過去:無駄な努力
■title:新暦1200年
■from:エデンのカトー
「だからさぁ、オレ達はお前らを助けに来たんだよ! ……そんな目で見るなよ」
プレーローマの侵攻を受けた世界を救うため、今日も戦った。
プレーローマの侵攻といっても、戦闘艦がたったの50隻来ていただけ。
オレ達の襲撃を受け、天使やらプレーローマ側についた人間がアタフタと出撃してきたが大した相手ではなかった。
相変わらずオレ達最強! とファイアスターターとハイタッチした後、現地住民の様子を見に来たんだが……誰も歓迎してくれなかった。
何か恐ろしいものを見るような目でオレ達を見てきただけだった。助けてやったのに、その目つきはなんだよ、まったく……。
「納得いかねえ。オレ達はアイツらの救世主なのに」
「神器使いはそれだけ特異な存在なんだ」
姉貴は「ああいう目で見られるのは仕方ないよ」と言い、オレを窘めてきた。
「けどさぁ、オレ達が来なきゃ、プレーローマに世界丸ごと支配されるか……世界を滅ぼされるところだったんだぜ? もう少し感謝してくれても……」
「はいはい。愚痴なら後で聞くから、撤収しよう」
「ちぇっ……」
■title:新暦1201年
■from:エデンのカトー
「やっぱ人連はクソだ!! 何が『協力に感謝する』だよ!! オレ達は奴隷商人じゃねえんだぞ!!?」
「■■。落ち着いて」
「落ち着いてられるかよ!! 今すぐ、アイツら助けに行こうぜ姉貴!!」
「でも、彼ら自身が……エデンの助けを必要としていない」
オレ達はいつものように弱者を救った。
助けた奴らをエデンで養うのが難しいから……「こちらで引き受ける」と言った人類連盟に預けた。けど、それが間違っていた。
奴らは自分達の息がかかっている施設に、オレ達が助けた奴らを放り込んだ。そこで強制労働をさせてやがる!!
けど、オレ達が助けた奴らは「エデンの助けは必要ない」と言い張っているらしい。……強制労働でも、衣食住があるだけマシって話らしい。
いつ使い捨てられるかわからねえのに、あんな劣悪な環境で――。
「納得いかねえ……! 人連はオレ達の顔に泥を塗った! 裏切った! アイツらもおかしいよっ! 奴隷同然の扱いなのに……!」
「私達が助けても……いま以上の生活は用意できない」
落ち着いて、と姉貴はなだめてきた。
落ち着いてられるか、と言って飛び出す。
オレは困ってる奴らを助けるために、エデンの戦士になったんだ。
それなのに……。
「オレ達は……因果応報の代行者だ!!」
人類連盟が舐めた真似をしてきたなら、報復が必要だ。
悪党に報いを与えてやる。オレなら、それが出来る。
■title:新暦1202年
■from:エデンのカトー
「エデンには協力できないだと!?」
『いや、その…………』
「お前ら、オレらに何度助けられたか覚えてねえのか!? 恩知らず共!!」
『か、勘弁してくれ、カトー……。これが精一杯なんだ!』
補給を頼んだ奴らに――他の流民組織に、足下を見られる事になった。
こっちの物資不足が深刻なのに、相応以上の対価を寄越せと言ってきやがった。
今まで何度も助けてやったのに!! 別にこっちはタダで寄越せと言っているわけじゃないのに、ふざけやがって……!
通信先の恩知らず共に食ってかかると、姉貴がオレを止めてきた。そして、向こうの要求を飲みやがった。
「姉貴、正気かよ!? アイツら、オレ達の足下を見てきてんだぜ!?」
「向こうも必死なんだよ。……私達が人類連盟と事を構えているから、下手に関わるとリスクが高すぎる。関わる以上、相応の見返りが欲しいんだよ」
「それはつまり、足下を見てるって事だろ!?」
「それでも……取引に応じてくれるだけマシだよ」
「助けてやったのに? 恩知らずなのに!?」
姉貴は悲しげに微笑みつつ、「過去の恩より、今の暮らしが大事なのは皆同じなんだ」「責められないよ」なんて言ってきた。
気に入らねえ。
どいつもこいつも気に入らねえ。
オレ達は皆のために戦っているのに、戦えば戦うほど損をする。
オレ達は悪くない。おかしいのは世界だ。
何で因果応報の代行者ばっかり、損しなきゃいけないんだよ。
オレ達がやっている事は、善行だろ?
善行には、相応の報いがあるべきだろ。
■title:新暦1203年
■from:エデンのカトー
「テメエら……! よくもやりやがったな!!? ブッッッ殺してやるッ!!」
「カトー!! やめなさいっ! カトー!!」
助けた奴らが、姉貴に毒を盛ろうとしやがった。
懸賞金欲しさに、オレ達を殺そうとしてきやがった!!
報復としてブッ殺してやろうとしたが、姉貴が止めてきた。オレは「殺すべきだ」と主張したが、慈悲深い我らが総長は奴らを「許す」と言いやがった!!
「正気かよ!? 奴らは罪を犯した!! なら、それ相応の罰を与える必要があるだろ!? そうしなきゃ、オレ達は今後もナメられるんだぞ!?」
「彼らは魔が差しただけだよ。……武器を収めて」
■title:新暦1204年
■from:エデンのカトー
「あなた達にはついていけない。我々を解放してもらう」
「あぁ……そうかいそうかい! じゃあ勝手にしろ!!」
保護してやった流民に、「エデンにはついていけない」と言われた。
殺されそうなところを助けてやったのに! 守ってやってたのに!!
餓えないよう、食わせてやったのに……!
「エデンは過激すぎる。特に……カトーさん、あなたのような男がいる組織に、監禁されるなんて許容できない」
「ハァ~~~~? 許容だぁ~~~~? 何でオレらが許してもらう立場になってんだよ。お前ら和語できねえのかぁ? 言葉はちゃんと理解して使えよ」
「あなたは、狂犬だ。殺す事を楽しんでいる」
「なンだとぉ……!?」
神器を出し、振り上げると、恩知らずのバカ共は悲鳴を上げた後、「そういうところだ!」「そんなだからエデンは信用できないんだ!」と言いやがった。
オレが、殺しを楽しんでいるだと?
命懸けで戦って、皆を守っているオレが!!? 殺しを楽しんでる!?
ふざけんな。
誰の……誰のために戦ってやってると思って……!!
「訂正しろ!! 謝罪しろ!! お前らは、エデンを侮辱した!!」
キレ散らかすと、姉貴が止めに来た。
離脱を宣言したバカ共は、姉貴の陰に隠れながら罵詈雑言を飛ばしてきた。好き放題言った後、逃げて行った。
姉貴は甘いから、バカ共のために方舟を用意した。オレは反対したが、姉貴は「総長命令」と言って押し切ってきた。
本当に姉貴は甘い。甘すぎる。
こんなんじゃ、ますます……エデンが舐められるじゃねえか。
姉貴が甘すぎるから、オレ達は…………。
■title:新暦1208年
■from:エデンのカトー
嫌な噂を聞いた。
方舟に乗った流民が、後進世界を襲っているという話。
それ自体は、そこまで珍しい話じゃない。弱い奴らが、自分達よりもっと弱い奴を襲うのは多次元世界じゃよくある話だ。
だが、情報を持って来たピート曰く、「暴れているのは、かつてエデンが保護していた流民」らしい。
姉貴が方舟を与えて逃がした奴らのようだった。
「彼らは少々やり過ぎたみたいだ。人連の軍隊に追われているようだから、そう遠からず壊滅するだろうね」
「…………」
「キミは彼らに対して激怒していた。少しは気が晴れたかな?」
「で、場所は?」
「場所?」
「そいつらの場所だよ」
あんだけの啖呵きって逃げていった奴らだ。
未だにしぶとく生きてんだろ――と言い、居場所を聞く。
ピートは呆れた様子ながらも、知っている事を教えてくれた。コイツは嫌な奴だが腕と情報は確かだ。アイツらよりは信用できる。
「まさか、助けにいくつもりかい?」
「いま、ちょうど暇だからな」
オレ1人で行ってくる。雑魚共を追ってる軍隊ならオレ1人で十分だ。
「彼らはエデンの顔に泥を塗ったし、キミを散々蔑んだじゃないか」
「オレは、弱者を救うためにエデンの戦士になったんだ」
アイツらはクソ野郎だが、それでもまだマシな方だ。
何の罪もないカトーのオッサンを殺したオレよりは、マシな存在だ。
姉貴には言うなよ――と口止めした後、出かける。
バカ共を見つけた。ちょうど、人連の息がかかった部隊に襲われているところだったから、仕方なく助けてやった。
助けてやったバカ共は、オレを見ると必死に逃げていった。オレがお礼参りに来たと思ったみたいだ。バカな奴ら。
…………。
オレは、もっとバカかもな。
なにやってんだろうな、オレは……。
こんな事しても、何にもならないのに。
■title:新暦1210年
■from:エデンのカトー
「ははっ……。ふざけやがって」
エデンは正義の味方だ。悪党を倒す正義の味方だ。
けど、世間からはテロリスト扱いされている。
人類連盟は、エデンがどれだけヤバい組織なのか喧伝している。
オレ達が正義のためにやった事も――人連にとって都合の良いところだけ切り抜いて――とんでもない悪党だと喧伝している。
例えば、人命救助のために山河を吹っ飛ばした事だけ切り抜いて、「この矛先が人類に向かった場合、大虐殺が予想される」とか言ってやがる。
オレ達がやったのは逆だ! 大勢の命を救ったんだ!! それなのに……!!
「クズ共が……! お前らも、人連と同じだ!! いや、人連以下だ!!」
ネットの書き込みでも「エデンはクズのテロリスト集団」だと書かれている。大勢がオレ達の正義を疑っている。安全圏から石を投げてきている。
「オレ達が、誰のために戦ってやってると思って……」
オレ達が命懸けでプレーローマと戦っている間も、バカ共は安全圏で文句を言ってやがる。誰のおかげで、安全圏にいられると思ってんだ。
腐敗した人連と違って、エデンは利益度外視で戦っている。人類のために戦っているのに……頑張っているのに……報われる日は来ない。
この世界は腐っている。
頑張っても頑張っても……正義のために働いても、報われない。
その事を姉貴に愚痴ると、「私達はテロリストだよ」「仕方ない」と言った。
全然、仕方ない話じゃねえだろ。
「オレ達の方が、人連より人類のために戦ってる」
「それはさすがに言い過ぎかな」
「けど、人連よりずっと真っ当だろ!? アイツらは綺麗事を吐きながら、せっせと弱者をイジメて搾取してんだぜ!?」
百歩譲って、人連にテロリスト扱いされるのは許す。
けど、バカな民衆もオレ達を批判してくるのは……正直、キツい。
バカの言う事なんて真に受けないでいいと思っていても……自分の正義が、揺らぐのを感じる。やるせない気持ちになる。
「どいつもこいつも、バカばっかりだ」
「…………」
「救う価値あるのか? 人類って」
「■■。汚いものを見て、それが関わる全てが汚いと思うのは短慮だよ」
「でも、ホントに……くだらねえ奴らばっかりじゃねえか?」
報われたと思った事、あるのか?
命懸けで頑張った事が報われたと思えたこと、姉貴にはあるのか?
そう聞くと、姉貴は微笑んで「あるよ」なんて言いやがった。
信じらんねえ。姉貴のことは信じたいけど、でも……。
「人類に、オレ達が……命まで賭ける価値があるとは……思えねえよ」
「そう思ってしまうなら、■■はもう戦うべきじゃない」
迷って惑って、ただ自分が苦しいだけなら、もう戦うべきじゃない。
姉貴はそう言い、さらに言葉を続けた。
「自分を救えない人が、他人を救えるわけがないんだから」
「…………。オレが、『エデン辞める』って言いだしたら、姉貴はどうすんだよ」
姉貴はオレがエデンで戦うこと、反対してたじゃん。
オレがエデンに残るから仕方なく、一緒に戦ってくれてるだけだろ?
総長になったのだって……他にいないから、仕方なくだろ?
「■■が『エデンを辞める』と言ったら、安心するかな」
「…………」
「戦いに出た弟が、『もう帰ってこないんじゃないか』って不安を抱かずに済むからね。悪い話じゃない」
「じゃあ、オレが一緒に逃げようと言ったら、一緒に逃げてくれるか?」
「それはもう無理かな。だって、今は私が総長だから」
もう投げ出せないよ、と姉貴は言った。
ガッカリはしなかった。そういう答えが返ってくる事は予想していた。
さすがは、オレの自慢の姉貴だよ。……ちょっとだけ寂しいけどな。
「■■は逃げていいんだよ。貴方ほどの神器使いなら引く手数多だ」
「…………」
「大国に仕官したら、テロリスト扱いされている現状から抜け出す事も――」
「カトーのオッサンなら、そんな道は選ばない」
姉貴や流民のガキ共を置いて、自分だけ逃げられるものかよ。
オレはそこまで腐ってねえよ、と告げると、姉貴は頷いて微笑んだ。
「…………。愚痴ってごめん」
「いいよ。私もよく愚痴を聞いてもらってるでしょ?」
「姉貴の愚痴なんて可愛いもんだろ。エデン内の誰々と誰々がケンカしてて困ってるとか……その程度のもんだしさ」
姉貴はエデンの総長として、色んなものを背負っている。
その重圧に潰されず、しっかり組織を守っている。
金も物資も、何もかも足りてねえのに……総長の仕事を立派にこなしている。
そのうえ愚弟の愚痴まで聞いてくれるんだから、すげえよ。
「姉貴はスゲエよ……。オレは……総長みたいにはなれねえわ」
「■■は■■。私は私。お互い、得意分野を頑張ればいいんだよ」
姉貴はそう言って微笑み、オレの頭を撫でてきた。
色んなもの背負ってんのに……やっぱ、姉貴はスゴいよ。
世の中、納得できねえことばっかりだけど、姉貴についていけば……いつか報われるはずだ。歩み続けた果てに、オレ達の楽園が待っているはずだ。
そうじゃないと、おかしい。
だって、オレ達は……正義の味方なんだ。
メチャクチャ頑張ってる姉貴が報われないなんて、おかしい。
オレは…………姉貴に迷惑かけてるバカだから、報われねえかもしれない。けど、姉貴は報われないとおかしいよ。
頑張っている奴が報われない世界は、おかしい。




