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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第5.3章:一に想うもの【新暦 1226-1234年】
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過去:愛ゆえの嫉妬 無いゆえの嫉妬



■title:

■from:石守回路の成り損ない


 アダムは困った様子じゃったが、それでも妾を家に連れて行ってくれた。


 アダムの妻は驚いた様子じゃったが、それでも柔和な笑みを浮かべ、妾を温かく迎えてくれた。……アダムが言っておった通り、とても優しい奥方じゃった。


 アダムの息子のアラシアは物怖じせず、妾に接してくれた。「玉帝サマの子供なのに仮面をつけてないっ」と言い、無邪気に接してくれた。


 父であるアダムは息子の言動に焦り、「素子様相手に何て口の利き方を……!」と言っておった。


 アラシアはキョトンとした顔をしながら父を見上げ、「素子サマはやさしくて頭良い子って、父さんいつも言ってるじゃん」「別に怒ったりしないでしょ?」と言っておった。


 妾は、アダムが妾のことをそう言ってくれていたのが嬉しくて、思わずニコニコしてしもうた。嬉しくて嬉しくてたまらなくなってしまった。


 嬉しさのあまり、アラシアに抱きつき、「そうじゃそうじゃ。妾は怒ったりなどせん」と言った。


 アダムはさらに困った様子をしておったが、奥方は口元に手を当て、おかしそうに笑っていた。夫の困った様子が珍しかったらしい。


 その日から、妾とボルト一家の交流が始まった。


 交流というても……妾が一方的に押しかけてばかりじゃったがな。


 アダムは護衛対象である妾が怪我しないか、いつもヒヤヒヤしておったが……奥方は2度3度と訪問すると、すっかり慣れて気安く接してくれるようになった。


 アラシアも妾をよく構ってくれた。色んな遊びを教えてくれた。


 妾は年の近い兄ができたように感じ、とても嬉しかった。


 元々年の近い兄弟はおるが、その手の者達は……あまり仲良く出来ておらなんだ。石守回路の後継者候補争いの影響もあり、兄弟らしい事はあまりできなんだからな。


 ボルト一家での時間は、とても心和むものじゃった。


 あの家ではアダムの別の一面を見ることも出来た。アダムが妻子を見守る視線はいつも優しく、柔らかいものだった。


 アダムは……心から2人のことを愛しておった。


 妾もアダム達の事が大好きじゃった。


 本当に大好きじゃった。


 ただ、嫉妬心を抱くこともあった。


 アラシアは妾にはないものを持っておる。妾が玉帝から眼差し1つ注いでもらえないのに対し、アラシアは常にアダムから気にかけられておった。


 その事でアラシアに当たり散らす事はしないが、どうしても「いいなぁ」という想いはあふれてきた。


 曲がりなりにも「玉帝の子」である妾は恵まれておる方なのに、愚かで欲張りな妾は「もっと」と求めた。あるものを数えて満足するのではなく、飽くこともなくないものを数えて餓えていた。


 その餓えがため息だけではなく、愚痴として出てくる事もあった。


『母さまは、妾のことを愛しておらんのじゃ』


 アダムの家から帰る途中、アダムに送られながら妾はそう愚痴った。


 アラシアが羨ましくて、アラシアと比べ、つい愚痴ってしもうた。


『母さまは、妾のことなど――』


『そんなことはありません』


 アダムは直ぐ、妾の言葉を否定した。


『子を愛さない親などいません』


 キッパリと否定した。自信を持ってそう断言した。


 自分自身が、子を深く愛しているゆえに。


『親とは、いかなる時も子供を第一に考えているものです』


 アダムの言葉が「正しい」とは思わん。


 人それぞれじゃろう。答えは人の数だけ存在しておろう。


 じゃが、アダムの答えはそれじゃった。


『大事だからこそ、一番に考えるのです』


『…………』


 妾は、アダムの言葉を受け止めきれなかった。


 当時の妾は玉帝を信奉していたが、それでもアダムの言葉に「本当にそうなのだろうか?」という疑念を抱かずにはいられなかった。


 愛を疑った。いや、そんなものは無いと考えた。


 その原因を、妾は自分自身の所為じゃと考えた。


 愛されないのは妾自身の所為じゃと考えた。……じゃから必死に考えた。


 愛してもらうには、どうすればいいか。


 愛してもらえずとも、せめて……少し会話してもらうにはどうすればいいか。


 アダムの息子(アラシア)ほどじゃなくても、せめて、もう少し……1日に一言二言だけでもいいから、母さまと話をしたかった。


 考えた結果、妾は1つの答えを出した。


『母さまは……優秀な子が好き……』


 玉帝は自身が認めた相手には手製のアップルパイを焼き、もてなしていた。


 ならば、妾もアップルパイを焼いてもらえるほど活躍すればいい。そうすれば……ほんの少しでも……愛を賜れるのでは――と考えた。


 当時の妾はとても愚かだった。


 あるものを大事にせず、ないものを数えて餓えていた。


 ……最初から存在しないものを求めていた。


 妾は明智の姉様に協力してもらって投機を始め、姉様や犬塚と宗像の兄上にもらった小遣いを元手に金を増やしていった。


 増やした金で様々なものを売買し、最終的に後進世界を1つ買った。


 それを玉帝に「贈り物」として献上した。単に世界を買うだけではなく、その世界をどのように発展させ、豊かにしていくかの計画も添えて献上した。


 玉帝は妾の贈り物を受け取ってくれた。妾の発展計画(プレゼン)を途中で切り上げ、詳しい内容は担当者に言いなさいと言って受け取ってくれた。


 評価もしてくれた。


 周囲の困惑や反対を押し切り、幼子の妾に官僚の地位を用意すると言った。


 妾は嬉しかった。頑張れば母さまは妾を見てくれる。


 認めてくれる。愛してくれる。


 そう、思っておった。


 ただ、官僚としての地位を手に入れた後も玉帝は相変わらずじゃった。必要がなければ話さない。為政者としての仕事を優先し、子との会話は相変わらず。


 前より話す機会は増えたが……それも週に二言三言話すだけ。


 話したとしても「担当者と協議しなさい」「貴女の思うように進めてみなさい」という定型句を話すだけ。ボタンを押せば喋る玩具のようじゃった。


 あの日もそうじゃった。


 妾にとって、特別な日だったあの日もそうじゃった。


 母さまから、特別な言葉を賜ることが出来なかった。


『…………』


 妾は落胆した。


 ここまで努力してこれか、と落胆した。


 その時、ようやく理解した。自分が欲していた(もの)と、玉帝はまったく別の存在だと痛感した。


 見かねたアダムが玉帝に物申そうとしていたが、妾は止めた。


『いいんじゃ。妾が……ダメなんじゃ。ダメだったんじゃ』


 だからこの結果は仕方ない。そう言った途端、涙が止まらなくなった。


 妾は愚かじゃった。


 勝手に期待して、勝手に落胆しはじめた道化に過ぎなかった。


 泣きじゃくる妾を、アダムは黙って抱きしめてくれた。


『……申し訳ありません』


 アダムは謝る必要もないのに謝ってきた。


 アダムは何も悪くない。妾が愚かだっただけじゃ。


 最初から……あるものだけを大事にしておけば良かった話なのだから。


 玉帝(おや)の愛などない。あるのは国家のための損得勘定だけ。為政者としての才能はあるのだろう。じゃが、妾が期待していたのはそれではなかった。


 妾が想っていたものは、所詮、夢幻でしかなかった。


 最初からわかっていた事なのに。


 犬塚の兄上にも忠告されたのに……。


『アダム……。妾の顔、変ではないか……?』


『ええ。何も問題ありません』


 アダムの胸で泣きじゃくった後。


 妾は泣きべそをかいた痕跡が自分の顔に残っていないか気にしつつ、アダムの家の前に立っていた。


 アダムは問題ないと言ってくれたが、妾は少し不安じゃった。アラシア達に……妾が泣いたことを知られたくなかった。


 不安を抱きつつも、妾はアダムに連れられて家の敷居をまたいだ。すると、満面の笑みを浮かべたアラシアと奥方が出迎えてくれた。


『素子っ! お誕生日おめでとうっ!』


 その言葉を、祝福を、素直に受け取るだけの余裕はなかった。


 妾はアラシアの前で大泣きしてしまった。皆を困らせてしまった。


『わらわは、玉帝の娘に……生まれとう、なかった……』


 再び泣きじゃくりながら、そんな弱音を叫んでいた。


『素子はボクの妹で、ウチの家族だよっ!』


 アラシアはそう言ってくれた。


 父さん達の事を親だと思っていいんだよ、と言ってくれた。


 妾はその言葉にすがった。すがろうとしたが――。


『素子ちゃん。アダムの家に行くのはもう、やめなさい』


 アダムに送られ、屋敷に戻ってくると……心配そうに待っていた明智の姉様がそう言ってきた。


『明智様! その件は……!』


 アダムは姉様が喋るのを止めようとしたが、姉様は視線でそれを制し……しゃがんで妾と視線を合わし、語りかけてきた。


『これ以上、アダム達と親しくしていると……アダム達が危ないの』


 姉様がそんな話をしてきたのは理由があった。


 アダムの家に手榴弾が投げ込まれたらしい。幸い、爆発しなかったため怪我人は出なかった。だが、何者かがアダム達に敵意を向けたのは明らかだった。


 犬塚の兄上が犯人を捜してくれていたが、特定までは至れなかった。ただ、相手は単なる犯罪者ではなく、交国の中枢に関わる者達という推測までは出来た。


『貴女はただの子供じゃない。玉帝の子であり、回路兄さんの……石守回路の後継の最有力候補なの』


 妾が玉帝に世界を贈った事で、妾はさらに後継者に近づいたらしい。


 親の愛は受けられずとも、都合の良い駒として有力視されていたらしい。


『そんな貴女が、一介の近衛兵と家族くるみの付き合いをしている事を危険視する者も多いの』


『そ……それの何が悪いのじゃ!? アダム達は、妾の大事な――』


『貴女がこの調子で出世していけば、間違いなく交国の中枢に携わる人材になる。……そんな人物の寵愛を、一介の近衛兵が受けるのに納得していない人もいるの。それ以外にも……貴女への嫌がらせを画策している人もいるの』


 妾を後継者争いから蹴落としたい者もいる。


 他の後継者候補も容疑者候補として名が挙がっている。


 宗像の兄上は交国の中枢内でくだらない争いが起こるのを嫌い、容疑者候補達に牽制はしてくれた。だが、「これ以上の捜査は行わない」と捜査を打ち切らせた。


 おそらく兄上は誰が犯人か知っていて――その人物を検挙すると国政に差し支えが出かねないと考え――捜査を止めさせたのだろう。犬塚の兄上は納得いかなかっただろうが、特佐長官(あに)には従わざるを得なかった。


 兄上が牽制してくれたとはいえ、相手の犯行理由は感情的なものという可能性もある。だから、「次」がないとも言い切れない。


『アダム。なんで……なんで妾に相談してくれなかった……』


『…………』


 アダム達は悪くないのに、危険に晒された。


 危険に晒された素振りなど、一切見せていなかった。


 アダムは言いづらそうに口を開け、一度閉じた。


『…………』


 迷っている様子じゃったが、再び口を開いた。


『アラシアが、貴女様に言わないでほしい……と』


『…………』


『あの子は、素子様を第一に考えています。……ただ、私は…………』


『よい。言うな。頼む。なにも、言うな』


 アダム・ボルトには妻子がいる。


 アダムは親であり、親は第一に我が子の事を考えている。


 妾は第一(それ)の範疇にない。


 それは当たり前のことじゃ。……アダムは優しいから一度は息子の意志を尊重したが、それでも……不安を抱えていた。


 そんな素振りなど一切見せずにいてくれただけで、十分じゃ。


 十分すぎる。


『…………本当に、申し訳ありませんでした』


 アダムが謝るべきことなど、1つもない。


 アダムは護衛としての役割を完璧にこなしてくれておる。


 じゃから、妾は距離を取ることにした。仕事に没頭する事にした。


 その果てに何の希望も見えずとも、妾にはそれ以外の何もなかった。


 そんな折り、あの事件が起こった。





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