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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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兄弟の差



■title:オックス島にて

■from:死にたがりのラート


 アルの操作する機兵で島に上陸する。


 ここまでは問題なし。


 アルの身体が待機している船との距離は離れているが、ヤドリギによって問題なく稼働している。アルの操作でも模擬戦に参加できる。


「中継も問題ないみたいだな……」


 模擬戦会場となる島と母艦との間には、ドローンが飛んでいる。


 ヴィオラが作ったヤドリギを搭載したドローンで、そいつが中継することで憑依可能距離をさらに伸ばしている。島の中どころか、近海でも活動できそうだ。


「アル。行けそうか?」


『だ、大丈夫です!』


 操縦席内部のスピーカーを使い、アルが返答してくる。


 その声は少し震えている。


『ラートさんも大丈夫ですか!? 乗り心地、悪くないですか!?』


「高級車みたいな乗り心地だ。もっと乱暴に動かしていいぞ。……緊張するか?」


『だいじょうぶですっ!』


「緊張していいんだぞ? 実は俺も緊張してる」


 少し引きつった笑みと共に、本心が溢れる。


「緊張は避けようのないものだ。無理に押さえつけなくていい」


 緊張と向き合いつつ、戦いに挑めばいい。


 緊張はゲームのデバフみたいなもんだ。それも解除困難なデバフ。


 デバフがかかっちまった以上、その事を思い悩んで悪化させる方がまずい。


 克服するためには場数をこなすしかない。


「『緊張』という赤子を抱っこしつつ、戦いに挑もう」


『はいっ!』


「試運転しておこう。好きなように島を歩いてみな」


『はいっ!』


 今日の模擬戦の主役はスアルタウ。


 フェルグスの代理で、レンズと機兵戦を行う。


 模擬戦の延期は出来なかったが、急な代理だから30分間の試運転は許してもらった。この間に、アルを少しでも機兵に慣らす。


 ……アルが代理に立候補してきたのは、ビックリしたなぁ……。


 真っ先に手を上げていた。あの時も緊張した様子だったが、「ボク、機兵を動かしたことあります!」と言ってくれた。


 第8で一番最初に機兵を操り始めたのは、アルだ。


 ケナフの戦いでグローニャと俺達を助けに来てくれた。ほんの一瞬だったとはいえ、実戦経験もある。フェルグスの代理としては適任だろう。


「…………」


 アルの操作する機兵に揺られつつ、アルの表情を思い出す。


 緊張していても、あれは戦士の顔だった。


 アルの決意に俺も応えたい。勝たせてやりたい。


「よし……。歩行は問題ないな。次は俺が指定した地点経由して走ってくれ」


『はいっ!』


 操作端末をイジり、模擬戦会場のマップを表示する。


 そこにチェックポイントをマークし、そこを経由して走ってもらう。


「走行も問題ないな」


 一般的な機兵乗り基準なら「天才」と言っても差し支えない。


 交国の主力機兵<逆鱗>は「自分の肉体を動かす感覚で操作できる」というのが売りだが、それはやや誇張された売り文句だ。


 本当に自分の肉体を動かすのと同レベルに動かせるわけじゃない。


 それに近い感覚で動かせるだけだ。


 だから、機兵乗りたての機兵乗り候補生でも、最初は苦戦する。走ることどころか立ち上がることすら難しい。俺も走れるまでかなり苦労したもんだ。


 アルは最初から機兵を走らせてみせた。


 今も危なげなく走行している。


 巫術の憑依を使うことで、生身と同じ感覚で操作してみせている。


 けど……フェルグスの操作技術と比べると、どうしても見劣りする。


 フェルグスはたった2週間で一般的な機兵乗りを凌駕する機動力と近接戦闘能力を手に入れた。射撃は練習中だが、実戦に耐える動きが十分できていた。


 今回の模擬戦、フェルグスの力ありきで勝ち筋を考えていたんだが――。


「アル! 上手いぞ! フェルグスにも負けてねえ見事な操縦技能だ!」


『ほ、ホントですか!?』


「当たり前だろ! 俺は嘘なんてつかねえよっ」


 嘘をついてでも、アルの調子を上げにかかる。


 今からフェルグス並みに動くのは不可能だ。


 同じ巫術師でも、フェルグスの方が戦闘の才覚があるらしい。それは流体甲冑を使っている時点から察すことができた。


 アルの方が、巫術観測は上手い。


 だが、機兵や流体甲冑の操作能力は、フェルグスが上手だ。


 索敵上手のアルと、戦闘上手のフェルグスで役割分担できればいいんだが……今日はアルに頑張ってもらうしかない。


『わっ……!』


「っと……! よしっ! 上手く立て直したな! さすがだ、アル!」


 機兵の重みで岩が崩れ、転びかけたが何とか立て直す。


 本当に巫術はスゴい。アルの操作技術も普通の機兵乗り基準なら高い。


 だが、機動力はフェルグスが頭一つ抜けている。


「次は……近接戦闘を試してみよう」


 機兵を使った<拡張現実戦闘シミュレーター>を起動する。


 デジタルで構成された敵機兵を現実に出力する。実体は無いが、機兵のカメラとセンサーが、敵を実在するものとして扱ってくれる。


 一番易しいモードから始めよう。


「よし! 行くぞ!」


『はっ、はいっ……!』


 アルが流体装甲を使い、斧を生成する。


 生成速度はフェルグスより遅い。それどころか機械任せの通常の生成より遅く感じる。ここは練習していけば、改善できると思うが――。


「武器は関節部に振り下ろせ! 武器以外も使っていいぞ! 手で押さえつけたり、殴ったりしてもいいんだ! 蹴りは慣れるまで使わなくていい!」


『わ、わっ……!』


 仮想現実の敵機に向け、斧が「へろへろ」と振るわれる。


「いいぞ! アル! 武器をもっとしっかり握り込めば、もっと良くなるぞ!」


 フェルグスならもっと迷いなく攻撃する。踏み込みの速度も段違いだ。


 アイツは俺が言わなくても器用に手足を使っていた。生身の身体以上に動けていた。……アルと比べてわかる。フェルグスの戦闘技術は、天性のものだ。


 アルだって訓練と経験を積めば、もっと上手くなる。


 だが、そのための時間が無い。


 ……アルには、フェルグスみたいな『武器』がねえ……。


「アル! もっと容赦なく攻撃していいぞ!」


『で、でも……相手の人、死んじゃう……』


「大丈夫だ! 本番も模擬戦用のモードになっている! 流体装甲の近接武器も弾丸も甘めに練って、相手に致命打を与えないようになってる」


 相手を完全に破壊せずとも、センサーが勝敗を決めてくれる。


 リアルタイムでダメージを計算し、仮想の破壊状況次第で手足が動かなくなったりするだけだ。模擬戦で人が死ぬことなんて、そうそう無い。


「…………。よぉし! 次は射撃訓練に行ってみようか!」


 最後の望みにすがる。


 フェルグスは射撃が苦手だった。


 訓練で多少改善できたが、射撃に関してはまだ下手くそだ。


 射撃(これ)が上手くいけば、アルにはアルの武器が手に入るんだが――。


『う、うぅぅぅ~……!!』


「アル、大丈夫だ。落ち着いて……!」


 アルの射撃能力は、フェルグス以下だった。


 フェルグスの方が思い切りがある分、マシだった。思い切りよく混沌(エネルギー)を無駄遣いする問題はあったが、数を撃って無理やり命中させていた。


 アルは丁寧に撃っているが、それでも全弾外した。


「混沌の節約してえらいぞ、アル! でも、今日はバカスカ撃って大丈夫だ! 射撃って楽しいだろ? どんどん撃っていこう!」


 射撃能力を少し見せてもらった後、方針を変える。


 数を撃って当ててもらおう。……どのみち、射撃で勝負を決めるのは無理だ。


「今度は走りながら撃ってみよう。ここまでいい感じだぞ!」


『っ…………』


 アルだけの特別な武器などない。


 しいて挙げるなら、巫術による索敵が上手という事だけ。


 俺は機兵に乗っているが、出来るのは喋ることだけ。


 どうやって勝てばいい。


 あぁ……完全に俺のミスだ。


 フェルグスは戦士だが、身体は子供。アイツが模擬戦に賭けていたのはわかっていた。頑張りすぎるのは予想できていたのに、止めることが出来なかった。


 この模擬戦は第8の子達にとって、とても重要な――。


『わっ!?』


「――――!」


 機兵が大きく体勢を崩す。


 走りつつ、仮想の標的に向けて発砲していたが、発砲の衝撃を逃しきれず、銃を落としてしまった。


 地面に落ちていこうとする銃にアルが手を伸ばしたが、銃を掴みそこねてお手玉する。ついには手で弾いた銃が遠くに飛んでいこうとしたが――。


『えいっ!』


 機兵の腕が(・・・・・)伸びた。


 腕を伸ばし、地面に落ちるギリギリのところで銃を掴んだ。


 掴んでホッとした様子を見せたアルが、「ご、ごめんなさい!」と謝ってくるのを聞きつつ、問いかける。


「アル、いま何やったんだ? 機兵の腕が伸びてたが――」


『え? 巫術で流体装甲を操って、うにょーんと手を伸ばしただけですけど……』


「武器を生成する要領でか」


『そう、そうです。ボクにとっては、流体甲冑を使う時に近いですけど……』


 フレームのある機兵と違い、流体甲冑は巫術師以外の殆どが流体で出来ている。


 フレーム関係なく、身体を構成する流体装甲を伸び縮みさせることなんて、巫術師にとっては容易いことってことか。


 フェルグスも必要に応じて流体装甲をイジっていたし、同じ芸当はアルも出来る可能性は十分あるか……。


 これは何かに活かせないか?


「…………」


『ラートさん?』


「すまん、ちょっと考えをまとめさせて――」


『ラート軍曹。お時間です』


「あっ……! くそっ……! もう時間か……」


 星屑隊の通信士からの連絡だ。


 練習時間はもう尽きたらしい。


 ああ、ダメだ……この程度の時間管理もおざなりになってるほど、動揺してる。アルに対して色々えらそうなこと言ってんのに、俺がこのザマか。


「アル。開始位置につこう」


『は、はい。……ラートさん、ボク……頼りなくてゴメンなさい……』


「そんな事はない。頼りにしてるぜ!」


 模擬戦の開始位置に向かわせる。


「……勝ち筋は見えている。俺の指示に従ってくれ」


『はいっ!』


 考えがまとまらない。策の修正が間に合わない。


 ぶっつけ本番でやり合うしかない。


 アルの操縦技術はフェルグスに劣る。


 機動力、近接能力、射撃能力、全てにおいてフェルグスに劣っている。


 フェルグスでもレンズ相手に勝つのは一苦労なのに、アルじゃ……。


 いや、今はアルを信じて戦うしかない。


「大丈夫だ。アル。俺がついてるから」


『はいっ……!』


 一応……勝ち筋は見えている。用意してきた。


 だが、それはフェルグス用のものだ。


 それを再利用し、アル用に打ち直していくしかない。


『ダスト2。レンズ軍曹、準備は出来ているか?』


『はい。いつでも』


 隊長の声の後、レンズが低い声で返事をした。


『ダスト3。ラート軍曹、スアルタウ特別行動兵。準備は出来ているか?』


「もちろんです」


『だっ、だいじょうぶですっ!!』


 隊長は一拍置き、カウントダウンを開始した。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:狂犬・フェルグス


「これ見たら、ちゃんと寝るから……。頼むよ、ヴィオラ姉」


 模擬戦を見たい。


 そうお願いしたら、医務室の毛むくじゃら(キャスター)先生が星屑隊から端末を借りてきてくれた。


 心配そうなヴィオラ姉をなだめ、端末越しにアルが操作している機兵を見守る。


 いくつかのドローンで模擬戦の様子を撮ってるみたいだ。色んな角度から島の様子を見渡すことができる。……アル達の機兵もよく見える。


「……アル、勝てるかな。アイツ、オレ様がいなきゃ……」


「アル君を信じよう」


 ヴィオラ姉が手をギュッと握ってくれた。


 握ってくれてもなお、不安は消えなかった。


「…………」


 隣のベッドにいるアルの顔色、少し悪く見える。


 緊張でどうにかなりそうなんだろう。アルはよく泣くし、人前に出るの苦手だし、ケンカなんかできないヤツだ。


 こんな大舞台、アルだけで乗り切れるはずがない……。


「アル君にはラートさんがついてくれてる。2人を信じよう」


「…………」


 クソオークはともかく、アルの事は信じたい。


 信じたいけど……難しいよ。


 アルのことを一番よく知ってるのは、オレなんだ。


 ……アイツには無理だ。


「アル君達なら絶対大丈夫――あっ! 始まるよ!」


『――はじめ』


 星屑隊の隊長が、模擬戦の開始を宣言した。


 2機の機兵が動く。けど、それは同時じゃなかった。


 敵の機兵の方が速い。


 アルの方は、ちょっともたついた。


「アル……!」


 アルも自分がもたついているのはわかってる。


 わかってるから、頑張って取り戻そうとしている。


 アルの機兵が走り出す。走り出したが――。


「「あっ!!」」


 勢いよく転んだ。


 顔面から砂浜にブッ倒れた。




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