復讐のモチベーション
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:黒水守・石守睦月
「俺の父さんを殺したのは、父さん自身だよ」
『違う! オレが…………オレがっ、カトーのオッサンを――』
「確かに父さんの件でキミを『憎い』と思った事はある。けど、昔の話だ」
エデンから逃げた後も、キミやエデンに対する怒りはあった。
ただ……それだけではなかった。
「父さんはキミに対する復讐を望んでいなかった。俺が父さんの想いを受け止めるのに時間はかかったけど……時間は十分あった」
俺はフェルグス君ほど理性的ではなかった。
ただ、幸い、彼に弟君がいたように、俺には父さんがいた。
「俺はもう、父さんの顔すら覚えてない。……けど、父さんがいた事は覚えている。あの人が本当に言いたかった事も理解してるつもりだ」
俺達に本当に必要なものは争う手を止め、握手をする事なんだ。
父さんもそれを望んでいたはずだ。……人類同士の争いなんて、あの人は望んでいなかったのだから。
「父親の顔すら忘れた俺が、憎しみなんてものを覚えていられるわけないだろ」
『ありえない。薄情にもほどがあるだろ!?』
「そうだね。その通りだね。でも、俺にとって復讐なんてどうでもいいんだよ」
キミは優しい。情が厚い。俺と違って薄情じゃない。
だからこそ、手のひらからこぼれおちていったものも大事にしているんだろう。
足下に転がっているものを拾いもしない俺と違って。
俺はキミのようになれなかった。……そこまでなりたかったわけじゃないけどね。いまの自分で満足しているから。
「俺は薄情な男だ。けど、父さんならきっと……許してくれるよ」
苦笑しそうだけど、喜んでくれると思う。
顔はもう覚えていなくても、父さんがどういう人だったかは覚えている。
けど、陽一君は――カトー総長は「ふざけるな!」と叫んだ。
『お前に加藤黒の何がわかる!! エデンの英雄だったあの人の志を継ぎもせず、エデンから逃げたくせに!!』
「……キミよりわかっているつもりだよ」
さすがに、それは自信を持って言える。
それに関しては、さすがに譲れないな。
俺達よりずっと父さんの事を理解している人はいるかもしれない。……けど、さすがに、キミより俺の方が父さんを理解していると思うよ。
「カトー総長……。俺は個人的な復讐に熱中するほど暇じゃないんだ」
プレーローマは倒すべきだと思う。
だから、争うのが面倒でも義務感で彼らと戦う。家族や仲間、守るべき人々のために戦い続ける覚悟は持っている。
けど、復讐には熱中できないな。
過剰に復讐にのめり込むより、もっと楽しいことをしていたいよ。
「復讐に身を焦がす暇があるなら、俺は温かいお茶を飲みながら娘の話に耳を傾けたい。妻と一緒に月を見ながら未来を語りたい。もっと楽しいことをしたい」
どす黒い陰謀や、赤さびた復讐に時間をかけるのはつまらない。
友人達と娯楽に興じたり、家族と穏やかな時間を過ごす方がずっと楽しい。皆と心地の良い時間を過ごせば、もっと仕事を頑張れるからね。
いまの世界を変えるとか、それも結構つらいよ。正直、「誰かやっておいて!」と叫びたい。けど人任せにしていたら俺達の幸福が脅かされる以上、やらざるを得ないんだ。面倒でも仕事はしなきゃだろ?
「俺は、キミと争うことに何の価値も見いだせない」
『――――』
「あぁ、ごめん、こういうこと言うと煽ってると思うよね。けど、これが俺の素直な気持ちなんだ。キミの親と故郷を奪い、さらには姪を守れなかったことは申し訳なく思う。けど……俺達が争ったところで、そこまで意味があるのか?」
『お前……お前ッ……!! オレを愚弄するのか!? オレの、オレ達の復讐を……お前如きの価値観で貶めるな!!』
「ごめんね」
けど、本当に復讐って疲れるだろ。
24時間、怒りの感情と同居するのは疲れるだろ。
怒りを活力にできる人もいるだろうけど、俺は疲れるんだよ。
楽しくて笑っていると元気が出てくるよ。
怒っていても、元気が出ていくだけじゃないか……。
「……キミには本当に悪い事をしたと思っている。キミを、そんな風にしてしまったのは……俺の所為だという自覚はある」
『お前の所為で、オレの家族は……!!』
「でも……黒水の皆を巻き込んでくれるなよ。カトー総長」
彼らは関係ないだろ。
俺とキミの関係に、無関係な人を巻き込むなよ。
それが本当にエデンのやることか……?
「キミがここ最近やった事に関して怒りは抱くけど、復讐心までは持てないよ。昔はそんな気持ちも抱いたけど、もう、どうでもいいんだ」
『ふざ……! ふざけるなぁ!! オレは、お前の父親を殺したんだぞ!!』
「だから、そこがそもそも違うと言ってるだろ?」
父さんは自殺したんだ。
俺達を守るために自殺したんだ。
俺達のために、自分で……。
「父さんに孫の……桃華の顔を見せてあげられなかったのは残念だけどね。父さんは孫が元気にしているだけで、喜んでくれるんじゃないかなぁ……」
嫌な方向に転がりかけた思考を、楽しいことを考えて修正する。
怒るのは苦痛だ。
楽しいことだけ考えていたいよ。
プレーローマを倒して、この多次元世界が少しでもマシになれば……もっと長く楽しい事を考えられるはずだ。それはとてもとても素晴らしい事だ。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:復讐者・カトー
「ふざけるな」
なんでそんなに、あっさり手放せる。
大事なものだろ。復讐心は。
「お前は、人間じゃない」
人の形をしたバケモノだ。
大事な人すら大切にできない異常者だ。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:黒水守・石守睦月
「人間らしいキミがそう言うなら、そうなのかもしれないねぇ」
人間らしく感情に振り回されるキミの方が、正しいのかもしれないね。
だからといって、同じになろうとは思わない。
でも、これでも、若い時はもうちょっと憎んでいたんだよ。
多分……そうだったはずだ。もうちょっと復讐心がくすぶっていたはずだ。キミが加藤の名を使っていた事も、怒っていたはずだ。
けど、もうどうでもいい。
ウチの父さんの遺志を継いでいるんだね。ありがとね。薄情な俺の代わりに、父さんの事を大事にしてくれてありがとう――と思う程度だ。
本当は継げていないとしても、呆れる程度だよ。
「ただ……キミが復讐に囚われる気持ちは、わかるよ。わかるつもりだ」
キミには俺にとっての父さんがいなかった。
キミにはフェルグス君にとってのスアルタウ君がいなかった。
復讐心という薪だけがあった。それも……古い薪ではない。キミの姪が亡くなったのは遠い昔じゃない。ごく最近のことだ。
例えば、素子や桃華が誰かに殺された場合……薄情な俺でも正気じゃいられないよ。キミほどじゃないにしても、復讐に囚われる可能性はある。
だから俺が何を言ったところで、安全地帯から好き勝手言っているようにしか聞こえないだろう。いや、実際そうなんだ。
「けど……俺達は本当に争うべきなのかな? 人類同士で争う元気があるなら、その元気を対プレーローマに使った方が効率的じゃないかなぁ……?」
『黙れ! 黙れッ! 黙れ黙れ黙れッ!!』
海中の白瑛が必死に動いているけど、もう独力じゃ拘束から抜け出せない。
神器で海水を操り、さらに押さえつける。
もう白瑛も片手間で拘束できる。流体装甲の解体も進んでいる。水が邪魔で装甲の再生成も捗らないだろう。
白瑛を無力化できている間に、バフォメットの対処に動かないといけないと思っていたけど……その必要はなくなった。
「無駄な抵抗はやめてくれ、カトー総長」
手元の通信機のスピーカーの音量を大きくしつつ、会話を続ける。
傍にボロボロの機兵が降り立ったのを横目で見つつ、会話を続ける。
「ところで聞かせてくれないか? キミ達だけで交国本土を……黒水をここまで派手に襲撃することなんて出来なかったはずだ。誰に手引きされたんだい?」
エデンが何かしらの行動を起こすことは予想していた。
けど、さすがにここまでやるのは予想外だった。
ここまで……一般人を巻き込むなんて思わなかった。
仮に思い立ったとしても、エデンだけの力では出来ないことだ。
「交国の誰かが、キミ達を手引きしたんじゃないのかな?」
『…………』
「答えたくないか。じゃあ、質問を変えよう」
先程、キミがキチンと答えてくれなかった質問だ。
「キミは交国を滅ぼしたいんだろう? けど、交国が滅べば人類全体が不利益を被ることは理解しているのかい? 人類同士の争いはプレーローマの思うつぼだよ」
『うるさいッ! オレにはオレの考えがあるんだ!!』
「じゃあ、それを披露してくれよ……。キミの思い描く計画が勝率高いなら、俺だって協力するよ?」
『じゃあ死ね!! お前は交国と一緒に死ね!! 虐殺者!! 偽善者!!』
「はいはい、要するにろくな計画がないんだね」
エデンがプレーローマと手を組んでいたとしても、本当に後先考えなかった結果なんだろう。目先の力を欲した結果なんだろう。
本当にガッカリだよ――と思いつつ、言葉を続ける。
「キミが交国や私を憎むのはわかるよ。当然の感情だと思う。でも……だからといって、ネウロンにいた犬塚特佐を殺すのはヒドくない?」
『犬塚銀は死んで当然の男だ!!』
「メリヤス王家のメラ王女は? 彼女、射殺する必要あったかな?」
『あの女はマーレハイトの尖兵だ! 姉さんを……! オレの大事な仲間達を、プレーローマと組んで騙し討ちしたクズ共の尖兵だ! 死んで当然だったんだ!!』
「マーレハイト亡命政府だって、プレーローマ絡みでは被害者だろ」
カトー総長は、ここまでダメになっていたのか。
感情ばかりが先走り、理性が追いつけなくなっているのか。
軽く挑発するだけで、こんな誘導尋問にも引っかかるとは……。
「メラ王女を射殺したのは、カトー総長みたいだよ?」
『それの何が悪――――』
「なに、言っているんですか……総長……」
『――――』
ボロボロの機兵から下り、俺の隣にやってきたフェルグス君が言葉を発した。
カトー総長も、自分が失言した事に気づいたらしい。
通信の向こう側で絶句している。
「お……王女様を殺したの、総長……だったんですか……?」
「残念ながら、そのようだね」
カトー総長が弁明を始める前に、通信を切る。
フェルグス君はカトー総長の言葉は信じるだろう。肯定するか否かはともかく、私の言葉よりカトー総長の言葉の方を信じるだろう。
「嫌な言い方をすると、交国はメラ王女を殺害しても大して得をしない。マーレハイト亡命政府は彼女に無理矢理子供を作らせて、王家の血筋を確保してるからね」
「…………」
「だから王女を殺害したところで、その子供が新たな『ネウロン解放の大義名分』として利用されてしまう」
海の中で白瑛が暴れ続けている。
こちらとの通信が途切れ、「お気に入り」のフェルグス君が私にあることないこと吹き込まれそうで怖いんだろうね。
心配しなくても9割以上、真実を伝える事になると思うよ。
あまりにも馬鹿げた真実だけど。
「そういう子供を使う手に対抗するためには、王女様を生きたまま確保した方がいい。犬塚特佐もそのつもりだったはずだ」
「…………」
「でも、実際には王女様は亡くなっている。……ってことでいいんだよね?」
レンズさんから得た情報の中に、王女の安否はなかった。
ただ、状況から察するに王女様はもう死んでいるだろう――と思っていた。頭に血が昇ったカトー総長は簡単に吐いてくれた。
一応、フェルグス君の反応も窺う。呆然とした様子で黙っている。……やはり、本当にメラ王女は殺されているようだ。
「……死んだはずなのに、ネウロンにはメラ王女がいる。今の彼女は偽者だよね? で……偽王女の発言を振り返っていくと、彼女の発言は逐一エデンに有利な話ばかりなんだよね」
今の「王女」はマーレハイト亡命政府の操り人形ではない。
エデンの――カトー総長の操り人形になっている。
「カトー総長が偽王女を用意した。そしてエデンに有利な話をさせている」
「…………」
「そのうえ……カトー総長が本物の王女を殺害したようだね。マーレハイトに都合よく使われていた王女を、味方であるはずの王女を、自分達の都合で殺した。殺した後も都合良く使っている」
王女は王女で被害者なのにね。
カトー総長は――お姉さん達の命を奪った――マーレハイトへの復讐のためにも王女様を殺したんだろう。
王女様はエデンが壊滅的な打撃を受けた件に関係がない。そもそも、マーレハイト亡命政府ですら、その件はエデンと同じ被害者なのにね。
「さっきの口ぶりだと、犬塚特佐を殺したのもカトー総長かな?」
残念だ。残念だけど、腑に落ちる話だ。
「犬塚特佐はゲットーで起きた事件の鎮圧に動いていた。玉帝の命令とはいえ、現地で蜂起勢力の掃討も行った。……エデンの生き残りも殺してしまった。カトー総長にとって、憎い仇の1人だったんだろう」
殺すだけの動機があった。
カトー総長だけが悪い話じゃない。
ゲットーの一件は交国にも多大な落ち度がある。
ただ、だからといって何をやってもいいわけじゃないはずだ。
「…………」
フェルグス君は青ざめ、口を押さえたまま黙っている。
自分達の長がメチャクチャやってるのを知って、ガッカリしちゃったかな? うんうん、わかるよー。私もカトー総長にはガッカリしている。
かつて憎しみを抱きながら憧れた英雄がここまで落ちぶれてしまったのか……とガッカリしている。
あくまでファン目線の私と違って、同じ組織に属し、さらには師弟関係まで結んでいたフェルグス君は私以上に驚愕しているんだろう。
カトー総長は、駄目だな。
エデンが存続したところで、もうカトー総長には任せられない。
そこまでの手打ちに持って行くのは、もう不可能だ。
黒水で一般人の虐殺までした組織を無罪放免にするのは難しい。
エデンと和解できたとしても組織自体は解体。どうしようもない罪を犯した人に関しては収監し、それ以外は監視下に置くと言い訳して保護するしかなさそうだ。
その辺は落ち着いたら考えるとして――。
「ところでフェルグス君、どうやってバフォメットを退けたんだい?」
フェルグス君が引き受けてくれたバフォメットが、黒水から消えている。
真白の魔神の使徒はカトー総長を置き、黒水から離脱していったようだ。
「キミ、彼の弱みでも握っていたのかい?」
 




