過去:何が彼女を殺したか
■title:交国領<ゲットー>にて
■from:エデンの生き残り・ナルジス
「モタモタするな。さっさと歩け!!」
「…………」
生き残れるかもしれない。
オジさんと再会できるかもしれない。
そんな希望を抱いていた。
「……お空、まだ曇っているんですね……」
「お前のような罪人が、日の光を浴びて死ねると思うな」
「…………」
今日、私は処刑される。
ゲットーで暴れていた「反逆者」達と一緒に銃殺刑になるらしい。
処刑されることはわかっていたのに、私はこの道を選んだ。
自分の意志で、処刑場に向けて歩き出した。
交国軍人さんに促されなくても、処刑場に立つ覚悟はしてきた。……そのつもり。ちゃんと歩けている。
「…………」
少し、歩きづらい。
手枷はともかく、足枷がジャマで少し歩きづらい。
歩きづらいのはそれだけじゃないみたい。自分の脚が震えている。覚悟なんて、できていないんだ。……それでも行かないと。
周りの反逆者さん達が「死にたくない」「やめてくれ」と言って暴れる中、踏みならされて泥と混ざった雪の上を歩いて行く。
そこに立っていろ、と言われた場所で立ったまま、大人しくしておく。
……レオ君はちゃんと逃げられたかな。
あの人がちゃんと逃がしてくれたはず。大丈夫のはず……。
私は罪人としてここで裁かれるけど、これで…………良かったはず。
「っ…………」
直ぐ近くで発砲音が聞こえて、身をすくめる。
自分でここに立つことを選んだものの、銃声や怒声はやっぱり怖い。泣いて処刑を嫌がる反逆者さん達を大人しくするため、交国軍人さんが発砲している。
逃げだそうとした人が脚を撃たれたみたいだ。とても痛いのかいっぱい叫んでいたけど、もう一度銃声が響くと叫び声は聞こえなくなった。
「…………」
反逆者の罪状が読み上げられていく。
ゲットーで飢え苦しんでいた人達は、生き残るために交国軍に逆らった。……悪いことした人達は私を含めてここで処刑される事になった。
あまりにも、多くの人が罪を犯したようだった。
私の罪状も読み上げられた。
私は人を殺した。人を喰らったおぞましい人間、とまで言われた。
私もレオ君も、人は食べていない。けど……食糧難と寒波で苦しんだゲットーの人達の間で共食いが横行していたのは確かだった。
だから、私も皆と同じように考えられているみたいだった。
食人に関しては、あくまで疑いをかけられているだけだけど――。
「よくも……。よくも犬塚隊の大事な仲間を殺したな」
「アイツはお前らを助けてやったのに! 恩を仇で返しやがって……!」
「…………」
交国軍に出頭した私とレオ君は、保護された。
食人の疑いをかけられながらも、黒水に移送されるはずだった。
はずだったけど……軍人さんを銃で撃って、殺しちゃった。
あんなことしなければ、処刑場に立たずに済んだのかもしれない。
けど、私は……改めて交国軍に出頭し、処刑される道を選んだ。
こうするのが正解だと思ったから――。
「貴様らの境遇には同情するが、暴力に訴えかけたところで何になる」
「…………」
「ゲットーが苦しい状況だったとしても、交国軍を信じず、騒乱を起こしたのは許されざる事だ。お前達は交国軍を信じるべきだった」
私だって信じたかった。
オジさんがいる交国軍を信じたかった。
でも、その辺の軍人さんは助けてくれなかったよ。
…………あなた達は、助けようとしてくれたけど……。
助けようとしてくれた人を、撃ち殺しちゃったのは……事実、だけど…………。
そもそも、そうなったのは――。
「特に、貴様だ。エデンのテロリスト!! 貴様は特に卑劣な手を使った」
「…………」
「何の罪もない一般人のフリをして我々に保護されたうえで、俺の部下を……ファズムを騙して銃を奪って、アイツを……射殺した……」
「…………」
「アイツは善良な軍人だった。……お前達の事を気にかけていただろう!?」
「…………」
犬塚特佐はとても怒っている。
大事な部下が殺されたから、怒っている。
「カペルも、アイツのことを兄のように慕っていたのに……!」
少し離れたところから、女の子のすすり泣く声が聞こえる。
その「カペル」という子の声なのかな。
この人達が来た時、一緒にいたのをチラリと見かけた。
あの子も、大事な人が死んでつらいんだろう。悲しいんだろう。
……本当にごめんなさい。
銃を奪って、射殺して…………ごめんなさい。
私も、まさか、あんなことが起きるなんて……思わなかったから。
でも、今までのことを考えると、予想しておくべきだったのかもしれない。
私達を助けに来てくれたこの人達と違って、私は……前からゲットーのことを見てきたから。ゲットーで、何があったか自分の目で見てきたから……。
それなのに止められなくて、ごめんなさい。
「…………貴様は、本当に……ファズムを……」
「……はい。食べたくて、殺しました……」
私がそう言うと、視線がさらに厳しいものになった。
イカれた食人鬼め、という言葉も飛んできた。
「…………」
私はこれから射殺される。
自分で選んだ道とはいえ、ため息がこぼれた。
けど、こぼれた息は、もう殆ど透明だった。
冷たい息しか吐けなくなっていた。身体がダメになってるみたい。
「…………」
俯き、手枷がはめられた自分の手を見る。
特別な力なんてない、普通の小娘の手。骨の形がうっすらわかる汚い手。
私はニュクスお母さんの実の娘じゃない。義理の娘だ。
血が繋がっていないから、お母さんの神器も使えない。特別な人間じゃない。
でも、もしも使えたら……今もオジさんと一緒にいれたのかな?
昔は嬉しかった。ニュクスお母さんと血が繋がっていないことが嬉しかった。
半分嬉しかった。半分は悲しかったけど、嬉しいと思う気持ちもあった。
血の繋がりがなくてもニュクスお母さんは私のことを大事にしてくれた。
ニュクスお母さんのこと大好きだったから、お母さんの事を想うと血の繋がりがないのは寂しかった。
でも……お母さんと血が繋がってないってことは、オジさんとも血が繋がっていないって事だから……。そこは、嬉しかった。
オジさんのこと、好きだったから。
この気持ちをオジさんに伝えたら、どんな顔されるのかな。
想いを伝えたい、と考えることもあった。でも、言うのが怖かったから……オジさんに拒否されるのが怖かったから、結局、伝えられなかった。
「…………」
軍人さん達の持つ銃の銃口が、反逆者に向けられた。
もう、オジさんに想いを伝えることは出来ない。
直接伝えるのは無理。
手紙なら、伝えられたかもしれないけど……私の手元にはもう手紙もない。
私はもう、これで終わり。
……私は、お母さんやオジさんみたいにはなれなかった。
皆みたいに「カッコいい大人」にはなれなかった。
でも、私が死ぬことで、あの子を守れるなら――――。
「撃て」
銃声が鳴り響いた。悲鳴は、あまり聞こえなかった。
私も銃弾を受けたけど、悲鳴は出なかった。
処刑前に冷たい川に突き落とされたから、悲鳴をあげるだけの元気がなかった。
「…………」
幸か不幸か、即死はしなかった。
銃弾に押され、泥混じりの雪の上に倒れ込む。
「…………」
泥色の雪が、赤黒く染まっていく。
多分、そのうち、真っ白になってしまうと思う。
空はまだ厚い雲に覆われていて、雪が降り積もり続けている。
赤い雪も、私達も、真白の雪に覆い隠されていくんだろう。
後悔はない。
私が、自分で選んだ最期だから。
助かる道はあったのに、自分で選んだ道だから…………後悔はない。
けど、最後に、私のお日様と――――




