手紙:永遠の冬
■未投函の手紙
オジさんへ。この手紙も出したかったけど、出さずに保管しておきます。
最近、オジさんに手紙が届いているように思えません。
気のせいじゃないと思います。
オジさんからの手紙は来ているけど、オジさんが絶対に言うはずがない言葉が並んでいます。オジさんのフリをした誰かが書いている手紙に見えます。
私が今の生活の不安を書いたり、オジさんに帰ってきてほしいと書いても、それを叱りつけるような内容の手紙が返ってきます。
オジさんの方に「私の手紙」が届いているとしたら、それも偽物かもしれません。私の手紙自体、どこかで捨てられているのかもしれません。
この手紙も書いたところで無駄かもしれないけど、それでも書きます。いつかきっと、オジさんに読んでもらえると信じて、日々の記録を書いていきます。
オジさんはきっと無事だと信じています。私は、ひょっとしたら無事じゃ済まないかもしれませんが、その時はこの手紙が私やゲットーに何が起こったのかの手がかりになるはずです。
最近、明らかに食事の量が減っています。
収穫量自体に問題があったの。
今年は不作で、「界外輸出出来るだけの量じゃない」と言われていたけど、それでも交国軍の人達が「出荷しろ」と言ってきたので、ゲットーの食べものはとても少なくなってしまいました。
このままじゃ冬を越せない。皆がそう言っていました。
交国軍の人は「不足分は界外から補填する」「ゲットーの食料をキチンと輸出しないと、前線の兵士達が飢えてしまう」「お前達は平和な世界でぬくぬく暮らしているんだから、少し食料がないぐらいでガタガタ言うな」と言っていました。
その「不足分」が来る気配はありません。
交国軍の人達が食料を管理し始めました。苦労して育てた作物が他所に運ばれ続けています。本当に冬が越せないかもしれません。
以前からゲットーに暮らしている異世界出身の人達も、「こんなこと初めて」と言って怯えていました。
交国軍の人達、前はもっと優しかったのに、今はいつもピリピリしています。ウチの農場にも頻繁にやってきて、食料を隠し持っていないかと聞いてきます。
不足している食糧はいつ来るんですか? いったい、何が起きているんですか? そう聞いても返ってくるのは怒鳴り声ばかりです。
オジさんと会いたい。
会うのが無理でも、せめて声だけでも聞きたい。
■未投函の手紙
久しぶりにエデンの人と会えました。オオバコさんと会えました。
オオバコさんはいま、配達の仕事をしつつ、色々調べてくれているみたい。
オオバコさんの話だと、ここしばらくゲットーに異世界の方舟が来ていないみたい。ゲットーから方舟が出発している様子もないみたい。
少し前までたくさん食料を前線に送っていたのに、全然方舟が出て行かなくなったみたい。今年は不作だったからゲットーに食料があんまりないって事情もあるかもしれないけど、界外から方舟が来ないのはさすがにおかしいよね?
オオバコさんは「何かがおかしい」「ゲットー近海の混沌の海に大時化が発生して、方舟が出入り出来なくなっているのかも」と言っていました。
仮に混沌の海が荒れ狂っていたら、冬越しのための物資が届かないかもしれない。今年の冬は気候も厳しくなるみたいです。
というか、ゲットー全体がいまおかしいみたいです。
今年は雲の量が異常に多いみたいで、私達が住んでいる地域以外も雲に覆われつつあるみたいです。今の時期は暖かいはずの地域でさえ、大量の雲にお日様の光が遮られて寒くなっているみたいです。
最近、ホントに曇り空以外見えないので、不安になります。交国軍の人達は相変わらずピリピリしているし、色んなことが変です。
本当に混沌の海が荒れ狂って、方舟が出入り出来なくなってても何とかなるよね? 交国には、混沌の海を鎮められる人がいるんだよね?
名前出すと怒られるかもだけど、交国にいるムツキさんなら混沌の海だって鎮められるんだよね?
だからきっと、ゲットーが世界から孤立し続けるなんて有り得ないよね?
私達、無事に春を迎えられるのかな。
皆のために命懸けで戦っているオジさんに、こんなこと言ったら嫌われるかもしれないけど、助けに来てほしいです。さびしいし、怖いよ。
私達、どうなっちゃうの?
■未投函の手紙
今日、レミさんが殺されました。
レオ君のお母さんが殺されました。
処刑されたんです。交国軍の人達に。
レミさんが食料を隠し持っていたと言って、「鞭打ちの刑だ」なんて言いだして……。交国にそんな刑罰ないはずなのに、軍人さんが勝手に……。
レミさんを縛って、鞭を打って、「自分勝手に食料を持っていたこの女に罰を与える必要がある」と言っていました。
レミさんが食料を隠し持っていたのは事実です。
でも、それはレミさんが自分で買っておいた保存食で、それを私やレオ君、そして他の子供達にこっそり食べさせてくれていたんです。
貴方達は食べ盛りの子供なんだから、しっかり食べなきゃダメよって言って、私達に少ない配給以外の食事を用意してくれたんです。
それが軍の人に見つかって、レミさんは連れていかれました。普通は見つからないはずなのに、誰かが告げ口をしたのかもしれません。
私、止めなきゃダメなのに。助けなきゃダメなのに。
怖くて何もできなかった。
レミさんに「レオを守ってあげて」と頼まれて、レオ君を抱きしめて一緒に震えることしか出来ませんでした。レオ君を守るためには、レオ君の大事なお母さんであるレミさんを助けなきゃいけなかったのに。
私は、オジさんみたいに人を助けられなかった。
レオ君はずっと泣き続けていました。震えながら泣いていました。
今は泣き止んでくれたけど、疲れ果てて眠っているだけ。
農場の庭で縛られて、鞭の痛みで息を引き取ったレミさんの遺体を皆で埋葬しました。軍人さん達はずっと「殺すつもりはなかった」「そいつが悪い」と言っていました。自分達がやったことから目をそらしていました。
これで終わりじゃない。何も解決していない。
多分、もっと悪いことが起きる。
レミさんを見捨ててしまった私は、レミさんの代わりにレオ君を守らないと。命懸けで守らないと、レミさんどころかオジさんにも顔向け出来ません。
エデンの皆に相談したいけど、連絡が取れません。オオバコさんも、ウチの農場に来てくれる様子がありません。昨日来る予定だったのに。
オオバコさんに何かあったのかな。
エデンの皆、大丈夫なのかな。
■未投函の手紙
空はずっと、厚い雲に覆われ続けています。
もう何日もお日様を見ていません。
■未投函の手紙
今日も農場の管理者を務めている軍人さんが怒りに来ました。
お前達のせいで食料が備蓄できなかった。ノルマも達成できなかったって怒っていました。交国人じゃないお前達は、受け入れてくださった玉帝への恩義を返さなければならないのに、何をやっているんだと怒っていました。
途中、農場の管理者さんの上司さんが来て、管理者さんをひどくなじっていました。最近はいつも怒った顔をしていた管理者さんもションボリしていました。
ただ、管理者さんの上司さんも私達の味方ではありませんでした。ひとしきり怒ったら帰ってしまいました。何とか越冬のための食料をかき集めろって言って、帰っていきました。
上司さんが帰った後の管理者さんはいつも以上に怒りだして、「鉄拳制裁だ」と言って、男の人達を1人ずつ殴っていきました。
殴られた人が1人、死んでいきました。元々、そんなに元気じゃなくて、最近食事もあまり食べられていないから弱っていたのに殴られて死んでしまいました。
管理者さんは動かなくなった人を見て、動揺していました。
でも直ぐに部下の人に「こいつを撃て」と言って、遺体を銃で撃たせました。自分が殺したのに、部下の人に罪をなすりつけたようでした。
全ての交国軍人さんが管理者さんみたいな人ではないと思います。だって、交国軍にはオジさんみたいな立派な人もいるんだから。
でも、私はもう、オジさん以外の軍人さんを好きになれないかもしれません。
■未投函の手紙
農場から脱走しようとした人が軍人さんに撃たれ、死んでしまいました。
家族に会いたいって言って、農場を抜け出そうとしたんです。
ゲットーのどこかに家族がいるはずだけど、その家族から引き離されていたようです。ゲットーがどんどんおかしくなっていくから、不安になって家族に会いに行こうとしたんだと思います。私もエデンの皆に会いたい。
皆で撃たれた人の手当をしました。けど、助けられませんでした。交国軍の人も助けてくれませんでした。
脱走って言っても、家族に会いに行こうとしただけなのに。
やっぱり、今のゲットーはおかしい。
あの雲が空を覆い尽くしてから、ずっとおかしい。




