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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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敗者2人



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 大事を取って休めって言われ、夜まで部屋で休んでたが――。


「ううっ! ダメだ! アルをいっぱい褒めたいっ……!」


 褒めたい欲がムズムズして落ち着かない。


 アルは優しい子だ。


 優しすぎて戦うの得意じゃないはずなのに、フェルグスの代理として模擬戦に出ると言ってくれた! もうその時点で優勝級のエラさだ!


 それだけでエラいのに、勝ってみせた。


 勝利の瞬間は脳汁がドバドバ出た。今だってちょっと出てる気がする! あぁ~~~~っ! とにかくアルを褒めたい! いっぱい褒めてやりたい~!


 褒められて、恥ずかしそうにしつつも笑ってるアルがもっと見たい!


「ちょ、ちょっと褒めに行くぐらい、いいよなっ……!?」


 夜まで十分休んだぞ、俺は!


 コソコソと部屋から抜け出し、アル達のところに向かおうとすると――。


「おい」


「うおっ……!?」


「どこ行こうとしてんだ、テメー」


 振り向くと、レンズが袋を下げて船室から出てくるところだった。


 最近、後ろから驚かされてばっかりの気がする。兵士としてやや情けない。


「ちょ、ちょっと便所に……。お前こそどうしたんだ?」


「別に。勝った勝ったと馬鹿面晒してそうなテメーを見に来たんだよ」


 少し不機嫌そうなレンズに対し、「期待通りのものは見れたか?」と聞く。


 レンズは鼻を鳴らすだけで返答しなかった。


 だが、会話は続けてきた。


「お前の方は、期待通りの結果だったか」


「ああ。でも、お前相手だと予定通りとは行かなかったよ」


 何度か博打を打って、それに負ける事もあった。


「お前がドローンで俺達を釣って、煙幕越しに狙撃してきた時、俺は『終わった』って思った。片足やられたら、もう逃げようがないと思った」


「…………」


「俺はあの時、確かに諦めた。……けど、アルは諦めなかった。アルが咄嗟に流体装甲だけで走り出さなきゃ、俺達の負けだったよ」


「あれ、マジでインチキだったな……。フレーム無しであそこまでの動きが出来るとか、おかしいだろ」


「アレ込みで推してたんだよ、巫術師の力を」


 キメ顔しながら言ってやったが、レンズには「諦めてたって事は、お前にとっても想定外だったんだろうが」とジト目で言ってきた。


 実際、あそこまで出来るとは思わなかったよ……。


「巫術師ならフレーム無しの機兵でも扱えるかもな。フレームが無ければ大幅に軽量化できる。空から敵地に侵入して奇襲仕掛けられるかもな……」


「おっ! それ妙案だな。巫術師の活躍の幅がさらに広がりそうだ」


「……なんでそんなヘラヘラと笑ってられる」


 レンズの視線が厳しさを増していく。


 いつ胸ぐらを掴まれてもおかしくない圧がある。


「巫術師の力は認めてやるよ。でも、いいのか? 焦らないのか……!?」


「…………」


「アイツらは、オレ達が血反吐を吐きながら手に入れた『機兵乗り』の地位を脅かしてるんだぞ。瞬きの間に奪っていこうとしてるんだぞ。インチキな力で……」


「それは――」


「アイツらの所為で、オレ達……機兵から降ろされるかもしれないんだぞ」


 巫術師達にも弱点はある。


 ヤドリギによって改善しているが、ヤドリギにも距離の制限がある。ヤドリギさえあれば全ての問題を踏み倒せるわけじゃない。


 けど、巫術師は常人(おれたち)に出来ない事が出来る。


 巫術の有無で、機兵乗りの常識は大きく書き換えられかねない。


「まあ、いつかは機兵から降ろされるかもなぁ……」


 アル達は控えめに言って天才だが、まだ未熟だ。


 射撃能力とかに難はあるが、それは訓練で改善できる問題だ。


 巫術師だけが持つ利点は、俺達には真似しようがない。


「俺達は古い人間として、淘汰されるかもしれないな」


「オレら、まだ15だぞ。この歳で、もう、使い物にならなくなるのか……!?」


 レンズの表情は強張っている。


 握りこぶしを作った手は、震えていた。


「お、オレ達の15年は……何だったんだ!? 全部、無駄だったのか……!?」


「そんなことない」


「お前は、否定に加担したんだ。アイツらの価値を証明する代わりに、オレ達を無価値な存在に貶めたんだ……!」


「…………」


「機兵乗りじゃなくなったら、俸給も大きく減らされるはずだ。オレ達が死んだ後も、家族を養ってくれる大事な恩給も減額されるかもしれねえ」


「…………」


「力と金以外、家族に誇れるものは無かったのに……! お前は、それを……それをブッ壊すことに加担したんだぞ!?」


「うーん……。まあ、確かに俸給とか恩給が減ったら、ちょっと困るよなぁ」


「ちょっと? ちょっとどころの話じゃねえだろ……!?」


 レンズが怒り顔で詰め寄ってくる。


 だが、手は出してこない。


「でもよ、レンズ。巫術師の力は本国でも研究されているんだ。いつか誰かが巫術による機兵運用に手をつけるよ。いや、既に始まってるかもしれない」


 ウチで上手くいったのは、ヴィオラがヤドリギ作ってくれたからだ。


 あのヤドリギが普及していけば、巫術による機兵運用も現実味が出てくる。そうなる前から研究ぐらいはされていただろうけど――。


「俺達が足掻いたところで、この流れは変わらないんだよ。多分な……」


「それは、そうかもしれねえけどよ……!」


「でも、悪いことばかりじゃないはずだ」


 巫術は戦闘に活用できる。


 上手く活用していけば、交国をさらに強くするだろう。


 巫術師が戦闘で重用されていく事は、アイツらを戦場に駆り立てる危険性もあるけど……それでも流体甲冑で使い潰されるよりはマシのはずだ。


 ネウロンにしかいない巫術師を、大事にしてもらえるはずだ。


「巫術で交国が強くなれば、人類の敵(プレーローマ)との戦いも優位に進められるはずだ。それは交国どころか人類全体にとって悪くない話だろ?」


「…………」


「人類が滅びることに比べたら、俺達がちょっぴり不遇になるぐらい……まだマシだろ。プレーローマに敗北して、家族を奪われるよりずっといい」


 巫術師の数は限られている。


 魔物事件でネウロン人の9割が死に、巫術師も少なくなった。


 全ての機兵乗りが巫術師になる日は、結構遠いはずだ。俺達みたいな古い人間だって、まだ出番があるはずだ。


 経験の乏しい巫術師達を導き、守ることぐらいできるはずだ。機兵乗りとして戦って、子供達を庇って死ぬぐらいは出来るはずだ。


 交国政府だって、俺達が人生の大半を軍事に費やしてきた事を知っている。


 走狗を直ぐに処分するほど、政府も薄情じゃないさ。


「オレは、お前ほど楽観は出来ない」


「いや、俺も怖いよ。変化は怖い」


「……それでもお前はヘラヘラ笑って、ガキ共の味方してるだろ」


「守りたいだけだ。あの子達を」


 それに、これは仕方のないことだ。


 俺達は「機兵乗り」という花形を手に入れるため、同期の奴らと競ってきた。その競争は今も続いていて、巫術師って頼もしい味方に負けかけてるってだけだ。


 味方相手に負けるなら、まだ納得できる。


 人類の敵に負けるより、ずっといい。


「…………」


 レンズはしばし黙っていた。


 持っていた袋を「くしゃり」と握りしめつつ、小さく悪態をついた。


「クソが。…………俺の負けだ」


「…………」


「けど、勝ったのはアイツら……巫術師だ。お前も敗者(こっち)側の人間だ。お前もオレと同じように、アイツらに淘汰されていくんだ」


 レンズは少し引きつった笑みを浮かべつつ、言葉を続けた。


「敗北が決定的になった時、きっとお前も後悔する」


「そうかもなぁ……。けど、諦めるにはまだ早い。足掻こうぜ、レンズ」


 俺達はまだ戦える。


 直ぐに機兵から降ろされるわけじゃない。


 戦って、戦って……戦いの果てに、名誉ある死を掴み取れるかもしれない。


「まだまだ後輩機兵乗り達に負けてらんねえ。アイツらしか使えない不思議な力があろうが、足掻いて……アイツらと一緒に戦おうや」


 巫術師の存在は、ある意味怖い。


 俺達の立場を失くしかねない存在だ。


 だが、それだけ強いからこそ、仲間としては心強いよ。


 一緒に足掻こう。そう言って拳を突き出したが、レンズは顔を横に向けて舌打ちし、拳を合わせるのは拒否した。


「裏切り者のお前とは、そういうことやってやんねー」


「うぅ……。そっかぁ……」


「……ほら」


 拳は合わせてくれなかったが、レンズが手を伸ばしてきた。


 その手に持っていた袋を、俺の胸に突きつけてきた。


「ん? なんだこれ? くれるのか?」


「依頼の品だ」


 その言葉にピンと来た。


 袋を受け取り、ワクワクしながらそれを空けると――。


「シャチのぬいぐるみ! レンズ、お前、作ってくれたのか!?」


「チッ……。一度請け負った仕事だ。負けた腹いせに放り出したりするかよ」


 レンズはムッとした表情を浮かべ、「出来に関しては文句言うなよ」と言ってきたが……とんでもない! 思っていた以上の仕上がりだ!


「これ、売り物になるレベルだよ! ありがとう、レンズ」


「ケッ……。しかし、何でシャチなんだ? あのガキの趣味はわからん」


「グローニャが『おっきな魚が好き!』って言うから、ネットでテキトーに探してたら『この子がいい!』ってシャチを指差したんだよ」


 食べ応えがありそう、って。


 ぬいぐるみにする事は伏せて聞いたので、ぬいぐるみとして欲しいのは別のものだったかもだが……まあ、これで十分可愛いだろ!


「シャチは魚じゃねえぞ……」


「え? そうなの?」


「つーか、シャチはオレ達、オークの先祖みたいなもんだぞ……。源の魔神が只人種とシャチの遺伝子をかけあわせて作ったから、オレらの歯は鋭いんだ」


「へー! じゃあ、このシャチには作成者から名前を取って、『レンズ』って名付けてもらおっかな」


「やめろボケ。……返品は受け付けないからな。ガキが出来で文句言ってきても、オレは知らねえからな。お前の責任だからな……!」


 レンズは「それと――」と言いつつ、俺の顔面に指を突きつけてきた。


「これ作ったの、オレだって言うなよ。誰にも。ゼッタイに」


「えー。言ってもいいじゃん……こんなスゴいもの作ったんだから……」


「言いふらしたら殺す。単純に恥ずかしいし、強面のオレがこんなの作ってるの知られたら……ガキ共どころか、他の隊員に笑われる……」


 それは絶対イヤだ、とレンズは言った。


 マジで売り物に出来るレベルだと思うけどなぁ……。


「皆、笑わねえよ。凄いって褒めてくれるさ」


「……そうはならねえから、オレはネウロンなんかにいるんだよ」


「え? どういうことだ?」


 問いかけたが、レンズは舌打ちして俺を軽く突き飛ばしてきた。


 とにかく言うな。言ったら殺す。


 そう言い、部屋に戻っていこうとしたレンズを呼び止める。


「なあ、レンズ。近日中に祝勝会をやろうと思ってるんだ」


 ぬいぐるみやトイドローンとか、その時に渡そうと思っている。


 模擬戦勝利のご褒美も兼ねて、プレゼントしようと思ってる。


「多分、食堂でやるから、お前も祝勝会に来てくれ」


「馬鹿。余計に惨めになるわ。テメーらだけで勝手にやってろ」


 レンズは苛立った様子でそう言い、乱暴に扉を閉めて部屋に閉じこもった。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:狙撃手のレンズ


 負けた。


 ガキ共にも、ラートにも負けた。


 オレは……ラートみたいに達観できない。


 悔しい。もっと長く、機兵の操縦席に座っていたい。


 オレの居場所はあそこだけだったんだ。


 あそこで足掻いて、戦って得た金しか、妹達に与えられるものは無かったんだ。


 ラートだって、機兵から降ろされたら立場なくなるのは同じはずだ。


 それなのに……アイツは、笑ってガキ共を応援してる。


 模擬戦でも、人間の器でも、ボロボロに負けた気分だ。


 オレはラートみたいには振る舞えない。


「……オレはオレだ。絶対、ラートみたいにはならねえ」


 負けを認めてやる。だが、それは今日限定の話だ。


 次は負けねえ。これからも足掻いてやるさ。


 ラートみたいに、ガキ共と馴れ合ったりはしない。


 巫術師なんて……絶対、認めてやるか! 次は勝つ!!




挿絵(By みてみん)

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