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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第5.0章:その正義に、大義はあるのか
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裏切り者と裏切り者



■title:港湾都市<黒水>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「キミ、彼の弱みでも握っていたのかい?」


 見透かすような黒水守の視線を受け止めつつ、言葉を絞り出す。


「弱みなんて持ってませんよ。バフォメットは……話せば、わかってくれました。話して、この場は逃げてもらっただけです」


 弱みなんて持ってない。


 けど、それに近い切り札は持っていた。


『バフォメット、聞いてくれ! 僕はアンタの契約者の居場所を知っている!』


 バフォメットと戦いつつ、僕はそう告げた。


 彼は自分を起こそうとした「ステー・ブレナン」の妻子を探していた。ステー・ブレナンの最期の願いを叶えるために探していた。


 その探している妻子のうち、奥さんの方はおそらくもう亡くなっている。


 けど、子供の方は黒水にいる。レオナールが「ステー・ブレナンの子供」なんだ。その情報をバフォメットにも共有すると、彼は食いついてくれた。


『黒水で戦闘を続ければ、アンタの現契約者も巻き込まれて死ぬ可能性がある! 彼を守るためにも総長を止める手助けをしてくれ!』


『私との交戦を避けるため、適当なことを言っているのではないか?』


『アンタが探していたステー・ブレナンの子供は、レオナール・ブレナン! 今は黒水守の屋敷で働いている! 彼はゲットーで母親も亡くしながら、それでも交国で真面目に働いているんだ……! 彼の生活を壊さないでくれ!』


 レオナールのために、ここは協力してくれ。


 僕はそう訴えた。バフォメットを説得しているうちに、黒水守と総長の戦闘も一段落したようだった。……総長が負けたようだった。


『総長を止める手伝いをしてくれ。頼む』


『向こうの決着はついている。手伝うまでもないだろう』


 けど、バフォメットは僕の言葉を信じてくれた。


 信じて矛を収めてくれた。


『この場は、お前を信じて退く。しかし、後でそのレオナール・ブレナンの無事を確かめさせろ。本当に私の現契約者か否かは、私でなければ判断できん』


 そう言い、バフォメットは撤退してくれた。


 指揮下に置いているタルタリカも連れ、退いてくれた。


「バフォメットとは、まだ交渉可能です」


 彼は冷静に話し合いに応じてくれた。平和的に解決できると思います。


 黒水守にそう伝える。


 レオナールがバフォメットの現契約者で、バフォメットは契約者の言葉に逆らえない――という推測に関しては伏せておく。


「ここまでの被害を出しておいて、今更……平和的に解決できるなんて言うのは虫の良い話だと思います。けど、それでも……」


「話し合いをして、妥協点を見つけていこう」


 黒水守は「どこかで折り合いをつけなきゃいけないんだ」と言った。


 殺し合いを続けていく場合、お互いに仲間や親類縁者を根絶やしにするまで戦いが続く可能性すらある。それは不毛だ、と言ってくれた。


 そして僕の肩を叩き、「今回の襲撃に関し、キミが責任を感じる必要はない」「カトー総長が暴走しただけだ」と言った。


「ただ、バフォメットが撤退した理由に関しては、いずれ話してほしいな」


「…………」


 戦闘は一段落したものの、問題は山積みだ。


 総長が王女様を殺した。


 あの仮面をつけた(・・・・・・)狙撃手(・・・)の正体が、総長だったって事か……?


 偽者まで用意していた以上、計画的な犯行だったんだろう。


 おそらく犬塚特佐達が決起集会を襲撃したのは、総長にとって計画通りだったんだろう。どさくさに紛れて王女様を殺し、用意していた退路で逃走するつもりだったんだろう。


 その後、あらかじめ用意していた偽王女を擁立し、エデンにとって有利な発言をさせる。衝動的に出来る事じゃない。計画的な犯行だ。


 偽王女を擁立したら、マーレハイト亡命政府がいぶかしんで割り込んでくるかもしれない。けど、その亡命政府はプレーローマに襲撃されていた。


 総長は……プレーローマが亡命政府を襲撃するのがいつかわかっていたから、あそこで仕掛けたのかもしれない。


「…………」


 犬塚特佐を殺す機会も総長にはあった。動機まであった。


 よく考えればわかる事だったのに、僕は……総長を……。


「……総長は、今後、どうなるんですか?」


「さすがにカトー総長は、交国で裁かざるを得ない」


「…………」


「ただ、彼が特佐時代に犯したとされていた『玉帝暗殺未遂』と『ゲットーの反乱扇動』に関しては冤罪だ。それは誤りだった事は交国政府に認めさせるけど……黒水襲撃に関しては庇いきれない」


 黒水守は淡々と「法の裁きを受けてもらう」と言った。


 その表情は、疲労がうっすらと浮かんでいるように見えた。


 総長は……黒水(ここ)でやっちゃいけない事をした。黒水以外でも罪を犯していた。エデンの総長らしからぬ行動をしていた。


 その罪からは、もう、逃れられないのだろう。


 総長に対し、落胆の感情がわき上がってくる。けど、それ以上に「何でそこまでやってしまったんですか」という感情が湧き上がってきた。


 自暴自棄になっていたんだろうか?


 かつての僕みたいに自暴自棄になって、それで――。


「――黒水守」


「うん。フェルグス君、危ないから操縦席に戻りなさい」


「いえ、流体甲冑を使います」


 怪しい魂の群れが、こちらに近づいてくる。


 それを黒水守に警告し、流体甲冑を纏って黒水守を庇える位置に立つ。


 近づいてきた魂は、やはり味方ではなかった。


 こちらを攻撃するな、と言いつつ車で近づいてきた。


『あなた達は……』


 黒水興産の課長さんと一緒にいた人達だ。


 総長の指示に従って、黒水襲撃に協力していた人達だ。


 課長さんの姿はないけど、課長さんと一緒にいた人達が銃を構えながら下りて来た。そして、僕を見て舌打ちした。


「おい、何でエデンのお前がそっち側にいる」


「裏切ったんだな……! 黒水守に、魂を売ったんだな!?」


『冷静になって! これ以上、罪を重ねないでください!』


 あの人達はまだ、戦うつもりのようだ。


 銃を構えたまま、「カトー総長を解放しろ!」と叫んでいる。


 その言葉を聞きつつ、黒水守がゆっくりと前に出て行った。


「見知った顔が多いね。<箭儀理>や<多沼>……そして<ゲットー>から黒水に移住してくれた子達が多いね」


 黒水守は挨拶でもするような気軽さで、「銃なんか持たないでくれ」と言った。


「そういう事をされると、私も対応せざるを得なくなる」


「こちらの話を聞いてなかったのか? カトー総長を解放しろ!!」


「話し合おうよ。私に黒水襲撃犯であるカトー総長を解放する利点はあるのかな? まさか、交渉材料も無しにやってきたんじゃ――」


 黒水守に向け、弾丸が飛んだ。


 けど、水の大蛇が「ぬるり」と動いた。


 瓦礫を体内に取り込んで移動させ、それで弾丸を止めた。


「貴様の、そういうところが……! 何もかも悟ったようなツラが!! 上から目線が気に入らなかった!! ずっと!! 気に入らなかった!!」


「そっか……。ごめんね」


「俺達は交国に奪われた! 家族を! 友人を! 恋人を! 故郷を!!」


「それなのに貴様は『復讐に走っても何も生まれない』と悟ったようなことを言って……! 私達の想いを軽んじた! 綺麗事を吐きながら、玉帝に媚びを売ってばかりで……! 我々の想いを踏みにじった!!」


「…………」


「アンタも、俺達と同じ余所者だろ!? 俺達は……アンタこそが玉帝を打倒して、新たな王になってくれると信じていたのに……!! 俺達を裏切って、玉帝側について……皆を、都合の良い駒として使いやがって!!」


「キミ達の考えに賛同はできないけど、キミ達が復讐心(いかり)を抱く理由はわかる。けど、それでも……それを乗り越えてくれると信じたかった」


 黒水守はそう言った後、直ぐに小声になった。


 信じたかったじゃなくて、自分の願望を押しつけた――と呟いた。


「私の押しつけだけど、キミ達にも『過去』ではなく『未来』を大事にして欲しかった。……残念だよ」


「残念なのはこっちですよ、黒水守」


 そう言い、車から下りてきたのはレオナールだった。


 石守家の使用人として働いていた彼が、黒水守を睨みながら車から下りてきた。


『レオナール……。なんで、キミが……』


 驚き、声をかけるとレオナールは半笑いで「驚くほどのことじゃないだろ?」と言ってきた。


「ボクも、黒水守が見捨てたゲットーの生き残りなんだ」


「――――」


「そして、ネウロンの生き残りでもある。交国の所為で、ボクの人生はメチャクチャになった。交国も……交国に媚びる黒水守も、ボクの敵だ!」


 黒水守は自分の屋敷の使用人(レオナール)が敵に回ったのに驚きもせず、静かに立ち続けている。静かに見つめ続けている。


「ボクのことよりキミの選択の方が驚きだよ。アーロイ」


 レオナールは僕に対しても、黒水守に向けるのと同じ視線を向けてきた。


「エデンの戦士のくせに、何で黒水守側に立っているんだい?」


『それは……』


「そいつは玉帝の犬なんだぞ!? あの暴君に媚びて、甘い汁をすすっているだけの寄生虫なんだぞっ!?」


『違う! この人は……!』


 レオナール達は、知らないんだ。


 黒水守は玉帝に媚びているわけじゃない。玉帝を掌握している。


 交国を変えようとしているのに、自分達の敵だと思っている。


「キミだって、交国に奪われたんだろう!? 交国の所為で故郷で暮らせなくなって、苦しめられてきたネウロン人の1人だろ!?」


『それは……そうだけどっ……。でもっ……!』


 交国を滅ぼしてしまえば、被害は交国だけに留まらない。


 交国があまりにも強大すぎるから、交国を滅ぼしてしまった場合、その影響は全人類に波及する。人類の敵(プレーローマ)が得するだけだ。


 もっと大きな不幸が生まれるだけだ。


『黒水守がいなかったら、誰がキミ達を助けたんだ!? 誰が黒水で異世界人や流民を助けてくれたんだ!? この人は玉帝に媚びているわけじゃない! 逆――』


 玉帝を掌握している件を話そうとしたが、黒水守が手で遮ってきた。


 横目で僕を見つつ、「それは言うな」と言いたげに遮ってきた。


 僕らがそんなやりとりをしたのなんて眼中にないのか、レオナールは怒り狂い続けている。……屋敷で働いている時は見たことない表情をしている。


「ボクだって黒水守を信じたかったさ! 交国にとって余所者の黒水守が、復讐者(ボク)らの王になってくれると思っていた!! ボクらの代わりに、交国に復讐してくれるって願っていた!!」


「『…………』」


「けど、そいつは!! ボクらの願いを踏みにじった!! ボクらの祈りを聞き届けなかった!!」


『それは……キミ達の願いが、あまりにも非現実的だったからだろっ……』


 僕がそう言うと、怒声と共に弾丸が飛んできた。


 黒水守が操る水の大蛇が攻撃を防いでくれた。


 こっちの言葉は何も届いていない。……レオナール達は復讐に囚われている。冷静な話し合いなんて出来る状態じゃない。


「黒水守はボクらを裏切った!! ボクらを『守る』って甘い顔を見せておきながら、交国人にも良い顔しているコウモリ野郎だ!!」


『…………』


「過去より未来を大事にしろ? ふざけんな!! それは交国に……強者に都合がいい話じゃないか!!」


「…………」


「悪いのは交国なのに、交国の罪を忘れろって言うのか!? それとも、ゲットーを見捨てた黒水守(じぶん)を許してほしいって言うのか!?」


 レオナールは吠えるように叫んだ。


 彼の顔には、色んな感情が入り交じっていた。


 怒りと悲しみの色が濃かったけど……それ以外の感情も垣間見える顔だった。





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