皿の上のアーロイ
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「黒水にようこそ! ここまでくりゃあ、もう大丈夫だ」
「…………!」
回転翼機が山を越え、黒水上空までやってきた。
前に来た時より、街が数倍大きくなっている。黒水が交国指折りの港湾都市に成長しつつあるという話は、本当のようだった。
僕らを乗せた回転翼機は黒水の一角に降り立った。僕とミェセ達は回転翼機から下りた後、簡単な健康診断を受ける事になった。
身体検査は……ろくに行われなかった。おかげで携帯型の流体甲冑発生装置を取られる事も無かった。……僕が武器を持っている可能性があるのに、黒水の警備隊長が「身体検査ならもう終わった」とウソをついてくれた。
健康診断も簡易なもので、僕が全身義体だとバレた様子はなかった。牢屋にブチ込まれるという事もなく、警備隊の応接室に通された。
ミェセ達は別室に連れて行かれたけど、手厚く保護されている様子だったので一安心しつつ……向かいのソファに座った黒水の警備隊長と視線を交わす。
「ちゃんとした自己紹介はまだだったな。俺は立浪巽。表向きは黒水警備隊の隊長とかやってる。……けど、その正体はエデンの協力者だ」
「…………」
「ありゃ。まだ信じてくれないか?」
『兄弟。この男の言うことを鵜呑みにするなよ』
僕だけに聞こえるエレインの言葉に、「わかってる」と言う代わりに瞬きを返す。……疲労で頭がろくに回っていないから、いま色々判断するのは無理だ。
ヤバいことを口走りそうになったら、エレインが怒鳴って止めてくれる事になっている。
黒水の警備隊長が本当に「エデンの協力者」の可能性もあるけど……さすがに直ぐ信じることはできない。交国軍と結託して、僕の素性を調べるために新手の尋問を仕掛けている可能性もある。……と、エレインが言っていた。
ひとまずこの場を何とか切り抜けて、頭と身体を休めたい。
「で、お前の事はなんて呼べばいい? アーロイ? それともエデンのコードネーム? もしくはネウロン人としての本名で呼んだ方がいいか?」
「エデンって、何のことですか?」
よくわかりませんね、としらばっくれる。
相手は肩をすくめ、「いま応接室には俺しかいないんだ。もう少し信用してくれてもいいじゃないか」と言ったが、とぼけ続ける。
「お前が交国軍から逃げられたのは、俺が奴らを丸め込んだおかげだぞ? 感謝してくれよ。なぁ」
「…………」
「まあ、気持ちはわかる。エデンにとっては、黒水も敵地だもんな。俺に対しては開襟してほしいが……とりあえず待つよ。お前が俺を仲間だと信じてくれるまで待つよ」
「…………。ミェセ達は、どう……なるんですか?」
彼女達はエデンと関係無い。
偶然出会った無関係の子達だ。
僕と一緒に黒水に連れてこられたけど、人質にされたりしないだろうな――と思いながら問いかけていく。
「あの子達は、異世界から誘拐されてきたそうです。故郷に帰れるんですか?」
「もちろん――――と言いたいところだが、本人達次第だな」
しばらくは黒水で保護してもらえるらしい。
早ければ1ヶ月ほどで故郷に帰す準備が整うらしい。子供を数人送るためだけの方舟を出す事も出来ないから、旅客か輸送の便に便乗させてくれる予定だそうだ。
「あの子達の話だと、<青城>にはそこそこの数の異世界人が誘拐されている。ミェセ達の証言をいま急いで取りまとめている。今頃、特佐が率いる部隊が強制捜査に入ってる頃かもな……」
青城に囚われている異世界人もまとめて保護して、出来る限りまとめて故郷に帰してくれるらしい。
本人が「黒水に残りたい」と言い出すとか、故郷が危険な状態なら黒水に残ってもらう事になるようだけど……皆、助けてもらえるらしい。
この人の言うことは鵜呑みに出来ないけど、さっきの交国人の反応も踏まえて考えると……青城守のやっている事は交国でも御法度だったんだろう。
今は誘拐された人達が全員、無事に助けられることを祈ろう。
「で、お前はどうする?」
「僕、ですか……?」
「エデン云々はさておき、黒水に残りたいなら住む場所を用意するぞ?」
黒水で暮らしていくなら、学業なり仕事に勤しんでもらう事になる。故郷に帰りたいなら、あの子達のように帰す事もできる。
そう言った警備隊長はニヤニヤ笑い始め、「まあ、お前は目的あって交国本土に来たんだから、そういうのはテキトーでいいのかね?」なんて言ってきた。
「とりあえず今は黒水で大人しくしてな。ずっとニートでいたいって要望には応えかねるが、勉強や仕事の合間に黒水観光もできるぞ」
「観光なんて――」
「黒水で捜し物があったり、見たいものがあれば観光のフリして見て回れって話さ。察しろ」
この人が「エデンの協力者」って話がウソだった場合……何故、ウソをつく。
エレインの言うように、交国軍と結託した新手の尋問なのか? もしくは単に泳がせているだけなのか? ……いや、僕の顔、入管の時と変えてないからテロリストって事はわかってるよな……?
「あくまで表向きの立場だが……俺は黒水の警備隊長だ。お前さんが『一般人立ち入り禁止』の区画に忍び込もうとしたら止めなきゃならん。どうしてもそういうところに行きたいなら、こっそり俺に相談してくれ」
どうにも信用できないし、相手の目的もよくわからない。
けど、交国軍に拘束されるよりずっとマシだ。
ここは黒水。レンズは黒水に移送予定だった。……黒水にいれば、レンズを見つけることが出来るかもしれない。
それに、交国本土にあって、大きく発展しつつある黒水なら「いまの交国」を知る手がかりになるかも……。
「……ここにいていいなら、いさせてください」
「学校に通うって事でいいか?」
「いえ、仕事を探して働きます。故郷にも戻りません。戻れない事情があるって言ったら……納得してくれますか?」
「お前さんがわざわざ仕事探す必要ないよ。こっちで手配してやる」
警備隊長は笑みを深め、「戻れない事情とやらは、せめてそれっぽい話をしてくれよ」と言った。
「例えば、故郷が内戦状態だから~とかさ。もしくはプレーローマに故郷を滅ぼされた家なき子なんです~とか言い張ってくれよ」
「あっ、じゃあ、内戦でヒドい事になってるって事で……」
咄嗟にそう言うと、警備隊長は大笑いした。エレインも顔を押さえている。
だ…………ダメだ、頭が回らなくて、受け答えもフニャフニャだ。
「あのな? 俺以外と話す時は、もっと慎重に振る舞ってくれ! 例えばさぁ……陰のある表情を浮かべながら『故郷のことは……思い出したくありません……』って言うとかさ! そしたら皆、気を遣って聞かねえよ」
「は、はぁ……」
「だが本当に仕事でいいのか? 学生やってる方が気楽だぞ~?」
勉強はヴィオラ姉さんに見てもらっている。
黒水でわざわざ学ぶことはないだろう。……仕事をさせてもらった方が、黒水の色んなとこに行きやすいはずだ。それに一応匿ってもらう立場だし、タダ飯食らいにはなりたくない。
助けてもらった恩義を返すためにも働きます――と言っておく。
すると、警備隊長は「仕事の希望はあるか?」と聞いてきた。
「何か特技とかあるなら教えてくれ。それ活かせる職場を紹介するから」
「特技、ですか……」
レンズやバレットなら「ぬいぐるみ作り」とか「機械いじり」って言うんだろうけど……僕には2人みたいな特技はない。2人みたいに器用じゃない。
巫術なら使えるけど、大っぴらに術式を使うのは避けたいし――。
「あっ……! 料理! 料理ならちょっと自信ありますっ!」
「おっ、いいねぇ。料理人ね……。どっかの飯屋で雇ってもらえそうだ」
ラフマ隊の皆さんと交国本土に向かっている時、ヨモギさんに師事して……ある程度は料理が出来るようになった!
ヨモギさんも「上手い上手い」「才能ある!」といっぱい褒めてくれたし……ちょっとは出来るはずだ!
警備隊長も笑顔で「そういう特技あるのは助かるぜ」と言ってくれた。
「黒水はここ数年でデカくなって、人口が右肩上がりに増え続けている。飯屋の需要も高いから、即戦力は助かるわ」
「がんばるので、仕事をください!」
「おう! 直ぐに見つけて来てやるよ」
警備隊長はソファから立ち上がり、「今日のところはこんな感じで」「住むとこ案内してやるから、じっくり休みな」と言ってくれた。
なんだか妙な事になった気がするけど……この好機を逃がすべきじゃない。レンズを探しつつ、交国の事をもっとよく知ろう。
そして、何とかラフマ隊長達に合流しよう。
『…………兄弟、本当に大丈夫か? ラフマ隊での食事の準備とは、ワケが違うと思うのだが……』
「大丈夫だって。僕に任せて」
『う、うぅむ……』
心配そうなエレインを落ち着かせ、ひとまず、休む。
マーリンを抱っこし、眠りにつく。
ここ数日まともに眠れてなかったから、泥のように眠ることが出来た。
目覚めると牢屋に移されていたって事もなく、黒水での生活が始まった。




