逆転の一手
■title:交国籍の方舟に偽装したエデンの方舟にて
■from:交国特佐長官・宗像
部下を引き連れ、エデンの方舟に侵入する。
抵抗は一切無かった。ヒスイが――エデンでは「タマ」と名乗っている部下の手引きにより、簡単に侵入できた。
愚かなカトー達は黒水に食いついている。向こうは向こうで上手くいっているようだ。後はここで標的を確保すれば勝利に大きく近づく。
「艦内の扉、防壁も制御済みです。こちらの端末で操作可能にしています」
ヒスイが渡してきた端末を受け取る。
方舟からの脱出路も私達が通ってきた場所以外は全て閉じている。エデンのテロリスト共は袋のネズミだ。もはやどうとでも料理できる。
巫術師が戻ってくる前に終わらせよう。
「標的のところに案内してくれ」
「はいっ」
「お前達はエデン構成員を処分してこい。標的以外は全員殺せ」
引き連れてきた部下達にそう命じると、私を案内しようとしていたヒスイがギョッとした様子で振り返ってきた。
そして、慌てた様子で「お待ちください!」と言って来た。
「か、彼らは既に制圧済みです! もはや何の脅威にもなりませんっ……!」
「エデンに潜入している間に、情が湧いたのか?」
「そっ…………そのような、ことは……」
「奴らはテロリスト。そしてもう用済みだ」
交国の敵は殺す。
不確定要素も潰す。
部下達が消音器付きの銃を使い、次々とエデン構成員を始末していく。愕然としているヒスイに――相変わらず甘ったれのヒスイに先を急ぐよう促す。
「案内しろ」
「……はい」
艦内にいるエデン構成員の始末は何の支障もなく進んでいった。
交国本土までやってきた構成員は数十人程度だが、見逃してやる義理も意味もない。ネズミ1匹でも交国で好き勝手はさせない。
こちらの手引きで交国本土に招き入れてやったカトー達も、いずれ消してやる。……だが、あちらはとりあえず放置でいいだろう。
愚かな復讐心で混乱を引き起こしてくれるなら、私にとっては都合がいい。なんならまだ支援してやってもいいぐらいだ。
「見事な手際だ、ヒスイ。お前のおかげで邪魔なエデン構成員を楽に始末できる。微温湯に浸かっている間に鈍っているか心配だったが、杞憂だったようだな」
「あ……ありがとう、ございます……」
「死んだ満那達も喜んでいるだろう。お前を厳しく育てた甲斐があった、と」
だが心の方は相変わらず問題があるようだ。
青ざめたヒスイはぎこちない動きで私を先導している。能力はそれなりにある子だったが、<戈影衆>としての適性に問題がある子だった。
他の「失敗作の中の失敗作」と同じように処分しても良かったのだが、生かしておいて良かった。ヒスイのおかげで我々は逆転の手段を手に入れられる。
宿願を果たすことができる。
「長官が……カトー総長とバフォメットを引き離してくださったおかげです……。あの2人がいたら、こうもたやすく制圧することはできませんでした」
ヒスイが少し怯えた様子で「黒水の方はどうなりましたか?」と聞いてきた。
あちらも上手くいった。
黒水守も殺害できたよ――と伝える。
「無能なテロリスト達のおかげで、あの邪魔者も始末できた。カトーが……くだらん復讐に熱中する馬鹿で助かったよ」
黒水守を始末できたのは、奴の功績だ。
だが、奴の功績はそれだけではない。
自分達の手中に、世界を変えるだけの至宝があったのに気づかず……ノコノコと交国本土まで運んできてくれたという功績もある。
その至宝はいま、カトーの私室にいるらしいが――。
「…………! す、すみません、長官……。異変に気づかれたようです」
「捕まえればいい。どうせ、そう遠くには行けておるまい」
カトーの私室には誰もいなかった。
ヒスイの言う通り、異変に気づいて逃げ出したのだろう。
船外に出るための経路は全て抑えている。船内も船外も部下に見張らせている。戦闘員ではない者が1人逃げ出したところで直ぐに確保できる。
それでも多少は手間取るかと思ったが、そんなことはなかった。
「タマちゃんっ……! タマちゃん、どこ……!?」
愚かな標的は、拳銃片手に震えながらヒスイの事を探していた。
船内に余所者が来たのを察知したものの、直ぐには逃げ出さず、ヒスイを探していたらしい。ヒスイを「仲間」だと勘違いしているらしい。
「…………」
青ざめているヒスイをチラリと見て、アゴで標的のいる方向を示す。
捕まえてこい、と促す。
ヒスイは何か言いたそうな顔で私を見上げてきたが――。
「――権能起動」
戈影衆の生き残りとしての務めを果たした。
権能を使って一瞬で標的に近寄り、銃を取り上げて拘束した。
標的が――自分の探していた相手に――拘束され、驚愕の声を出している。
驚く必要はない。戈影衆は玉帝の矛。交国の奴隷だ。
奴らは――アダム・ボルトの時のような事が起きないように――交国に尽くすよう頭を「調整」している。
ヒスイは「調整」してもなお、心の弱さがある欠陥品一歩手前で、交国から離れて久しかった。その忠誠心に問題がある可能性もあったが、私の命令をこなした以上は大丈夫だろう。
「…………」
念のため控えさえておいた他の戈影衆を下がらせる。ヒスイが使い物にならないならここで処分する予定だったが、殺す必要なくなった。
ただ、ヒスイの裏切りは警戒しておいた方がいいだろう。
時間ができたら直ぐに再調整を――いや、もはや、それすら必要なくなるか。<金枝計画>の要を確保した以上、調整という面倒な作業すら不要になる。
「た、タマちゃん!? なんで……!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……!!」
甘さを捨て切れていないヒスイは、標的に怪我1つ負わさないよう気遣いながら動いている。だが、それでも拘束する手は止めなかった。
拘束された標的に対し、近づいていく。相手は驚きの表情に敵意の感情を混ぜ、私を見上げてきた。
「あ、あなたは――」
「交国特佐長官の宗像灰だ。……ようやく会えたな、真白の魔神の遺産」
7年前。満那達がしくじった所為で、確保まで随分と時間がかかってしまった。
かつての戈影衆の失態を、落ちこぼれの戈影衆が何とかするとは思わなかったが……これでようやく、金枝計画を成功に導ける。
それだけではない。
金枝計画は、あくまで保険。
その先に至るための予備計画に過ぎない。
「ヴァイオレット嬢、我々と共に来てもうぞ。
キミには人類を救う救世主になってもらう」
それも単なる救世主ではない。
太母が世界を救うのだ。




