小さなひび
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:兄が大好きなスアルタウ
機兵を格納庫に戻してから、自分の身体に戻る。
機兵の大きな身体でいっぱい動いたから、小さくて弱っちい自分の身体に戻ると少しだけ違和感を感じた。
心も、違和感がある。
ソワソワする。
今日は……今日はちゃんと、勝てたから。
ムズムズして、気持ちがソワソワしてる!
「アル君、お疲れ様。よく頑張ったね……!」
「ヴィオラ姉ちゃん」
医務室にいたヴィオラ姉ちゃんがボクの頭を撫でてくれた。
ちょっぴり涙目に見えるけど、これは悲しい涙じゃないよね?
笑ってくれてるし、褒めながらギュッと抱きしめてくれてるし。
褒められて嬉しいけど恥ずかしいなぁ……と思っていると、ドカドカと走ってきた人が医務室の扉を勢いよく開け、飛び込んできた。
「アル! アルっ!! よく勝った!! お前が勝ったんだぞ!? レンズ相手に!! これはメチャクチャ凄いことなんだからな!?」
「わっ!?」
「ひゃっ!?」
やってきたのはラートさんだった。
興奮した様子でヴィオラ姉ちゃんごとボクをギューッ! と抱きしめてきた。
ヴィオラ姉ちゃんが「アル君に乱暴しないでくださいよぅ」と言いながらラートさんを押しのけてくれた。ラートさん、興奮しすぎてちょっと力強かった。
勢いよくギュッとするのはやめてくれたけど、ラートさんは絶え間なくボクのことを褒めてくれた。
「ら、ラートさん……。帰りの機兵の中でも、いっぱい褒められたから……もうそろそろ、いいですよぅ……」
「いやいや! 俺はまだ褒めたりねえからな!? 機兵越しにいっぱい褒めたが、生身のお前は十分に褒めてねえ! 今日1日たくさん褒めるぞ!!」
「ひゃああ……!」
いつも以上に元気なラートさんに気圧される。
褒められるの慣れてないから、顔真っ赤になっちゃう。
身振り手振りも交え、いっぱい褒めてくるラートさんがちょっとうるさいので、ヴィオラ姉ちゃんが止めてくれた。
ラートさんのほっぺたを引っ張って、「も~っ! フェルグス君がまだ体調崩してるんですから、少しは控えてください」と言ってくれた。
そうだ、にいちゃん。
……にいちゃんにも、褒めてほしい。
そう思うの、よ……欲張りかなっ?
「にいちゃ……」
にいちゃんの方を見たけど、にいちゃんの顔はよく見えなかった。
毛布を被ってる。……風邪で身体つらいのかな……?
心配でモヤモヤしてると、ロッカ君とグローニャちゃんも医務室に戻ってきた。2人もボクのことを褒めてくれた。
「アル、お前すげーよ!」
「アルちゃん、すご~いっ!」
「お前のおかげで、オレ達も機兵に乗れるかも……」
そっか。そうなのかも。
星屑隊の機兵は4機あるし、4人全員で出撃できるかも。
模擬戦だとラートさんがいてくれなきゃ、ダメになってた。ラートさんだけでも心強かったのに、皆も一緒ならもう負ける気しない……かも?
そ、それはちょっと調子に乗りすぎかなっ……?
でも、心強いよ。
「えへへ……。にいちゃんみたいに、カッコよくは勝てなかったけど……」
「いや、お前はフェルグスでも出来ねえことをやってのけたんだよ」
ロッカ君が笑顔で頭を撫でてくれた。
グローニャも「むふむふ」と言いながら「ほめちゃう!」と頭を撫でてくれた。
「お前、いつの間にかあんな強くなってたんだな……」
「ぜんぜん強くないよ。勝てたのは、ラートさん達のおかげだよ」
ラートさんの大きな手に手を伸ばし、指をギュッと握る。
ラートさんも笑顔を浮かべ、握り返してくれた。
「アルの頑張りのおかげだよ。俺はエラそうに指図してただけさ」
「そんなことないですよ」
照れ笑いを浮かべるラートさんの背中を、ヴィオラ姉ちゃんが叩いた。
「アル君もたくさん頑張りました。でも、ラートさんが事前に準備をして、作戦を練って……親身になってくれたから勝てたんです」
ヴィオラ姉ちゃんは満面の笑みを浮かべ、「2人共、カッコ良かったですよ」と褒めてくれた。
その褒め言葉が嬉しくって、ラートさんと一緒にニヤけちゃった。
「そ、それ言うならヴィオラだって! お前がヤドリギを作ってくれたり、機兵のシステムを調整してくれなきゃ勝てなかったよ」
「とにかく、皆のおかげだよっ! 皆で勝ったのっ!」
皆が笑ってくれてる。とても嬉しい。
本当の戦いじゃなくても、すごく怖かった。
怖くて大変だったけど、だからこそ勝利が嬉しい。
「にいちゃんのおかげでもあるよ。にいちゃんが機兵で色々できるってことを見せてくれたから、ボクも……にいちゃんほどじゃないけど、がんばれたもん」
「おおっ! そうだな! 言われてるぞ、もう1人の功労者!」
笑顔のラートさんが毛布にくるまってるにいちゃんを揺すった。
アルのこと褒めてやれよー、と言い、ヴィオラ姉ちゃんに「病人相手に何してるんですか~……!」と怒られてる。
プリプリと怒ったヴィオラ姉ちゃんがラートさんを壁際まで追い詰め、ラートさんがタジタジになってる中――毛布の中からにいちゃんが出てきた。
身体、まだつらそう。
元気ない。
「に……にいちゃん。にいちゃんのおかげで勝てたよっ! 見ててくれた!?」
「あ、うん……」
にいちゃんはまだ頭がボーっとするのか、視線を泳がせてる。
やっぱり元気ないみたいで、小声で「よくやった」と言ってくれた。
「……ちょっと頭痛いから、寝させてくれ」
「あ、うん」
にいちゃん、大丈夫かな。
模擬戦は勝てたけど、それでにいちゃんの身体が元気になるわけじゃない。
ぐっすり眠れるようにしてあげなきゃ――と思っていると、星屑隊の副長さんがやってきてラートさんに声をかけてきた。
「おい、ラート。お前らが勝ったんだから、今後のことを打ち合わせしなきゃいけないだろうが。それやらずに遊んでんじゃねえぞ~?」
「あっ……! す、スンマセンっ! 副長! 直ぐ行きます」
「ヴァイオレットも来てくれ。多分、かなり前向きな話が出来ると思う」
「はいっ! ありがとうございますっ……!」
ラートさんとヴィオラ姉ちゃんは副長さんに連れられ、医務室を出ていった。
ボクらは医務室でお留守番。
待ってる間も、ロッカ君とグローニャちゃんがいっぱい褒めてくれた。
「つーか、お前も寝とけ。身体を休めとけ」
「身体は疲れてないけど……。キツいクスリも使ってないし……」
「けど、さすがに気疲れしただろ」
そうかな? いや、そうなのかも。
ラートさんみたいに興奮してたから、疲れもどこかに吹き飛んでた。
けど、落ち着いてくると疲れがジワジワと湧いてきた気がする。
これも訓練したら大丈夫になるのかな?
……これからも、いっぱい機兵に憑依できるんだよね?
ラートさんと、一緒に戦えるんだよね?
その事を考えると、嬉しくてまたニヤけちゃった。
勝てて良かった。本当に。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
副長さんに連れられ、隊長さん達のとこに向かう途中に気づいた。
ラートさんの軍服が血で汚れていることに。
「ちょっ……! ら、ラートさん、かがんでください」
「んっ? どうした?」
「後ろの方、見せてください!」
大きなラートさんにかがんでもらい、後頭部を見せてもらう。
傷を負ってる。パッと見は軽傷に見えるけど、頭はさすがに危ない。
どこかで打ち付けたように見えるけど――。
「これひょっとして、さっきアル君が機兵を四足歩行で走らせた時に――」
「あ~。そういや頭打ったかもしれねえ。忘れてたわ」
ラートさんは深刻さのまるでない呑気な声を出し、笑っている。
医務室に戻って先生に見てもらいましょう――と言うと、副長さんも同意してくれた。ラートさんは嫌そうな顔を浮かべてるけど。
「いま医務室はカンベンしてくれ~……」
「何言ってやがる、アホラート。痛覚ねえからって頭部の怪我を甘く見るな」
「や、でも、医務室にはアル達がいるでしょ? せっかく勝利を喜んでるのに、俺の怪我なんか見せたら水を差しかねない」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ……!」
屈んだまま立ち上がらないラートさんの腕を引き、何とか立たせようとする。
重い。やっぱり大柄だから、私の力じゃ持ち上げれない~……!
注射を嫌がるワンコのように「医務室はイヤだ~」と言うラートさんに対し、副長さんは大きなため息をついた。
「仕方ねえ……。先生をテキトーな部屋に呼んでやる」
「やった!」
「やった、じゃねえよボケ」
副長さんはラートさんの前で自分の手をベシベシと叩いて威圧し、医務室に走っていき、キャスター先生を連れてきてくれた。
4人で会議室に入り、診察してもらう。
大したことなければいいんだけど……。
「まあ、大丈夫だろ。オレ達、身体は頑丈だからさ」
「でも限度はあるんですよね? 痛みを感じないとしても……」
「ああ。過信できるほど丈夫じゃない」
副長さんは椅子に座りつつ、「オークは無敵の生物じゃない」と言った。
「ある意味、他の種族より脆いぐらいだ。痛覚ねえって事は、身体の異常を知るセンサーが1つ死んでるって事だからな」
怪我に無頓着になって、コロっと死ぬ事もある。
内臓の痛みすら無くなるから、腹痛で無理して死ぬ事さえある。
味覚や痛覚が無い。他種族の女性に頼らないと子孫を残す事ができない。……兵士として優秀かもだけど、生物としては欠陥を抱えているように見える。
いや、欠陥というか、異常というか――。
「でも、兵器を使う上層部の人間にとっては、都合のいいことが多いのさ。『交国のオーク』って種族は」
「…………」
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:狂犬・フェルグス
勝った。
アルが勝った。
……勝っちまった。
勝ったことは、とても良いことのはずだ。
そのはずなのに――。
「…………」
なぜか、全然、嬉しくなかった。
胸にポッカリ穴が空いたような、気だるい感覚が全身を支配している。
ホントに……アルが勝ったのか? ウソみたいだ。
アルは……いつもオレ様の後ろで縮こまってたはずだ。
オレが守ってやってたのに、それなのに……オレ抜きで……。
「みぃん」
「…………」
マーリンがフワフワ飛びながらやってきた。
いつも通りデブだけど、いつも通り可愛いマーリン。
それを抱っこする気力すら湧いてこない。
なんだ、これ。




