癒司天の権能
■title:港湾都市<黒水>郊外にて
■from:プレーローマ工作部隊<犬除>副長・ヨモギ
「あ~……いッ、てェ……!」
輸送車の中で目覚める。
死ぬ直前の感触が――血が沸騰し、弾ける感触がまだしてやがる。身体は万全の状態に戻っているが微かな幻痛がする。
ヒリヒリする身体を撫でつつ起き上がると、部下のタカサゴがペットボトルを差し出し、「副長の蘇生確認。おはようございます」と言ってきた。
「大丈夫ですか?」
「何とか……。あぁ、生きた心地しねえ……」
「それはそうでしょう。実際、一度死んだんですから」
「ちげぇねえ」
受け取ったペットボトルを開こうとしたが、手が痺れたように上手く動かない。相当エグい殺され方したから1時間ぐらいは後遺症残りそうだ。
窮している俺からペットボトルを取り返したタカサゴは、小さな手で蓋を開けてくれた。「どうぞ」と再度渡してくれたペットボトルをガブ飲みし、身体を少しでも冷やす。
「悪いな。で……状況は?」
「私を除いて<犬除>隊員は全員死亡しました。ですが、プランCによる黒水守抹殺には成功しました。詳細と今後については、先に復活したラフマ隊長に確認してください」
「あいよ」
黒水郊外に隠していた輸送車内に新しい骨肉が生成されつつある。俺の後に死んだ犬除の隊員達も復活しつつある。
後方支援として郊外に待機していたタカサゴに皆の介助を任せ、輸送車の外に出る。
すると、ウチの狙撃手と観測手が周辺警戒に当たっていた。黒水守との戦いで真っ先に死んだから、真っ先にタカサゴの傍で復活していたようだ。
ラフマ隊長の姿もあった。
輸送車に寄りかかり、携帯端末を見つめている。
その隊長に対して軽く敬礼しつつ、「ヨモギ、復帰しました」と伝える。
隊長はチラリと俺を見た後、また携帯端末を見始めた。そして「残機を無駄遣いしないで」と言ってきた。
「私は致命傷を負っていた。何で助けに来たの?」
「そりゃあ……俺は権能一発使ったら、しばらくは戦力外なんで……。便利な権能持ってる隊長助けるのにワンチャン賭けてもいいかなぁ~と」
「足手まといの自覚があるなら、逃げて残機を温存したら良かったのに」
「逃げたら怒るでしょ~?」
「怒らないけど、貴方のペットの生命維持は解除するかもね」
「ですよねぇ~……」
笑えない話に頬を引きつらせつつ、隊長に近づいて聞く。
黒水守は無事殺せたみたいだが、それ以外に関しては聞けてない。「黒水はどうなってますか」と聞きつつ、質問を重ねる。
「……アルのやつは無事ですか? プランCまでもつれ込んだってことは、白瑛の混沌機関で犬除ごと黒水守をブッ飛ばしたんですよね?」
「オーク顔してるとはいえ貴方は天使でしょ。人間の心配するの?」
隊長は少しだけ不機嫌らしく、咎めるような目つきで俺を見てきた。
アルを心配したのは、ちょっとやぶ蛇だったかも……。
「交国本土にやってきて交国軍に追われる事になった時も、あの子に対して勝手に権能を使ったでしょ? ……情が湧いたの?」
「いや、アレは……必要だったでしょ? アルを殿にして逃げるなら、アルを万全の状態にしておいてやらないと」
結果的に上手くいったじゃないですかと思いつつ、弁解する。
この弁解は逃げた後にもやって、隊長も一定の理解を示してくれたんだが……俺を軽く睨みながら「自分の立場をわきまえて」と言ってきた。
「貴方はプレーローマの工作員。天使と人間は相容れない。人間を利用するために甘言を吐くのは良いけど、情を持つのはやめなさい」
「……うっす」
「スアルタウ君に関しては、カトー君が白瑛の操縦席に引きずり込んだから無事。多分、今もカトー君と一緒に逃げているはず」
連絡は取れないが、カトーも無事らしい。
白瑛は混沌機関を暴走させて自爆したが、その自爆のダメージを権能で無効化した。権能・カノンは防御用の権能だが、他と組み合わせればああいう攻撃目的の利用も可能になる。
不死身の化け物みたいに暴れていた黒水守も、さすがに混沌機関が爆発した衝撃は受けきれなかったようだ。
黒水守は混沌の海で常軌を逸した強さを発揮していた。プレーローマでもかなり手を焼いている相手だった。それを屠れた事はかなり大きい。これでプレーローマの平和に……勝利にまた一歩近づけた。
「それと、黒水守の神器も確保できたはず」
「は? 白瑛の自爆に巻き込まれたんじゃあ……?」
「黒水守は神器で白瑛の自爆を押さえ込みにかかったみたい」
黒水守の神器は流体干渉能力。自爆のエネルギーも神器の力で押さえ込みにかかったらしい。
自分自身は吹っ飛ぶ事になったものの、最後の力を神器に全て注ぎ込んだ影響か、神器は残った。爆発も黒水を吹き飛ばすものにまではならなかったらしい。
黒水は界外との境目が薄い場所だから、上手くいけば混沌の海に通じる大穴を開き、交国本土全体を滅ぼすほどのものに出来ていたかもしれないが……黒水守は命懸けでそれも止めたらしい。
「神器の中から、黒水守が生えてきたりしませんよね?」
「さすがにそこまで不死身の男じゃないでしょ」
恐ろしい想像が浮かんできたが、隊長が否定してくれた。
神器が受肉し、新たな生命体になった例はある。黒水守自身が復活する事はない……はずだ。さすがに有り得ないと思いたい。
その辺はスアルタウが把握しているだろう。爆発の時、黒水守の魂が確かに消えていたとしたら、確実に殺せたはずだ。
黒水守の神器まで回収できたのは大戦果ですね――と喜ぶと、ラフマ隊長は「まだ戦果とは言えない」と言った。
「いま、黒水守の神器を手中に収めているのはカトー君よ。……彼と私達は協力関係だけど、同志ではない」
カトーが神器を大人しく渡してくれるとは思えない。
となると、まあ、最終的に「実力行使」する必要があるわけだ。
自分の神器を失った出がらし相手なら、どうとでもなると思いますがね――と言うと、隊長は「そういう驕りが一番危うい」と忠告してきた。
「カトー君は私達のことも警戒している。黒水守の神器を無理矢理使ってくる可能性もあるから、こっちもよく警戒しておきましょう」
「神器使いとはいえ他人の神器使ったら、さすがに死ぬんじゃあ……」
「それでも常人と比べたら耐性がある。最後の足掻きとして使ってこられたら、私達が殲滅される可能性もある」
もう残機もないから一層注意しましょう――と言った隊長の言葉に頷く。
「それと、これがいまの黒水の現状」
隊長が携帯端末の画面を俺に見せてきた。
白瑛の自爆が黒水守によって押さえ込まれた事で、「想定よりはマシ」のようだったが……黒水は酷い状況だった。
港湾区画は吹き飛び、市街地の方も瓦礫の山だらけになっている。
爆撃でも行われた後のようだ。この壊れっぷりは、俺達が死んだ後も相当な攻撃が行われているな。バフォメットが戻ってきて暴れたんだろうか……?
「黒水守が死んだ後、第7艦隊が来たのよ。で、黒水守一派に打撃を与えるために『黒水内にまだテロリストがいる』と言い張りながら爆撃を行ったワケ」
「ありゃま。人類同士のくせに、くだらん事やってますね」
第7艦隊は黒水守派と折り合いが悪かった。
……第7艦隊に宗像特佐長官が働きかけていたようだから、この機に乗じて無茶をやったんだろう。第7艦隊の司令は処分されるだろうが、それ覚悟でやらかしたんだろう。
黒水守派を「交国の敵」と考え、「お国のために」とか考えながら虐殺を行ったんだろう。こっちも焚きつけた事とはいえ……さすがに呆れる。
野蛮ですね――と言うと、隊長は「ウチもそう強く言えた立場じゃないでしょ」と言ってきた。
「内紛なんてプレーローマもやってた事なんだから」
「まあ、確かに……。で、第7艦隊はいまどこに――」
「今は撤退している。玉帝の命令で退いたみたい」
「また玉帝が動いたんですか。……やっぱ、黒水守一派は玉帝をコントロールしてるって事ですかねぇ……?」
つい先日も、宗像長官と第7艦隊が黒水に脅しをかけていた。
それも玉帝の横槍で撤退させられていた。……黒水守は流民上がりのくせに、ここ数年はやけに玉帝の寵愛を受けていたが……単なる寵愛ではなさそうだ。
方法は不明だが、黒水守一派は玉帝をコントロールしている。それは黒水守が死んだ後も続けられているようだ。
現在、第7艦隊の司令は指揮権を取り上げられ、憲兵達に拘束されているらしい。黒水への攻撃も止んだそうだが、それで死傷者が蘇るわけではない。
<癒司天>様の権能により、残機を持っていた俺達と違って人間達は一度死んだら終わりだ。
俺達も残機を補充してもらわないと次死んだら終わりだが――。
「さて、これからどうしますか? 黒水守を殺せたものの、タカサゴ以外は全員残機ゼロですし……。神器回収したらプレーローマに帰っていい頃合い……ですよね? さすがに……」
「本部から新しい指示が届いた。喜びなさい、残業確定よ」
「マジっすか……!」
かなり無茶した甲斐あって、結構な戦果を上げたと思うんだけどな。
あとは黒水守の神器を回収し、交国領から逃げれば家に帰れると思ったのに……上はまだ俺達を酷使するつもりのようだ。所詮、ワケ有り部隊だからな。
「で、次の標的は? 残機無い以上、そんな無茶できませんよ? 交国領から逃げられるかすら怪しい状況なのに――」
「次は玉帝を狙う」
「……ご冗談を」
玉帝は今まで、何度も暗殺が試みられてきた。
だが、一度も「成功した」と言い切れるものはなかった。暗殺作戦に成功したとしても、「実は替え玉だった」と後でわかった事はあった。
生きていた玉帝が「プレーローマは卑劣な暗殺工作を仕掛けてきた」と喧伝する結果に終わった事もあった。
実際は本物が死んでいて、替え玉が玉帝のフリをしていると思いたかったが……上も「生きているのは本物」と判断している。
そんな相手を俺達だけで殺しにかかるのは非現実的だ。交国本土は平時より手薄になっているが、それでも玉帝暗殺を成功させるのは、ほぼ不可能だろう。
「この混乱に乗じて、玉帝を殺しにかかる」
「混乱って……。黒水でこれだけの事件が起きた以上、交国本土の戦力も増強されるでしょうし……玉帝の身辺も固められますよ」
「ヨモギ。私の命令は?」
「う……。絶対、っスねぇ……」
俺は隊長に逆らえない。
上官ってだけじゃなくて、別の理由もあって逆らえない。
「私だって、いま玉帝暗殺に踏み切るのは無茶だと思ってる。けど――」
「上が『やれ』って言ってるわけですね」
相変わらずの無茶振りっぷりだ。
これまでも何度も無茶な作戦に投入されてきたが、今回はとびきりだ。
「貴方の言う通り、普通なら交国本土の戦力が増強されるでしょう。ただ、それが出来ないように手を打ってもらっている」
「ってことは…………いよいよ動くんですか」
「そう。向こうが上手くやってくれることを期待しましょ」
これ以上、敵の防備が強くならないとしても……俺達だけで玉帝暗殺に踏み切るのはさすがに無茶だ。無茶だが上の指示なら仕方ない。
やるしかない。ただ、本当に俺達だけでやるのは無謀だから――。
「仕掛けるとしたら、またカトー達との協働作戦ですか」
「そうね。……最悪、彼に黒水守の神器を使わせましょう」
エデンにはまだまだ動いてもらう。
ただ、その場合、スアルタウも巻き込む事になる。
黒水での反応や、俺達の正体を明かしたことも踏まえると……素直に動いてくれるとは思えない。だが……何とかするしかない。
使えるものは使う。
勝つためには、手段を選んでられない。
俺達は勝たなきゃいけないんだ。
「とりあえず次の準備しつつ、カトー君と合流しましょう。勝負はこれからよ」
「了解」




