過去:機械な家族
■title:
■from:石守回路の成り損ない
初めてアダム・ボルトと出会った時、妾は「こわい」と思った。
巌の如くピクリとも動かない顔。
暴力装置として磨き抜かれた身体。
母さまの近衛隊長にアダムを紹介され、「この男が素子様の護衛です」「何でも遠慮無くお申し付けください」と言われた時は、「他に人材はおらんのか?」という言葉が喉元まで出てきたほどじゃった。
ただ、アダムは護衛としてはとても優秀じゃった。
当時、「石守回路の後継者候補」として最有力だった妾は――有力視されていたからこそ――アダムのような優秀な護衛をつけられた。
だが母さまは妾を本気で守ろうとしていたわけではない。
母さまにとって大事なのは「石守回路の後継者」であって妾ではなかった。……あの人は妾ではなく、あくまで石守回路を見ていた。
だから……あの時、母さまは妾に試練を与えた。
アダムが妾の護衛につけられた後、妾が誘拐されかける事件が発生した。
誘拐犯は反交国勢力の者達じゃった。妾をさらい、母さまを……玉帝を脅迫しようとしていた。玉帝にそんな手立てが通用しない事もしらず、妾を誘拐しようとした。
その時、妾の傍には誰もいなかった。
護衛のアダムも――呼び出しを受けて――その場にいなかった。
誘拐犯に対し、妾は震え上がって身動きが取れなかった。恐ろしさから頭が真っ白になり、されるがままに連れて行かれるところだった。
じゃが、本来はいないはずのアダムが助けに来た。
アダムは誘拐犯に奇襲をかけ、全員射殺した。権能を使って誘拐犯の車に一瞬で入り込み、妾を庇いながら誘拐犯を皆殺しにした。
妾は瞬く間に誘拐犯を殺したアダムに震え上がった。最初に抱いた印象通りの暴力装置だと思ったが……直ぐに考えを改める事になった。
『見てはいけません。目をつむって』
アダムは――自分が殺した誘拐犯の遺体を――妾が見ないように気遣ってくれた。妾の目元に手を伸ばしつつ、直ぐに車内から連れ出してくれた。
単に妾の安全を守るだけではなく、妾の心も気遣ってくれた。
アダムは人と接するのは不器用なだけで、とても優しい男じゃった。……玉帝とは違い、とても……優しい男じゃった。
幼く愚かだった頃の妾でもアダムが妾を気遣ってくれているのはわかった。だから、アダムに必死に縋り付き、わんわんと泣いた。
アダムは辛抱強く妾に接してくれた。妾を泣き止ませるために、急いで安全な場所に運んでくれた。妾を犬塚の兄上のところに連れて行ってくれた。
ただ――。
『おそらく、私は護衛の任から外されると思います』
守ると誓ったのに、怖い目に遭わせて申し訳ありません。直ぐに離れることになってしまって申し訳ありません。
アダムはそう謝り、一度は妾のところから去っていった。
アダムがそう言った理由は、直ぐにわかった。
犬塚の兄上が調べてくれた。
『アダムはお前が誘拐されることを知っていたらしい』
『え…………』
『アイツに悪気はない。……玉帝がクソ女だっただけだ』
玉帝は、妾を狙っている誘拐犯達の事を知っていた。
誘拐犯を釣り上げるために、意図的に妾を孤立させた程だった。
そうする事で反交国勢力をあぶり出そうとしていた。
それだけではなく……妾に対する試練として誘拐を許したらしい。
石守回路なら、あの程度の危機は1人で解決する。
石守回路の後継者なら、あの程度の危機は1人で解決出来て当たり前。……そんな考えを持って、護衛のアダムも一度呼び戻していたらしい。
だから本来、アダムは助けに来られないはずじゃった。
じゃが、アダムは上の命令を無視した。妾が誘拐されそうな事を知ると、急いで妾のところに走ってくれた。直ぐに誘拐犯達を強襲し、妾を無傷で取り返してくれた。
命令違反をしてでも妾の事を助けてくれた。
当時の妾は――釣り餌にされたとしても――玉帝を盲信する愚か者じゃったが、玉帝の恐ろしさは理解していた。
妾などのために上の命令に背いたアダムが、厳しく処罰されるのは目に見えていた。じゃから妾は……犬塚の兄上に泣きついた。
『アダムを助けて……!』
兄上は頷き、「当然だ。任せておけ」と言ってくれた。
兄上のおかげでアダムは何とか処罰されずに済んだ。
引き続き、妾の護衛を務めてくれる事になった。
玉帝は……妾に落胆している様子じゃった。石守回路の後継者候補としての力を見せられなかった妾にガッカリしている様子じゃった。
当時の妾はそれを察して落ち込みはしたものの、それでもアダムが裁かれずに済んで良かったと思った。……本当に良かった。
犬塚の兄上はアダムを心配し、「玉帝の近衛兵のままだと、アダムも居心地が悪いだろう」と言い、引き抜こうとしてくれた。
近衛兵ではなく、特佐の部下としてアダムを引き抜こうとしていた。
じゃが、妾は――。
『アダムがいいっ! アダムじゃないとヤダっ!』
妾はそんなワガママを言ってしもうた。
『アダムが護衛じゃないとヤダっ! やだよぅ……』
『うぅむ……。まあ、そうだな……』
兄上は困った顔をしていたが、「玉帝がまた何かやらかす事を考えると、お前の傍に信用できるヤツがいた方がいいな」と言ってくれた。
『俺はいつも弟妹達の傍にいられるわけじゃない。アダムには引き続き、お前の護衛を務めてもらうのが一番だな』
兄上は妾のワガママを聞き届けてくれた。
……あんなワガママ言うべきではなかった。
アダムのために、言うべきではなかった。
犬塚の兄上の部下にしてもらった方が、アダムは幸せになれたはずじゃ。……あんなことにならなかったはずじゃ。
妾が悪い。
妾が、あんなワガママを言ってしもうたから……アダムの人生は壊れた。
じゃが、当時の妾は未来に起きる事件を知らなかった。
強面でも、ホントはとても優しく頼りになる護衛が傍にいてくれる事が……嬉しくて嬉しくてたまらなかった。無邪気に喜んでおった。
妾はとても愚かな童じゃった。




