長官の妨害工作
■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて
■from:黒水警備隊・隊長の立浪巽
「おい、睦月。ちょっといいか?」
報告しておきたい話が来たから、睦月の書斎に行くと、睦月だけではなくレオナールもいた。2人で何か話していたらしい。
2人の話はちょうど終わったらしい。レオナールには外してもらったうえで睦月に報告しておく。
「面倒事発生だ。竜国の部隊が足止めを食らってる」
奥方様に許可もらい、実家から交国本土に派遣してもらっている途中の部隊が足止めされている。それも面倒な手で足止めされている。
交国と竜国は講和条約も結んでいるとはいえ、ほんの数年前までバチバチにやり合ってたから交国の奴ら刺激しないよう、表向きは「交換留学生」として若くて実力のある奴らを派遣してもらってたんだが――。
「交国軍に止められてるのかな?」
「それもある。けど、足止めしてきてるのは主に民衆だよ」
交換留学生の正体が「戦闘経験のある竜国の兵士」って事が、報道やSNSで騒がれている。
講和条約を結んだ相手とはいえ、数年前まで戦っていた相手が交国本土に乗り込んでこようとしている事に交国の奴らが過敏に反応しているらしい。
いや、過敏に反応するよう煽られているというべきか。
「保守派の嫌がらせというか、これは――」
「宗像長官が裏で糸を引いていそうだね」
「めんどくせえ……」
交国政府は竜国との戦争中、竜国を「人ならざるモノに支配された国」と報道させ、大衆の不安を煽っていた。
そうする事で交国の起こした戦争の正当性を主張していた。その時の影響が残っているから、竜国に嫌悪感を持つ交国人は少なくない。
そこを突かれた。
宗像の野郎が竜国の派遣部隊の存在に気づき、その事を報道させたんだろう。情報工作を行って大衆を動かしているんだろう。
「交国人共がウチの部隊の滞在先に押しかけて、取り囲んで大規模なデモをやってる。で、交国軍もそのデモの監視って名目で部隊を派遣し、ウチの部隊に聴取したり足止めしてきてんだよ」
こっちは玉帝を押さえることで交国の実権を握ったが、工作活動においては宗像の野郎の方がまだまだ上手。向こうは百戦錬磨の工作屋だ。
さっさと「対処」してやりたいんだが、警戒心の強い野郎だから中々にそれが出来ずにいる。宗像の野郎がアーロイ捕まえる名目でこっちの反応を探りに来た時点で、対決は不可避になった。
向こうは早速、仕掛けてきたようだが――。
「強行突破させるか? 奴らなら突破できる」
「それこそ宗像長官の思うつぼだ」
竜国から派遣されてきた部隊が無理に交国本土にやってきたら、交国国民の反竜国感情が高まってしまう。
こっちがいくら玉帝を押さえて交国政府を制御しようと、怒り狂った民衆までは制御しきれない。ましてや、工作屋の宗像につつき回されたら――。
「……こうなったら、彼らは『特使』という事にしよう」
「竜国の?」
「そう。交換留学生という名目で交国本土に呼んでいたけど、実は話し合いのために特使として呼んでいただけなんですよ――という話にしよう」
「うーん……アイツらだけだと、直ぐバレそうなんだが――」
「巽。キミを特使の代表にしよう」
睦月は俺に「足止めされている竜国の部隊を迎えに行ってくれ」と命じてきた。
「キミは竜国の王族だ。その正体を明かせば特使の代表にできる」
「えぇ~……。めんどくせえなぁ……」
俺の力を使えば、民衆と交国軍に囲まれている竜国の奴らとの合流も不可能じゃない。何食わぬ顔で包囲もデモも突破できる。
けど、俺が黒水から離れるのはな……。
「俺はお前の弱点である奥方様とお嬢の護衛だ。応援を呼んでくるためとはいえ、2人から離れるのは……」
「でも、竜国の人達の助けも必要なんだ。エデンを含む反交国勢力との対決を平和的に解決できない場合、キミ達にも手伝ってもらう事になる」
交国軍は今、そこまで余裕がない。
プレーローマがいつ攻めてきてもおかしくない状態で、交国国内も荒れ気味。おかげで交国本土の防衛も比較的手薄になっている。
その足りない戦力を竜国からの増援で補うつもりだったから、「特使達と話し合った結果、そのまま交国軍に協力してもらう事になったと発表しよう」と睦月は言ってきた。
平和的解決を望みながらも、戦闘への備えはしておきたいらしい。
妥当だとは思うが――。
「特使をテロリスト鎮圧に使うなんて、前代未聞だぞ」
「あれ? 手伝ってくれないのかい?」
「手伝うさ。そのためにも派遣してもらった部隊だし、俺も久しぶりに暴れたい。交国に潜入していた所為で、荒事から遠ざかっていたからな」
睦月に対して――いや、交国に対して「貸し」を作っておくのは悪くない。
俺の母国は交国の侵攻もはね除けてきたが、国家としては「小国」の部類だ。交国が竜国にやってきた事は腹が立つが、喧嘩し続けていても得はない。
貸し作って仲良くした方が、長い目で見れば得になる。
「けど、エデンに関してはアーロイと女の方のレンズに橋渡しを頼むんだろ?」
「また失敗する可能性もある」
穏便に問題を解決できるなら、それに越したことはない。
しかし、1つの可能性に全てを託すのは危うい。
「交渉決裂したら殺し合いだよって姿勢も見せておいた方がいいだでしょ。弱腰すぎると舐められる」
「まあな」
「特に、バフォメットと交国軍の相性は最悪だ。彼に勝てるほどの神器使いを動かせない今、彼との戦いになった時に備えてキミが自由に動ける状態を早めに作っておきたい」
「竜国の部隊を、俺の代わりの『護衛』として使うことで?」
俺がそう聞くと、睦月は頷いた。
そして笑って、「キミなら単騎でもエデンも解放軍も制圧できてしまうだろう?」と言ってきた。鼻を鳴らして「当たり前だ」と答えてやる。
向こうは犬塚特佐の<白瑛>を鹵獲したようだが、白瑛も無敵の機兵じゃない。弱点が存在する。俺なら白瑛相手でも完勝できる。
「こっちは『玉帝』という強力なカードがあるけど、彼女は万事を解決できる無敵のカードじゃない」
「今のうちに、手札は増やしておくべきか」
玉帝というカードを手に入れる事で、俺達は交国を牛耳ろうとしている。大勢は決しつつあるが、宗像の野郎みたいな曲者もいるからまだまだ油断はできない。
「宗像長官のような人に対抗するためにも、戦力を整えておきたい」
「あの野郎が第7艦隊を引き連れてきた時は、さすがにヒヤヒヤした。黒水の住民を虐殺するんじゃねえかと思って……」
「さすがの宗像長官でも、そこまではしないよ。そんな事をしたら……虐殺を口実に長官職から解任できるしね」
「口実なくても解任してほしいんだが――」
「こっちに玉帝がいるとはいえ、彼ほどの要職についている人間をいきなり解任するのはマズい。国を割らないためにも、俺達は穏便に交国を掌握しなきゃいけないんだ。これも1つの戦いだよ」
「めんどくせぇなぁ~……!」
プレーローマはもう、いつ動いてもおかしくない。
交国が荒れ、揺らいでいたらその隙を一気について来かねない。
だからこそ、不安材料は――反交国勢力は早く黙らせておきたい。解放軍を吸収し、テロリストの中でも屈指の戦闘能力を持ったエデンは特に黙らせておきたい。
「交国が滅びたら、ドミノ倒しで他の人類国家も滅びかねない」
「わかってる。けど、俺が黒水を離れるのは……」
今、黒水にいる荒事担当者は俺と睦月だけだ。
真実を知っている同志の中で、荒事担当の奴らはほぼ全員出払っている。炎寂特佐と北辰隊は近いうちに戻ってくる予定だが――。
「黒水には俺がいる。そして最悪の場合、フェルグス君に助力を求めるよ」
「エデンのテロリスト君が手を貸してくれるかねぇ~?」
「キミも彼のことを買っているんじゃないのかい? 俺がアレコレ挑発した件に関して、『やりすぎだ』って怒ってたじゃないか」
「それとこれとは別だ。……アーロイが協力してくれたら『助かる』とは思うが、まだ完全には信用できねえよ」
アイツはカトーの手元に置かれていた奴だ。
俺らより、カトーの方がずっと付き合いが長い奴だ。
まだ信用はできねえよ。個人的には信用したいけどな。
「まあ、とりあえず、首領殿が『行け』って言うなら行ってくるよ。ハァ~…………今日は久しぶりにお前と飲もうと思ってたのによぅ」
「ごめんね。それは次の楽しみに取っておく、という事で」
雪の眼経由で連絡を取る件、引き継ぎした後でさっさと迎えに行ってくるか――と思いつつ、腰掛けていたソファの背もたれから立ち上がる。
ただ、迎えに行く前に問いかける。
「なぁ……睦月。エデンとの和解って、ホントにしなきゃいけねえのか?」
「無駄な争いだからね。仲良く出来た方がいいでしょ?」
「奴らと手を取り合う場合、こっちも相応の譲歩しなきゃならんだろ」
色々と便宜を図ってやらなきゃならんはずだ。
根切りにして「はい終わり」なんて事にはならない。数年……下手したら数十年に渡って守ってやる必要がある。
こっちが損する話だと言うと、睦月は耳が痛くなる話をしてきた。
「エデンを助ける件は、キミの曾祖父であるレンオアム王の頼みでもある」
「それは…………」
「エデンの件は、キミの実家も無関係ではない。少なくともレンオアム王はそう考えているからこそ、『カトー達を助けてやってくれ』『彼らがああなってしまったのは、私にも大きな責任がある』と頭を下げてきたんだ」
「…………。本当のいいのか? カトーの野郎は……お前と親父さんの姓を勝手にコードネームに使っている恥知らずだぞ」
「巽。その件は――」
「野郎はブッ殺してもいいだろ。なっ? 竜国の部隊を迎えに行って、その足でネウロンに行って野郎の首を取ってきてやってもいい」
カトーは間違いなく、プレーローマと手を組んでいる。
その証拠を掴めば、エデンは瓦解する。弱体化する。大人しく投降する奴は保護してやればいいが、カトーに関してはブッ殺した方がいい。
「アイツはお前の――」
「被害者だね」
「違うだろ。お前は悪くねえよ。悪いのは――」
「巽。この話はもうやめようと言ったじゃないか」
睦月は腰掛けていた椅子から立ち上がり、こちらに近づいてきた。
そして俺の腕に触れ、なだめてきた。
「どうしても争いが避けられないなら、殺さざるを得ない。けど、暴力に頼るのはまだ早い。出来るだけ穏便に片付けるべきだ」
「…………」
「殺害は最善策じゃない。俺は『人類同士で無駄な争いは避けるべき』と主張している。そんな俺が個人的な理由でカトー総長を殺してしまったら、俺の主張は形骸化してしまう。そう思わないか?」
「カトーを殺すだけの大義名分は揃ってるよ」
プレーローマと手を組んでるってだけで、殺す理由は揃っている。
奴を痛めつければ、手を組んでいる証拠も出てくるだろう。あとはそれを公表してしまえば、カトーの信者達も奴から離れていく。
それどころか「裏切り者」として殺せと声高に叫び出す可能性もある。今も昔も、エデン構成員の中にはプレーローマの被害者が多くいる。
「奴を殺す大義名分はある」
「彼に罪があったとしても、殺せば復讐の連鎖が起こるかもしれない。どうしても殺さなければならない時もあるけど、殺害を第一手段にするべきじゃない」
「お前なぁ……」
「フェルグス君のように、復讐を我慢できる人間は少数派なんだ」
「…………」
「巽。俺は悪党だけど、虐殺者にはなりたくないんだよ。殺す時は殺すけど、積極的に殺すのはやめようと言っているだけなんだ。殺す以外の道があるならね」
殺せば新たな怨恨が生まれる。
感情的な問題は容易には解決できない。理屈で解決出来ない事が多い。
自分達のためにも波風を立てたくないだけなんだよ――と睦月は言った。
「エデンの全構成員と和解する利益もある。彼らは『弱者救済』を掲げている。プレーローマとの関係を断ち切って、真っ当な道に戻れば……彼らは交国では救えない弱者を救ってくれるかもしれない」
「今のエデンにとって、『弱者救済』は建前だよ」
あの組織はもう、カトーの個人的な復讐を果たすための暴力装置になっている。
カトーはもう、エデンを私物化してしまっている。
「ウチのレンオアム王が支援していた頃とは、違うんだ」
「……きっとまだやり直せるさ」
「エデンは犬塚特佐を……素子ちゃんの兄貴を殺した組織だぞ。あの子もエデンと手を組む事は本心では納得していないはずだ」
「その通りだ。でも、彼女は『我慢する』と言ってくれた」
素子ちゃんにとって……奥方様にとって、犬塚特佐は大事な家族だった。血の繋がりはなくても、犬塚特佐とは仲良くやっていた。
けど、それでも睦月の判断に同意している。
納得はしていなくても、睦月の判断を支持している。
犬塚特佐側にも――ゲットーの件で――非があったと言っている。
「巽も納得出来ないと思うが、堪えてくれ」
「俺は別に、堪えてねえよ」
今のエデンは雑魚組織だ。奴らと手を取り合う必要性なんてない。
奴らの手元には白瑛がある。そして真白の魔神の使徒もいる。けど、どっちも「エデンの力」とは言いがたいものだ。
だからエデンに譲歩する必要はねえよ――と言ったが、頑固な睦月は考えを変えなかった。昔のエデンの功績を持ち出し、今のエデンを擁護し始めた。
「交国は巨大軍事国家だが、大国ゆえに小回りが利かない。エデンは違う。『弱者救済』の理念を持つ彼らを支援したら……きっと、交国では救えない弱者も救ってくれるはずだ」
「…………」
「実際、ニュクス総長時代にはそれが出来ていた。当時をよく知っているカトー総長が正気に戻れば……きっと、昔のエデンが戻ってくるよ」
「お前はあの糞テロリストを過大評価しすぎだ」
弱者を救いたいなら、あえてエデンに頼る必要はない。
交国を完全掌握した後、交国の金を使って新しい組織を作ればいい。
必要なら俺がその組織を作ってやるよ。お前の指示通りに動いてやるよ。交国と竜国のゴタゴタが落ち着いたら、それやる余裕も出来るからな。
「決別した親友なんかより、俺を頼ってくれよ。兄弟」
「俺は既にキミの事を一番頼っているよ。兄弟」
「…………」
「けど、頼れる相手が多いに越したことはないだろう? いつもキミに頼りっぱなしだと、キミが疲れちゃうだろ?」
「チッ……。そういう事にしておいてやるよ」
これ以上、何を言っても無駄か。
仕方ない。今回は…………いや、今回も、睦月の言う通りにしよう。
だが、カトーが「どうしようもないクソ野郎」だったとしたら――――。
■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて
■from:黒水守・石守睦月
「…………」
巽は一応「理解」してくれたようだったけど、ふてくされた様子で書斎から出て行った。出て行く間際、「俺の好きな酒を用意しとけよ」と言ってきたので、笑って頷いておく。
巽には、ずっと迷惑をかけている。
交国の改革は――交国と戦争をしていた竜国出身者の――巽にも無関係な話ではないとはいえ、石守家の事で色々迷惑をかけてしまっている。
巽や素子が私の留守を預かってくれるおかげで、安心して戦場に行ける。彼らのおかげで、ここまで来る事が出来た。
単に力を貸してもらうだけではなく、助言もくれた事で何とかなってきた事も多い。今回の件も……巽の言う事を聞くべきなのかもしれない。
けど、それでも対話を諦めたくないんだ。
こんなところで諦めていたら、今後もずっと諦め続ける事になる。
 




