それぞれの正義
■title:<ネウロン>の繊一号にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「この人は、明智先生だよっ!!」
真白の魔神? メフィストフェレス?
違う。この人は……この女性は……明智先生だ!
端末を「フンフン」と嗅いでいるマーリンを退けつつ、キョトンとしているラプラスさんに、明智先生について説明する。
明智先生はネウロン魔物事件が起こるより前に、ネウロンに来ていた人だ。
交国の研究者っぽい人だった。交国人なのに、交国の「ネウロン侵略」を「悪いこと」と考えている様子だった。
交国軍の特別行動兵になった僕は、アルやヴィオラ姉さん達を助けるために……明智先生に助けを求めようとしていた。先生なら僕らを助けてくれると考えて探していたけど……結局、先生の影すら見つけられなかった。
けど、今になって見つけられるなんて……!
この写真に写っているのは真白の魔神じゃなくて、明智先生ですよ――と主張すると、ラプラスさんは微笑しながら口を開いた。
「じゃあ、その明智という方は身体を乗っ取られたのでしょう」
「そっ…………そうだったとしたら、明智先生の魂は――」
「お亡くなりになってるでしょうね」
脳が理解を拒む。あの優しい明智先生が、死んだ?
真白の魔神に身体を乗っ取られて、死んだ?
僕が困惑していると、ラプラスさんは笑顔で言葉を続けてきた。
「この写真の人物は、マーレハイト亡命政府で特殊な麻薬を作っていたようです。スアルタウ様の知る『明智先生』は、そんな事を平気でやる方でしたか?」
「……やらない」
「こんな笑顔でイェ~イ! と笑う方でしたか?」
「……ぜんぜん、ちがう」
「中身が別人なので、別人の振るまいをしているのですよ」
「そんな…………」
ネウロンにいた明智先生が、身体を乗っ取られてマーレハイト亡命政府にいた。
何で明智先生の身体が取られたんだ? 単なる偶然なのか?
先生が死んでいる可能性は、一応、考えていた。ネウロンの魔物事件に巻き込まれて命を落としている可能性は、一応、考えていた。
けど、真白の魔神に身体を乗っ取られる可能性は……まったく、考えていなかった。つまりもう、先生には――。
■title:<ネウロン>の繊一号にて
■from:自称天才美少女史書官・ラプラス
「しかし、明智……。明智様ですか」
意外なところで重要な情報が見つかりましたねぇ。
やっと「今代の真白の魔神」の手がかりが見つかったかと思えば、予期せぬところからオモシロイ情報が手に入りました。
その事でウキウキしていると、ヴァイオレット様に「何かご存知なのですか?」と問われたので、ウキウキのまま解説する。
「雪の眼の掴んだ情報によると、交国には『明智』という名の研究者が在籍していたのですが……その方は、玉帝の側近として密かに活躍するほどの御方だったようなのですよ」
表舞台に出る事は避け、研究成果も別の人に発表させていたようですが……ウチの調べだと、明智様は交国の術式研究の第一人者です。
よもや、そんな御方にスアルタウ様が出会っていたとは! あくまで名前と顔が一緒なだけで本人とは限りませんが――。
「明智様は玉帝の側近で、なおかつ術式に関して非常に明るい御方だったので……ネウロンに来ていてもおかしくありません」
ネウロンには真白の遺産が眠っていた。
巫術という特殊な術式も存在していた。
明智様は玉帝の命を受け、そのどちらか――あるいは両方を調べに来ていたのでしょう。スアルタウ様に強引に話を聞くと、明智様は術式についても明るいご様子だったので、本人だった可能性が高まりましたよ!!
「あと、おそらく明智様は<玉帝の子>の1人です」
「人造人間だった、という事ですか? 久常中佐や犬塚特佐のように……」
「その可能性が高いです」
「……だから、明智先生は交国のネウロン侵攻について、責任を感じていたのか」
「ほうほうほう。スアルタウ様、その辺の詳しいことを聞かせてくださいなっ!」
私がフンスフンスと鼻息荒く興奮しながらスアルタウ様に詰め寄ると、ヴァイオレット様が割って入ってきました。
エノクも私の首根っこを掴み、「自重しろ」と言ってきました。 スアルタウ様が明智様の死にガッツリへこんでいる所為でしょうかね。
「明智様は真白の魔神に身体を乗っ取られた。久常中佐は、真白の魔神が普及させた巫術によって身体を乗っ取られた。オモシロイ偶然ですね」
あるいは、偶然ではない。
何者か――例えば真白の魔神自身が――意図的に明智様の身体を乗っ取ったのかもしれませんね。何らかの目的で……。
真白の魔神の転生先は無作為ですが、選んだ相手に転生する方法も存在している。それを使ったのかもですね。
「スアルタウ様が会った『明智様』は、本人だったのでしょう」
ただ、その後に身体を乗っ取られた。
明智様の身体を被った真白の魔神が現れた。
彼の魔神はその後、ネウロンから脱出し、マーレハイト亡命政府と行動を共にするようになったのでしょう。
となると、行動範囲が絞られてきたので、何をやっていたかが調べやすくなりますよぉ~……! 真白の魔神調査の第一人者として大変助かりますっ!
「明智先生は……本当に助けられないんですか? 真白の魔神の魂を身体から追い出したら、明智先生に戻ったりは……」
「おそらく不可能です。明智様御本人は既に死んでいるはずです」
真白の魔神の「転生」は、それだけ強力な攻撃なのです。
アレを防ぐ手立ては、今のところ見つかっていません。特定の相手を狙えるようになれば、魂あるもの全てを殺せる最強の矛になるでしょう。
それこそ最強の魔神と謳われた源の魔神や、プレーローマ最強の天使であるミカエル様だって一撃で殺しちゃうでしょう。
転生を活かした計画もあったものです。懐かしい。
「先生は、いったい、いつから……」
「ネウロンにいた時点で乗っ取りが発生してたのかもですね」
「でも、今代の真白の魔神が『本物』と確定したわけじゃないから」
そう言ったのはヴァイオレット様でした。
スアルタウ様を元気づけるように、「明智さんも、単なるそっくりさんの可能性もあるから」と仰りました。
その可能性も確かにありますが、この写真の御方は真白の魔神だと思いますけどね。明智様の身体を乗っ取った真白の魔神でほぼ間違いないでしょう。
マーレハイト亡命政府が近年になって急に裏社会で頭角を現していったのは、真白の魔神を協力者として得た事だと考えれば腑に落ちます。
また、プレーローマがわざわざマーレハイト亡命政府を襲ったのは、真白の魔神を確保するためだった――って考えれば、さらに腑に落ちます。
そう話すと、ヴァイオレット様は苦しげな表情を浮かべていました。
ヴァイオレット様も真白の魔神の関係者なので、非道を働いている真白の魔神を認めがたいのでしょう。
あの御方は、ホントにヤる時はヤっちゃう御方ですよ。
「マーレハイトはともかく、プレーローマの部隊もボコボコにされたのって……第三者がヤバかっただけじゃなくて、真白の魔神もいた所為か?」
チェーン様の問いに「どうでしょうねぇ」と返す。
その可能性もありますが、彼の魔神はそこまで武闘派じゃないですからね。
十分な準備期間があればプレーローマ相手でも大打撃を与える御方ですが、「戦士」としてはそんな強くありません。
「真白の魔神本人は、結構サクッと死にますよ。首を斬れば死ぬ程度のザコです」
「いや、首斬ったら死ぬんだよ、生き物は」
死なない魔神もいますけどね。
真白の魔神だって備えがあれば、首を斬っても死にませんが……基本的には脆弱な存在です。
真白の魔神の「転生」とは違って、死んでも死んでも死なない超越者もいます。チェーン様の仰る通り、大抵の生き物は首を斬ると死にますが――。
「まあともかく、マーレハイト亡命政府はネウロン解放どころじゃないので、当分は口出しする余力ないと思いますよ。あくまで中枢に大打撃を受けただけなので、組織構成員の多くは無事ですが……このまま壊滅かもです」
「となると、王女様の件はひとまず問題無しって事で――」
「いや、問題大ありだよ」
タマ様が片手をちょこんと上げつつ呟いた言葉に、スアルタウ様が即座に反応した。少し、怒っているご様子です。
■title:<ネウロン>の繊一号にて
■from:ヴァイオレットの助手兼護衛のタマ
「マーレハイトがどうとか以前に……王女様に偽者疑惑があるなら、その辺りの真偽をハッキリさせないと……!」
拳を握りしめてそう言ったアル君に「正気ですか?」と言っておく。
個人的には正直、どっちでも良い問題ですけど……エデン的には真偽が明らかになったらマズい問題でしょ~……?
「仮に偽者だったら……どうするんですか?」
「嘘を明らかにするべきだ。偽者の王女様を用意してまで、ネウロン解放を推し進めるのは間違っている」
「何故ですか? 交国がネウロンを侵略し、支配していたのは事実。それに対抗するには……それなりの大義名分を担ぎ上げるしかないでしょ」
「でも、嘘はよくないだろっ? 交国の工作を糾弾する僕らが、手段を選ばず嘘をつくのは卑怯な行いだ!」
「そりゃあ、まあ~…………そうですけどぉ~……」
今のメラ王女が「偽者」か「本物」は、どうでもいいと思うけどなぁ~。
今のところはどうでもいい。……ちょっと熱血馬鹿の節があるアル君のように、感情的になって真実を明らかにする必要はない。
まあ、真偽が判定できるに越したことはないですけどね。
それより、マーレハイト亡命政府の中枢が大打撃を受けた件が引っかかる。
マーレハイトはカトー総長にとって、姉や仲間の仇だった。
プレーローマに操られ、先代総長達をだまし討ちしたマーレハイトと、マーレハイト亡命政府はほぼ別物だけど……完全に別物とは言いがたい。どちらも同じ「マーレハイト」だ。
カトー総長はマーレハイトの間に「遺恨は無い」とか言ってましたが、それは真実だろうか? そこすら怪しくなってきた。
だって、マーレハイト亡命政府が打撃を受けたタイミングが、エデンにとって好都合すぎる。
総長が「偽者疑惑のある王女」を担ぎ出した直前に、マーレハイト亡命政府が打撃を受けたから、マーレハイトは王女の件で抗議している場合ではなくなった。
マーレハイトとプレーローマの両陣営に被害を与えたと目される「第三者」の正体が、総長のけしかけた刺客だったりしませんか?
総長は未だにマーレハイトを恨み続けていて――相手がマーレハイト亡命政府だろうが――刺客をけしかけて復讐しようとしてたって線は、ないの?
あるいは、総長が…………いや、さすがにそこまではしてないか。
そこまでやるのは、さすがにおかしい。
あそこと手を組んでまでマーレハイトに復讐するのは、さすがに頭おかしいと言わざるを得ない。さすがのカトー総長でもそこまではやってないでしょ。
マーレハイト亡命政府絡みの話は、真相を出すのに情報が足りていない。いまアレコレ考えても……あの御方の件も含めて、答えを出せそうにない。
私にとっての最悪は、ヴィオラ様を死なせること。
それならいま行われているエデンと交国の争いを終わらせて、エデンに撤退してもらった方がヴィオラ様を確実に守れる。
レンズを助けることが困難になる…………けど、私が……優先すべきは、ヴィオラ様の安全であって…………。
「…………」
でも、だからといって、いま逃げると遠ざかってしまう。
犬塚特佐まで殺されてしまったし、ここは――。
「……王女様の件は、必要な嘘だと思いますよ」
いま、エデン内部が荒れて対交国作戦続行が危うくなると困る。
だから――不正を嫌って――怒っているアル君を説得しないと。




