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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第5.0章:その正義に、大義はあるのか
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人質放棄



■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「……ハァ……」


「アーロイっ! 朝よっ! そろそろ起きなさいな」


「あっ! す、すみません、お嬢様……」


 黒水守達の話を聞いた翌朝。考えがまとまらずにずっと頭を抱えていると、お嬢様が起こしに来た。


 一応起きていたとはいえ、警備隊の仕事も屋敷の仕事もせずにいたのはマズい。急いで着替えて客間から出ると、お嬢様はいつもの怒り顔で腰に手を当てていた。


 どうやらお嬢様達はとっくに朝食を食べてしまったらしい。僕は食べる元気もないので、直ぐに仕事を始めようとしたけど――。


「アーロイは今日休みよ。お父さまからの命令っ!」


「いや、でも、僕は――」


「何か色々悩んでいる事があるんでしょ? しばらくしっかり休みなさいっ! 悩みが解決するまで仕事しちゃダメっ!」


 お嬢様はプンプンと怒ったフリをしながら労ってくれつつ、僕を屋敷の食堂へ押していった。休むとしても三食しっかり食べなさい、と怒ってきた。


 何とも居心地の悪い気分になりつつ、急いで朝食を食べた後……お嬢様の目を盗んで仕事をしようと思ったけど――。


「……ダメですか。仕事したら……?」


「ダメっ! アーロイは休みっ!」


 お嬢様の監視が厳しい。これを掻い潜るのは難しそうだ。


 確かに仕事どころじゃないから、御言葉に甘えさせてもらうとして――。


「……黒水守と話をしたいんですけど――」


「お父さまなら書斎かお庭じゃない?」


 お嬢様の言葉を聞きつつ、ひとまず書斎に向かおうとしていると――僕と違ってキッチリ仕事をしている――レオナールと出くわした。


 今日も休むことを謝罪すると、レオナールは苦笑しながら「大丈夫だよ」と言ってくれた。そして、黒水守が今は庭にいる事を教えてくれた。


「ありがとう。ちょっと、話をして――」


「アーロイ。キミ、昨日は旦那様達と何の話をしていたの?」


「あ~…………ええっと……」


 真っ直ぐ見つめてくるレオナールと、興味津々といった様子のお嬢様を前にして、「昨日の話は2人にしたらマズいよな」と考える。


 適当に誤魔化そうと思ったけど、微笑んでいるレオナールが「交国の未来のための話をしていたんだよね?」と聞いてきた。


「ボクみたいな使用人には、言えない話だよね」


「いや、違っ……。……ごめん、ちょっと込み入った話だから、まだ言えない」


 レオナールは僕を後輩使用人として丁寧に扱ってくれているけど、僕が怪しい人物ってことはわかっているはずだ。


 そんなレオナールと、いつも気遣ってくれるお嬢様に対して正直に話せないことは心苦しい。……けど、2人を巻き込める話じゃない。詳しくは言えない。


 でも――。


「レオナールの言う通り、交国の未来のための話なんだ。……僕はこの問題を丁寧に……皆が納得する形で解決したいんだ」


 全部は話せないけど、皆の敵になりたいわけじゃない。


 誰も争わず、皆が納得できる解決に至るのが一番だ。


 その本心ぐらいは伝えたいと思いつつ、言葉を紡いでいると――。


「皆が納得するのはムリだよ」


「えっ……」


「だって、とても難しいことでしょう? あちらを立てればこちらが立たず……といった、両立が難しい話なんでしょ?」


 レオナールは小首を傾げ、「詳細はわからないけど、難しい話ってことはわかるよ」と言った。


「たくさんの人を巻き込んだ話だから、皆が納得するのは無理じゃない? 誰かが勝って、誰かが負けるような話じゃない?」


「……レオナールの言っていることは正しいと思う。でも、それでも僕は……出来る限り多くの人を救いたいんだ」


 詳細も言えないのに大口を叩いてしまってるな……と思いつつ言うと、レオナールは「そっか。大変そうだねぇ」とノンビリとした様子で言葉を返してくれた。


「ともかく旦那様と話があるなら、ボクらが邪魔しちゃいけないね。お嬢様、向こうに行ってましょう」


「えぇ~っ? わたくしも、お父さまとお話したい……」


「お仕事の邪魔しちゃダメですよ」


 レオナールは僕に気を遣ってくれたのか、お嬢様を連れて行ってくれた。


 ありがとう、と思いながらレオナールに手を合わせて見送った後、庭に向かう。するとそこにはレオナールの話通り、黒水守がいた。


 庭の池にいる鯉に餌をやっているようだ。


 僕が無言で近づいても、黒水守は笑顔で「おはよう」と言い、鯉の餌やりを続けている。……無防備な背中を僕に晒し続けている。


「僕がナイフで刺すとか、考えないんですか? 死にたくないんですよね?」


「キミはそんな事しないでしょ。それに私はそういうことよくされてるから、ナイフ程度では死なないよ~?」


 笑えない冗談にどう返すか迷っているうちに、黒水守は鯉の餌やりを終えたようだ。そして、僕を縁側に誘ってきた。


「話があるんだろう? 向こうで話そう」


 黒水守は「よっこらしょ」と言いながら縁側に座り、僕も隣に座るように勧めてきた。けど、少し距離を取って話しかける。


「一晩、考えてみました。昨日の話……」


「うん。協力してくれる?」


「……すみません。まだ結論を出せていません」


 その事で謝ると、黒水守は苦笑して「まあ難しい話だもんねぇ」と言った。


「いいよいいよ。キミが協力を約束してくれても、直ぐに動くのは難しいから」


「答えを出すためにも、気になっていること……質問していいですか?」


 黒水守は「どうぞ」と言って微笑んできた。


 昨日は――総長の件で動揺してしまって――聞くべきことを聞けなかった。もう少し……考える材料がほしい。色々と。


「ちょっと整理させてください。黒水守はエデンや解放軍との戦いを穏便に終わらせたいんですよね? そのための手段として話し合いを望んでいる」


「その通り。お互いが納得する落とし所を探すためにも、話し合いをしなきゃね。『全ての武装を捨てて降伏しろ~』なんてことは言わないよ」


 黒水守は微笑しながら僕の顔を見つつ、「キミに破壊工作を頼みたいわけでもない」と言った。


「総長が……総長が本当にプレーローマと取引関係を結んでいた場合、どうするんですか? エデンと和解できても、プレーローマとは無理ですよね?」


「そうだね。でも、カトー総長が本当にプレーローマと手を結んでいたとしても、まだ戻れる。プレーローマと手を切ってもらえるよう説得するよ」


「説得、できますか……?」


「難しいかもね。最悪、カトー総長抜きでエデンと和睦を結ぶ事になるかもしれない。……キミがプレーローマとの取引関係を知らない辺り、本当に彼らが手を結んでいたとしても、それを知っているのはごく一部の人間だけなんだろう」


 だから、エデンの全員にプレーローマと手を結んだ罪を問うことはない。


 黒水守はそう言った。


「エデン内にも穏健派はいるだろう? 彼らはネウロン解放作戦にも否定的だったはずだ。道義以前に解放や維持が難しいから反対していたはずだ」


「…………」


「その人達はテロ以外の手段で現状の解決をしたがっていたんじゃないのかな? 例えばそう……7年前にキミ達と逃げたヴァイオレットさんとか……」


 黒水守の視線が探るようなものになる。


 話を聞いていくと、交国は「エデン製の混沌機関」の存在も知っているらしい。それはヴィオラ姉さんが作ったものだとアタリをつけているようだ。


「高度な技術を持つヴァイオレットさんは、実質的なエデンのナンバー2になっているんだろう。だが……彼女の発言力はカトー総長のそれには及ばない。カトー総長はベルベスト連合の生き残りの支持を集めているからね」


「…………」


「支持者の多さから、誰もカトー総長の暴走を止められなくなっている。ヴァイオレットさん達も現状を何とかしようと足掻いているだろうけど、カトー総長は止められないだろう」


「……総長抜きで和睦を結ぶってのはつまり、総長を殺すって事ですか?」


「それはやりたくないし、別の方法もあるかもしれない」


「それは――」


 どういう方法ですか、と身を乗り出して聞くと、黒水守は改めて座るように促してきた。自分の隣に座るよう促してきた。


「冷静に話し合いがしたいなら、腰を据えてやろう。キミに私の話を聞く意志があるなら、まずはこの提案に応じてほしい」


「…………」


 抵抗はあったものの、黒水守の言葉に応じる。


 少し距離を取って座ると、黒水守は「そんなに離れなくていいのに」と言って苦笑しつつも、話を続けてくれた。


「仮にやるとしたら……カトー総長の不正を暴き、彼の権威を失墜させるかな? 暗殺なんかより、そっちの方が楽だ。殺すは禍根を残しやすいからね」


「プレーローマと手を結んでいる証拠を、エデンの皆に見せるって事ですか?」


「そう。カトー総長を支持しているエデン構成員の多くは、ベルベスト連合の生き残りだろう? 彼らは交国の事も恨んでいるようだが、彼らの世界を滅ぼしたのはプレーローマだ」


 プレーローマと手を組んでいるのが事実なら、ベルベストの皆も拒否反応を示す。総長は一気に支持を失いかねない。


 あくまで「事実なら」という話だけど。


「キミがカトー総長の真の支援者を知らないって事は、ベルベストの人達も殆どがその件を知らないはずだ。カトー総長の『よくわからないコネ』に対し、大きな疑問は持たずにいるはずだ」


「でも、それは……」


「卑怯なやり方だと思うかい?」


 黒水守は少し前屈みになりつつ、こちらを見つめてくる。


人類の敵(プレーローマ)と手を組むよりは、マシだと思うけどな。カトー総長がどういう意図にしろ、奴らと手を組むのはどうかしているよ」


「そ……総長が、本当にプレーローマと手を組んでいるかは、まだわかりません」


 そこはまだ確定したわけではない。


 ただ、おかしいところはたくさんある。


 確たる証拠がないだけで、不可思議な物資の動きがあるのは確かだ。


「ただ、プレーローマとは別のところから支援されている可能性も、ゼロではないですよね……!? そもそも、総長がプレーローマと手を結ぶなんておかしいんですよ……! だって、総長は……」


「プレーローマの所為で家族や仲間を失っているし、先代総長時代はプレーローマともよく戦っていたからね」


「そうです。それに、プレーローマ側も……自分達と敵対していた総長と手を結ぶなんて有り得ませんよ」


「いや、彼らがカトー総長と手を結ぶことは十分有り得る」


 プレーローマはたびたび人類の文明圏で工作活動を行っていて、工作に人類を使うのも珍しくないらしい。


「プレーローマがカトー総長を利用しようとするのは、別に不思議な話じゃないよ。ただ、カトー総長がプレーローマと手を組むとは私も思いたくないけどね」


「黒水守は……総長とどういう関係なんですか」


 敵同士であるはずなのに、黒水守の言葉には総長への信頼を微かに感じる。


 それは僕を懐柔するためのフリに過ぎないかもしれないけど――。


「貴方は……プレーローマの実験とはいえ、総長の両親を殺して故郷を滅ぼしたんですよね? それでいて……何で総長のファンを自称しているんですか?」


「幼い頃、友達だった時期があったんだ」


 総長も黒水守も、子供の時にエデンに保護された。


 その縁で仲良くなり、友達になっていた事があったらしい。……総長は黒水守の事を敵視している様子だったから少し意外だ。


「ただ、友達になっていた時……私は彼に嘘をついていた。私が彼の両親を殺し、故郷まで滅ぼしたことを隠していた」


「何で……」


「怖かったんだよ。大事な友達を失いたくなかったんだ」


 黒水守は情けないふんにゃりとした笑みを浮かべ、「私は昔から卑怯者でね」と言った。


「けど、その事実を隠している事が心苦しくなった。私の心を救ってくれた彼を騙し続けられなくなった。だから、真実を話した」


「……総長は、なんて?」


「当然、怒ったよ。私達の友情はそこで終わった」


 黒水守は保護してくれていたエデンから逃げ、紆余曲折の末に交国にやってきた。そして、玉帝を掌握して交国を変え、人類文明全体を変えるという途方もない計画を始めた。


「私達はもう友人ではないけど、私は……彼を信じたい。カトー総長は『正義の人』だから……本心からプレーローマと取引しているとは思えない」


「…………」


「彼がプレーローマと手を組んでいるのは、ほぼ間違いないと思っている。ただ、それでも彼には彼の考えがあると信じたいんだ」


 空を見上げながらそう言っていた黒水守は、少しこちらに距離を詰めてきた。


「話を戻そう。とにかく、私はカトー総長と平和的な交渉がしたい。だからキミに渡りをつけてほしいんだ」


「…………」


「要するに、ただの連絡係だ。交渉が円滑に進むよう、先にヴァイオレットさんに色々と伝えてほしい事がある」


「その提案を受けないと、レンズは解放してもらえないんですよね?」


 エデンに帰るとしたら、レンズだけではなくラフマ隊長達も一緒だ。


 隊長達はレンズ以上にどこにいるかわからないけど、黒水守達の口からラフマ隊長の件が出てこない辺り、隊長達はまだ捕まっていないんだろう。


 あと……レオナールも、連れて帰るべきなんだろう。


 おそらくレオナールはバフォメットの現契約者だ。バフォメットは契約者の言葉に絶対服従しなくてはならない事を交国が知ったら、それを利用されかねない。


「レンズを人質に取られたら、僕は……」


「彼女も、キミと共に帰ってもらおうと思っている」


「えっ?」


「彼女が私達の手中にいた場合、キミも私達を信用しきれないでしょ? カトー総長はともかく、ヴァイオレットさんが私達を信用しきれなくなるはずだ」


 総長はレンズを「黒水守と通じたエデンの裏切り者」と認識している様子だけど、ヴィオラ姉さんは絶対、そんなことは思わないだろう。


 だからレンズは僕が密かに連れ帰る。ヴィオラ姉さんへ話を通すのは、僕とレンズの2人でやる。「そうしてほしい」と黒水守が言ってきた。


「そんな事したら、僕らと『交渉』する手札(カード)がなくなるのでは?」


「レンズさんは私達を裏切らないから大丈夫さ。彼女を解放した方がキミも信じる気になってくれるでしょ?」


「…………」


「ウーン、めちゃくちゃ疑わしそうな目つきだねぇ~?」


 これに関しては、黒水守の言っている事がウソとは思えない。


 通信で話をした感じ、レンズは本心から黒水守側についている様子だった。


 黒水守達が玉帝を掌握したように、レンズの事も――何らかの手段で――言いなりにしている可能性もあるのが怖いけど……。




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