交国の異世界人
■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「なんかここ最近、家事やってること多いな……?」
レオナールに指導された通り、黒水守の屋敷の掃除をしながら独りごちる。
ラフマ隊では料理を学び、黒水では掃除も学んでいる。全部「上手くなった!」とは言いがたいけど、家事全般を覚える機会が多い。
アパートで洗濯もやってるし……。物陰から「むぅぅぅ……!」と唸りながら僕を監視している桃華お嬢様の視線にも慣れた。
お嬢様、僕を物陰から睨んでくるけど……これといって嫌味を言ってきたり、妨害してくる事はないんだよな。
それどころか逆に――。
「こらっ! いま、休憩時間のはずでしょっ!? ちゃんと休みなさいっ!」
「あ、はい……。すみません、お嬢様」
僕が休憩時間も仕事をしていると、プンプン怒りながらやってきて、休憩室で休むように促してくる。ツンツンしているけど、すごくまともで優しい。
ただ、お嬢様は僕を警戒し続けているようだ。
警戒するのが当たり前だと思うけどね……。僕を「テロリスト」と言いながら、泳がせっぱなしの巽さんと奥方様がおかしいんだよ。
100歩譲って巽さんは「エデンの協力者」だったとしても……奥方様は絶対に違うだろ……。
「アーロイ。茶を持って来てくれ」
「あ、俺もくれ~」
「あのですねぇ……! おふたりとも、もっとこう……普通の対応してくださいっ! もっと……そのっ……警戒とかするべきですよっ!?」
奥方様の書斎の呼び鈴がなったので行ってみると、奥方様と巽さんが「茶を持ってこい」とか言ってくるし……!
もっと僕をテロリスト扱いするべきじゃないか!? 僕がお茶に毒を盛ったりしたらどうするんだよ、まったく……!!
『一応、警戒はしているようだがな。常に監視がつけられている』
「お嬢様ならよく見張ってくるけど……」
『あの子ではない。別の者達がお前を監視している。視線を感じる』
エレイン曰く、僕は常に誰かに監視されているらしい。
ただ、巫術の眼を使ってもそれっぽい人に気づけない。尾行とかされているとしたら魂の位置でそれっぽい人がわかるはずなんだけど……。
エレインは、「相手は巫術の間合いをよく理解しているようだ」と言っている。僕が巫術を使って監視を見破ろうとしてもわからないよう、適切な距離や位置を守っている節があるらしい。
僕が気づいてなくても、エレインが気づいているあたり……本当にそうなんだろうけど……奥方様達の反応がやっぱりおかしいんだよなぁ~……!
『お前がボロを出すのを待っているのかもしれん』
「ボロって……。僕の正体はわかってるはずでしょ?」
『うむ。そうなのだが……。何らかの意図があるのだろう』
お屋敷の仕事には多少……本当に多少、慣れてきた。
けど……あの人達の反応はどうにも解せない。まともな反応してるのお嬢様だけだよ!! あの子も大概、優しすぎると思うけど……!!
釈然としない想いを抱えつつ、台所にいってお茶をもらい、打合せ中の奥方様と巽さんのところに持って行く。
2人はお礼こそ言ってくれたものの、殆ど無警戒にお茶を飲み始めた。精々、巽さんが先に飲んだ程度だ。仕事以上にこの反応は慣れないなぁ……。
レンズも見つからないし……ラフマ隊長達も見つからないし、この人達に翻弄されっぱなしだ。……隊長達はともかく、レンズはホントに黒水に移送されたのか?
「あ、そうそう、アルに任せたい仕事があるんだった」
お茶を出して書斎から退出しようとしていると、巽さんに呼び止められた。
「使用人の仕事も慣れてきた事だし、警備隊の仕事も増やしていくぞ」
「は、はあ……」
使用人の仕事は慣れていない。レオナールや他の使用人さん達の脚を引っ張り続けていると思うけど……一応、上司である巽さんの指示は聞かないとな。
廊下から顔を覗かせたお嬢様が「やりたくないなら断らないとダメっ!」と言ってくれているけど、仕事はやらないと。……テロリストってバレバレなのに情けかけられっぱなしみたいで、居心地悪いし。
「黒水の地理は、大雑把には覚えたよな?」
「はい。巽さ……警備隊長や、他の隊員さんの付き添いで見回りに参加させていただいたので……大まかには覚えました」
「んじゃ、黒水を回って住民の困り事ないか聞いてこい。出来れば解決してこい」
「はい。……って、漠然とした仕事ですね……?」
「黒水警備隊は、黒水住民を守るのが仕事だ。住民を守るためには、住民が困っていることを細かく把握し、解決に動くべきだ」
だから街を回って、困っている人がいないか聞いてこい――って事らしい。
戸惑いつつも「わかりました」と返し、奥方様の書斎を出る。
そして、廊下で正座し――物陰からこっちを睨み続けているお嬢様に対し、「お嬢様~……」と呼びかける。
桃華お嬢様はムッとした表情をしつつも、トタトタとこっちに来てくれた。
「お嬢様。巽さんが振ってきた仕事、警備隊が普段からしてる事なんですか?」
「そんなわけないでしょ。もちろん、警備隊が住民の困りごとを聞いて解決に動くことはよくあるけど……キチンと目的を定めてないのに聞き取りにいくなんて、初めて聞いたっ! 貴方、弄ばれてるのよっ……!」
「う、うーん……」
「イヤなことは『イヤ』って、ちゃんと言わなきゃダメよっ!? 貴方、お母さまと巽の命令をポンポコ聞きすぎよっ……!」
「いやぁ~……でも……」
「そんなに言いにくいなら、桃華が代わりに言ってあげるっ! 巽がいい加減だって、お父さまに言いつけちゃうんだからっ!」
「だ、大丈夫です。……というか、いいんですか? そんな僕を気遣って……」
僕を「悪いやつ」として疑っているんですよね?
そう問うと、お嬢様はやや気まずそうな表情を浮かべ、「でもでもだって、貴方、すっごくマジメに働いてるし……」と言ってくれた。
「あっ! で、でもでもっ! まだ疑ってるんだからねっ!? 貴方が石守家に取り入って、悪い事しようとしてるかもって、まだ疑ってるんだからねっ!?」
「あ、ありがとうございます……」
「疑われてるんだから、お礼なんか言っちゃダメっ! もっとよく考えて! 異世界人とかテロリストとか関係なく、労働者としての権利とか、もっとよく考えなさいっ! むぅぅぅっ……!!」
ともかく参考になりました。ありがとうございます、と言うと、お嬢様はまたトタトタ歩いて物陰に戻っていき、不機嫌そうに僕の監視を続行し始めた。
……お嬢様まともかと思ったけど、あの子もあの子で優しすぎて反応おかしいかもな。誘拐とかされないか心配だよ……。
ともかく、巽さんに言われた仕事をこなそう。
使用人の先輩であるレオナールに事情を伝えると、苦笑しながら「大変だねぇ……」と同情してくれた。
「タツミさんは正直、雑なところあるから……雑に仕事振ってきたんだと思う。まあ、屋敷の仕事は気にしなくていいから、散歩がてら行ってきたら?」
「いいのかなぁ~……?」
「全部タツミさんの所為にすればいいよ」
雑な指示なら、適当にこなしてくればいいよ~と言われて送り出された。
戸惑いつつも、街に向かう事にする。
『御言葉に甘えて、黒水散策と行くか』
「そうはいかないよ。住民の皆さんに困りごとないか聞いて回ろう」
『お前もお前でクソ真面目だなぁ……』
「だって、これはこれで都合いいしさ……」
住民に話を聞いてこいって事は、黒水のあちこちを回る時間が作れるって事だ。
レンズの件や、交国や黒水の実情を調べる良い機会だ。
……もう2週間以上、黒水でレンズを探しているけど一向に見つからない以上、黒水をどれだけ探しても見つけられないかもしれない。
けど、手がかりぐらいある……と思いたいんだけど――。
「レンズは、僕より先に黒水に来ているはずなんだ。真っ直ぐ黒水に送られたなら……って話になるけど」
『別の場所に移送されたのかもしれんな』
「うん。それを探るためにも、この機会にさらに――」
『……どうした?』
市街地に向かおうとしたものの、立ち止まって屋敷の方を振り返る。
門の陰にレオナールに付き添われた桃華お嬢様がいる。相変わらずこちらを監視……というか、見守ってくれているけど、屋敷の外まではさすがに来ないようだ。
それはともかく――。
「……エレイン、そういえば……前にあの屋敷に巫術師がいたんだよね?」
『あぁ……7年前の話か。確かにそれらしき子がいた』
弟に寄り添ったエレインが黒水守の屋敷で「保護」されている巫術師の子を見つけ、ラートが黒水守と交渉したんだ。
僕と大して変わらない年齢の女の子がいたと聞いている。黒水守は、その子が巫術師って認めたと、ラートが言っていた。
「その時の子、あの屋敷にいた?」
『そういえば……それらしい子は見ていないな? おそらくお前と同じぐらい成長していると思うが、それらしい子はいなかった。7年程度会っていなくても、女性なら見分けがつくのだがな。私は』
「ふふっ。キモい」
その子の顔を見たのはエレインだけ。
そのエレインが見ていないなら、もうあの屋敷にはいないんだろう。
じゃあ、どこに行ったんだろう? 黒水守は交国の巫術師部隊設立に関わっているようだから、あの子もそれに参加させられたんだろうか?
あの子の足取りに関しても、機会があれば調べておきたいな……。




