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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第5.3章:一に想うもの【新暦 1226-1234年】
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過去:遠く離れていても



■title:

■from:石守回路の成り損ない


「…………」


 妾はアダムを逃した咎で幽閉となった。


 幽閉中の身でも交国への貢献を求められた。


 アダム・ボルトは捕まえた。交国に尽くさなければ奴を惨たらしく殺してやるぞ――と脅されてきた。


 アダムが捕まったなど嘘じゃ――と思ったが、確証を得る事は出来なかった。交国の強大な力を考えれば、「もしかしたら」という思考が過り続けた。


 アダムの逃走に協力してくれた組織は所詮、犯罪者集団。旗色が悪くなればアダムを突き出してもおかしくないと考えていた。


 妾は改心した、従順になったというフリを続けていた。出来る限り早く外に出て、自分でアダムの無事を確かめたいと考え続けてきた。


 それ以外、生きる目的がなかったが――。


『待って待って……! 騒がないでくださいねっ……!? 私は敵ではないので』


 ある日、部屋に水の塊(スライム)が侵入してきた。


 何者かが差し向けた暗殺者だと思った。


 妾はもう「石守回路の後継者候補」から脱落しておった。誰も「石守回路」にはなれなんだ。


 それでも交国政府の仕事を振られ続けている妾を目障りと考えた何者かが殺しに来たと思ったが……そのスライムの言う通り、敵ではなかった。


『私は加藤睦月と申します。見苦しい姿ですみません……。生身で侵入するのは不可能だったので、水を遠隔操作しているんです』


 怪しい輩は――加藤睦月はそう言った。


 そして、「アダム・ボルトの紹介で貴女に会いに来ました」と言った。


「あ……アダムは無事、なのか? 交国に捕まっておらんのだな?」


『はい。あの日、貴女が彼を逃がしてくれたおかげで無事です。さすがの交国政府も彼の事は見つけられていませんよ』


 宗像の兄上め。何が「アダム・ボルトは捕まえた」「奴はみっともなく命乞いをしている」じゃ。貴様らなどにアダムが捕まるはずがないんじゃ……!


 アダムは優しくて、そして強い。玉帝ですらアダムの事を認めておった。……それでも「また新しい近衛兵を作ればいい」と処分しようとしたが――。


 加藤睦月は「私はロレンスの者です」と語った。


 直接対面はしていないが、あの日、妾が逃がしたアダムを引き取り、交国領外に逃がしてくれたのは加藤本人じゃと教えてくれた。


 アダムと妾しか知り得ない情報まで知っていたため、その話は「正しい」と考えた。……半分ぐらいは縋る想いじゃが、此奴は嘘をついていないはずじゃ。


「そうか……。そうか、やはり……アダムは無事で……」


 玉帝や宗像の兄上に服従してまで生き足掻いてきた意味があったのかは、わからない。ただ、安堵する事はできた。


 これで、もう生にしがみつく必要もないと安堵しておったが――。


『いま、アダムは私の同志として動いてくれています』


「……犯罪組織(きさまら)の片棒を担がされている、という事か?」


『はい、そう思っていただいても構いません』


 アダムは無事だった。しかし、どこか遠くで安全に暮らしているわけではない。


 今なお、交国領にいるらしかった。交国領に潜伏し、加藤の仲間として犯罪に手を染めさせられておる様子だった。


 加藤は犯罪組織の関係者であり、人類連盟にも追われる身じゃった。しかし、交国に下って交国の人間として働いているらしい。


 ただ、それは表向きの話で――。


『我々は交国の改革を望んでいます。まずは、玉帝の説得を考えています』


「不可能じゃ。アレは、人の話が通じる者ではない」


『アダムも貴女と同じ事を言っていました。ただ……私は出来れば話し合いで解決したい。それが無理なら別の手に頼ります』


 加藤はおかしな男じゃった。


 加藤は「人類を救いたい」と言っておった。


 人類を救うには、現状を変える必要がある。そのためには大国を変えるのが手っ取り早い。交国が比較的(・・・)話が通じる、と考えたらしい。


 外様の人間らしい馬鹿げた考えじゃ。玉帝が今の方針を変えるのは有り得んぞ――と妾からも伝えておいた。


「別の手というのは、玉帝の暗殺か?」


『違います。ただ、アダムはそれを希望していた事もあります』


「じゃろうな……。アダムは絶対、玉帝を許せまい」


 妾の事も許してくれないじゃろう。


 アラシア達を守れなかった妾を許してくれるはずがない。


『玉帝の暗殺は現実的な解決策とは思えません。彼女を殺害したところで国が荒れて、最終的にプレーローマが喜ぶだけですから』


「妾は別に、それでもよい」


 アダムが望むなら、それでもよい。


 こんな世界、滅んでしまえばいい。そう考えることもあった。


 アダムの復讐を遂げるための手伝いなら、やぶさかではなかった。


『ただ、交国は……いえ、玉帝は変わる必要があります。彼女はあまりにも横暴だ。彼女は国民どころか、人類全てが替えの利く部品と考えているように見える』


「実際、あの女はそう考えておるよ」


 自分自身すら部品だと称する事もあった。


 それは口だけの言葉かもしれん。


 あるいは自分自身も作られた存在だからこそ、そう言っておるのか――。


『アダムも「いま玉帝を殺すのはマズい」と理解してくれました。なので穏便に解決する方向で手伝ってくれているんです』


「それが出来たとして、お前に何の得がある」


『私が下心で動く人間に見えますか?』


「知らん。お前のことはよく知らん」


 くねくね動くスライムにしか見えんしな。


 アダムを助けてくれた事には感謝はするが、アダムに妙なことを吹き込んでいるなら……宗像の兄上達を動かしてでも排除する必要がある。


 ただ、アダムだけ守るのは難しい。幽閉された妾にとって、アダムとの繋がりはこの怪しいスライムしかいないため滅多な事は出来ないが――。


「お前の事など知らんが、下心があってくれた方がまだ助かる。例えば交国を乗っ取って、贅沢三昧したいとかな」


『そういう面倒なのは嫌なんですよね~……。出世とかしたら、責任ばかり重くなっていくじゃないですか』


「ならば交国に関わるな。アダムを連れて交国から逃げて、どこか遠くで暮らせ」


『出来ません。交国を変えたいと考えたのは、下心ありきの話ですからね』


 加藤は現在の人類文明を変えたいと考えている。


 随分と胡乱な話じゃが、それぐらいやらなきゃ駄目なんですよ――と語った。


『私は故郷を失った流れ者です。私のように流民になって、爪弾きにされていた者達は多次元世界(せかい)の沢山存在しています』


「…………」


『彼らを救うためにも、交国に変わってほしいのです』


 交国は強大。人類文明でも指折りの力を持っている。


 そんな交国が真っ当な国家になって、流民の受け皿なり後ろ盾になってくれれば、沢山の流民を助けられる――と加藤は語った。


『面倒な立場や責任は欲しくないんですけど、皆を助けるための対価としてそれを背負う必要があるなら、背負ってみせます』


「交国を変えるのは不可能じゃ」


 玉帝は愚直に「打倒プレーローマ」を続ける機械のような存在じゃ。


 アレはもう人ではない。……最初から人ではなかったのかもしれん。


 説得など応じるはずがない。価値観がまるで違うのだ。石守回路(じいさま)なら、あの玉帝すら上手く転がしてくれたかもしれんが……妾は爺様になれなかった。


「説得も暗殺も駄目なら、どうする? どうやって交国を変える。内部から地道に変えようとしても、玉帝や宗像の兄上に叩き潰されるだけじゃ」


 犬塚の兄上は、未だに玉帝に噛みつける気概の持ち主じゃ。


 玉帝も犬塚の兄上には一目置いておる。兄上のようなものもいると「効率的」と考えておる。……しかし、犬塚の兄上も玉帝に一定の理解は示しておる。


 兄上が反乱(クーデター)を起こすとは考えにくいし、仮にやってくれたとしても交国をまとめ上げるのは難しいじゃろう。兄上は交国の英雄じゃが、武人じゃ。玉帝の代わりに交国を背負っていくのは難しかろう。


次善策(それ)に関しては、とある魔神の遺産に頼ろうと考えています』


「魔神じゃと……?」


『ええ。ただ、それに関してはまだ有効かの確認も取れていないので秘密にさせてください。私達も首領(ロミオ)の残していた情報を見ただけなので』


「ともかく、お前達は交国を『変えたい』と考えておるわけじゃ」


 それはつまり、玉帝に刃向かおうとしておるわけじゃ。


 わざわざそれを知らせてくれて……アダムの無事も知らせてくれた以上、それに協力したい。妾にも一枚噛ませろと言った。


 加藤達がアダムを利用するだけ利用して捨てる素振りを見せるなら、アダムを命懸けで助ける。そのためにも加藤達との繋がりは維持すべきじゃ。


 加藤は――ここまでベラベラと喋ったのだから――喜んで受け入れてくれると思ったが、「いやぁ、それはちょっと……」と難色を示してきた。


 所詮は「玉帝に幽閉された女」と舐めておるのじゃろう。カチンと来ておると、それを感じ取ったらしい加藤がなだめてきた。


『いやいや、貴女を過小評価しているわけではありませんよ。貴女は幼子の頃に世界すら買った傑物だ。そして、今もなお交国の経済政策に相談役として携わっている御方だ』


「幽閉されておるから、ろくに何も出来ないのは確かじゃ。じゃが、それでも……妾だってアダムの力になれる」


 ここに来てベラベラと喋っていたのは、目的があるんじゃろう。


 妾を利用したいと考えておるのではないのか? お前の事は好きではないが、アダムのためなら何でもしてやるぞ――と言うと、加藤は否定してきた。


『色々と喋ったのは、貴女に信用してもらうためです』


「手駒として勧誘したいなら都合が良かろう」


『勧誘目的ではありません。貴女を逃がすために来たんです』


 貴女が望むなら、交国領外に逃がしてみせます――と加藤は宣言した。


 そのためのここに忍び込んだし、既に逃がすための準備は済んでいると言った。


『いまの名前や立場は捨てていただく事になりますが、幽閉生活よりは格段に自由になりますよ』


「…………」


『それと、アダムとも再会できます。彼は今後も私の同志として動いてくれる予定ですが、貴女に会う時間ぐらいは作らせますよ』


「そんな事をして、お前に何の得がある」


『アダムの信頼を得られます』


 加藤は「下心あっての行動なんですよ」と言った。


『貴女を交国から逃がすことは、アダムの望みなのです』


「な…………何故、アダムが……妾を……」


『貴女が大事だからですよ』


「…………」


『貴女のことを語っている時のアダムは、いつも申し訳なさそうにしていました。あぁ、でも、貴女がとても優れていて優しい御方だったと語る時は……とても嬉しそうにしてましたよ。自慢の宝物を披露するように……』


 そんなはずない。


 アダムの宝物は、アラシア達じゃ。


 妾の所為で、アラシア達を失う事になったのに。


 妾がワガママを言っていなければ、アダムは今も幸せだったはずなのに――。


『彼は交国への復讐を望んでいます。しかし、復讐第一というわけではない』


「では、何を――」


『彼の一番の望みは、貴女の幸福です』


「…………、…………」


『彼はずっと……貴女を心配していました。玉帝への復讐を望みつつ、それでも一番に考えていたのは貴女の事でした』


 じゃから、幽閉されている妾を逃がしたいと考えておる。


 そのために加藤達に懇願したらしい。


 交国を変えるための計画を優先するなら、人を逃がすのを優先するべきではない。そんな事をしている暇はない。


『それでも彼は貴女を逃がすことを優先したいと考えています。我々もアダムが憂い無く計画に臨めるように協力する事を決めました』


「……じゃが、妾を逃がした事がバレれば、交国を変えるどころではなくなる」


『上手くやりますよ、バレないように』


 仮にバレたら、その時は仕方ない。別の方法を探せばいい。


 アダムほどの人の信を得られるなら、それぐらい安い物ですよ。


 加藤はそう言った。


「妾は逃げん。……アダムには悪いが、逃げたくない」


 アダムだけではなく、加藤が色々と準備してくれていたのはわかった。


 アダムの頼みを聞き、妾を逃がすために色々準備していたのはわかった。


 じゃが、妾を逃がしたら逃がしたでアダム達に迷惑がかかる。それに……自分だけ逃げたくなかった。アダムが戦うつもりなら――。


「妾と取引をせんか?」


 加藤は妾が逃亡幇助を断る可能性を考えていたのか、驚いた様子はなかった。


 取引を持ちかけると、「とりあえず聞きましょう」と言った。


「お前達は交国を変えたいと考えておる。じゃが、交国は強大じゃ。その交国を手足のように使える玉帝は強大な敵じゃ」


 強敵を相手にする以上、戦力が多いに越したとはないはず。


 優秀な仲間が必要になるはず。それも、絶対に裏切らない仲間が。


「妾を、お前達の計画に混ぜろ。……妾にもアダムの手伝いをさせろ」


『アダムの願いに反する取引ですね』


「妾はもう子供ではない。アダムに守られる護衛対象ではない。自分の身ぐらい自分で守る……と言える状況ではないが、手伝いは出来る」


 アダムがやりたい事を手伝う。


 それは、妾の新しい生きる理由になる。


 妾も玉帝の事を恨んでおる。表向きは服従したように見せているが、向こうも妾のことを信用していないから幽閉し続けておるのじゃろう。


 幽閉された立場では、大したことは出来んが――。


「曲がりなりにも、妾は<玉帝の子>の1人じゃ。交国を変えたいなら――アダムがいる以上は――絶対に裏切らない妾のような人間も仲間に引き込んでおいた方が、お前にとっては都合が良いのではないか?」


『…………』


「交国に挑む以上、色々と入り用じゃろう。時間をくれるならお前達の活動資金を融通し続けることも不可能ではない」


 魔法のように金を作ることは出来んが、今まで培ってきた技術で金を増やす事なら出来る。


 ……玉帝や宗像の兄上達の目を盗んで、密かに隠し口座に資金もため続けてきた。その金と、これから増やしていく金はアダムの助けになるはずじゃ。


「それに……あれじゃ。お前の活躍次第では領主の地位を手に入れる可能性も、僅かながらある。玉帝にとってもはや大した価値のない妾が、領主となったお前に与えられる可能性もあるじゃろう」


『妻として?』


「ああ」


 そういう形で玉帝の子を与えられた領主も存在しておる。


 中々難しい道じゃが、加藤の活躍次第では有り得る進路じゃ。……玉帝の子を監視役として嫁がせるか、逆に婿に取らせる事もあるじゃろう。


 その監視が、とっくの昔に仲間になっていたら加藤達もやりやすいじゃろう。


 交国を流民の受け皿にしたいなら、ひとまず領主を目指すのも手ではないのか――と言っておく。加藤は黙ったが、妾の考えをよく考えてくれておる様子じゃ。


「仮に領主になった時は、今よりもっと金が必要となる。その時、妾のような人材がおると何かと便利だと思うぞ?」


『ふむ……』


「今の妾は幽閉されておるが、遠からず外に出てみせる。玉帝の足を舐めてでも外に出てみせる。妾は若くて顔も良いぞ……!? それに、自由になればお前を一生食わせるだけの甲斐性もあるっ」


 妾がそう言うと、加藤(スライム)はぷるぷると震え始めた。


 どうやら笑っておるらしい。


『いや、失礼しました……! 笑うつもりはなかったんです。貴女が必死に売り込んでくるから、どうにも……その……おかしくて……』


「わ、妾は別にお前に媚びておるわけではないっ……!」


 アダムが心配なだけじゃ。


 アダムが……また、傷つくのが恐ろしいだけじゃ。


「妾を逃がすより、妾を密かに仲間にして間者として使う方が得だと思うぞ。妾を逃がせば、交国中枢を探る手立てに困る事になるぞ」


『今は幽閉されているお姫様なのに?』


「舐めるな。その気になれば中枢の情報ぐらい、いくらでも探ってやる」


 本気で交国を変えたいなら、妾の今の立場さえ利用するべきじゃ。


 逃げたら、この立場が利用出来なくなる。今は幽閉されておるが、この状態もいつまでも続くわけではない。いや、現状でも兄上達から色々探る事は出来る。


『逃げないと、アダムといつ会えるかわかりませんよ』


「アダムと会えなくても、よい。無事というだけで十分じゃ」


 アダムは玉帝達に捕まっていない。逃げ切っている。


 そして、妾を逃がそうとしてくれている。


 その事実だけで十分じゃ。心の底からそう思った。


 アダムの事が、妾が第一に考えるものなのだから。


「アダムの望みではなくとも、妾はアダムと共に戦いたい」


『…………』


「守られてばかりは、嫌じゃ」


『……わかりました』


 加藤は「今日のところは帰ります」と言った。


『前向きに検討させてください。……おそらく受け入れる事になると思います』


「アダムの説得も任せたぞ」


『それが一番難しそうだ……。彼、本当に貴女を心配していますから。自分は逃がしてもらえたのに、代わりに貴女に迷惑をかけたと考えていますから』


「昔も今も、妾の意志で選んだことじゃ」


 アダムには「気にしなくていい」と伝えてくれ。


 ひとまず、今日のところは帰ってもらう事にした。


 加藤は入念な準備を行って忍び込んで来たため、再びここで会うのは難しいかもしれんが……それが無理でも合図を送ると言ってくれた。


『次に会う時は、同志として』


「ああ」


『しかし、もし仮に貴女の話通りに私が領主となり、貴女と結婚するとなると……色々と問題があるのでは?』


「なんじゃ、お前、妾では不満か」


 妾も妾でスライムを夫にする趣味はないが……と言うと、加藤は身体をぷるぷる震わせ、「これはあくまで仮の身体ですよ」と言った。


『仮面夫婦として暮らすとしても、貴女の婚姻歴に傷がつきますよねって話です。計画成就した後に離婚するとしても……』


「経歴ならどうせ既に傷物じゃ」


 長らく幽閉されておる妾を好き好んで選ぶものなどおるまい。


 じゃから、そういう事はどうでもいい。アダムを手伝えるなら何でもいい。


「あ、でも、お前に肌を許すつもりはないからな……!? 妾が信じておるのはアダムであって、お前の事は正直疑っておる」


『ですよねぇ。いえいえ、正しい判断だと思いますよ』


「好きでもなんでもない男と子を作るのも、まっぴらごめんじゃからな?」


『わかってますって~……』


「あと、それに――」


 口をつぐむ。言いかけた言葉を飲み込む。


 加藤はしばし黙った後、「それに?」と続きを促してきた。


 言うのがはばかられたが、言葉を絞り出した。


「…………そもそも妾が、良き母親になれるとは思えん」


『なれるでしょう? 良き母親になろうという気持ちがあれば、きっとなれます』


 貴女は自由だ。


 望めば何にだってなれるはずですよ――と加藤は言った。


『貴女の幽閉を終わらせるために、こちらからもそれとなく働きかけてみます』


「いや、いい。こっちはこっちで何とかする」


 借りを作りすぎたくない。


 アダムを救ってもらっただけでも、かなり大きな借りを作っているのだから。


『また会いましょう、素子様。私達は良い共犯者になれると思います』


「うむ。楽しみしておる」


 加藤の言う通り、良い共犯者にはなれるじゃろう。


 良い夫婦にはなれんじゃろうがな。妾が加藤を好きになるはずがない。


 妾はそんなにチョロくないからな。





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