守るために
■title:交国本土にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「……黒水まで持ってくれよ」
交国本土に来てから酷使しっぱなしの流体甲冑を再び纏う。
ミェセ達が怯えないようになだめつつ、流体甲冑で四足歩行の獣形態に――大狼の形態へと姿を変える。
『この姿でキミ達を運ぶ。怖いかもだけど、ガマンしてほしい』
「だ、だいじょうぶっ……!」
ミェセ達は驚いた様子だったけど、こわごわと僕に近づいてきた。
流体甲冑の触手を伸ばし、3人を背に乗せる。また驚かれたものの、さすがに怯えて逃げられる事はなかった。
「アーロイ、スゴいね。どうやって身体を変化させてるの?」
『機兵の流体装甲と、基本技術は同じだよ。アレの歩兵版って言ったら…………ええっと、わからないか』
どうやらミェセ達は機兵にも馴染みがないらしい。
……多分、後進世界からさらわれてきたんだろう。先進国の人間が後進世界の住民を誘拐し、売買するって話はちょくちょく聞くけど、交国でもこんな事が行われているなんて……。
『ともかく進もう。追っ手が来る前に。……流体甲冑の限界が来る前に』
交国軍から逃げるために流体甲冑を騙し騙し使ってきたから、さすがにそろそろ流体が尽きそうだ。
ミェセ達も疲弊している様子だ。いまの僕らの足では、流体甲冑を使わない限りは追いつかれてしまうだろう。
青城守の追っ手は――さすがに機兵は使ってこないだろうけど――車ぐらいは使う可能性がある。
僕もミェセ達も、交国本土の地理に明るくない。黒水がある場所は、ミェセ達が「大体の方角」を知っているだけだった。
ひとまず、ミェセの言う方角に進んでいくと――。
「ホントにこっちか、わからないんだけど……」
『いや、多分正解だ。山向こうの空が明るい』
黒水は7年前よりも成長し、交国指折りの港湾都市に成長しつつあると聞く。
人口も建物も増え、照明器具が沢山あるはずだ。黒水があるはずの方角の空が微かに明るい。街の光が空を照らしているようだった。
街があるのは確かだ。
あそこに黒水があると信じよう。
ミェセ達とマーリンを乗せ、明るい方角に向け、進んでいると――。
『兄弟。止まれ。待ち伏せされている』
『…………!』
エレインが僕より先に待ち伏せに気づいた。
青城守か、その取引相手である奴隷商の手下に先回りされていたらしい。
強行突破は…………出来るか怪しいな。酷使しすぎた流体甲冑が不調を訴えている。戦闘中に使えなくなる可能性もある。
ましてや、ミェセ達を背に乗せた状態では戦闘もままならない。
『ここで待ってて。偵察してくる』
3人とマーリンを隠し、待ち伏せている人達のところに近づいていく。向こうはこちらに気づいた様子はない。……近づき、聞き耳を立てる。
「ガキ共が通るとしたらここだ。奴らは絶対、黒水に向かっている」
「手こずらせやがって……」
『…………』
軍人と呼ぶには粗野すぎる男達が、森を横断する道沿いに隠れている。
直ぐ近くに車を停め、それを隠して網を張っているようだ。ミェセ達が逃げた時点で逃亡先にアタリをつけ、先回りした人もいたんだろう。
「しかし、なんだってんだ……。今日はやけに軍のドローンを見かける。おかげでこっちも探しにくいったらありゃしねえ」
「どっかの犯罪者を捜してるらしい。青城守が抗議して牽制しているようだが、ガキ共をさっさと捕まえかねないと、オレらの存在が軍部にバレかねないな……」
「もう捕まえなくていいだろ。殺処分でいいじゃねえか。どうせいま、出荷難しいんだしよぉ……」
「上の命令は捕縛だ。こっちの判断で殺すわけにはいかんだろ」
「どーせ最終的に殺す事になるって……! 奴隷の存在が政府にバレたら、大変なことになるんだぞ……!? なんか第三班とも連絡取れねえし、マジでいま捕まるか捕まらないかの瀬戸際に――」
『――――』
待ち伏せしている奴らの数は把握した。
この場には3人しかいない。
可能な限り忍び寄り、流体甲冑の力を借りて思い切って制圧しにかかる。甲冑の調子が悪くて少し手こずったものの、他所に連絡される前に制圧できた。
縛り、昏倒させ、ミェセ達のところに戻ろうとしていると――。
『兄弟。そいつらの持っている端末に、地図がないのか?』
『あっ……! な、なるほど。それで黒水の位置を確認しておけば――』
エレインの助言に従って端末を借り、地図を調べる。
僕らが向かっていた方向に、黒水は確かにあるようだった。
山を越えれば辿り着ける。出来ればこの人達の車を借りたいけど――。
『街道沿いは、この先も待ち伏せされている可能性がある。流体甲冑を使って山越えした方が安全のはずだ。ひとまず、あの子達のところに戻ろう』
『了か――』
少し、目眩がして持っていた端末を落としてしまった。
エレインが心配してくれたけど、「大丈夫」と返す。
山1つ越えれば黒水だ。……もう少しの辛抱だ。
さっき制圧した男達の会話から察するに、やっぱり青城守が人身売買に関与しているらしい。そして、それは政府や軍部にバレるとマズい事のようだ。
交国政府と領主がグルになって裏で不正行為を働いているってわけじゃないらしい。それなら……ミェセ達を黒水に預ければ、助けてもらえる……かもしれない。
正直、黒水守も相当信用ならないけど……実際に人身売買に手を染めている青城守よりはマシだと信じるしかない。
待ち伏せを制圧した事で、強行突破する必要はなくなった。
ミェセ達を連れて、黒水に――。
「いた! いたぞぉッ!! ガキ共が隠れてやがった……!!」
『――――』
ミェセ達が隠れていた方から、男達の声が聞こえてきた。
急ぎ戻ろうとしたものの、手遅れだった。ミェセ達は男達に銃を突きつけられ、震えている。もう捕まる寸前だ。
男達はミェセ達の方に集中しているのか、僕の方に気づいていない。
ミェセは僕に気づいたらしく、男の子達を庇いつつ、こちらに「来ちゃダメ」と言いたげに口を動かしている。
『兄弟、いま行くな。いま突っ込めば、あの子達に流れ弾が当たるかもしれん』
『っ…………』
『流体甲冑の調子も悪い。さすがにもう、無茶は出来んぞ』
ミェセ達の隠し方が甘かった。僕が戻るのが遅かった。
ミェセ達を捕まえた男達は、10人もいる。さっき制圧した男達と同じ風体をしている。……けど、一瞬で制圧するのは難しい数だ。
下手に飛び出せばエレインの言う通り、ミェセ達に流れ弾が当たりかねない。
男達はまだミェセ達を殺すつもりはないようだ。銃を突きつけ、近くに止めているらしい車まで歩くように促している。
車のところで襲いかかるか? 車を憑依で奪うか? どこで男達を襲ったとしても、ミェセ達を巻き添いにしかねない未来しか見えない。
彼女達を守ると誓ったのに、このままじゃ――。
『兄弟。待て。待て待て待て……! それはマズい!』
「――――」
エレインの忠告を聞かず、ミェセ達のところに向かう。
隠し持っていた機器を操作しつつ、ミェセ達のところへ走った。
ミェセ達を助けるには、これしかない。
■title:交国本土にて
■from:エルフの少女・ミェセ
「み、ミェセ達を返してくださいっ……!」
「――――」
なんで。
なんで、私達を見捨てずに出てきちゃったの。
アーロイは生身で――今にも倒れそうなほど青ざめた顔で藪の中から出てきた。両手を上げつつ、私達を返してほしいと言ってきた。
そんなアーロイの姿は、追っ手を打ち倒した時のような勇壮さは少しも感じない。今直ぐ倒れてしてもおかしくないぐらい、彼は弱って見えた。
何で出てきたの、と叫ぶと、アーロイは苦笑いを浮かべるだけだった。
追っ手は顔を見合わせつつ、慎重にアーロイに近づいていった。そして持っていた武器でアーロイを殴りつけ、地面に押し倒してしまった。
「誰だ、テメエ……! テメエみたいなヤツ、こっちは知らね――」
「僕は、ミェセ達の脱走を手引きした黒水の人間ですっ」
アーロイの言葉を聞いた追っ手達は、青ざめてざわめき始めた。
アーロイは「黒水守の命令で、ミェセ達を……あなた達が扱っている奴隷を連れ出したんです」と言った。……どういうこと? なんでそんなウソを……?
「ぼ、僕に手を出すと、黒水守が黙ってませんよっ……! 大事にしたくないなら、ミェセ達を解放してくださいっ! それで、今回の件はお互いになかったことに――」
「アーロイ!!」
アーロイの頭が思い切り蹴られた。
蹴った追っ手は、呻いているアーロイにツバを吐きかけ、「バカが」と言った。
「こいつとお前らを逃がしたら、どっちにしろ大事になるんだよ……! 黒水守が交国軍を動かして青城に強制捜査入ったら大事になるんだよ」
「けど、どうする!? コイツがマジで黒水の人間なら、面倒だぞ……!?」
「ここで殺すか?」
「いや待て、もっと情報を引き出さねえと……! 黒水守が奴隷の件に気づいているとしたら、対策立てねえと……! どの程度把握してんのか喋らせるぞ」
「ここで?」
「連れ帰ってからに決まってんだろ」
倒れたままグッタリしているアーロイが、男達に縛られていく。
そして、私達と一緒に鉄の箱に引っ張られていく事になった。
逃げられなかった。
それどころか、アーロイまで巻き込んじゃった……。
■title:交国本土にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「あ、アーロイっ……! ご、ごめんなさいっ! 貴方まで巻き込んで……!」
「だいじょうぶ、僕は……。それより、カッコよく助けられなくて、ごめ――」
追っ手の拳が僕の頬に当たり、ミェセが悲鳴を上げた。
殴ってきた人に「黙っていろ」と怒鳴られた。
殴られたのが服を着ている箇所じゃなくて良かった。服の下に流体甲冑を密かに展開し、いつでも使えるようにしているから……感触で怪しまれかねない。
けど、流体甲冑を使うとしても、使う場面はよく見極めないと。
……ミェセ達と同じ車に乗せられるのが一番良かったけど、男の子達が別の車に乗せられてしまった。となると、車を奪って流体甲冑で車を強化するって手を使うのは難しそうだ。
「――――」
車への憑依を開始する。
奪って逃げるのではなく、意図的に不調の状態に追い込み、青城に直ぐ向かえないように細工する。追っ手の男達が苛ついた様子で車の調子を確かめ始めたけど、僕が憑依で細工した事に気づいた様子はない。
そこらの領主の私兵程度では、さすがに巫術の知識はないようだ。
この調子で時間を稼いでいれば、ミェセ達を助けられるはず……。
「…………来た」
思っていたより、ずっと速かった。
複数の魂が一気に近づいてくる。
追っ手の男達も「異常」に気づいたらしく、血相を変え始めた。
けど、もう遅い。
振動で車が揺れる。
巨大なものが車両の周囲に降り立ち、包囲してきた。
僕が細工していないため、無事に動く車が慌てて発進して逃げて行こうとしたけど……その進路上にあった大きな足に激突し、車は止まった。
「なっ、なんだぁ!?」
「機兵だ!」
「なんで機兵がここに……!!」
『全員動くな! 降車し、両手を上げて膝を地面につけ!!』
いまの僕じゃ、ミェセ達を無傷で助けるのは難しい。
だから、助けを呼んだ。
『我々は、交国軍第7艦隊だ。抵抗は無駄だ。全員、車から下りろ!』
青城の悪人達が、いま絶対かち合いたくない人達を助けに呼んだ。
まあ、僕も絶対出会いたくない相手だけど……ミェセ達を無傷で助けるには、もうこの手しかない。交国軍を信じるしかない。
僕がどうなろうと――。
 




