人外の化け物
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:プレーローマ工作部隊<犬除>副長・ヨモギ
俺の権能は交換。
自分の身体の異変を、相手の身体の異変を交換できる。
俺の腕が切り落とされた状態で五体満足の相手と交換を行えば、俺の腕は元通り。逆に相手は、一瞬で腕が切り落とされた状態になる。
俺の目が潰された状態で交換を行えば、俺の目は元通り。相手は盲目になる。
黒水守が神器で水や炎を操り壁を作ろうと、こっちの権能の射程内にいれば交換は行える。物理的な防壁などなんの意味はない。
欠点は1日の使用回数が限られること。
何度も使ってずっと自分だけ無傷の状態を維持する事はできない。
それと、交換対象が100メートル以内にいないといけないという事。そして100メートル以内にいても十全に交換が行われるとは限らないということ。
交換の精度を上げるため、可能な限り近づかないといけない。
こちらの目論見は何とか成功した。
向こうが与えてきた傷だけではなく、事前に打っておいた麻酔と毒薬の効果も押しつけることが出来たはずだ。危険を冒して近づいた甲斐があった。
上手くいったはずなんだが――。
「そっちもう、心臓までブッ壊れてるはずだろうがっ……!!」
黒水守はまだ立っている。
大量出血してたくせに、出血がピタリと止まっている。
野郎、神器で無理矢理出血を止めてやがる。致命傷を負っているくせに神器で体内の水分に干渉し、無理矢理自分を生かしてやがる。
このまま放置していたら生き延びかねない。相手は神器使いだ。普通の人間基準で挑めば、ろくな結果にならない。
「ぐっ…………!!」
水の大蛇がコンテナを吹っ飛ばしながら突撃してきた。
コンテナだけではなく、瓦礫も吹っ飛んでくる中、恥も外聞もない横っ飛びで回避する。回避した先に水の刃が飛んできた。転がって回避する。
「おいおいっ! 俺の権能、お忘れですか~~~~っ!? 俺を怪我させたら、容赦なく傷を押しつけてやるからな!?」
「キミの権能は、そこまで便利じゃないだろう」
黒水守が口元の血を舌で舐め取り、そう言ってきた。
傷を負った端から押しつけることが出来るなら、自傷行為を行い続けて必中攻撃として使ってくるだろう――と言ってきた。
「キミの権能の正体は押しつけじゃない。交換だ」
大当たりだよクソッ。
ぶっちゃけ、俺の権能はショボい。初見殺しの一発芸みたいなものだ。
いま黒水守に対して権能使ったところで、向こうの傷がこっちに来るだけ。
けど、権能持ちは俺だけじゃねえ。
「――――」
踊り狂うように突撃してきた水の大蛇が、一瞬で白い彫像と化した。
こちらに迫っていた水の刃も、粉々になった。
周囲の水がカチコチに凍り始めている。大蛇に飛び乗り、権能の力を直接叩き込んだ天使が傍に下りて来て「大丈夫ですか、副長」と聞いてきてくれた。
「何とかな。その調子で攻撃止めてくれ!」
「いや、副長守ったところであまり意味ないので後回しです」
「ひでえ!!」
味方が黒水守の攻撃手段を削いでいるうちに、射撃する。
崩れていく水の大蛇の陰に隠れている黒水守に向け、ラフマ隊長達と連携して弾丸の雨を送り込む。
だが、煙幕も兼ねて炎の蛇達が射線を塞いできた。アレじゃあ弾丸は止められないだろうが――。
「副長、盾になってくださいよ!」
「バカ言うな逃げろッ!!」
無数の炎の蛇が、誘導弾のようにこっちに襲いかかってきた。
遮蔽物を活かして逃げ回る。あちこちに火がつき、火事が発生している。
炎対策はあんまり用意してないんだよな~! 戦いが長引くと火の手があちこちに回って、キツくなりそうだ。敵の本拠地で長期戦やる余裕は最初から無いが!
「あぁっ、くそッ……!!」
炎だけではなく、水の散弾まで降ってくる。
仲間が散弾を凍らせようとしていたが、「やめとけ!」と言って首根っこ引っ張って逃げる。既に放たれた水の散弾を凍らせたところで、あまり意味はない。
ただ、黒水守が攻撃に集中しすぎてくれれば――。
「潰れてろッ!!」
黒水守の後方に駆け寄った天使が、「パァンッ!」と手を叩いた。
その瞬間。黒水守の周囲に箱が組み上がった。
組み合わさった手の如き箱が、重い金属音を響かせながら形を変え、小さくなっていく。内部に取り込んだ黒水守を潰しにかかる。
潰しにかかったが――途中で箱の大きさの変化が止まり――内側からの圧力に耐えかねて弾けた。
箱の中から膝をついた黒水守が出てきた。全身びしょ濡れ。権能で作り上げた箱が組み上がる直前、水を招き寄せて内側からこじ開けたらしい。
もう立っているのすら厳しい状態で、よくやるが――。
「凍れッ!!」
黒水守が周囲に展開している水の塊ごと凍っていく。
全身氷漬けとまではいかなかったが、動きは止めた。
全方位から総攻撃を仕掛けたが――。
『やめてください!!』
流体装甲の壁が降り注ぎ、こちらの攻撃を妨害してきた。
壁を掻い潜り、突撃しようとしていた仲間が流体装甲の棍棒に殴り飛ばされた。装甲を柔らかくしてくれていたようだが、それでも海まで吹っ飛ばしやがった。
「アル! 邪魔すんじゃねえ!!」
『邪魔しているのはそっちでしょ!? 貴方達が横槍を入れてくるから……!』
アルの操る機兵が立ちはだかってくる。
バフォメットとの戦闘で大きなダメージを受けているが、それでも流体装甲を駆使して黒水守を守っている。……それどころか黒水守連れて逃げようとしている。
ここまで手間暇かけて黒水守に逃げられたら、今までの全てがパァになる。厄介な黒水守を殺さないと、これからの計画に支障が……!
「イタドリ! 止めろ!!」
「わかってますよっ……!!」
射撃でアルの注意を引きつつ、絵筆を持った仲間の突撃を支援する。
振るわれた絵筆から権能が迸り、機兵の流体装甲が崩れ始めた。
アルは必死に機兵を動かし、黒水守を潰さないように尽力した。これで機兵は一時的に潰した。未だ深手を負っている黒水守への道が開いた。
「――――」
隊長が姿を消している。
乱戦に乗じ――権能を使って――姿を消している。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
『っ…………!?』
機兵の流体装甲が制御不能になった。
巫術を使って必死に流体を操っても、砂のように崩れていく。
何とか黒水守は潰さずに済んだものの、これじゃ機兵が――。
『――黒水守!!』
叫ぶ。
巫術の眼で観た光景を伝える。
黒水守の背後の空間。
機兵のカメラでは、そこには何もいない。
けど、魂が観える。巫術の眼で魂が観える。
透明な何かがいる。
『後ろです!!』
僕が叫ぶまでもなく、黒水守は動いていた。
神器に水の刃を生やし、槍のように背後に振るっていた。
ラフマ隊長の権能は「自分の透明化」だ。自分でそう言っていた。
肉眼では捉えられなくても、巫術の眼ならラフマ隊長の魂が観える!
『――――』
黒水守の振るった刃が、背後の空間を切り裂いた。
透明な空間から、赤い血が噴き出した。
血煙の中から誰かが現れて――。
『な――――』
現れたのはラフマ隊長ではなかった。
まったく知らない人間だった。天使ですらない。
その人の目には、生気がなかった。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:黒水守・石守睦月
「蟲兵――」
足音とフェルグス君の警告に導かれるまま、槍を振るった。
けど、刃先が捉えたのは人間だった。蟲兵だった。
あの女天使が、自身の権能について説明した意味がわかった。
アレは嘘だ。
真実の中に虚実を混ぜ込んだ工作だ。
それに気づいた瞬間、自分の首が飛ぶ感覚がした。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
『黒――――』
黒水守の首が飛んだ。
振り返り、槍を振るった黒水守の後方。
そこに一気に駆け込んできた「透明な何か」に首を切り飛ばされた。
黒水守の首を切り飛ばした何かが、煙と共に姿を現す。
剣を手にしたラフマ隊長が――蟲兵を囮に――斬り込んでいた。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:プレーローマ工作部隊<犬除>副長・ヨモギ
ラフマ隊長が持たされた権能は「自分自身の透明化」だけじゃない。
周囲の任意物質透明化だ。
隊長は自分以外も透明にできる。
ただ、魂までは透明化できない。巫術師の眼は誤魔化せない。
だから先に透明化した蟲兵を突っ込ませ、黒水守を動かす。
黒水守が蟲兵に攻撃している隙に、本命のラフマ隊長が斬り込んで首を斬る。
いくら神器使いでも、首を切り飛ばせば――。
「ッ――――?!!」
ラフマ隊長の身体が「ビクンッ」と跳ねた。
首が飛んだ黒水守の身体から、剣山の如く伸びた赤い杭が隊長を捉えている。
相手は致命傷どころじゃない。
首まで飛んでるというのに、まだ動いて――。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:プレーローマ工作部隊<犬除>隊長・ラフマ
「隊長!! 逃げてくださいっ!!」
ヨモギがそう叫びつつ、銃を乱射しながら距離を詰めてきた。
私を血の杭で串刺しにした黒水守に――首から下しか残っていない黒水守に向かって――突撃しつつ、私を引き剥がそうとしている。
バカ。来るな。
そう言おうとしたものの、喉が潰れて喋れなかった。
ヨモギは杭に貫かれた私に手を伸ばし、私を掴んだけど――。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:プレーローマ工作部隊<犬除>副長・ヨモギ
「ッ…………!!」
黒水守から距離を取るため、担ぎ上げていた隊長の身体が弾けた。
爆弾のように弾け、無数の赤い針を撒き散らした。
黒水守だ。
黒水守がラフマ隊長の身体に神器で干渉し、破裂させた。
助けたはずの隊長は手足しか残っていなかった。
あとはそこら中に撒き散らされた。
かくいう俺は、血の針に貫かれ、地面に縫い止められた。
「ぐ、ぁぁ…………!!」
背後で何かが蠢く音がする。
割れたガラス越しに、首だけになった黒水守の姿が見えた。
隊長に首を飛ばされ、全身に弾丸を受け、骨まで切り裂かれた男の姿が見えた。
まだ生きている。
斬れた首から、ぶくぶくと血の塊があふれ出てきて、新しい頭を作り上げた。
それは人間らしからぬ歪なものだったが――。
「そういや、アンタ…………神器使いだったな……」
神器使いの――救世主としての石守睦月の真の姿は、粘液塊だったな。
心臓潰されようが首を飛ばされようが、水分さえあれば壊れた肉体を修復する。……人間の真似をしているだけで、人間らしい身体じゃなくなってるのか。
黒水守に向け、ラフマ隊長の血が這っていく。
黒水守の神器に集められた血が、黒水守に吸収されていく。
その黒水守が、指先から小さな血のしずくをこちらに飛ばしてきた。
それが傷口から侵入してきた。
自分の身体が内側から沸騰し、弾ける感触が――――。




