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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第5.0章:その正義に、大義はあるのか
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崩壊の引き金



■title:港湾都市<黒水>にて

■from:黒水守・石守睦月


「もういい。黒水守(アンタ)にはもう、何も期待していない!」


 私は期待していた。


 キミも過去を乗り越えてくれると期待していた。


 キミにとって難しいことでも……穏やかな日々を手に入れてほしかった。


 けど、それは私の押しつけに過ぎなかった。


 私の考えが正しいわけではない。私にとっては「復讐は疲れるもの」という考えが馴染んだが、レオナールにとってはそうではなかったという事だ。


 彼の選択は彼の選択で正しいものなのかもしれない。私の方がおかしいのかもしれない。でも、それでも……復讐を諦めてほしかった。


 素子や桃華はレオナールの選択に傷つくだろう。


 素子はキミに、アダムの息子を重ねて見ていたからね。キミが桃華の良きお兄さんになってくれることを望んでいる様子だった。


 自分の手のひらからこぼれ落ちていった日常を、桃華とレオナールが手に入れることを望んでいた。だからこそ桃華がキミに懐いていたことを喜んでいた。


 ただ、キミは……復讐心を隠すために取り繕っていたんだね。


「偽りの救世主(メサイア)だったアンタなんか、もういらない! ボクらには新しい王様がいる! ネウロンを解放したカトー総長なら、ボクらの新しい希望になってくれる……!」


 その新しい王様とやらは、そこの海底にぶくぶくと沈んでいるよ。


 キミは、カトー総長を選ぶんだね。そうだよね。復讐を諦められないなら、私なんかより彼の方を選ぶよね。


 皆がフェルグス君のようになれるわけではない。


 いや、なるわけではないと言うべきか。


 フェルグス君のようになるのが正解とも限らない。


 けど、ここまでしてエデン側につくとは思ってなかった。黒水を……ここまで無茶苦茶にするとは思っていなかった。7年暮らしていた土地やそこに生きる人達に、何の愛着もないとは思わなかった。


 自分が勝手な期待を抱いて勝手に落胆してしまっている事実に苦笑していると、レオナールが「なにがおかしい!」と怒ってきた。


「そのヘラヘラした笑みが鬱陶しいんですよ……! 自分が神器使い(とくべつ)だから、今もなお追い詰められていないと驕っているんですか?」


「…………」


「アンタはもう、終わってんだよ! 黒水守!!」


 本性を現したレオナールは、そう叫んで動いた。




■title:港湾都市<黒水>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「アンタはもう、終わってんだよ! 黒水守!!」


 レオナールがそう叫び、車の中に手を伸ばした。


 そして拘束された女の子を引きずり出し、地面に転がした。


『お嬢様っ……!?』


 桃華お嬢様が拘束され、レオナール達の手中に落ちていた。


 それだけではなく、車の中には奥方様もいた。


 ……座席の上でぐったりしたまま動かなくなっている。


『レオナール!! キミは、自分が何をしているかわかって――』


「バカが!! わかってるに決まってるだろ!? 神器使いだろうが、『通用する』と思ってコイツらを連れてきたんだよ!!」


 レオナールは怒声を上げつつ、笑っていた。


 楽しそうに笑みを浮かべ、地面に転がったお嬢様を足蹴にしていた。


 レオナールが交国を憎む理由はわかる。


 彼は僕と同じように、交国に人生を破壊されたネウロン人だ。けど、それでも……お嬢様や奥方様に当たるのはおかしいだろ……!?


「レオナール。その足を退けなさい」


 黒水守も表情を変え、低い声色を発した。


 レオナールは黒水守を鼻で笑い、お嬢様を踏みつけた足にさらに力を込めた。


弱者(ぼくら)のことなど、どうでもいい黒水守でも……自分の家族は心配ですよね!? 知ってる! 知ってるんですよ!! ボクはアンタの傍で、アンタの弱点を探ってきましたから!!」


「…………」


「家族は大事ですよねぇ! ボクもそうですよっ! そうだったんですよ!! この状況になって、アンタもボクらの痛みが理解できたんじゃないんですか!?」


「…………」


「アンタが悪いんだ! でも、今ならまだ娘の方は助けてあげますよっ!」


 お嬢様は顔に恐怖を張り付け、震えている。


「石守素子は多分もう、助かりませんけどね! 毒を飲ませてやったので!!」


 けど、奥方様の方はもう、ピクリとも動かなくなっていた。


「娘を助けたいなら、カトー総長を解放して死ね!!」


「レオナール……。もう一度言う。その足を退けなさい」


「――――」


 レオナールは仲間の銃を奪い、発砲した。


 奥方様に向け、弾丸を放った。


 ピクリとも動かなかった奥方様の身体が跳ね、お嬢様が悲鳴を上げた。僕も思わず、悲鳴のような声色でレオナールを呼んでいた。


『やめるんだレオナール!! こっ、これ以上……罪を重ねるな!!』


「交国の罪と比べたら、ボクの罪なんて綿毛のようなものだよっ! 交国が裁かれないのに、ボクが裁かれるのはおかしな話だと思わないか!?」


 レオナールはそう叫んだ後、黒水守に笑みを向けた。


「立場をわきまえてくださいよ、黒水守。追い詰められている立場で、上から目線の指図を続けるようなら……今度は娘の方も――」


「私が心配しているのは、キミだ」


「……はぁ?」


「キミの品性の心配をしているんだ」


 黒水守は静かにそう言った。


 その視線はレオナールに向けられていた。


 奥方様とお嬢様ではなく、レオナールを見つめていた。


「ヒドいことをしちゃダメだよ……。悪い事をしたら悪事に手を染める敷居(ハードル)が低くなっていく。……それが低くなればなるほど取り返しがつかなくなる」


 黒水守は子供を諭すようにそう言った。


 手を差し伸べながらそう言った。


 レオナールは困惑顔を浮かべていたけど、直ぐに怒り始めた。


「アンタのその落ち着き払った口調には、本当にイライラさせられる……!」


「…………」


「神器使いでも家族のしがらみからは逃げられないっ! アンタが神器でボクらを殺そうとする前に、この2人をブッ殺してやる!!」


 レオナールの銃口は奥方様に向けられている。


 レオナールの仲間の銃口はお嬢様に向けられている。


 なんとか……2人を、助けないと。


 レオナール達は黒水守に注目している。……僕への注意はそれほど注がれていない。巫術憑依で何かに取り憑いて、レオナール達を死角から襲えば……。


 いや、一瞬で制圧しないと、2人に弾丸が――。


「フェルグス君。キミは手出ししちゃダメだよ?」


『でもっ……! こっ、このままじゃ、お嬢様と奥方様が……!』


「大丈夫。桃華と素子には『おまじない』をかけたからね」


 黒水守は僕を見つつ、そう言った。


 その表情は、この場に不釣り合いなほど茶目っ気混じりの笑顔だった。


「レオナール。重ねて言う。そんなことはやめなさ――」


 レオナールが発砲した。


 再び、奥方様の身体が跳ねた。


 いや、違う(・・)


 奥方様に弾丸は当たっていない。


 当たっているように見えるだけだ。


「言葉に気をつけろ! ボクを見下すな!! ボクはもう、アンタの使用人じゃない!! ボクが上! お前が下だッ!!」


 そう叫んだレオナールが体勢を崩した。


 踏みつけていたお嬢様の頭を(・・)踏み潰し(・・・・)、体勢を崩した。


「なっ……!! えッ……?! ち、ちがっ……! ぼ、ボクは、そっ、そこまで力を入れて踏んだわけじゃ――」


 踏み砕かれたお嬢様の頭が地面に広がる。


 それだけでは済まなかった。


 お嬢様の全身が、ドロリと溶けて崩れていった。


 座席の上に転がされて奥方様の身体も、ドロドロに溶けて消えつつあった。


 ドロリと溶けた塊の中から、()がピチピチ跳ねながら出てきた。




■title:港湾都市<黒水>にて

■from:黒水守・石守睦月


「桃華と素子が私の弱点だという考えは正しい」


 私は肉親の顔すらおぼろげになった薄情な男だけど、家族は大事だ。


 特に、今も生きている桃華と素子のことは大事に想っているつもりだ。


「見え見えの弱点だからこそ、キミ達のような人間が2人を狙うのはわかっていた。真っ向勝負で勝てないキミ達なら、そういう事をするよね」


 私はキミ達のことも考えているよ――と告げる。


「なんだよっ! これぇ! なんだよっ!?」


「なんで、人間がこんな風に崩れて……」


「それは池の水で(・・・・)作った偽者(・・・・・)だよ」


 桃華と素子は、別の経路で逃がしている。


 そこにいるのは私が神器で作った偽者だ。


「上手く出来ているだろう? 交国軍ですら私の偽装を見破れた事はない」


 神器を軽く掲げ、見せる。


 レオナール達は目を丸くしているけど、フェルグス君は「桃華の形をした水の塊」が偽者だと気づいていたらしい。ついさっき気づいたんだろうけど――。


「水で作った偽者とはいえ、家族を足蹴にされたり撃たれたりするのは良い気分じゃなかった。レオナール……私は怒っているよ」


 ここで止まってくれ。もうやめてくれ。


 そう思いながら諭そうとすると、レオナール達は弾丸を放ってきた。


 復讐を続けたいようだ。勝ち目などないのに、暴れ続けるようだ。


「――――」


 放たれた弾丸を神器で対処しつつ、水の大蛇でレオナール達を襲う。


 巨大な水の塊に飲み込まれたレオナール達が、ジタバタとあばれ、空気をがばごぼと吐いている。苦しそうにしている。


「しばらく、頭を冷やしておいてくれ」


 水中で少し弱らせた後で、武器を取り上げて拘束し、放置しておく。


 レオナール達の制圧は完了した。彼らの処遇は……後で考えよう。


『黒水守。今回の襲撃、最初から全て把握していたんですか……?』


 フェルグス君がそう聞いてきた。


 把握していたから神器で作った偽者を用意していたんですか――と聞いてきた。


「まさか。さすがに全ては把握していないよ。レオナール達が怪しいとは思っていたけど……さすがに黒水が襲撃される事までは予想外だった」


 仮にエデンが交国本土を襲撃したとしても第7艦隊が対処してくれると思った。


 けど、彼らはバフォメットが操る「巫術の使えるタルタリカ」にあっさり利用されてしまった。……訝しく思ってしまうほど簡単に利用されてしまった。


 そして第7艦隊(かれら)は未だ、こちらの救援に来ない。まだ戦闘中だから――と言い訳しながら、助けを寄越さないでいる。


「今回の襲撃……おそらく、第7艦隊は意図的に許したんだ」


『意図的にって……。黒水に転がっている機兵や方舟は、その第7艦隊のものでしょう!? 彼らも被害を受けているじゃないですか……』


「被害覚悟で、わざとエデンを通したのかもしれない。エデンは、第7艦隊の手引きで黒水襲撃を成功させたのかもしれない」


 エデンの交国本土侵入を見逃しただけじゃない。


 戦力として、意図的に方舟や機兵を渡したのかもしれない。


『そんな……』


「手引きしたのは、第7艦隊だけではないと思うけどね」


 それ以外にも手引きをした人がいたはずだ。……カトー総長達の動きを隠蔽し、黒水襲撃を成功させた陰の立役者がいたはずだ。


 すっかりイカれてしまったカトー総長じゃ、これほどの襲撃は成功させられない。……彼は誰かの操り人形になってしまっている。


 彼自身は自分の意志で動いていると思っているだろうが――。


『誰なんですか。一体誰が、こんな……』


「……宗像特佐長官かもしれない」


 証拠はない。


 今のところは証拠がない。


 ただ、証拠(それ)は今後見つかるだろう。


『特佐長官がこんな事件の手引きしたら、さすがに免職されるでしょ……!?』


「そんなものじゃ済まないよ。宗像長官もそれはわかっていたはずだ。だからここまでの事はしないと予想していたんだけど……実際に襲撃されてしまった」


 宗像長官まで自暴自棄になってしまったのか?


 いや、あの人がそんな簡単に自暴自棄になるか?


 ここまでの事をやっても「勝てる」という確信があるんじゃないのか?


 あの人には何が見えているんだ……?


「ともかく、これで終わりとは思えない」


 宗像長官が動いているとしたら、黒水襲撃で事件が終わるとは思えない。


 ひょっとしたら、エデンを囮に裏で動いているのかもしれない。……巽とも連絡が取れないから、彼にも何かあったのだろう。


 襲撃に巻き込まれた黒水住民の救助は警備隊の皆のおかげで進んでいる。けど、まだ全員を救えたわけではない。


「私が思っていた以上に、『待った無し』の状況なのかもしれない。事態を収めるために協力してくれ、フェルグス君」


 巽との連絡も取れない以上、少しでも信頼できる戦力が欲しい。


 交国軍内にも、こちらの敵が多数いるはずだ。


 フェルグス君は信用できる。


 本人はまだ、私に全面的に協力するか迷っている様子だけど――。


「キミが私を信用しきれないのはわかる。それが正常な判断だろう」


『…………』


「余裕があればキミにはしっかり考えたうえで協力してほしかったが……敵がこんな無茶をしてきた以上、私も手段を選んでいられないんだ」


 フェルグス君を見据え、切り札を使う事にする。


 レンズさん相手に使った切り札を――。


「7年前、私はネウロンで――」




■title:港湾都市<黒水>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「7年前、私はネウロンで――」


『――――』


 身体が総毛立つ。


 遠く。


 遠くに魂が観える。


 それが、こちらを見ているような気がして――。




■title:港湾都市<黒水>にて

■from:狙撃手


 良い位置だ。


 スアルタウ。そのまま黒水守(そいつ)の注意を引いていろ。




■title:港湾都市<黒水>にて

■from:黒水守・石守睦月


『黒水守!!』


「――――!」


 フェルグス君が焦った様子で私に飛びついてきた。


 けど、一瞬遅かった。


 フェルグス君の警告に従い、私の方でも神器を使った防御を行った。


 けど、一瞬遅かった。


「――――」


 背中の肉を弾丸がえぐる感触がした。





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