過去:悪党・加藤睦月
■title:ロレンス保有艦<アンスティス>にて
■from:黒竜・タツミ
「人類は全て『クソ』だと思っていた俺は、睦月も同じだと思った」
聖人の皮をビリッと破ってやれば、汚らしい本性が眠っていると思った。
実際、アイツは犯罪行為を何度も行っている。その手は血と泥で汚れている。
ただ、俺が思っているような汚れではなかったんだが、それはともかく――。
「俺は睦月の本性を暴くためにアイツに近づいた」
大国の都合で故郷をなくした義勇兵のフリをして、アイツに近づいた。
睦月殿の活動と武勲に感銘を受けましたッ! 私もアナタ様の聖戦に参加させてくださいッ! ……なんて言ってアイツのところに転がり込んだ。
アダムは「本当にそんな下手な口上で近づいたのか」と呆れていたが、「さすがにちょっと盛った」と訂正しておく。
もうちょっと大人しく「仲間にいーれて」って感じで頼んだかな。ちなみに盛った方の口上は似たようなこと言ってきた輩が少なくとも10人はいたからな? そこ参考に言ったものだからな?
ともかく、俺は睦月に近づいた。本性を暴くために近づいた。
大して揉めもせず、奴の仕事を手伝える事になった。
そして、最初に振られた仕事が――。
「商船を襲撃する。俺はそう言われた」
「……睦月が? プレーローマや大国の軍艦ならまだわかるが、商船?」
睦月が長く身を寄せていたロレンスは大海賊組織。
海賊としてやることは結構やってる。……ただ、睦月は海賊行為に加担することはほぼなかった。ロレンス首領が睦月を遠ざけたからな。
「当時のアイツはこう言っていた。『襲撃予定の船は国際法に違反する物資を運んでいる疑いがある。それを証拠として押さえ、告発したい』ってな」
「ふむ……。それならまだ、理解はできるが……」
「けど、実際にはそんなもの積まれてなかった」
国際法違反のものなんて、これといって無かった。
俺もそうだろうな、と予想がついていた。
「俺は睦月が『アレコレ理由をつけて海賊行為したいだけ』と思っていた。だから聞いたんだ。『奴らが運んでいる物資に違法性がない場合、どうするんですか?』って聞いたんだ」
そしたら睦月は肩をすくめ、「その時は仕方ない。我々に寄付してもらおう」と言ったんだ。
睦月達の活動にも金がかかる。強者の不正を暴くためには仕方の無い犠牲だ――なんて宣いやがったんだ。
アダムは俺を睨み、「睦月がそんなことを言うはずがない」と言った。アイツの事を信じているからそう言えるんだろうが――。
「アイツはマジでそう言ったんだよ」
「…………」
「んで、俺はウキウキしながらその襲撃に加担した! このクソ人類、綺麗事を吐きながら海賊行為したいだけじゃねえか。いきなり本性現したな~って思った」
いきなり尻尾出したのはビックリしたが、俺は歓喜した。
いきなり目的達成できる、と思ったんだ。
「弱者救済の聖人とも言われたテロリストの本性を撮影して、ネットにバラ撒いてやろ! って思いながら襲撃作戦に参加したんだよ」
「馬鹿な……」
「そしたら人連の常任理事国の軍隊とガチの戦闘になってさぁ~……」
「…………? 国軍が一般の商船を護送していたのか?」
「違う。睦月の標的は、最初から常任理事国の軍隊だったんだよ」
正確にはさらに別の目的もあったんだけどな。
俺達が襲った軍隊は商船に偽装して移動し、異世界侵略を行おうとしていた軍隊だった。睦月と俺達の襲撃により深刻な打撃を受け、慌てて帰っていったが……ともかく奴らは商船に化けて異世界侵略を行おうとしていた。
「つまり、睦月は最初から異世界侵略を止めるつもりで動いていたのか」
「その通り。偽装された商船ってことなんざ、アイツらは気づいてたんだ」
「睦月はなぜ、お前に嘘を――。あぁ、そうか。そういうことか」
アダムは得心がいったという様子で頷いた。
「睦月の標的は人連の軍隊と……お前か」
「ハハッ……察しがいいな」
睦月を信じているって事もあるだろうが、直ぐに答えを当ててみせやがった。
けど、当時の俺はアダムのように察する事が出来なかった。
睦月の罪を暴くために嬉々として「商船襲撃」に参加したものの、商船に偽装した軍艦だった事に戦闘開始後に気づいた。
何でここに先進国の軍隊がいるんだよ? と困惑しながらとりあえず戦った。こっち撃たれてたし抵抗しないと怪我するし、とりあえず戦っていた。
「で、その様子を睦月達に撮影され、脅迫された」
「中々にあくどいが、睦月らしいな」
「そうだろぉ? アイツ、基本的に悪党なんだよっ!」
「そして、お前はマヌケだな」
「言うな。昔の話だ」
俺は睦月に騙され、商船に偽装していた人連常任理事国の軍隊と戦った。
戦っちまった。
相手はガチの侵略国家だったが、神器使いの睦月にとっては楽な相手だった。……俺もある意味、「楽な相手」だったんだろう。
「睦月は、俺を仲間に引き入れる前から俺の正体を知っていた」
俺が人間に化けている混沌竜であり、竜国王家に連なる竜だと知っていた。仲間の調査によって把握していた。
だからアイツは俺を、あの襲撃に加担させたんだ。
「放蕩息子とはいえ、一国の王族が他国の正規軍襲撃に参加してしまった事実が露見すると、外交問題に発展しかねない」
「あぁ……。まんまとやられたよ」
睦月は俺が思っていた以上にあくどかった。
イヤ~な方向にあくどかった。
竜国はプレーローマの侵攻をはね除けた事もある。それなりの強さを持っているが、国家としては――多次元世界全体を見ると――小国に分類される。
人連常任理事国とバチバチにやり合えるほどの強国ではない。
そんな竜国の王族である俺が、他国の正規軍を襲った証拠映像を睦月は仲間に撮らせていた。俺が混沌竜である証拠まで添えられていた。
襲った正規軍側には俺の正体はバレてなかったが、睦月達の撮った映像がバラ撒かれた場合、俺は実家に大迷惑をかけてしまう。いや、もう、迷惑って次元ではないやらかしになっちまう。
「お前の関与がバレたら『竜国が海賊行為に加担した』と責められるかもしれんな。経済制裁だけではなく、最悪は宣戦布告が来るかもしれん」
アダムは小馬鹿にするようにそう言った後、「見事なやらかしだ、馬鹿王子殿」と言ってきた。ちとムカつくが、仰る通りすぎるんだよな……。
「でもさぁ……俺はマジで上手く人間に化けてたんだぜ?」
「睦月達は気づいたわけだ」
「そう……。奴らは、前々から馬鹿王子を注視してたらしい」
人間に化けた人外が、あちこちの揉め事を見物している事に奴らは気づいていた。当初、俺のことを「プレーローマの天使じゃないか?」と疑っていたらしい。
俺が竜国の混沌竜だとアタリをつけた後は、睦月をエサに釣り上げて脅迫のためのネタを掴んでやろう――と誘い受けしてきたらしい。
馬鹿な俺は、それにまんまと食いついちまった。
「睦月は『この事実をバラ撒かれたくなかったら、俺達の活動に協力してくれ』と脅してきたんだよ」
見事に騙された。
アイツは聖人なんかじゃない。狡猾な悪党だ。
図体と態度だけデカい未熟な竜は、アイツの手のひらで踊らされた。
「お前が脅されて素直に従うとは思えん」
「その通り。俺は抵抗したよ。拳で!」
もう開き直って、竜の姿まで晒して睦月達をブッ殺そうとした。
テメエらがそこまでやるなら、殺して口封じしてやる――と暴れた。
睦月達もそうなる事は予想していた。だから、アイツらは俺を脅す時に場所を選んだ。……誰にも迷惑をかからない場所を選んだ。
俺と睦月は24時間近く殺し合った。睦月の仲間達は手出ししてこなかった。
「結局、その場は引き分けになった」
「睦月は手を抜いていたのだろう。お前を殺さないように」
「うるせえなぁ~……! んなこたぁ、わかってるよ」
あの時は手を抜かれてた。
睦月はあくまで俺を「説得」しようとしていた。
けど、今の俺なら睦月相手だろうが勝ってみせるよ。当時の俺は……まだまだ未熟だった。自分の力を使いこなせていない未熟なトカゲだった。
当時の俺はその事をなかなか認められず、メチャクチャ睦月に食ってかかった。下等生物如きに俺が負けるはずがねえ――とブチギレながら戦った。
「戦い続けているうちに、頭に上った血も下りて来た。そんな時、睦月に『さすがにお腹が減ったから、一時休戦して食事でもしよう』と誘われたんだ」
俺はそれに同意した。
俺の攻撃をいなすどころか、殺す機会もあったのに意図して殺さずにいる睦月の強さに舌を巻いていた。……アイツの事を詳しく知りたくなった。
最初から正体を知るために近づいたんだが、あの時はもう意味が変わっていた。
「で、2人で即席麺をすすりつつ、色々と種明かしをされた。睦月が俺の正体を知っていた事や、脅迫のネタを作るために嘘ついて軍艦の襲撃に加担させた事とか……あの軍艦がどういう目的で動いていたとか……」
「…………」
「結局、睦月は俺が襲撃に参加している証拠を全て消した」
多分、最初から本気で脅すつもりはなかったんだろう。
調子に乗ってる俺の目を覚ますために、軽く灸を据えただけだったんだろう。
アイツは悪党だが、甘ちゃんでもあるからな。
睦月は「竜であるキミの力が必要なんだ」と言い、頭を下げてきた。
それに対し、俺は――。
「『断る』とでも言ったのか?」
「その通り! お前も俺のこと、少しは理解してきたじゃねえか!」
当時の俺は睦月の頼みに面食らいつつ、少し考えて……断った。
正直、「まあそこまで言うなら手伝ってやってもいいかな~?」とは思っていたんだ。「暇だし、コイツならいいかな」って思いながら。
「でも、速攻で受け入れたらなんかこう……癪だろ!? ただでさえアイツの手のひらの上で転がされて、証拠を消すという情けまでかけられて……あそこで直ぐ受け入れたら、なんつーか…………ダサいというか」
「くだらん意地だな」
「へへっ……。その通りだ」
ガキだったのさ。……今でも同じ選択するかもだけどな。
「断ったけど、代わりに勝負を申し込んだ。『お前が勝ったら、お前の軍門に下ってやる』『実家に迷惑かからない範囲で』ってな」
「そして、負けたか」
「おう」
「何分持った」
「3分」
当時の俺は、ガチになった睦月相手に3分持たせるのが精一杯だった。
あ、いまガチったら俺が勝つからな? あくまで、当時の話な??
そう言うと、アダムは俺を鼻で笑って「主張するのは自由だ」と言った。
「けっ……。まあ、あの時は惨敗して……睦月に『1年だけ協力してほしい』『キミの正体がバレない範囲で』って言われたのさ」
「何年前の話だ、それは」
「さ~てね。アイツらとの関係が、1年で終わらなかったのは確かだ」
当時の睦月達は結構ヤバい魔神とやり合おうとしていた。そのための戦力として、家出してほっつき歩いている竜を戦力として引き込んだ。
俺様が大活躍した事もあり、俺達は勝った。そこで俺もお役御免になる予定だったんだが……俺は睦月に「まだお前に勝ってない。勝つまで付き纏ってやる」と言い、その後もズルズルと付き合いを続けていく事にした。
そう語ると、アダムは呆れた様子で「馬鹿だな。お前は」と言った。
「自分が好き勝手やっていたら、実家に迷惑がかかるとわかっていたんだろう?」
「実家まで迷惑かからないよう努力したさ。で、今もバレてない」
まったく誰にもバレてないわけではないが……何とか外交問題には発展してない! 上手くやってる! 実家の連中には呆れられてるけどな!!
「睦月と一緒に馬鹿やる生活は、性に合ってるんだ。俺は今の生活が好きだ」
実家に迷惑かからないよう努力してる。縁も切ってくれと伝えている。
睦月にも、そういう覚悟だと伝えている。アイツは「そこまでやってもらうのは心苦しい」と言っていたが、俺が「やだやだ! 俺はお前に付き纏い続けるぞ!!」と駄々をこねたら折れてくれた。
「だからよ、アダム。お願いだから俺の正体を言いふらさないでくれ」
「…………」
「俺は睦月を利用しているけど……まだまだアイツと一緒に馬鹿やりたいんだ。アイツの企みに乗って、まだまだ遊んでいたいんだ」
アイツを手伝ってやりたいんだ。
それが今の俺のやりたい事なんだ。
ただ、俺の正体が公になった場合、実家に迷惑かかるから勘弁してくれ――と言って頭を下げる。アダムはしばし黙っていたが……。
「…………。頭を上げろ。お前に殊勝な態度を取られるのは気持ち悪い」
「すまん。マジで助かる」
「だから、やめろ。いつものように尊大にしていろ。ヘラヘラと笑え」
眉間に軽くシワを寄せたアダムがそう言うので、御言葉に甘えて笑う。
コイツはクソ頑固だが、義理堅い奴だ。俺のことは信用ならないとしても……睦月の利益になるならキチンと黙っていてくれるだろう。
交国はクソだが、コイツの事は信用できると思う。
「悪いが、お前を完全に信用する事はできん」
「それでいいさ。ただ、睦月の事は信じてやってほしい」
「…………」
「アイツはいつものほほんとしているが、根っこは壊れている」
プレーローマの実験に投入され、大量虐殺に加担させられて……家族も亡くして彷徨い続けている。贖罪のために、弱者を助けて回っている。
助けた相手に裏切られようと、殺されかけようと、愚直に戦い続けている。……死に場所を探すように戦い続けている。
アイツ1人で戦わせていたら、いつかきっと死んじまう。周りに頼りになる仲間がいても守り切れるとは限らない。
もっと力がいる。
もっと頼りになる同志がいる。
「俺はアイツを死なせたくない。報われてほしい」
「……睦月は義のために戦っているが、所詮は犯罪者だ」
アダムは心苦しそうにそう言い、俺を見てきた。
「いつか報いを受ける日が来る。戦いから逃げない限りは……」
「逃げるって選択を取れるほど、器用な奴じゃない」
それはお前もわかってるだろ、と言う。
アダムは頷かなかった。だが、コイツだってわかっているはずだ。
「俺は睦月を死なせたくないが、アイツがやりたい事も邪魔したくない」
「私が……彼を利用し、さらなる危険の渦中に飛び込ませる可能性もある」
こっちはそんな目論見も持っているんだぞ、とアダムは仄めかしてきた。
アダムは玉帝に復讐したがっている。……睦月の傍にいるのはアイツへの恩義を感じているだけじゃない。んなこたぁ、俺も察している。
「お前は私を排除しなくていいのか?」
「俺は睦月の判断に任せている。アイツがお前を手伝うと決断したら、文句1つ言わずに従うさ」
「…………。阿呆が。睦月のためを思うなら、私を殺してでも止めろ」
「はいはい。気が向いたらな」
お前がそういう忠告してくる野郎だから、気が向く事は無いだろう。
アダム・ボルトは義理堅く頑固で、根っこはお人好し。……睦月を守るためにはこういうクソ真面目な男も傍にいてくれた方が心強い。
もし、睦月がアダムの望みを叶えた場合……アダムは一層、睦月に恩義を感じてくれるだろう。一層、睦月を支えてくれるだろう。
もっと頼りになる同志になってくれるはずだ。それは睦月にとっても、俺にとっても悪い話じゃない。まあ既に頼りがいあるけどな。
「ハァ……。長話してたら、腹が減ってきた」
アダムもすっかり殺意を引っ込めちまったから、気と腹が緩んじまった。
メシでも食おう――と誘うと、アダムは「夕食なら6時間前に取った」なんてツレないことを言ってきた。
「夜食を取ろうって話だ。今日の夜番は俺とお前だから、まだ起きてなくちゃいけないんだ。なんか腹に入れておこうぜ」
「食料のアテはあるのか?」
「ここに即席麺がある。ちょうど2人分」
あとはお湯を注げば出来上がりだ――と言うと、アダムは呆れた様子で「物資管理担当に黙って持って来たな。後で叱られるぞ」と言ってきた。
まあまあ、堅いことを言うなよ――となだめる。
「共犯者になろうぜ、アダム・ボルト」
お前とも長い付き合いになりそうだ。
そうなるよう努力していこう。




