過去:悪童・立浪巽
■title:ロレンス保有艦<アンスティス>にて
■from:黒竜・タツミ
「よう、アダム。話ってなんだぁ?」
夜。ワケ有り交国人のアダムに呼び出され、方舟の倉庫まで足を運ぶ。
アダムは堂々と待っていたが、纏っている雰囲気はとても剣呑だ。返答次第では「殺す」という空気がピリピリしやがる。
コイツ冗談通じる奴じゃねえから、ちょっと苦手だ。ただ……自分を交国から逃がしてくれた睦月に対して恩義を感じている様子だから、仲間としては信頼できる相手だ。
アダムが俺をどう思っているかはともかく――。
「タツミ。お前は人間ではない。お前の正体は人間に化けている竜だろう?」
「おいおい、もうちょっと雑談を挟んだりしないのか?」
「時間を無駄にしたくない。答えろ」
俺を睨んでくるアダムの視線を無視しつつ、廊下に置かれていた箱を椅子代わりにして座る。「お前も座れよ」と言ったけど、アダムは返答を急かしてきた。
「お前は人間ではない。混沌竜だ」
「その通り。俺が教える前に俺の正体に気づいたのは、お前が3人目だよ」
さすがは多次元世界指折りの巨大軍事国家<交国>の支配者たる玉帝の元近衛兵サマだな――と褒めたが、アダム・ボルトはニコリともしなかった。
俺の正体を見破りつつ、その真意を探ろうとしているようだ。
「お前は<ロレンス>の構成員ではない」
「それは睦月も同じだろう?」
「彼は実質、ロレンスの人間だ。……お前は彼を利用してロレンスに身を寄せているだけの人外だ。竜国・リンドルムの混沌竜だ」
「そこまで調べがついてんのか。やるねぇ」
全部睦月に聞いた、ってわけじゃないだろう。
前から俺の周囲を嗅ぎ回っている様子あったし、自分でアレコレ調べたんだろう。多少は睦月に話を聞いたかもしれんが、答え合わせ程度じゃねえかな。
「正体を見破ったついでに、真意も見破ってほしかったねぇ」
「……お前は竜国のエージェントとして、<ロレンス>と加藤睦月を利用しようとしているのではないのか? あるいはもっと上を……<カヴン>を動かそうとしているのではないか?」
「その通り。悪いか?」
「お前が誰と付き合うかは自由だ。だが、私にも恩義がある。ロレンスや加藤睦月の敵なら、お前を殺す」
アダムは俺を警戒している。恩義のある睦月達を守ろうとしている。
玉帝に仕えていたわりには、真っ当な精神の持ち主だ。真っ当すぎたからこそ、交国から逃げざるを得なくなったと言うべきか。
「俺が睦月達を利用しているのは確かだ。ただ、それは睦月達も了解している」
「…………」
「俺と睦月は共犯者だ。つまり……お前と同じだ」
「そんな言葉を信用しろと?」
「睦月も『大丈夫』と言っていたんじゃないか?」
鋭いアダムの視線が、僅かに乱れた。
俺に話を聞く前に、睦月に俺の正体を報告したんだろう。もっとも、睦月は俺の正体なんざ前々から知っているし、俺の真意も把握している。
だから「タツミは大丈夫」と口添えしてくれたと思うが、アダムはそれでも気を揉んで俺を問いただしにきたらしい。
アダムは悪い奴ではないが、クソ頑固だからなぁ……。俺みたいにフラフラしている不真面目野郎の言葉を信じてくれるかどうか……。
「まあ、座れよ。昔話をしてやる」
俺と睦月は共犯者だ。
お互いに利用し合ってる。
ただ、最初からそうだったわけじゃない。
それを語るには……前提となる俺のくだらん昔話をせざるを得ない。
アダムは俺に厳しい視線を注ぎつつも、「座れよ」という言葉は聞いてくれた。しかめっ面を浮かべたまま、視線だけで話を促してきた。
「俺は竜国の国王・レンオアムの曾孫だ。つまり王族。えらいの」
「偉そうにしているのはわかる。王族には見えない品位の持ち主だがな」
「俺と仲良くする気ある?」
「無い。私はお前が自国のために……竜国のために睦月達を踏み台にしようとしていると考えている」
「踏み台にする気はねえよ。アイツらとは長い付き合いをしたい」
俺は睦月を認めている。
アイツは人間だが、弱っちい人間ではない。力を持っている。共犯者として信頼ができる。そして……俺と違ってしっかりした野郎だ。
末永く同志でいたいと思っているよ。その事に関しては、さすがに真面目な顔になって語りかける。まあ、これぐらいで信用してもらえないと思うが――。
「というかそもそも、俺は王家の面汚しなんだよ」
「それは日頃のお前を見ればわかる」
「俺はどこに出しても恥ずかしくないイケメンだろ?」
「酔っ払って艦内で野ぐそをしていただろう」
「艦内だから野ぐそじゃないもんっ」
「王家の面汚しめ……」
そう。俺はマジで、王家の――いや、竜国の面汚しなんだよ。
「俺は生まれた頃から『忌み子』なんだよ」
「生まれた時から……?」
俺は人間じゃない。それは別に、竜国ではおかしい事じゃない。
この場で竜の姿に戻って見せてやってもいいが……こんな狭い場所でバカデカい竜の姿になって問題起こると困るから、携帯端末を取り出す。
そして、俺の本当の姿の写真を――黒い竜の姿を見せてやる。
「これが俺の本当の姿だ。なかなかのイケメン竜だろ?」
「同意はしたくないが、忌み子と呼ぶほどのモノには見えん」
「『黒竜』って時点で、竜国では忌み子扱いなんだよ」
アダムが眉をひそめ、「肌の色で差別するのか?」と聞いてきた。
それは正確じゃない。鱗の色で差別するのか、と聞くべきだ。
「竜国では混沌竜が国を治めている。人類の方が圧倒的に多い国だが、国家の代表はあくまで混沌竜が務めている」
それが出来ているのは竜国建国に携わり、2代目国王となった現国王レンオアムの存在が――爺様の存在が大きいだろう。
爺様は生ける伝説であり、民の事を心から労っている為政者の鏡だ。少し優しすぎるが、優しいからこそ王として沢山の支持を集めているんだろう。
「竜国は混沌竜が先陣を切って国を守ってきた。プレーローマの侵攻すらはね除けるだけの力を持っている」
だから爺様に限らず、多くの竜達が民に信頼されている。
主戦力であり、護国の戦士だからな。
ただ、全ての竜がそれを出来たわけじゃあない。
民に対し――人間に対し、牙を剥く輩もいた。
「そいつは黒い竜だった。名をムムと言う。……俺の爺さんだ」
「お前の祖父という事は……レンオアム王の息子か」
「その通り」
黒竜ムムは、偉大な父・レンオアムと同じく護国の竜として期待されていた。
爺様ほどじゃないにしろ、爺様に次ぐ実力者として成長したらしい。……後にやらかすとはいえ、腐っても混沌竜だからな。
「だが、黒竜ムムは乱心した」
竜国の人間を皆殺しにしようとした。
母親を殺された怒りで乱心し、大暴れした。
レンオアム王は息子の蛮行を止めにかかった。国家最強の竜達の争いは激しいものになったが、何とかレンオアム王が勝利した。
最終的に黒竜ムムは処刑された。優しき竜王の子らしからぬ蛮行を行った事で、多くの民に憎まれ、蔑まれ……爺様の顔に泥を塗って処刑されていった。
「ただ、黒竜ムムの一件はそれでは終わらなかった」
黒い竜が人類に仇をなした。
その事実は黒竜ムムの子供達にも――俺の母ちゃん達の世代にも色濃い影を残した。母ちゃん達は相当、人間から厳しい目で見られたらしい。
それでも母ちゃん達は真っ当に国に貢献していき、今では多くの国民に慕われている。けど、それでもなお、黒竜ムムの残した爪痕は残り続けた。
「メチャクチャやらかしたムム爺さんは黒い竜だった。だから……同じ色の鱗を持つ俺も、『いつか人類に牙を剥くのでは?』と疑われたんだ」
「赤ん坊の頃から?」
「おう。俺が赤ん坊の頃に殺そうと企んだ輩もいたらしい」
俺を怪しみ、厳しい視線を送っているアダムですら、眉をひそめた。
アダムは「鱗の色程度の話で、赤児を殺そうとするのはどうかしている」と言ってくれた。まあそう思うのが普通の感性なのかもしれない。
ただ、竜国では違う。
竜国において混沌竜達は信頼されているが、その信頼の中には「畏怖」も確かに存在している。竜達は強い。竜爪が人類に向けられた歴史的事件もあったから、多くの竜国国民が黒鱗の竜を病的に恐れているのさ。
混沌竜側も――自分達の家族がやらかしたのは事実だから――あまり強くは言えなかった。もちろん、家族は俺の事をしっかり守ってくれたけどな。
あくまで、命は守ってくれた。
だから俺は今、睦月達と一緒にいれる。
「ともかく黒鱗の俺は忌み子なのさ。母ちゃん達が頑張ってくれても曾祖父のレンオアム王が信頼を集めても、クソ爺がやらかした罪は未だに残ってるわけよ」
「…………」
全ての竜国国民が俺を忌み子として扱ったわけではない。
けど、多くの国民が黒竜の存在にビビっていた。
レンオアムの爺様や母ちゃん達は、俺を大事な家族として扱ってくれた。……周囲の目が厳しいからこそ厳しくされる事はあったが、それは俺を想っての話だ。
ただ、爺様達でも俺を守り切る事は出来なかった。
竜国の政府内でも……忌み子の俺を危険視する声はあった。即刻処刑までは行かずとも、念のため幽閉しておくべきでは――と言う奴もいた。
混沌竜からはともかく、人間サマ達には嫌われて育った。
「ガキの頃の俺は……情けない話だが、メソメソピーピー泣いてばかりだった。人間サマ達からの陰湿な嫌がらせを受けても、泣くぐらいしか出来なかった」
「…………」
「家族が守ってくれても、それでも……多くの人間に嫌われている事実は、まあそれなりにキツくてな」
昔の俺は、今ほどふてぶてしくなかったのさ――と言って肩をすくめる。
今じゃあ、「クソみたいなこともあったなぁ~」と懐かしめるぐらいにはなっている。クソ下等生物がよぉ、とは今でも思ってるけど!
全人類がクソじゃない、って事もわかってる。
けど、昔はそうじゃなかった。
「メソメソしていた俺は、ある日、気づいちまったんだ」
竜は強い。
俺をイジメている奴らは、俺よりずっと弱い。
俺が軽く尻尾を振るだけで吹っ飛ばせる。グルルと唸り、ガァ! と吠えるだけで、ネチネチと喋っていた奴らが一瞬で黙る。小便漏らして黙る!
成長して大きくなった竜に対して、人間共は大勢で群れるか、他の竜の背に隠れないと罵声1つ出せず縮こまる。俺はそれに気づいた。
「さすがに竜国の国民をブッ殺したり、意図的に怪我させたことはないぞ。そんな目で見るなよ~」
「…………」
「まあともかく、ピーピー泣いていた俺は自分の強さを自覚した。そして……クッソ傲慢な輩になっていった。調子に乗っていった」
同時にムカムカし始めた。苛立ち始めた。
俺の鱗が黒いだけで、「邪竜の再来」とかいって差別する人類共を混沌竜が命懸けで守る必要ねえだろ――と思うようになった。
イジメられた俺を表向きは労りつつ、裏では「ゴキブリ竜」とか陰口叩いている使用人の陰湿さにも苛立った。爺様達相手には無い尻尾を振って媚びる人間共が嫌いで嫌いでたまらなくなっていった。
「俺を差別しない人間もいた。けど、俺が調子に乗って尊大な態度を取れば取るほど、周囲の目はもっと厳しくなっていった」
まあ、その辺は当たり前だよな。因果応報だ。
母ちゃん達に叱られても、反省できるほど俺は大人じゃなかった。
何で俺ばっかりガマンしなきゃいけないんだよ。そう思っていた。
要するに……ガキだったのさ。
「だから俺は竜国を飛び出した。居心地悪くなって家出した」
「…………」
「人間とかクソだぜーーーー! って思いながら飛び出して……でも、俺は人間に化ける事にした。人間のフリをして多次元世界を渡り歩いた」
竜としての自分に誇りを持っているが、竜の姿のままだと目立つ! 人目を引くし、現地の奴らから「化け物だー!」と恐れられて攻撃される危険もある。
だから人間のフリをして諸国漫遊してたわけよ。
人間嫌いの俺が、人間という皮に頼るなんて笑えるだろ――と言ったが、アダムは笑わなかった。これはさすがに、俺の冗談が下手な所為だな。
「……旅は楽しかったか?」
「えっ?」
「旅は楽しかったか、と聞いた。お前は人類文明を渡り歩いたのだろう?」
「あ~…………。うん、まあ、楽しかった……かな?」
旅は何だかんだで楽しかったかな。
けど、人類社会で汚いものも沢山見てきた。「やっぱ人類ってクソだわ」という認識も、今もそこまで変わっていない。根っこは人間嫌いのままだ。
竜国だって――国民の影響で――自信を持って「好き」とは言えねえ。大事な家族はいるけど、そこまで帰りたいとは思わない。嫌な思い出が多いしな。
「ただ……誰かに自慢できるような旅ではなかった」
大した目標など持たず、行き当たりばったりで渡り歩く旅だった。
人間に化けて人間に紛れて、人の業を見ながら「やっぱ人類ってクソだわ!」って言いながら生きてきた。暇な輩みたいな生き方してた。
「意図的にクソな部分を見物しにいってたから、そりゃあ『クソだな!』って感想ばっかりなるわけだが」
「……一種の腹いせか」
「多分な」
人類はクソって考えを固めるために、意図的にクソを見物しにいっていた。
統計を取ろうとしたのに、都合の良いデータだけ選んだようなものだ。……当時の俺は本当に愚かなクソ竜だった。クソガキだった。
「そんな暮らしを続けていた時、ある異世界人の噂を聞いたんだ」
その異世界人は、色んな世界を回っていた。
色んな世界の揉め事に介入していた。流民を救ったり、泥沼の戦争を止めに走ったり、異世界人に対する虐殺を止めようとしていた。
記者と組んで、特定民族が虐げられている実情を暴いて国際社会に発信させたりしていた。……不正や虐殺を止めようとしていた。
「その異世界人は神器使いだった。力があった。だが、所詮は一個人だから国際社会から犯罪者として追われていた」
「…………」
「でも、そいつに救われた奴らは大勢いた。あの野郎は『遊侠』とか『救世主』とか言われていた。『聖人』だと褒め称える奴もいた」
「…………」
「俺はそれを、『くっだらねえ!』と思ったんだ」
神器使いだろうと、所詮は人間。
一皮剥けばクソ人類に違いない。当時の俺はそう思った。
神器があるから好き勝手出来るだけで、裏では色々と不正を働いていると思っていた。遊侠のフリして色々と着服していると思っていた。
あるいは弱者共を救うことで、自分の信者を増やそうとする宗教家みたいな奴だと思っていた。とにかく「何か裏がある」と思っていた。
何の見返りも望まず、人助けして回るなんて異常者だ。……だから、実際は偽善者で悪党なんだ――と思っていた。
「その神器使いというのが、睦月か」
「そうだ。で……俺は、聖人と言われた睦月の正体を暴いてやろうと考えた」
人類をガッカリさせたかったんだ。
お前らが褒め称える男は、そんな立派な人間じゃない。
所詮は下等生物だよ――と証明しようとしたんだ。
そして俺は騙された。




