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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第4.1章:有り得た未来
588/875

if:不安で揺らぐ未来へ



■title:混沌の海にて

■from:オズワルド・ラート


「…………んぁ?」


 清潔で薬品臭い部屋で目を覚ます。


 どうやらベッドで寝ていたらしい。


 いや、寝かされていたのか?


 ベッドの傍には疲れた様子のヴィオラがいたが、俺が寝転がったまま「おう」と声をかけると、目を見開いて固まった。


 その後、わんわんと泣きながら抱きついてきた。


 そのヴィオラの泣き声につられ、星屑隊の皆がやってきた。「やっと起きたか」「心配させやがって」とか言いながら部屋に入ってきた。


 ここは方舟の医務室で、大怪我を負った俺は寝かされていたらしい。ヴィオラとキャスター先生のおかげで何とか一命を取り留めたらしい。


「ラート軍曹。状況、わかりますか?」


「えーっと…………俺は…………あッ!! そうだ、俺ら、玉帝が差し向けた兵士と戦ってなかったっけ!?」


 大量の敵兵がやってきて、俺達を殺そうとしてきたんだ。


 敵はどうもヴィオラを捕まえたかったみたいで、<星の涙>の直撃弾は撃ってこなかったが……大量の兵士をけしかけてきたんだ。


 その戦闘の途中から記憶が飛んでる。途中で気絶しちまったようだ。


「軍曹が『殿(しんがり)になって戦う』と言いだした時はビビりましたけど、何とか無事で良かった。いや、マジで危ういところだったんですよ?」


「そうなのか……」


「ヴァイオレットちゃんがボロッボロに泣いてる様子から察してくださいよ」


「お、おうっ……。ヴィオラ、なんか……すまん!」


 俺は助かったのか。


 皆も逃げ切れたらしい。


 けど、ちゃんと皆が逃げ切れたのか?


 誰か、死人が――。


「バカ! バレットのバカ野郎っ!! なんで勝手に自爆なんかしようとしたんだよっ!! アホッ! ばかっ!!」


 ロッカが怒鳴る声が聞こえる。


 ああ、そうか、思い出した。バレットが敵兵を止めるために無茶をやったんだ。


 けど、バレットも無事みたいだ。ロッカに縋り付かれて、申し訳なさそうにしている。……けど、バレットもロッカも生きている。本当に良かった。


「おう、ラート。テメエも死に損なったか」


 レンズも無事だ。


 ニコニコ笑顔のグローニャを伴って、俺の様子を見に来てくれた。


「オレらが助けてやってなきゃ、ラートもレンズも危ういところだったんだぞ。マジで感謝してくれよなっ!」


 そう言って、フェルグスが胸を張っている。


 皆が集まってきて騒いでいると、隊長もやってきた。ベッドに寝かされていた副長も、「テメエら、騒ぎすぎだ」と言いながら起きてきた。


「隊長。俺達……逃げ切れたんですよね?」


「ああ。お前達のおかげで全員無事(・・・・)だ」


「…………」


「ラートさん達のおかげで逃げ切れたかもですけど、ホント……ホントに心配したんですからねっ!? 死んじゃうかと思ったんですからね!?」


「わ、悪かったって……」


 ヴィオラがまたワンワン泣き出したから、周りの隊員達が「抱きしめろっ!」「ガバーッ! といってやれ!」とか言ってからかってきた。


 皆に言われた通りにしたら、ヴィオラは余計に泣き始めた。だから俺はオロオロしっぱなしだったんだが、副長やフェルグス達は「それでいい」って言いたげな顔をしていた。よくわからん。


「全員……無事……」


「そうそう。全員無事だよ。お前達のおかげで、ちゃんと守れたんだ」


「全員……」


 いや、違う。


 俺は、全員は守れていない。


 起き抜けでボンヤリしていた頭が、やっとハッキリしてきた。


 ネウロンで何があったか、思い出してきた。


 俺は守ると誓った。だが、守れなかった奴がいた。


 スアルタウは……俺とフェルグスを守るために、命を捨てた。


 俺はアルを何とか蘇生出来ないかと考えて、バフォメットに頼って……。でも、真白の魔神でも死者蘇生なんて出来ないって言われて、それで……。


「…………」


 全員は守れなかったんだ。


 いまここにいる皆は守れたけど、それでも、アルは守れなかった。


 その事実をかみしめていると、トイドローンが飛んできた。


 これは、俺がアルにプレゼントした――。


『ラートさん! 良かった、ちゃんと起きてくれて……!』


「……………………スアルタウ?」


『はいっ! どうかしましたか?』


「いや、なんで…………アルの、声が……」


 トイドローンについた小さなスピーカーから、アルの声が聞こえる。


 録音? いや、違う。これは――。


「ラート、やっぱ覚えてないか。殿に残ったラートとレンズを助けたの、オレ達なんだぜ? オレ様と、アルの2人で助けたんだっ!」


「ど…………どういう、こと……」


『ボクの身体はダメになっちゃいましたけど、魂は何とか無事だったんです! ラートさんの、にいちゃんの身体に取り憑いて生きてたんです』


 アルは死んだが、生きている。


 魂だけの状態で、ずっと生きているらしい。


 玉帝が差し向けていた兵を止めるため、俺とレンズが殿に残ってボロクソにやられた時……アルが必死に巫術を使って、機兵を再構築して助けてくれたらしい。


 フェルグスも駆けつけて、2人が俺達を助けてくれたらしい。


「おっ、お前……大丈夫なのか!? このまま消えたりしないよな!?」


『なんか大丈夫っぽいです! 普通は身体がダメになっちゃったら直ぐに死んじゃうはずだけど、ボク、魂だけでも大丈夫みたいです』


 トイドローンが――アルが憑依したトイドローンがそう言った。


 ヴィオラがまだ涙ぐみながらも、ドローンを指先で撫でつつ、「新しい身体、急いで作るからね」と言っている。


 人造のものながらも、アルは肉体を取り戻せるらしい。……このまま消えてしまう事もないらしい。


「ちゃんとした身体、作ってみせるから。元のアル君の身体とミリ単位で同じ身体を作ってみせるから安心してねっ……!」


『どうせなら、ラートさんみたいなオークの身体がいいなぁ~』


「おいおい、アル。頼むから元のチビに戻ってくれ! にいちゃんより背が高くなるのはズルだからな!?」


『むむっ……。にいちゃん抱っこ出来るぐらい大きくなるの、いいかも……!』


「ちょっ! マジで勘弁してくれ!!」


 フェルグスとアルが冗談を交わすと、皆がドッと笑った。


 皆、生きている。


 手のひらからこぼれ落ちていったはずの命が、ここにある。


 ……良かった。本当に、良かった。


『あっ……! ら、ラートさんっ!? ど、どこか痛むのっ?』


「ちがう。これは…………ちがうんだ」


 そもそも、俺はオークだ。痛みなんて感じない。


 でも……今の状況を噛みしめて、たまらなくなっちまうんだ。


 俺自身の力じゃ守れなかったかもしれない。


 けど、それでもいい。


 皆が無事なら、それでいいんだ。


 これ、夢じゃねえんだよな?


 夢なら、醒めないでくれ…………。




■title:混沌の海にて

■from:オズワルド・ラート


「全員いるな。……よくやった」


 諸々落ち着いた後、隊長が皆に対してそう言った。


 ひとまず、ネウロンからの脱出と交国軍を撒く事には成功した。


 だが、まだ終わっていない。隊長は「ここから生き残り続けてこそ、真の勝利を掴むことができる」と言った。


「我々は脱走兵だ。交国は多次元世界指折りの巨大軍事国家であり、複数の世界を支配し、多くの国に影響を及ぼしている」


 だから、どこかの世界に逃げ込んで隠れて暮らしていたとしても、いつか見つかってしまう可能性がある。……見せしめに厳しい処罰が下る可能性もある。


「雪の眼の史書官は『ビフロストで保護する』と言っていたが、アレはあくまで一時的な話だ。情報を引き出して用済みになれば、我々を交国に引き渡すだろう」


「じゃあ…………大龍脈に逃げ込むと、むしろ逃げ道なくなるって事ですか?」


 隊員の問いに対し、隊長は頷いて「そう思った方がいい」と言った。


 ざわつく星屑隊に対し、隊長はさらに言葉を続けた。


「私からの提案だ。大龍脈行きは取りやめ、別の場所に行こう」


「アテがあるんですか?」


「ああ。我々が行くべきは、竜国・リンドルムだ」


 竜国。


 確か、<混沌竜>っていう人ならざる者が支配している国家だ。


 国家といっても、交国と比べたら小国だ。人類連盟に加盟していたが、テロ組織を支援していたとかでゴタゴタがあって、人連から脱退してたはず……。


「竜国って、交国と戦争してる国ですよね?」


「敵の敵は味方ってことで、匿ってくれる可能性があるって事ですか? 仮にそうだとしても……竜国如きが交国に勝てるとは思えませんよ」


「逃げ込んだはいいものの、竜国ごと叩きのめされるかも……」


 隊長の提案に対し、異議は唱えないものの心配そうにする隊員達に対し、隊長は「竜国は簡単には負けん」と言った。


「確かに、竜国は交国と比べたら小さな国だ。だが、あの交国と戦争状態に突入して5年も経つのに未だ領土を奪われずにいる国だ」


 混沌竜達はそれだけの力を持っている。


 しかもいま、交国は土台が揺らいでいる。


 オークの真実が明らかになった事で、交国全体が揺れている。交国政府は上手く火消ししようと努力しているが、それも完璧ではない。


「さらに、プレーローマが交国への大規模侵攻を開始した。交国は耐えきるだろうが、竜国とやり合うだけの余力はなくなる。近く、停戦するだろう」


 交国はプレーローマ対応のため、竜国と戦争している場合じゃなくなる。


 竜国を支配しているのは人間じゃないが、それでも人口的には人類側の勢力だから一端停戦するらしい。だが、そうだとしても――。


「交国は情勢が落ち着いた後、再び竜国と戦争おっぱじめるのでは……? あくまで停戦を結ぶだけなんでしょう?」


 講和条約を結んだとしても安心できない。


 我が母国の事ながら恥ずかしいが……交国ならアレコレと理由をつけ、条約を反故にする可能性もある。例えば何らかの工作をして、「先に竜国が破った!」とか言い出すかもしれない。


 だから竜国が安全だとは思えないんだが――。


「そうなる前に、決着(・・)がつくはずだ」


「決着……?」


「ともかく大龍脈に向かうのは危険だ。竜国に向かおう」


 隊長には、竜国の方がずっと安全だと考えているらしい。


 私を信じてくれ。そう言い、頭まで下げてきた。


 そんな中、車椅子に座って話を聞いていた副長が手をあげた。


「オレも大龍脈行きは危険だと思う」


 交国は強大な国家だ。


 ビフロストが他勢力を退け続け、永世中立を勝ち取っていても……交国側の干渉によって、脱走兵(おれたち)を引き渡す可能性は十分ある。


 副長はそう言いつつ、さらに言葉を続けた。


「ビフロストが得意なのは、あくまで『大龍脈での防衛戦』だ。交国が政治的な圧力をかけたらさすがにキツいし、脱走兵のオレらを庇うために無理をしてくれたりはしないはずだ。……適当な理由を作ってオレ達を引き渡す可能性がある」


「…………」


「ただ……だからといって、隊長の提案に乗るのも『正解』とは思えない」


 副長はパイプに車椅子を押してもらい、隊長の傍まで移動した。


 隊長の顔を真っ直ぐ見つめつつ、言葉を続けた。


「隊長が、竜国をそこまで推す真意を教えてください」


「…………」


「貴方は何を知っているんですか? 『決着がつく』ってどういう事ですか?」


「…………」


「ヴァイオレットに聞いたんですけど、そもそも貴方は『サイラス・ネジ』ではないんですよね? 仮面越しに説かれ続けても信用するのは限度があります」


「…………」


「貴方を信じるために、本当の事を教えてください。……オレは、貴方がサイラス・ネジじゃないとしても、信じたいんです。貴方は実際にオレ達を助けてくれましたからね。けど……さすがにいい加減、知ってること全部教えてくださいよ」


「…………。わかった。全て話す」


 隊長は少し迷った後、そう言った。


「だが、長い話になるぞ」


 そこは問題ないだろう。


 俺達は脱走兵になった。交国もひとまず撒いたし、時間はたっぷりある。


 俺達は全員、隊長の話に耳を傾け始めた。


 驚く話ばっかりだった。隊長が「サイラス・ネジじゃない」って事にも驚いたが、それ以上の驚きが待っていた。隊長と竜国の関係にも驚く事になった。


 驚き過ぎて困惑しっぱなしだったが……それは俺だけじゃなかった。


 俺の隣で話を聞いていたヴィオラも困惑しつつ、不安げにしている。


 不安げなヴィオラの手に自分の手を伸ばし、そっと握る。


 ヴィオラはちょっと驚いた様子だったけど、直ぐにギュッと握り返してくれた。


 ひとまず交国から逃げ切ったとはいえ、不安なことが沢山ある。……これから先、生きていけるのかって不安もある。まだ死にたくないからこそ不安になる。


 けど、俺は1人じゃない。


 皆がいる。ヴィオラがいる。


 俺達全員で力を合わせていけば……どんな状況だって乗り越えられるはずだ。


 皆で手を取り合って生きていこう。


 これから先も、ずっと。





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