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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第5.0章:その正義に、大義はあるのか
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消えた銃傷



■title:交国本土にて

■from:死にたがりのスアルタウ


『――――。兄――――。兄弟! しっかりしろ!!』


『ぁ…………。あぁ…………』


 意識が、少し飛んでいた。


 エレインの大声で、意識が戻ってきた。


 僕の傍でとても心配そうにしているエレインに「大丈夫」と返す。


 一応、大丈夫…………のはずだ。まだ死んでいない以上、まだ戦える。


『今の状況を、キチンと認識出来ているか?』


『……大丈夫。僕らは、交国軍から…………逃げていて……』


 交国本土にやってきたものの、何故か交国軍が僕らの動きを掴んでいた。


 向こうも僕らを捕まえる準備がそこまで出来ていなかったのか、港で戦った交国軍は…………何とかなった。


 倒せたわけじゃないけど、何とか突破できた。


 ただ――。


『僕は、ラフマ隊の人達と……離ればなれになって……』


 隊長達の方舟は交国軍の攻撃を受けつつ、何とか離脱してくれた……はずだ。


 機兵の攻撃を受け、方舟が爆発して黒煙を吹き出していたけど、「こっちは何とかする」と言っていた。


 魂が遠ざかっていくのは観えたけど、観測可能範囲内で消えるのは観ていない。……向こうも交国軍に追われていたけど、逃げ切ったはずだと信じたい。


『奴らは兄弟を置いて逃げた。お前を囮にして逃げていって――』


『僕が、殿に残るって言ったんだ……。あれで良かったんだ』


 ボロボロの流体甲冑を何とか整えつつ、エレインに「僕も無事だし、別にいいじゃないか」と告げる。


 まあ、言うほど無事ではないんだけど――。


『ラフマ隊長達と別れたの…………一昨日だっけ?』


『3日前だ。兄弟、どこかで休もう』


『どこかって、どこで……?』


『交国軍の追跡は撒けたはずだ。……森のどこかに潜んで、休むべきだ』


 休んでる場合じゃない――と言おうとしたけど、崖で脚を滑らせて落ちてしまった。大した崖じゃなかったけど、落下の衝撃で呻く。


 エレインの言う通り、交国軍の追跡は撒けたはずだ。


 途中、敵から奪った機兵を携帯型のヤドリギで遠隔操作し、機兵だけを戦闘させつつ逃がして……機兵を囮にして僕自身はこっそり逃走。


 敵は一時的に騙されてくれたけど、直ぐに僕が機兵に乗ってないと気づいた様子だった。多分、敵側の巫術師が気づいたんだろう。


 それでも何とか流体甲冑を使って逃げ、海や森を経由して必死に逃げた。自然環境にいる無数の魂を囮とし、何とか追跡を撒く事に成功した。


 けど、完全に逃げ切ったわけじゃない。


 僕は交国本土で孤立してしまった。……ラフマ隊長達とは連絡が取れない。傍にエレインがいてくれなきゃ、怖くて発狂しちゃったかも。


 オマケに、敵は僕の捜索を諦めていないようだ。


 時折、空を交国軍の偵察機やドローンが飛んでいる。……このまま逃げ続けるのは難しいだろう。いつか見つかり、激しい追撃が来るはずだ。


『脳と体を休めないと、このままでは動けなくなる。もうとっくに限界を超えているんだ。あそこに洞窟がある。あそこに退避しよう』


『ん…………』


 エレインの言葉に頷き、ヨタヨタと洞窟に進む。


 脳も体もくたくただ。疲労で手足がまともに動かない。流体甲冑で無理矢理支えているけど、流体甲冑もかなり無茶をさせてるから……休ませないと……。


 ほぼ寝ずに逃げ続けていたから、さすがにキツい。何とか意識を保てていたのは、危機的状況に置かれた緊張とエレインの声のおかげだろう。


「――――」


 流体甲冑を解いて、どすんと腰を下ろすと、ドッと疲れが襲ってきた。


 エレインが何か言っている。


 ひとまず追っ手は撒けたはずだ。私が見張りをする。何かあれば起こす。


 そんな感じの事を言ってくれたらしいエレインに、頷く。


「…………」


 寝転んでいるうちに交国軍が来たら怖いから、洞窟の壁に身体を預けるだけにしておく。敵が来ても、直ぐ対応できるように――――。




■title:交国本土にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「っ…………!!」


『おっ……。兄弟。もう起きたのか』


 何かが飛行している音。


 それを聞いて飛び起きる。


 洞窟の壁に身体を預けていたつもりが、いつの間にか寝転んでしまっていた。そのうえ、意識が飛んでいた。


『大丈夫だ。交国軍のドローンが上空を通り過ぎていっただけだ。……気づかれた様子はない。よく休んでおけ』


「あぁ…………」


 まだ、身体が重い。


 けど、寝落ちする前よりは……少しだけ、頭がスッキリした。


 エレインに「寝てなさい」と言われたものの、寝たくなかった。いつ交国軍が来るかわからない。……けど、どうすればいいかわからない。


 あぁ、そうだ。


 あの件も、確かめておかないと…………。


「…………やっぱり、傷がない」


 自分の身体をよく見て見たけど、傷らしい傷は負ってない。


 無茶をしたから身体はくたくたで、流体甲冑だけでは止めきれなかった衝撃で身体中、青あざが残っているけど……銃創はない。何故か(・・・)ない。


 僕は、交国軍人に撃たれたはずだ。狙撃され、流体甲冑ごと身体を貫かれたはず。……確かに、痛みを感じた覚えがある。


 何とか即死は避けたけど、あの傷…………僕が全身義体だからといって、耐えきれなかったはず。いや、そもそも銃傷が残っていないのがおかしい。


 既に出血多量で死んでいてもおかしくないはずなのに……。


「エレイン、僕の傷を治してくれたのか?」


『私は何もしていないし、今の私にそんな事は不可能だ。……私から見ても、兄弟は確かに撃たれたように見えたのだが……』


 エレインは僕が流体甲冑を使い、無理矢理身体を治したのでは? と思っていたらしい。残念ながら僕にはそこまでの芸当はできない。


 ヴィオラ姉さんなら外科手術でどうにかしてくれたかもしれないけど……手術する暇なんてなかった。僕らの傍には僕とエレインしかいなかった。


 エレインの忠告を聞かず無茶して、やらかして、気が動転していたから……自分が銃傷を負ったと勘違いしたのか?


 ……だめだ。考えがまとまらない。


「…………」


 携行保存食でも食べて、脳に栄養を送ろうと思ったけど…………そうだ、昨日、持っているのは全部食べちゃったんだった……。


 保存食を求めていた手が空振り、ため息が出そうになったけど――指先が何か硬いものに触ったので、ため息が引っ込んだ。


 まだ食べていない保存食があったのかと期待したけど、違った。


「……なんだこれ?」


『兄弟が交国軍人から奪った通信機だ。覚えていないのか?』


「あぁ~……。いま、思い出した」


 そういえば逃げる時、奪った気がする。


 自分の持っていた端末が交国軍の攻撃で壊れちゃったから、代わりに通信機を拝借したんだった。ラフマ隊長と連絡取るのに使えるかと思って。


 電源をつけて通信機を使おうとすると、エレインが「待て待て」と言って止めてきた。僕の前で手をブンブンと振ってきた。


『それを不用意につけたら、交国軍に位置がバレると考えて電源を切ったのは兄弟だろう? つけるなつけるな』


「あ、あぁっ……! そういえば、そうだった……。完全にボケてるな」


『それだけ疲労しているのだ。よく休め』


 ほぼ無意味なものを持って来ちゃったんだった。


 交国軍に追われ、孤立しちゃって気が動転していたから……。こんな事なら自分の端末をもっとしっかり守れていれば…………。


「…………?」


 自分が最初から持っていた端末を、よく見る。


 もう壊れちゃってる。交国軍の弾丸に貫かれて壊れてる。


 これ、身につけていた僕にも弾丸当たってるはず…………だよな? それなのにやっぱり銃傷が残ってない。なんでだ……?


「まあ、通信機(これ)は捨て…………。なくて、いいか……」


 今のところ使い道ないけど、そのうち使い道が見つかるかもしれない。


 これ持ったまま逃げていても、交国軍に位置がバレている様子もないし……持っていても大丈夫だろう。そのうちバラして何かに再利用できるかも?


 あぁ、バレットみたいに機械知識あれば、敵に位置を悟らせずこの通信機を使えたかもしれないのにな……。


 ため息を漏らしつつ、洞窟の壁に頭を預けようとした。


 その瞬間、後頭部から「みッ!」と鳴き声が聞こえた。


 少し濁った鳴き声だった。


「なっ……! あっ、マーリン!? お前、なんでここにっ……!!」


 振り返ると、フワフワマンジュウネコのマーリンがいた。


 僕の後頭部に張り付こうとしていたようだけど、僕が急に動いたもんだから洞窟の壁と僕の頭に挟まれて鳴いたらしい。


 マーリンはうらめしそうに「みぃ~~~~ん」と鳴いた後、僕の顔に飛びついてきて、ペロペロと舐めてきた。


「お前、ネウロンで待ってろって言ったろ……!? というか、ラフマ隊の方舟に潜んでたのか……! 気づかなかったぞ」


『…………。方舟には乗らず、別経路で来たのかもしれんぞ?』


 エレインが有り得ないことを言うので、少し笑ってしまう。


 確かにマーリンは神出鬼没だけど、ネウロンから交国本土まで独力で来るのは無理だろう。多分、方舟のどこかに潜んでいたんじゃないかな。


 一応、無事のようで良かった。マーリンが交国軍との戦闘に巻き込まれて死んでいたと思うと、ゾッとする。


「あ……。ひょっとしてお前、ラフマ隊長達の位置を知らないか? 隊長達と同じ方舟に乗ってたはずだよな?」


 隊長達が近くまで来ていて、隊長達と行動を共にしていたマーリンが僕に気づいて来たのかと考え、問いかける。


 けど、マーリンは僕の腕の中で「ゴロゴロ」と鳴くだけだった。ご機嫌な様子だけど、ラフマ隊長達の位置を知っている様子はない。


 そんな都合よく助けが来るわけないか……。


「ん……?」


 マーリンがゴロゴロ鳴く音に紛れ、変な音が近づいてきた。


 かと思えば遠ざかっていった。……誰かが騒ぎながら遠ざかっていく。


『誰かが通り過ぎていったようだな? 追っ手ではなさそうだが……』


『ちょっと見てくる』


 マーリンを地面に置き、流体甲冑を纏いつつ、洞窟を抜け出す。


 一応、何が起きているか見ておかないと――。




■title:交国本土にて

■from:贋作英雄


『コラ、待て! 兄弟……! 交国軍だったらどうする! 偵察は私が行く!』


『エレインは、僕からそんなに離れられないだろ』


 遠ざかっていく音の方に向け、兄弟が慎重に近づいて行く。


 この騒ぎ方は交国軍ではないだろう。……女子供の声に聞こえる。


 現地住民にしては、少しおかしい。こんな森の奥深くにいるのはおかしい。


 そんな疑問を抱きつつ、追っていくと……実際に女子供がいた。誰も彼も怯えた様子で身を寄せ合っている。


 人数は3人。1人は兄弟より少し年下ぐらいの少女に見えるが、もう2人は10歳前後の男子だった。……男子2人は家族なのか、顔立ちがよく似ている。


 いたのは3人の子供だけではなかった。


 その子供達を、大人の男達が取り囲んでいる。


 身を寄せ合って蹲っている3人に対し、大人の男達が罵声を浴びせている。殴りつけようとする動作までして、3人を怯えさせている。


 男達は無頼の輩のように見える。軍服も着ていないし、交国軍人ではないようだが……銃器は持っている。単なるチンピラではなさそうだ。


『…………。洞窟内に戻るぞ、兄弟。彼らに構う理由はない』


『でも…………』


『交国軍の罠の可能性もある。ここは冷静に――』


 私がそう言った瞬間、大人の男が少女を殴った。


 それを見た兄弟は飛び出していた。見過ごす事が出来なかったのだろう。


 流体甲冑を纏った兄弟は、不意打ちで大人の男達を制圧していった。向こうも銃で武装していたが、交国軍人ほどの練度はなかった。


 流体甲冑で弾丸を弾き、猛進する兄弟は男達を殴り飛ばして制圧していった。大抵の男は一撃でノビたが、1人だけ意識を保っている者がいた。


『――――』


 兄弟は流体甲冑で剣を作り、その男に向けた。


 正しい行いだ。男達が何者かわからんが、口封じのために殺すべきだろう。


「ひぃ……!! や、やめてくれぇっ……! ぉ、おれたちはっ! 領主に言われて仕方なくっ……! こ、ころさないで……」


『…………』


「こ、こういう仕事なんだっ! そいつらが脱走するから……!! や、やめろっ、殺すな! 殺さないでくれっ!」


『…………』


「家族がいるんだ! こ、今年、3歳になったばかりの娘がっ! 妻といっしょに俺の帰りを待ってい――――」


 兄弟が剣を持った手を振り下ろした。


 剣の刃ではなく、柄を握り込んだ手で男を殴り、気絶させた。


 そして、剣を甲冑に戻した。口封じのために殺す気はないようだ。


 正しくない行いだが……ホッとした。兄弟の選択に思わず安堵してしまった。


 兄弟は剣はしまったものの迷っている様子だったが、マーリンと共に近づき、「直ぐにここを離れれば問題あるまい」と言っておく。


『とりあえず、全員まとめてしばっておこう』


『うん。……でも、あの子達はどうしよう……?』


『うぅむ……』


 困り果てた様子の兄弟が振り返った先には、少女と2人の男子がいた。


 3人は怯えた様子でこちらを見ていたが――自分達の敵である男達が倒されたのを見て、こちらに敵意がないと察してくれたらしい。


 少女が――ほっそりとしたエルフの少女が足を震わせながら立ち上がり、「助けてください……」と言ってきた。消え入りそうな声で助けを求めてきた。


『兄弟。さすがに、いま人助けをしている余裕は――』


『絶対に助けられる保証はできない。けど、僕が出来る範囲で助けるから……まずは事情を聞かせてもらっていいかな?』


『兄弟』


『……とりあえず、事情を聞くだけだ。情報収集だよ』


 おそらく、情報収集だけでは終わるまい。


 兄弟がこの子達を置いて逃げるとは思えん。


 兄弟の行いは正しいが、正しくない。


 だが……これでいいのだろう。兄弟はこれでいいのだ。




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