緊急登板
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
熱があるフェルグスを抱き上げ、医務室に向かう。
格納庫を出て直ぐにキャスター先生と出くわした。
フェルグスはさっき先生のところに来て、「元気になる薬くれ」と言ってきたらしい。理由も言わず。
様子がおかしいうえに、診察も断って逃げていったので追いかけてきたらしい。先生にフェルグスを引き渡し、改めて診察してもらうと――。
「過労と風邪、っすか……」
今日は薬を飲ませて絶対安静と言われた。
フェルグスは「今日、模擬戦なんだよ」「ジャマすんな……!」と言って暴れたが、問答無用で医務室のベッドに寝かせる。
ベッドの上で暴れ、医務室から出ていこうとしたが、ヴィオラが声を震わせて叱るとやっと大人しくなった。
ただ、すがるような目つきをしながら、キャスター先生に話しかけ始めた。
「頼む。なんでもいいから……クスリ打ってくれ。今日、大事な日なんだ……」
模擬戦が終わるまで持てばいい。
フェルグスはそう言ったが、先生はフェルグスの求めに応えなかった。
ヴィオラも俺も先生の判断を支持した。
「……にいちゃん、最近、早起きしたり、遅くまで起きてがんばってたから……」
医務室の外に出ると、真っ青になったアルがそう言ってきた。
頑張っているのはわかっていた。
けど……くそっ! 俺が止めるべきだった。
フェルグスは身体はオークみたいに頑丈じゃない。まだ幼い子供で、無理をしたら体調を崩すのは予想がついたはずだ。
「私の所為です……」
「ヴィオラ。今は誰の所為とか、そんなこと考えなくていい。……大病を患ったわけじゃないんだ。今はフェルグスを大人しくさせておこう」
問題は模擬戦だ。
今日、フェルグスは戦えない。
レンズ相手に勝つなら、フェルグスの力が必要不可欠だから――。
「レンズと隊長達と、話をしてくる」
何とか延期してもらおう。
ヴィオラ達にフェルグスを任せ、医務室を離れると――。
「……風邪か?」
「レンズ」
レンズがいた。
廊下の壁に寄りかかり、医務室の方をチラッと見た後、ため息をついている。
「体調管理もできねえガキが、機兵奪おうとするとか……くっだらねえ」
「レンズ……」
近づき、頭を下げる。
「頼む、模擬戦を延期させてくれ」
「わかった」
「延期のためなら何でも――――えっ? いいのか!?」
「体調不良で負けました~。万全なら勝てました~って言い訳されても面倒くせえ。オレは別に構わねえよ。明日でも一週間後でも……」
レンズは鬱陶しそうな顔をしつつ、俺に向き直ってきた。
「隊長のとこ行くぞ。俺も頭下げてやる」
「すまん、恩に着る」
「勘違いすんな! お前らのためにやってんじゃねえ。オレ自身のためだ」
機兵乗りとしての誇りのためだ、とレンズは言った。
そして、「行くぞ」と言って隊長のところに向かったが――。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
「延期は許可できない」
「なっ……何でですか!?」
隊長から返ってきたのは、俺達を崖底に突き落とす言葉だった。
事情を説明したものの、隊長は判断を曲げてくれなかった。
いや、事情を話したからこそ――。
「自己管理も出来ない者を兵士とは認めん」
「ですが隊長! アイツはまだ子供で――」
「過酷な任務の中で体調を崩すことはある。負傷することもある。だが、フェルグス特別行動兵の体調不良は自ら自己管理を怠った事が原因だ」
キャスター先生も艦内通信で隊長をとりなしてくれたようだが、軍規を重んじる隊長は判断を曲げなかった。
「隊長……。対戦相手のオレも延期に同意してんスから――」
「レンズ軍曹。これは貴様の私闘ではない。貴様は星屑隊を代表して戦うだけ。延期に関する貴様の判断を考慮するつもりはない」
「……じゃあ、オレが模擬戦で手を抜いてもいいんですか?」
「好きにしろ。私は模擬戦の結果を見て、前向きに検討すると言っただけだ。貴様の手抜きで勝敗が決したのであれば、それも含めて検討するだけだ」
お情けで勝てたとしても、最終的な判断は隊長がする。
レンズが八百長試合やったとしても、隊長は冷静に「巫術師の機兵運用は認められない」と言うだけだろう。
文句のつけようのない勝利がないと、隊長を動かせない。
「模擬戦を延期する場合、しばらくここに停泊するつもりか? それとも、ここ以外に都合のいい場所が見つかるまで延期すると言うのか? 我々は模擬戦のためだけにネウロンに来たわけではない。本来の任務を忘れるな」
「も、模擬戦ならテキトーな場所で――」
「模擬戦中、タルタリカが襲ってくるような場所でやるつもりか?」
「それは……」
「模擬戦の日取りは今日と決め、上にも報告書を提出している。それを特別投稿兵1名の体調不良で延期すると言い、上が納得すると思うのか?」
「お……俺が責任を取ります!」
「ラート軍曹。星屑隊の隊長は私であり、貴様はただの隊員だ。取れもしない責任を軽々しく取ると言うな」
「うっ……」
「フェルグス特別行動兵が、やむない事情で体調を崩したなら、ここまで言わん」
だがそうじゃない。
フェルグスが頑張りすぎて、俺達がキチンとそれを止められなかったのが原因だ。誰かに妨害されたわけじゃない。
星屑隊の皆は公平だった。
公平に応援してくれていた。
模擬戦の勝敗で賭けをしても、勝敗に干渉するための妨害活動などしてこなかった。多くの隊員がレンズに賭けて、賭けが成立しなかったぐらいだ。
「ここは戦場だ。体調を崩したから今日の戦闘は休みにさせてください――と言って、敵が『はい、わかりました』と言うと思うのか?」
「「…………」」
「フェルグス特別行動兵が戦闘不能なら、代理を立てろ。それが無理ならレンズ軍曹の不戦勝とする。以上。下がれ」
「隊長……」
「そろそろ時雨隊が来る。私には雪の眼の史書官を引き渡す仕事が待っている。それが終わるまでに代理か不戦勝か決めておけ」
隊長はそう言い、隊長の個室の前から去っていった。
後には隊長に向けて手を伸ばした俺と、硬い表情のレンズが取り残された。
「チッ……。気に入らねえが、隊長の言うことが正しい。仮に正しくなかったとしても、隊長の判断が全てなんだ。もうやるしかねえ」
「…………」
「代理を立てるか不戦勝にするか……テメエらで決めてくれ」
レンズはそう言い、格納庫へ向かってしまった。
模擬戦をやる場合に備え、準備をしにいったんだろう。
しばしその場で頭を抱えて考え込んだ後、医務室に戻る事にした。
この状況を何とかする妙案なんて思い浮かばねえ。
俺はいつもこうだ。
……代理を立てることは、不可能じゃない。
けど、模擬戦を睨んで訓練積ませてきたのはフェルグスだけだ。勝ち筋もフェルグスの実力ありきで考えたものだ。それが無いと、勝ち目は……。
「頼むよ、ヴィオラ姉。もうワガママ言わねえから、今回だけ……」
「ダメ。絶対ダメ。そこまでの体調不良で、まともに戦えるはずがない」
「自分の身体使って戦うわけじゃねえんだ! ちょっとぐらいなんとかなる!」
「病人なんだから、大声を出さないで……!」
「オレを信じてくれよっ!!」
医務室の外までフェルグスとヴィオラの言い争う声が聞こえてきた。
廊下でまた頭を抱えそうになったが、深呼吸し、医務室に入る。
言い争う2人の間に割って入り、告げることにした。
「フェルグスの模擬戦出場は、俺の判断で取り消した」
「――――」
皆が息を呑む気配がした。
フェルグスが目を見開く。
怒鳴られると思ったが、フェルグスの表情は見たことのないものになった。
「オレ、戦えるよ? 大丈夫だよ?」
涙目になり、俺相手に媚びるような表情をしてきた。
見ていてつらくなるような、情けのない笑みを浮かべ、俺相手に懇願してきた。
フェルグスも必死だ。
皆のために必死だ。それはわかるが――。
「今のお前は戦えない。無理だ。スマン。わかってくれ……」
「これぐらい、へーきだ……。ち、鎮痛剤……鎮痛剤、いっぱい打てば……」
「鎮痛剤は交国軍の備品だ。勘弁してくれ……休んでくれ」
泣き出してしまいそうなフェルグスをベッドに寝かせ、皆に言う。
「模擬戦が無しになったわけじゃない。まだ、チャンスはある」
隊長は代理を立てろと言ってくれた。
まだチャンスが潰えたわけじゃない。そう告げた。
……自分自身に言い聞かせながら。
「なあ、模擬戦に勝てないと、オレ達、この先も流体甲冑なんて代物で戦わなきゃ……いけないんだよな?」
表情を強張らせながら聞いてきたロッカに対し、頷く。
ロッカはさらに表情を歪めたが――。
「代理、立てるしかねえなら……。お、オレ……」
「――――」
ロッカが躊躇いながら手を上げようとした、その時。
その隣で、スッと手を上げた奴がいた。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:兄が大好きなスアルタウ
「ぼっ、ボク……!」
声が上ずる。
それでも言う。
言わなきゃ。
「ボクが、やりますっ! ボクとラートさんで、勝ちますっ!」
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:不能のバレット
機兵の傍で待機し、端末をイジっているレンズ軍曹に近づく。
最後まで模擬戦絡みの情報を見て、戦いのシミュレートをしているようだった。
「レンズ軍曹。第8、代理を立てるみたいですよ」
一応伝えておくと、軍曹は俺を見て、「誰が出てくる?」と聞いてきた。
「スアルタウ君です。フェルグスって子の、弟の」
「あぁ……。いつもビクビクしてるアイツか」
そう、あの第8巫術師実験部隊で一番弱々しい子が模擬戦に出る。
ラート軍曹は勝ち筋を見つけてきた。けど、それはフェルグスって子の実力ありきで見つけた勝ち筋だ。
でも、スアルタウ君じゃ勝てないだろう。
ラート軍曹が機兵に搭乗するとはいえ、軍曹は指示しか許されていない。機兵を動かすのはスアルタウ君だ。いつも兄貴の後ろに隠れている気弱な子だ。
可哀想に……。
一方的にボコボコにされて、負けてしまうだろう。
ただ負けるだけじゃない。あの子の小さな双肩に、特別行動兵の子達の未来がかかっているんだ。……負けたらあの子の所為になってしまう。
「可哀想な子ですよね……。あの子に全責任がのしかかるんですから……」
「のしかからねえよ。仮に負けてもラートが『俺の所為だ』って言うさ」
「……レンズ軍曹、手を抜いたりは――」
「抜くわけねえだろ。泣きわめかれても蹂躙してやる」
そう言う気はしたけど、あまりにも容赦がない。
俺が言えた義理はないけど、もう少し、手心を……。
例えば負かすとしても、そこそこ健闘させてあげるとか……。
そんな言葉が浮かんできたが、言う機会は無かった。
レンズ軍曹は鋭い目つきで俺を見つつ、声をかけてきた。
「バレット、お前……。あのガキのこと、雑魚だと思ってんのか?」
「え? や……いや、ははっ……。そ、そんなことは」
「オレも雑魚だと思ってる。だが、油断できねえ雑魚だ」
レンズ軍曹は端末をしまい、格納庫の入り口を見ながら言葉を続けた。
「あのスアルタウってガキは、機兵の操縦経験がある」
「あっ……」
「繊十三号でラートの機兵を動かした。未経験の雑魚じゃねえ。単に動かしただけじゃなくて、ラート達を襲ってきたタルタリカをブッ殺した奴だ。油断はできん」
「で、でも……。あれぐらい……軍曹でも出来るでしょう?」
「出来ねえよ。今の実力なら間違いなくオレが上だが、機兵に初めて乗ってあそこまで動かして、さらには敵を殺せた奴なんて初めて見た」
昔の自分なら、搭乗初日であんな真似できなかった。
だから油断はできない。
「クソうるせえ技術少尉を振り切って、ラート達を助けるために走ってきた奴だ。ビクビクしてるが、根性はあるんだろうよ」
「…………」
「追い詰められたら何やるかわからねえ。ある意味、フェルグスってガキより怖い相手かもしれねえな」
「…………」
「それに、向こうにはラートがいる。油断して得する事なんて、1つもねえ」
だから全力でかかる。
レンズ軍曹はそう宣言し、操縦席に乗り込んだ。
軍曹の言っている事も、一理あるかもしれない。
けど……根性だけで勝てるほど、機兵戦は甘くない。




