……諦めた様子で語る姿が、俺は嫌だった。


『ロレンスを今以上に強くする。その必要性はオレも感じているが、それにお前を巻き込もうとは思わない。お前は好きに生きな』


『その「好きに生きる」のを、おやっさんが邪魔しているんです』


 俺が生意気にもそう言うと、おやっさんは微笑んだ。


 オレの目の黒いうちは邪魔し続けてやるさ、と言った。


『……そんなつれないこと言うなら、他のカヴン傘下組織に入っちゃいますよ』


『それは、まあ……仕方ねえ。お前の自由だ』


 けど、出来ればやめてくれ――と言われた。


 どうせなら犯罪組織(カヴン)の外で、お前の居場所を見つけてくれと言っていた。


『カヴンの人間になったら、お前は……オレみたいになっちまうかもしれない。俺と同じ限界に突き当たるかもしれない』


『…………』


『でも、カヴンの外なら、お前はオレが至れなかった可能性に至るかもしれない。オレはそれを見たいのよ。弟子(おまえ)に夢を見たいのよ』


 良い夢を見させてくれ。


 そのためにも、お前を育てたんだからよ――と言われた。


 どう足掻いてもロレンスに入れてくれないおやっさんに対し、俺はため息をつかずにはいられなかった。微かな苛立ちと共に、「でも、おやっさんの言う事だからなぁ……」という諦め交じりの肯定の念も抱いていた。


『どうしてもカヴン傘下組織で働きたいなら、メリー姐さんのとこ行け。あとは~……百歩譲って<デカローグ>だな』


『えぇっ……。いやですよ、胡蝶様のところ用心棒として働いてたら鼻の下を伸ばしたおやっさんが来店するの見るのとか……。というかマフィア(デカローグ)がいいなら海賊(ロレンス)に入れてくださいよ』


『…………。デカローグは単なるマフィア組織じゃねえよ。あの人は学のねえオレと違って、かなり上手いこと立ち回っているからな』


『あーあ……! おやっさんの所為で、俺の夢は叶わないんだなぁ~……!』


『残念だったな、まあ諦めろ。……でもまあ正直、何度も迷ってきたよ。お前をロレンスに入れるのもアリなんじゃないか……って』


『…………』


『結局、俺が生きている間は無しって結論だ。どうしてもロレンスに入りたいなら、俺をブッ殺して入るんだな』


『冗談でもそんなこと言わないでくださいよ』


 そんな冗談は聞きたくなかった。


 おやっさんが死ぬなんて、考えたくなかった。





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