過去:本物の家族
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■from:石守回路の成り損ない
偏見を捨てて接すると、アダムは面白いヤツじゃった。
表情はあまり動かないが、まったく無感情というわけではない。ビックリした時は僅かに目を見開いたり、困っている時は目を泳がせる時もある。
妾のような子供と接するのに慣れていないらしいが、アダムなりに頑張っておるのはよくわかった。「ナウなヤングに大人気小話集」を陰で読み込み、その話を妾に披露してくれる事もあった。
真面目な顔して必死に妾を笑わせようとするアダムに、妾は時折笑いを堪えずにはいられなかった。アダムの話が面白いというより、アダムが陰で必死に頑張ってくれている姿を密かに知っておったから、それがおかしかった。
おかしくて、嬉しかった。
妾がもうアダムを怖がっていないことを理解してもらうと――それまでは妾を驚かせまいと傍に立ちすぎないようにしていたが――傍にいてくれるようになった。
同じ机について一緒に食事や茶を飲んでくれるまでは……結構かかったがな。
自分はあくまで護衛。主従関係に過ぎない。……といった感じで、一線は引かれておった。アダムらしいというか何というか……。
アダムはそういう姿勢でおったが、妾はもっと仲良くなりたかった。
妾のワガママに困るアダムを見るのが楽しかった。……困らせることばかり言っていたのは悪いと思うが……でも……妾だって、甘えたかったんじゃ。誰かに。
まあ、アダム以外にも甘えられる相手はおったがの。
同じ「玉帝の子」の中には、妾と同じく「石守回路の後継者候補」として育てられておる者がたくさんおった。年代問わずにおった。
じゃから、多くの兄姉と競う立場におった。……妾が後継者の第一候補だったそうじゃから、それを妬む兄姉も多かった。
じゃが、犬塚の兄上や明智の姉様は違った。
2人は後継者候補ではなかったし、その手のものに興味もなかった。
犬塚の兄上は――血の繋がりがなくとも――家族を大事にしてくれる御方で、軍務でどこかに行く度に土産や土産話をよくしてくれた。
明智の姉様とも、ちょくちょく出かけておった。それによくメッセージのやりとりをして、男衆には相談できんことをよく聞いてもらっておった。
宗像の兄上も、後継者云々はさほど興味がなかったので普通に接してくれた。
宗像の兄上の「普通」は、皆平等に厳しいものじゃったがな。玉帝の子としての責務や交国の未来がうんたらかんたらと説教してくるのが常じゃった。
それでも成果をあげれば――無表情ながらも――言葉を尽くして褒めてくれた。
あの人は交国の利益第一人間じゃからな。「交国の役に立つ」と考えた相手には優しい。……逆の場合は家族相手だろうが見向きもしなくなる御方じゃったが。
ただ、他の後継者候補の嫌がらせも「くだらん事はやめろ」と冷たい視線と共に止めてくれる御方でもあった。そういうところは頼りがいがあった。
怜悧な宗像の兄上も誕生日には欠かさず贈り物を届けてくれた。昔はくれた。……妾が玉帝に背いて以降は大層失望したようじゃがな。
ともかく、甘えられる家族はおった。
あの事があって以降も、犬塚の兄上と明智の姉様は優しく接してくれた。
玉帝は……最初からずっと、遠い存在じゃった。
戸籍上、妾は玉帝の娘じゃが子としての愛を受けた事はない。玉帝にとって、玉帝の子は交国という巨大な機械を動かす部品のようなものじゃ。
血の繋がりもない。
妾も玉帝も、玉帝一家は全員……人造人間に過ぎない。
それでも昔の妾は「頑張ったら、お母さまの眼差しが妾に向けられる日が来る」と期待しておった。幼い頃はそう思えた。
反交国勢力の釣り餌にされた事を知っても……犬塚の兄上に「玉帝に親としての期待は一切するな」と言われても期待しておった。
いつかきっと、愛してもらえると信じておった。
その想いは……アダムの家族と出会ったことで一層強くなった。
家族とはお互いを大事にするもの。
妾はボルト一家に理想を見た。
妾の理想の家族は、夢幻ではないと考えた。
アダムには妻と息子がおった。
夢幻ではなく、本物の妻と息子がおった。
交国のオークは……おそらく、大半が家族らしい家族を持っておらん。交国政府が出生を管理し、軍事利用されておる。
家族がいると軍事作戦への投入が滞る可能性があるから、家族の幻覚なり夢なりを見せられておるのだろう。じゃが、アダムは他とは違った。
どうも、アダムを含む一部のオークは実在する家族を用意するという実験に参加させられておったらしい。……本人も自覚しないうちに。
家族がいても、従来のオークと同じように運用できるのであれば、そちらに切り替えるつもりだったのじゃろう。
偽りの家族では、それが公になった時に大きな問題に繋がるはずじゃ。……結局は「本物」を諦め、「偽り」で押し通すつもりのようじゃが……。
ともかく、アダムには本物の妻と息子がいた。
アダムが選んだ妻と、2人が愛を育んだ結果生まれた息子がおった。
アダムと触れあっておるうちに、妾はその存在を知った。
妾はアダムの妻子に興味津々となり、2人の顔を見たがった。アダムは普段から持ち歩いている2人の写真を見せてくれた。
『綺麗な嫁じゃな。息子はアダムによく似ておる』
そう言うと、アダムは照れくさそうに「ありがとうございます」と言った。それから、妻子が愛おしくてたまらない事を教えてくれた。
基本、無口なアダムが妻子の事を語る時は饒舌になった。とても……とても嬉しそうに2人について語っておった。
いいなぁ――と思った。
堅物のアダムが家族の話になるとあそこまで嬉しそうにしている事に、家族への深い愛情を感じた。……妾にはとても眩しいものだった。
アダムの愛を――親の愛を――注がれるアダムの子の存在が羨ましてたまらなかった。
アダムの家族の話を聞いた後は、何度も何度も思い出した。そのたびに胸がポカポカとぬくもる気持ちになった。アダムの話を参考に……親から愛情を注がれる自分の姿を何度も何度も妄想した。
妾はもっと、知りたくなった。
もっと、愛し合う家族を知りたくなった。
ゆえに妾はワガママを言った。
アダムの家に行きたいとワガママを言った。
妾のワガママで、アダムはとても困っていた。護衛対象を外に連れ出すことに否定的だった。最終的に犬塚の兄上達の協力も得て、ワガママが通った。
 




