手紙:冬の出口
■未投函の手紙
ジュナお爺さんがいなくなったのは私のせいだって、皆が言っている。
ジュナお爺さんがいなくなったから、やりたくない仕事が増えたと言っている。
そんなこと言われても、困るよ。
私だって死にたくない。生きたい。
生きたいけど、人間でいたいの。
■未投函の手紙
皆いなくなっていく。
私やレオ君より食べていたはずの人達も、ゲェゲェと吐いて、吐くものがなくなっても苦しんで、どんどん動かなくなっていく。
皆と私達の違いは、あんまり考えたくない。
久しぶりに農場の管理者さんが顔を出した。
最近は部屋にこもりきりだと聞いていたけど、久しぶりにやってきた。
私達を見て怯えていた。狂人共め、そんな目で私を見るなって言っていた。
皆、顔を上げる気力すらなくなっているのに。
あの人には何が見えていたんだろう。
■未投函の手紙
レオ君がベッドから起き上がれなくなりました。
このままじゃ、レオ君まで死んじゃう。
レミさんの代わりに、レオ君を守らないといけないのに。
この子は何も悪い事をしていないのに、お父さんもお母さんも亡くしてしまった。今は自分の命すら失おうとしている。
そんなのダメ。
何の罪もないレオ君は、生きなきゃ。生き残らなきゃ。
生きて、報われなきゃダメ。
そうじゃないと、可哀想すぎるよ。
■未投函の手紙
オジさんごめんなさい。お母さんごめんなさい。皆、ごめんなさい。
私は盗みを働きました。
レオ君に少しでも栄養を取らせてあげないといけないから。
森や川にいっても、もうろくになにも取れない。
木の根と、1日1回もない配給じゃ、レオ君の体調はよくならない。
でも、アレはダメ。絶対にダメ。食べた人達も倒れてしまっている。
管理者さんのところに食べるものがあるから、盗みに入りました。見つかりそうになったけど、なぜか管理者さんは部屋でぐったりしたまま動かなかったので、多分、見つかっていないはず。
見つからなかったけど、私が盗みを働いた事実は消えません。
本当にごめんなさい。
■未投函の手紙
管理者さんのところから盗んだ食料、大半を農場の人達に取られました。
口止め料だって。
レオ君を助けたいのに、ろくに助けられない自分がくやしい。
■未投函の手紙
やさしいレオ君は「もういい」って言ってくれます。
ボクは死んでも大丈夫。ボクの分まで食べて、と言ってくれます。
レオ君の故郷には、死者を蘇らせる神様がいるそうです。
だから、もし死んでもその神様が蘇らせてくれるそうです。
レオ君にはもう、そんなものしかすがれないほど弱っています。
きっと神様なんていないのに、レオ君は笑って「ボクが叡智神さまにおねがいして、ナルジスねえさんのおかあさんも生き返らせてもらう」と言ってくれました。
やさしいけど、かなしい子。
でも、こんな状況じゃ、そう考えるしかないのかもしれません。
神様以外、すがれるものがないのかもしれません。
私も、できればレオ君の話を信じたかった。すがりたかった。
でも、私は戦わないと。
オジさん達のように最後まで諦めず、現実と戦わないと。
■未投函の手紙
管理者さんが死にました。死んでいました。
私が盗みに入った時にはもう、毒を飲んで死んでいたみたいです。
農場の人達が私を疑っています。私が毒を飲ませたって。違うのに。
管理者さんが死んだ理由はわかりません。多分、自殺のはずです。
私なら助けられたの?
私が盗みに入った時、直ぐに管理者さんの様子を確かめていれば、まだ助けられたの? 全部、私のせいなの?
わかんないよ。
オジさん、教えて。
私、どうすればよかったの?
■未投函の手紙
降り積もり続ける雪の中、新しい管理者さんが来ました。
新しい管理者さんは、皆が皆を食べたことをとても怒っていました。
汚れた異世界人。流民。ケダモノ。私達をそうなじってきました。
食事は抜き。でも、これで良かったのかもしれない。
どうせ、もうろくに食べるものなかったし、食卓にお肉が並ばないだけ良かったのかもしれない。ほぼ水のスープすらないのは少し、困るけど。
幸い、レオ君には栄養剤が支給される事になりました。レオ君には木の根や泥よりマシな食料を支給してもらえました。
弱っているレオ君は、食べものあっても上手く食べられないけど、何とか工夫して食べてもらうようにしています。食べないと、元気を取り戻せないから。
新しい管理者さんの話だと、ゲットー全体がひどい状態みたいです。
どこも食料がなくて、暴動とかも起きているみたいです。やっぱり、ゲットー近海の混沌が荒れ狂っているみたい。それで界外の助けも来られないみたいです。
でも、何とかこの冬を乗り越えれば、春がやってくるはず。
状況がよくなっていくはず。
日常が戻ってくるはずです。死んでいった人達は、戻ってこないけど。
春になれば、生き残れば、きっとオジさんに会える。
ずっとお日様は見えないけど、私の光に会える日を心待ちにしています。
この希望があれば、私はまだがんばれます。
■未投函の手紙
軍人さん達が私達の処分について話し合っていました。
私達がおかしいから、処分しないといけないって。
私は違うのに。
そもそも、誰のせいでこんな事になったと思ってるの?
■未投函の手紙
火。たくさんの火が燃えている。
皆、何も食べられないから軍人さん達を殺しちゃった。
そこら中から笑い声と咀嚼音が聞こえる。
こわいよ。
オジさんはいま、どこにいるの?
エデンの皆は?
皆、どこにいるの?
■未投函の手紙
暴動が起きている、って次元の話じゃない。
反乱が起きている。
ゲットーに暮らしていた人達が、交国軍の武器を奪って、交国軍と戦っている。
皆、怒っている。
好きで来たわけでもない世界で、なんでここまで苦しい想いをしなきゃいけないんだって怒っている。皆、炎のように荒れ狂っている。
でも、皆の怒りの炎でも、この雪は溶かせない。
空はずっと、厚い雲に覆われたままだ。
私はどうすればいいの?
皆を止めるべきなの?
ろくに動けないレオ君を守るので精一杯で、無理だよ。
それどころか、レオ君を守れるのかどうかすらわからない。
なにもわからない。なにもできない。
■未投函の手紙
たくさん死んでいる。
皆、銃で撃たれて死んでいる。その死体も、雪が覆い隠していく。
銃殺された人以外にも、たくさんの人が道端で飢えている。
雪の中から掘り起こされる人の姿もあったけど、埋葬目的じゃない。
カチコチに凍った遺体が、ズルズル引きずられていく。
持って行く人が言ってました。なにもかもめちゃくちゃだけど、冷凍庫いらずなのはいいよなと言って笑ってました。
しにたくない。
消えてなくなりたくない。
私達を、いなかったことにしないで。
■未投函の手紙
エデンの皆と再会できた!
やっと再会できた!
オオバコさんが頑張って皆を守ってくれていたみたい。
でも、多くの人が土の中にいた。
おかしくなっていくゲットーで交国の人達に抗議して、次々と処刑されていったと教えてもらった。オオバコさんがそう言っていた。
このままだと、交国に殺される。世界に殺される。
抵抗しないと生き残れない。
そう言われた。
■未投函の手紙
私はエデンの皆を見捨てました。
ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
私、レオ君を連れて逃げるので、せいいっぱいで。
どうすればいいかわからなくて。逃げることしか思いつかなかった。
交国軍が来ました。
私が見捨てたみんなが、機兵の機銃掃射で倒れていきました。
血しぶきが霧のように舞っているのがみえた。
けど、それも直ぐに凍っていった。あつい血すら、赤い氷になっていった。
それすらも、直ぐに雪に覆われて消えていきました。
■未投函の手紙
界外から交国軍の方舟がやってきたみたいです。
犬塚銀って特佐さんが、ゲットーで起きた反乱を鎮圧しにきたって。
私も捕まるかもしれません。エデンの人間だから。
でも、このまま逃げ続けることなんてできない。
このままじゃ、レオ君が死んじゃう。
■未投函の手紙
交国軍に出頭しました。何とか、殺されずに済みました。
虫を見るような目で見られたけど、何とか受け入れてもらえました。
レオ君も、軍医さんが見てくれています。
何とか助けられそうです。
私も、皆のようなことをしたと思われているようです。でも、それでも犬塚特佐達は私達を「犯罪者」として裁くつもりはないそうです。
私達は取り調べを受けた後、黒水という土地に移されるそうです。
あのムツキさんが、黒水守が治めている土地に移されるようです。ゲットーの状況があまりにも悪いから。
黒水で何が待っているのかわかりません。場所が変わるだけで、ゲットーと同じ生活が待っているのかもしれません。
でも、それでもがんばって生きていきます。
生きていれば、そのうち、オジさんとも再会できるよね?
皆を見捨てた私を、オジさんは怒るかもしれないけど、それでも会いたい。
死にたくない。
オジさんも、私のこと「汚れてる」って言うのかな。
それでもいい。
レオ君を守れて、オジさんとも再会できたら、もうそこで終わりでいい。
最後にお日様を見たい。




