クビ
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:黒水警備隊・隊長の立浪巽
「クビになったぁ!? たった3日でぇっ!!?」
「ぁぃ……………………」
ショボくれた顔のアーロイから「食堂の仕事、クビになりました」という報告を聞いて、さすがに腰が抜けそうになった。
コイツを交国軍から保護して1週間。
交国軍から逃げ回ってボロボロの様子だったから身体を休ませた後、食堂の仕事を紹介したんだが……それから3日でクビになったらしい。
様子見に行くついでに「夕飯は外食しよ~」と食堂に来たんだが、アーロイいなくて近所の公園の隅っこで三角座りして泣いてた時点でビックリしたんだが…………こいつ、3日でクビになったのォ!?
「ビックリしたわ! 週刊漫画で『1話飛ばしたかな?』って驚きだわ! お前もっとこう……段階を踏めよ!! 『クビになりそうかも……』って話を挟めよ!! まあ、展開早くねえと打ち切られるかもだけどさぁ……!」
「ぼ……僕にそんなこと言われましても……」
「お前、料理できるんだろ? 自信あったんじゃねえの!?」
「うっ…………。うわぁぁぁぁ~っ……!」
「うわっ、また泣き始めたよコイツ。めんどくせえ!!」
お前が自信満々だったから、オジサンも自信持って馴染みの食堂を紹介してやったんだぞ~? 速攻でクビにされるとか、人材紹介した俺も気まずくなるじゃん。
何でクビになってんだよ――と問いかけたものの、アーロイは鼻水垂れ流して泣くばっかりで、要領を得なかった。もう放置して夕飯を食べにいこっかな。
「アーロイ! あ、タツミさんもこんばんは!」
「おう、ミェセ。ちょうど良かった」
アーロイと同じ店で働いていたはずのミェセが――ちょうど上がりだったのか――店の方からパタパタと走ってきた。
さすがにミェセはクビになってないらしい。グズグズ泣いてるアーロイと話しても埒が明かないから、ミェセに事情を聞いていく。
「何でコイツ3日でクビになってんの? 3日でバックレたならまだわかるんだが……。真面目にやってなかったのか?」
アーロイと名乗るコイツの監視につけていた部下の報告では「真面目に働いてますよー」と聞いていたんだが……実際は勤務態度に問題あったのか?
それはないだろうなーと思いつつミェセに聞くと、ミェセも「アーロイは真面目に働いてましたよ!!」と弁護し始めた。
「ただ、真面目以外に良いとこなかっただけです!!」
「グッ、グアァアァァ~~~~ッ!!」
「うわっ! ご、ごめんっ! アーロイ! 傷口に塩ぬっちゃって……!」
「見事なトドメだ」
ミェセは――アーロイを可能な限り傷つけないよう――言葉を選んで教えてくれた。曰く、アーロイは誰よりも真面目に働いていたらしい。
誰よりも早く出勤し、店長の次に遅く退勤していたらしい。
ただ、料理人としての腕がダメダメだったようだ。
「コイツ、あんな自信満々だったのにメシマズなのかよ……」
「アーロイの料理、ちゃんと美味しいんですよ!? ねっ、アーロイ!! タツミさんに食べてもらお!? そしたらアーロイの実力わかってもらえるから」
マズいメシなんて食いたくねえよ――と言ったが、言ったら言ったでアーロイが鼻水垂れ流して泣いてミェセが「なんでそんなヒドいこと言うんですか!!」とキレ始めるので…………仕方なく、メシを作ってもらう事にした。
途中で買い物しつつ、3人で連れ立ってアーロイの家に行く。
家といっても、黒水で用意したアパートだ。黒水で働いている元流民や異世界人向けに作った新築アパートに向かう。
知り合いと同じとこ住めた方が気が楽だろうし、同じアパートの部屋を確保してやった。イヤらしい空気になった時、イヤらしいことしやすいだろうし……俺はなんて気の利く男なんだろう!
ミェセと雑談しつつ待っていると、アーロイの作った料理が出てきた。
「所詮、3日でクビになった男の料理ですが……どうぞ……」
「ふむ? 見た目は普通のカレーだな。……匂いもカレーだな……?」
アーロイはクビにされて自信なくなったのか、ず~っとショボくれているが、ミェセは自信たっぷりの様子で「味は最高ですよ!!」と言ってくれた。
これでウンコ味のカレーだったらどうしよ……と思いつつ、食べると――。
「んっ! 普通の味じゃんか。食べられる食べられる」
空きっ腹という事情もあり、アーロイのカレーはそれなりに美味く食べられた。
店で出せる味ではないが、別にマズくはない。マズくはないんだが……。
「けど、カレー作るのに2時間は遅すぎだろ……。時間かけてるわりに味は普通だし……。要するにお前、クッッッッッソ要領悪いんだな!!?」
「ぅっ……! うわぁ~~~~っ…………!」
「タツミさん!!!」
「いてっ、いてっ。殴るな殴るな。事実陳列しただけじゃん!?」
まーたアーロイが泣き始める中、頬を膨らませたミェセがポカポカと殴ってきた。オレ夕飯まだだったのに、2時間以上待たされたんだからいいだろ……!
ミェセにポカスカ殴られ続けていると、アーロイが泣きながら庇ってくれた。
「い、いいんだ……ミェセ……! 警備隊長が言っていることが、正しい……!」
「一応料理できるけど特別美味いわけでもなく、要領悪いからクビになったのか」
「グゥ~~~~ッ!!」
「タツミさん!!!」
「いてっ、いてっ」
アーロイも料理している間に少しは落ち着いてきたらしい。
死んだ魚のような目をしつつ、クビになった経緯を教えてくれた。
どうもコイツは「料理できる」というわりには要領が悪いらしい。真面目だけど何もかも遅いから、料理人としては直ぐ戦力外になったそうだ。
「お皿洗いとかも、アーロイ遅くって……」
「うぐっ……。さ、最終的に、接客とか、任せてもらったんですが……」
「アーロイ、注文を頻繁に間違えるし、とにかく要領が悪くって~……」
「ぐふッ……!!」
ミェセも結構言うこと言ってんだが、アーロイが呻いているのに気づいてない。
アーロイは真面目だが、マジで役立たずだったらしい。
食堂の奴らも匙を投げてクビにしちまったそうだ。黒水は数年で人口爆増したから、食堂も大忙しだから……現場でゆっくり指導する余裕もなかったんだろう。
でもこいつ、その程度の腕なのによく「料理できます!」とか言えたな!!?
ってことをアーロイに言うと、またションボリして縮こまり始めた。ミェセはミェセで俺を責め、ポコポコ叩いてきた。
「僕は、思い知りました……。僕は甘やかされて料理を教えられたのだと……!」
「ふ~ん」
「食堂じゃ、ぜんぜん勝手が違って……。前はもっと準備に時間をかけれたけど、食堂は……砲弾が飛び交う戦場のように荒々しく時間も限られていて……!」
「あっそぉ……」
足を引っ張っているうちに周囲の目つきも厳しくなって、ミス連発してキレた料理長が「明日から来なくて良い!!」とアーロイを追い出したらしい。
あそこの食堂、港湾労働者が山ほど来て忙しいからな~。忙しすぎて料理長達も余裕なくなってカッとなっちまったんだろう。
……そういや、「即戦力だから雇ってくれ~」と紹介したの俺だな? アーロイの実力を確かめず、鵜呑みにして紹介した俺の所為でもあるのか?
「思ってたのと違うって言われて…………いや、その通りなんでしょうけど、自分の無能さ加減がイヤになって……ハハッ、僕、こんな料理できなかったんだ……」
「あ、アーロイは十分料理できるよっ! 私より出来るもん」
「そんなことないよ……。ミェセは、皆に褒められてただろ……?いっぱい、仕事できるって……。ぼ、僕はみんなに、舌打ちしかされなくてっ……。わぁ……!」
「あぁ~っ! また泣いちゃった!」
軽くトラウマになってるらしく、アーロイは部屋の隅で泣き始めた。
ミェセは「アーロイはがんばったよ~……!」と言って背中をさすり、慰めているが……アーロイの自尊心はボロボロだろう。
ちょっとだけ申し訳ないな。もうちょっとアーロイの実力にあった仕事を探してやれば良かったかもしれねえ。
でも、皿洗いすら戦力外の男を別の食堂に紹介するのもな~……。経歴的にも普通の労働はしてきてないだろうし、交国の飲食店で働くの難しいかも。
「仕方ねえ……。別の仕事、探してきてやるよ」
アテはある。
黒水はいま、大きく成長している港湾都市だ。
コイツでも出来る仕事はいくらでもあるさ。…………多分、おそらく。




