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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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砲火の歌



■title:オックス島にて

■from:死にたがりのラート


「あ、アル! 落ち着け! 大丈夫だ! 手をついて、ゆっくり起き上がれ!」


 操縦席が洗濯機のように揺れる。


 転倒しちまったアルがパニックを起こし、何とか必死に起き上がろうとしている。必死に操縦しすぎて空回りしちまってる。


 何とか落ち着かせ、何とか立ち上がらせる。


『ごめんなさい! ごめんなさいっ!!』


「大丈夫だ! いい暴れっぷりだったぜ!」


 冷や汗を流しつつ、何とか笑う。


 今のロスはかなりマズい。


 レンズに準備させる暇なく、一気に距離を詰める戦法は使えない。最初に距離詰めて、多少なりともプレッシャーかけたかったが――。


「ポイントBに移動しつつ、巫術で敵の位置を把握し続けてくれ」


『はっ、はいっ!!』


「敵の位置はアルだけが把握していればいい。報告の必要は――アル! 逆だ!」


『あああああっ……!!』


 転んだ拍子に頭真っ白になったのか、アルが逆走していた。


 ごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けているアルをなだめる。時間のロスもマズいが、アルがまだ混乱しているのがマズい……。


「とりあえず移動だ! 索敵はいい! 移動だけに集中――」


 そう言った瞬間、警告音が鳴り響いた。


 機兵のセンサーが敵の攻撃を感知。


 もう、攻撃され――――。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「開幕から派手だねぇ」


 パイプとバレットを伴い、甲板から模擬戦会場を見る。


 ここからだと島全体を見通すことは出来ない。模擬戦の様子を捉えているドローンの中継を見つつ、島から聞こえる遠雷のような音に耳を澄ます。


「うにゃあ~……! なになに!? かっ、雷っ!?」


 オレ達と同じく、甲板に上がってきたガキが――確か、グローニャって名前のガキがピーピーと喚いている。


 傍にいるガキ2号が――ロッカって名前のガキが寄り添い、「だ、だいじょうぶだ」と言って落ち着かせようとしている。だが、そっちも声が震えてる。


「雷じゃねーよ。機兵が砲撃してるだけだ」


 ガキ共に近づき、落ち着かせる。


 ドローンの中継を見せてやり、状況を説明してやる。


 ダスト3――ラートが搭乗し、スアルタウが操縦している機兵周辺で、いくつも爆発が起こっている。その音がこっちまで聞こえているだけだ。


「レンズが丘の向こうから砲撃してるのが見えるか? ポンポンと撃ち続けてるだろ? それがラート達の傍にポンポン落ちてきてるだけだ」


 落ちてきた榴弾がドカーン! と爆発してるだけだ。


「銃とかの弾って、真っ直ぐしか飛ばないんじゃないのか?」


「いや、重力に引かれて落ちていくよ。人間が球を思い切り投げても、最終的に地面に落ちてくるだろ。砲弾だろうが最後は地面に落ちてくる」


 レンズがやってるのは曲射だ。


 安全圏からバカスカ撃ってるだけだ。


 色々、狙いはあるだろうが――。


「あんなのズルくね!? 隠れて撃ちまくってりゃ、一方的に攻撃できるじゃん」


「砲撃位置はどっちにしろバレる。巫術師(おまえら)なら、巫術の眼を使えば遮蔽物越しに敵の位置を把握できるだろ」


 レンズも巫術の眼がどういうものか、一応理解している。


 巫術なんかなくても、あの距離の攻撃なら位置把握も難しくない。


「悔しかったら距離を詰めればいい」


「距離を詰めようにも、あんなバカスカと撃たれたら……」


「一見、派手に見えるが直撃しなきゃ、そこまで大きなダメージにはならねえよ」


 直撃したら機兵の重装甲でも痛いが、そう簡単には当たらねえ。


 流体で編んだ砲弾を砲内部に生成することで連射能力を高めているが、いくらレンズでも曲射をホイホイ当てるほど器用じゃない。


 いま使っている榴弾は爆発によって破片を撒き散らしている。対人やタルタリカ相手なら破片だけで十分な殺傷力を持っているが、機兵相手に致命傷を負わせるのは難しい。


「ありゃ子供騙しだ。ラート相手なら通用しねえが――」


 相手はラートだけじゃない。


 子供(ガキ)だ。


 巫術師は確かに面白い力を持っているが、所詮はガキだ。


「立て続けに降り注いでくる砲弾の雨。それが機兵(じぶん)の傍にガンガン落ちてくるなら、スアルタウはビビりまくるだろうな」


 実際、動きが一気に鈍った。


 ラートが的確な指示をしたところで、砲弾の音と圧の方が勝る。


 巫術の憑依は確かに驚異的だ。けど、巫術師達には実戦経験が不足している。普通の戦場に慣れてないから、爆音と砲撃の圧でビビリ散らかす。


 混乱すると、まともな判断と操縦が出来なくなるだろう。


「ん、んだよそれ……! 陰湿すぎねえか……!?」


「弱みを突くのも立派な戦術さ」


 弱みを消すために訓練を積み、実戦経験を積む。


 巫術師共はその過程をすっ飛ばし、機兵乗りを名乗ろうとしている。


 砲撃し甲斐のある出る杭だ。


 ただ、レンズは単に精神攻撃してるだけじゃない。


 今の砲撃、別の意味もあるな。


 バレットと一緒に模擬戦の光景を黙っていたパイプが、「レンズ、容赦なく勝ちに行ってますね」と呟いた。


「砲撃で相手(こども)を威圧し、同時にガードを上げさせてる」


「おっと。パイプ君、よくわかってるねぇ。花丸をあげよう」


「ありがとうございます」


 パイプの禿頭に花丸を描いてやってると、ロッカが「『ガード』を上げさせる……?」と呟いた。


「それって、どういう意味?」


「スアルタウの気持ちになって考えろ。砲撃が次々飛んできたら、どう思う?」


「……こわい?」


「そうだな。怖かったらどうする?」


「……にげる?」


「逃げたいところだが、レンズは逃げる先にも的確に砲撃してきてる」


 ドローンが撮影している画面を切り替え、「アレ」を探す。


 それは思った通り、ラート達がいる上空を旋回していた。


「ここに小さいドローンが飛んでるだろ? コイツはレンズが操ってる偵察用の小型ドローンだ。これでラート達の位置を掴み、砲撃してるんだ」


「うわっ、ズルっ……!」


「ズルくねえよ。ドローンはラートだって使えるんだから」


「うーん……。つまり、これじゃ逃げように逃げれない……?」


「そう。半端な速度で逃げてたら、逃げた先にまた撃たれる」


 ドローンを撃ち落とせば、曲射の精度はガタ落ちするだろう。


 レンズ自身が透視能力を持っているわけじゃない。


 けど、あのガキの腕で小型ドローンを撃ち落とすのは至難の業だろうな。オレなら機関砲でさっさと撃ち落とすが、射撃下手くそガキがテキパキできるかな?


 一応、射撃下手くそでもドローンを撃ち落とす方法はあるけどな。


 混乱しているガキじゃ、その方法も使えないかもな。


「それで……逃げ切れない場合、どうする?」


「ええっと……」


「流体甲冑も、流体装甲も防御方法は同じだろ」


「あっ……! 装甲を固める!」


 ロッカは少し笑みを浮かべた。


「固くなれば、砲撃なんて怖くない! アル! 防御固めろ」


それが(・・・)レンズの狙いだ」


「えっ?」


 レンズの主目的は、むしろそっちだろう。


 ガードを上げたら負けるぞ、巫術師(ドルイド)




■title:オックス島にて

■from:狙撃手のレンズ


 油断は出来ないが、過大評価もしねえ。


 相手は素人のガキだ。


 爆音にビビり、転びながら逃げ惑っている。


 その動きも、どんどん鈍っている。


 機兵の流体装甲が厚さを増している。


 装甲の重さ(・・)が邪魔になっている。




■title:オックス島にて

■from:死にたがりのラート


「アル! 流体装甲を増やしすぎるな! 機動力が削がれる!」


 流体装甲は現場で厚さを調整できる。


 厚くすればするほど、防御力は増す。


 代わりに重量が増し、機動力が削がれる。


 アルが砲撃にビビり、無意識に装甲を増設している。……念じるだけで流体を操作できる巫術師だからこその弱点だな、これは……!


『でもラートさん! て、敵の攻撃が当たったら……!』


「レンズの狙いは俺達をビビらせて、機動力を削ぐことだ! この程度の砲撃、そうそう直撃しない! もう少し装甲を薄くして、全速力で逃げるんだ!」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「ラートもレンズの狙いには気づいているようだが――」


 装甲がまだまだ厚い。


 スアルタウの心の弱さが、装甲の調整にストッパーかけちまってる。


 砲撃による圧はまだ続いている。厚さを調整できる流体装甲と違って、ガキの弱々しい心の壁はガッツリ削られ続けているだろう。


「まだ陰湿な攻撃を続ける気かよ……! 普通の狙撃でも勝てるくせにさぁ!」


 ぐぬぬ、といった感じの顔でヒートアップしてるロッカを見ていると笑ってしまう。まあ、スアルタウ側に肩入れしてると、そうも言いたくなるよな。


「言っとくが、レンズは舐めてかかってねえぞ」


「アイツの得意技は狙撃なんだろ? それ使ってねえ時点で陰湿だろ」


「レンズは確実に勝とうとしてるだけだ」


 レンズの射撃能力は星屑隊随一だ。


 いや、ネウロン旅団に限れば、ネウロン最強の狙撃手と言っていいだろう。


 喧嘩っぱやい精神面さえ改善したら、アイツはガチのエリートだからな。


「レンズが砲撃から始めたのは、お前達を高く評価してるからだよ」


「はあ?」


「巫術の機兵操縦技術は大したもんだ。特にフェルグスが操縦する機兵の機動力と近接戦闘能力は、同水準の人間探すのが難しいほど大したもんだ」


 射撃はド下手くそだが、接近戦の強さは油断できねえ。


 近接戦闘に限れば、レンズどころかラートさえ負けかねない強さだ。


「フェルグスの機動力なら、運良く狙撃をかいくぐる可能性もある。レンズが勝つ可能性が高いだろうが、いきなり狙撃に頼ったら回避される可能性もある」


 だからまず、砲撃で相手の精神を削りにかかった。


 砲撃の間合いなら、ダスト3が強引に距離を詰めようとしても迎撃のチャンスが多くなる。……罠を仕掛けることもできる。


「でも、今日の相手はフェルグスじゃない。スアルタウだ」


「レンズは、スアルタウも兄貴(フェルグス)並みに動ける可能性がある……と仮定してるんだろう。可能性は十分あるだろ?」


 巫術師は、機兵搭乗初日で操縦できるようなバケモノだ。


 弟のスアルタウがフェルグス並みに動かせても、不思議じゃない。


 ただ、実際は「フェルグス並み」とは行かないようだが――。


「レンズは、もうしばらく砲撃で削る気だろう。確実に勝つために」


 混沌(エネルギー)はレンズの方が消費している。


 だが、あれぐらいの砲撃ならまだまだ出来るし、ダスト3倒せばそれで終わりだ。後に余力を残さず、バカスカ撃って勝ちにいくだろう。


「砲撃でビビり散らかして、心がガッタガタになった操縦者は良い的だ。レンズの狙撃もズバズバ刺さるだろうなぁ……」


「マジで卑怯……!」


「アルちゃん、がんばぇ~!!」


「こっからアル達が逆転する方法、ねえの……!?」


「逆に仕掛けるしかねえな」


 砲撃に慣れる前に、スアルタウの心がポッキリ折れる危険性がある。


 その前に突撃し、近接戦闘に持ち込むかもしれない。


 巫術師の操縦技能は目を見張るものがあるが、射撃はフェルグスもスアルタウもド下手くそだ。射撃戦では絶対に勝てない。


 近接戦闘に持ち込まない限り、ダスト3は敗北する。


「けど、レンズもその可能性を読んでる。読んでるから罠を仕掛けてる」


「罠?」


「レンズの機兵をよく見ろ。何か落としていってるだろ?」


 そう言うと、グローニャが「あっ!」と叫んだ。


 ドローンの中継映像をよく見て、ちゃんと気づいたらしい。


「オジちゃん! うんち(・・・)してる!!」


「うんちじゃねえよ、地雷だよ、地雷……」


 レンズは砲撃で圧をかけつつ、風上をキープしている。


 そして移動しながら地雷をそこら中に撒いている。


「流体製の地雷だ。そのうち溶けて消えるクリーンな地雷だが、ダスト3が突っ込んでくるようなら地雷原に誘導して迎え撃つ気だ」


「地雷って、踏むと爆発するやつ?」


「それだ」


「ムムッ! アルちゃんたちがアブにゃい! 知らせにいかなきゃ~!」


 ダダーッと走っていこうとするグローニャを捕まえる。


 それやると、ダスト3の反則負けになるからやめような、と止めておく。


「レンズはどんどん地雷原作っていくぞ。地雷で足を止めたら狙撃の餌食だ」


「陰湿すぎる……。突っ込んだらヤバいじゃん!」


「けど、突っ込まざるを得ないんだよ」


 地雷原が広範囲に広がれば、ラート達は成すすべが無くなる。


 機動力があろうと、地雷原に突っ込めば回避不能の爆発が来る。


 ラート達は速攻を仕掛けるしかなかった。


 けど、スアルタウはモタついた。致命的な鈍臭さだ。


 流体製の地雷だから、いつか溶ける。長持ちしない。


 雨の影響もあるから、普段より早く溶けるだろう。


 レンズは新しい地雷を展開し、その問題を解決する気だろうが……そこまでやらないといけないほど模擬戦が長引くとは思えない。


「巫術師の観測能力も大したもんだ。けど、魂のない地雷の位置はわかるまい」


「陰湿……!」


「インシツ~!」


「つーか、あのレンズってヤツ、こっちをガチで殺すつもりか!? アルの本体は医務室いるけど、あの機兵にはラートが乗ってんのに」


「模擬戦用の装備だ。爆発は派手だが、そうそう死なねえよ」


 だが、機兵のセンサーが実戦想定でダメージを記録していく。


 機兵本体は破損してなくても、「実戦ならこれぐらいのダメージは受ける」と測定し、機能を制限していく。


 腕がフレームごと破壊されたら、その腕は操作不能判定になる。混沌機関にダメージが入った判定されたら、機関の動作に障害が発生する。


 今のところダスト3に大きなダメージは入っていないが、スアルタウの精神はガタガタだろう。ラートが落ち着かせようとしても、その声が届くかどうか――。


「ああっと……そっちはマズいぞ~……!」


 ダスト3がヨロヨロと開けた場所に進んでいく。


 時折、レンズのドローンを撃ち落とすために発砲しているが、まったく当たらない。砲撃はまだまだ続く。


 だが、あんな場所に逃げ込むと、砲撃より恐ろしいものが来るぞ。




■title:オックス島にて

■from:狙撃手のレンズ


 砲撃による誘導に成功。


 バカが狙撃にうってつけのポイントに移動した。


 敵側が地雷を敷設した様子はない。


 逆狙撃の可能性は捨てきれない。ドローンを落とせていない射撃能力が演技の可能性もゼロじゃない。だが、どっちにしろオレの方が速え。


 砲撃しつつ、狙撃銃を生成する。


 キッチリ狙えるなら、こっちの方が致命打を与えられる。


「――――」


 あと3秒。


 それでダスト3を直接、視界に入れられるはずだった。


 だが、ダスト3の周囲に白い煙が立ちこめ始めている。


「欺瞞煙幕か」


 探知と視覚妨害の煙幕。……予想通り使ってきた。


 これじゃ、まともに狙撃を入れるのは困難だ。


 だが風上はキープしてる。


 煙幕に紛れ、接近戦挑ませたりはしねーぞ。


 そう思いつつ、狙撃銃の引き金を引いた。




■title:オックス島にて

■from:死にたがりのラート


「ぐおっ……!?」


『わああああああっ!!?』


 機兵に衝撃が走り、「右腕、機能停止」という電子音声が響く。


 レンズの野郎、煙幕があるのに当てて来やがった……!


『わあああっ!? やだっ! やだっ!!』


「アル! 大丈夫だ! 今のはマグレ当たりだ!」


 半分はマグレだ。


 半分は必然だろう。煙幕で見えなくなる前のこっちの位置から移動先を読み、撃ってきたんだろう。今ので右腕は使用できなくなった。


 実際は無事だが、模擬戦のダメージ判定システムが機能停止と判定した。お陰様で右腕は操作を受け付けなくなった。


 近接戦闘を挑もうにも、片腕が使えないのは……結構、痛い。


「落ち着いて左右に走れ。そして、煙幕を張り続けろ」


『ラートさんっ! ラートさん! ぼっ、ボクっ! どうしたらっ……!!』


「まだまだこれからだ!」


 いっぱいいっぱいのアルが、砲撃と狙撃の圧で限界突破しちまってる。


 欺瞞煙幕により、狙撃の脅威は半減した。


 けど、レンズは風上をキープしている。


 展開中の煙幕に向こうを巻き込めてねえから、距離を詰めるのは無理だ。……相手も巻き込もうとして欲を掻きすぎた。もっと早めに煙幕張らせれば良かった。


 何とか風上を取りたいが――。


『ラートさん! ラートさんっ!! まっ、また砲撃がっ!!』


「移動しつつ煙幕を張り続けろ! 大丈夫だ! 当たらね――」


 凄まじい音が鳴った。


 直撃弾。


 警告音がうるさいほど鳴り響く。アルの悲鳴が聞こえる。


「落ち着け。まだまだ機兵は動く。流体装甲を信じろ」


 機兵は丈夫だ。流体装甲は再生する。まだイケる。


 右腕が動かないと近接戦闘すらキツくなったが、まだ戦える。


 まだやれる。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「……ダスト3、良いのもらったみたいです。右腕機能停止」


「あちゃあ……。こりゃ近接戦闘でも分が悪くなったな」


 模擬戦用のシステムが無慈悲な判定をしたみたいだ。


 指揮所から情報を聞いたバレットが、強張った表情で教えてくれた。……バレット、巫術師寄りの立場か? ちょっと意外だ。


 いや、ラートに肩入れしてんのかね。どっちでもいいが。


「あの煙幕があれば、レンズの狙撃もそうそう当たらねえんだがな」


「当たったじゃん!」


「半分はマグレだよ。半分は必然だろうけど――。おっ、砲撃再開だな」


 砲弾がダスト3のいる付近に降り注ぐ。


 煙幕でダスト3の正確な位置はわからないが、爆風が煙幕を剥がしていく。煙の城も長持ちせず、効果を失いそうだ。


「あの煙幕が効果あるなら、あれに紛れて近づくこと、できねえの……!?」


「不可能じゃない。けど、レンズも煙幕警戒して、一定の距離をキープしてる」


 仮に煙幕弾を撃たれたら、さっさと煙幕の中から離脱するだろう。


 十分な距離を取っているから、多少の煙幕弾じゃ心もとない。レンズが風上をキープし続けているから、煙幕に乗じて距離詰め続けるのも不可能だ。


「煙幕にも限りがある。ダスト3がやられるのは……時間の問題だな」


 ロッカは悔しそうに俯き、手をギュッと握りしめている。


 グローニャも雰囲気察してきたのか、わからないなりに不安げな顔だ。


 パイプはレンズの勝利を望んでいるから、今の試合展開を「当然の結果ですね」と言いたげにしながら黙っている。


「こっちも……こっちも砲撃すれば、逆転できるかも……!」


「レンズでも砲撃を直撃させるのは難しいんだ。レンズより射撃下手くそのスアルタウが、砲撃を上手く扱えるとは思えん」


 逆に、それで自爆しかねない。


 モタモタと砲撃しているとこで直撃弾を食らい、誘爆して吹き飛ぶかもしれん。それで終わったらアホらしいにも程があるな。


「煙幕で多少、延命できるが……。こりゃもうレンズの勝ちだな」


「……先輩もそう思いますか」


 そう言い、話しかけてきたのはバレットだった。


 バレットだって機兵戦には詳しい。


 どっちが勝つか、もうわかってるはずだが――。


「お前はラート達が勝つと思ってるのか? バレット」


「いえ、自分もダスト3が負けると思います。……ただ」


「ただ?」


「先輩……いや、副長がそう考えているなら、勝機がありそうだな、と思って」


「……ほう?」


 バレットの真意がわからず、中継の映像から視線を切ってバレットを見る。


 こいつには何が見えている?


 何を知っている?


「副長が気づいていないなら、レンズ軍曹も気づいていない。勝ち筋に」


「そりゃあ……ダスト3の勝ち筋、ってことか?」


「はい」


「近接戦闘以外にあるのか? 勝ち筋が」


 巫術師の操縦技術は侮れない。


 フェルグスの近接戦闘能力は、確かに高かった。


 だが、弟のスアルタウの方は、フェルグスほど強く見えない。


 右腕機能停止の状況では、近接で勝つのは余計に難しいだろう。


「レンズ相手に射撃戦で勝てるとは思えん」


「そうですね。距離詰めるしかないはずです」


「詰めれるのか……?」


「そこは自分にはわかりませんが、しかし……」


 バレットが言いよどむ。


 イライラした様子のロッカがバレットの尻を叩き、「早く言え!」と促した。


 バレットはビビりつつ、口を開いた。


「ら、ラート軍曹には『切り札』があるんだ! あるんです!」


「切り札ぁ……?」


 両者の条件はほぼ同じだ。


 装備条件は同じ。事前に申請して許可が下りれば、流体装甲製の装備以外も持ち込める。申請書は提出されていたが、中身は隊長しか見てねえ。


 明らかな相違は、巫術の有無。


 アドバンテージを作るとしたら、巫術しかない。


「ラート軍曹の切り札は、一撃必殺の武器です」


「バレット、お前――」


 冗談を……言っている顔じゃねえな。


 ネウロン人のガキをチラチラ気にして距離取りつつ、緊張した表情をしている。笑みを浮かべ、冗談を言っている感じじゃない。


「ラートの切り札ってなんだ。武器だと……?」


「ドローンです。攻撃用の(・・・・)ドローンです」


「……いや、有り得ねえだろ」


 確かに交国軍には攻撃用のドローンもある。


 だが、星屑隊に配備されているのは偵察用のドローンだ。


 一応、火器も使えるが……機兵相手に通用するものは積んでない。船にある大型のドローンが体当たりしても、機兵はほぼノーダメージだろう。


 そもそも、ドローンをそんな使い方するなんて、隊長が許可するはずがない。


 機兵に備え付いている小型ドローンなら使い捨ても不可能じゃないが……アレは完全に索敵用だ。攻撃なんて出来ない。


 榴弾でも簡単にはダメージが通らないのが機兵だ。


 ドローン風情で、一撃必殺なんかできるかよ。


「ラート達が攻撃用のドローンを用意できるはずがない。勝ち筋も、もう――」


「でも、ラート軍曹はまだ勝つ気だと思いますよ」


 ラートは、勝つための準備と策を用意してきた。


 それを間近で見てきたバレットは、島を見ながら言葉を続けた。


「ダスト3が追い詰められているように見えますが……ラート軍曹は『いつ切り札を使ってやろう』と考えつつ、ほくそ笑んでるかもしれませんよ?」




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