終末をもたらすもの
■title:交国首都<白元>にて
■from:二等権限者・肆號玉帝
「犬塚特佐ですが……残念ながら、反交国勢力に殺害されたようです」
「そうですか。…………そうですか」
黒水守から訃報を聞く。一度深呼吸をし、それからため息をついた。
銀が死んだ? 交国にとって、人類にとって大きな損失です。
あの子は森王式人造人間として、失敗作中の失敗作だった。他の全員と同じく成功作にほど遠かったどころか、ただの凡人を作ってしまったと考えていた。
しかし、銀は私の予想を超えて活躍し、独力で「交国の英雄」と呼ばれるほどの存在になった。私の評価基準を更新していく存在となっていた。
だからこそ……個人的にも残念に思う。
「申し訳ありません。ネウロンで反交国勢力の活動が活発になっているのはわかっていたのですが、こんな早く動き始めるとは……」
「黒水守が謝罪してどうにかなる問題ではありません」
ネウロンには<エデン>が来たのでしょう?
奴らが再び動き出したのは、私の失態でもある。
「私はエデンのカトーを過小評価し、追跡の手を緩めました。帰路の尖石となる可能性を考慮するべきでした」
私なら黒水守と違い、灰に命じて特佐達を派遣してでも銀を本土に連れ戻したと思いますが……それはそれで銀が強く抵抗するでしょう。
特佐達と銀の争いに乗じてテロリストが動く可能性もある。どうあれ、良い結果にはならなかったでしょう。私も黒水守と同じく、テロリスト共がここまで迅速に動くとは思っていなかった。
「それで……どう対処するつもりですか? 銀がやられたのであれば、白瑛が破壊あるいは鹵獲されたのでしょう?」
「無傷で敵の手に落ちたようです」
白瑛は並みの神器を遙かに超える戦力だった。
そんなものが敵の手に無傷で落ちたなど……最悪の結果と言っていい。いや、真の最悪は白瑛がイジくり回されて、交国計画に使えなくなることでしょうか。
「あなたの報告にあった巫術師の仕業ですか。7年前、私が取り逃した者達が白瑛強奪までやってのけるとは……」
「犬塚特佐にも巫術師を警戒するよう伝えていたのですが……敵の方が一枚上手だったようです」
黒水守は自分の腹をさすりつつ、さらに頭が痛くなる報告をしてきた。
「それと……真白の魔神の使徒・バフォメットまでネウロンに現れたようです」
「やはり、生きていましたか。そこはあなたの落ち度ですよ。黒水守」
「申し訳ありません……。取り逃すつもりは、無かったのですが……」
再びですか。
再び、真白の魔神の使徒が我々の邪魔をしてくるのですね。
交国の最大の躓き。交国が建国されて間もない時に襲来した真白の魔神の使徒により、我々の交国計画は始動不可能になる大打撃を受けた。
当時、交国を襲った真白の魔神の使徒とバフォメットは違う。しかし、どちらも「同じ真白の魔神」に仕えていたであろう事を考えると――。
「今後の対処ですが、ひとまず炎寂特佐にお願いしました」
銀がテロリストの巫術師を1人、捕らえたらしい。
それを炎寂の娘に引き渡し、有効活用してもらうそうだ。
「人質ですか。万事があなたの思い通りに進めば良いのですが」
「進んでいないので、このような事態になっています。ですが……何とかこの事態を鎮圧してみせます」
交国国内はいま、荒れている。
7年前の「オークの真実」絡みの騒動は一時は落ち着いていたものの、完全に鎮火したわけではない。鎮火できるような問題ではありませんが――。
「プレーローマとの最前線では散発的な争いしか起きていませんが、彼らは再び交国侵攻を行えるように準備を整えています。……その時は近いかと」
「隙あらば直ぐにでも大軍を派遣してくるでしょうね」
「はい。交国はかつてない危機に見舞われようとしています」
「では、彼らを頼ればいいでしょう」
椅子の背もたれに身体を預けつつ、黒水守を睨み付ける。
「あなたが飼い慣らしているトカゲ共をプレーローマに送り込めばいい。竜国リンドルムを最前線に送り込みなさい」
「蔑称はやめてください。彼らは竜です。誇り高き真の竜です」
黒水守はいつもの胡散臭い笑みを引っ込め、真っ直ぐに私を見つめ返してきた。
「彼らの助力を得ても……プレーローマの侵攻を止めるのは容易ではありません」
竜国の支配者であり、主戦力でもある<混沌竜>達は大きな戦力だ。
だからこそ交国が手に入れ、繁殖させて量産させる計画を立てていた。だが、プレーローマやブロセリアンド解放軍等の件で立て込んでいたため、竜国を攻め落としきる事には失敗した。
ただし黒水守が動いた事で、竜国を多少は使える状態になった。竜国を上手く使ったところで、プレーローマの方が遙かに強大なため焼け石に水ですが――。
「しかし、玉帝……貴女の力なら出来るのでは?」
黒水守は私の前で跪き、私を見上げてきた。
「貴女は、私達に<交国計画>という計画を隠していた」
「…………」
「交国計画を使えば、プレーローマを倒す事も不可能ではないのでは?」
「…………」
「交国計画は、交国建国初期……あるいは建国前から練られていた『決戦兵器製造計画』なのではありませんか? 交国計画を使えば――」
目を閉じつつ、言葉を返す。
「あなたは交国計画を悪用するでしょう?」
「そのような事は……。我々の敵は同じです。プレーローマです」
「…………」
「人類の敵を倒すために、どうか力を貸してください。玉帝」
黒水守は信用できない。
神器使いとしての力は有用だが、それだけだ。
この男はプレーローマの<武司天>と通じている。ロミオ・ロレンスが殺された時、<カヴン>の追っ手から逃げるために<武司天>の助力を得ている。
この男は、必ず、交国計画を悪用する。……渡すわけにはいかない。
「黒水守。私はあなたの事を信用していません。共通の敵が同じでも、同じ道を歩けるとは思っていません」
「…………」
至る結果が同じだったとしても、過程を共有できない。
だから、あの時も決裂した。
あの男が交国計画を破綻させた。
「あなた達に、交国計画は渡しません。欲しいなら独力で探しなさい」
黒水守達は交国計画の存在を知っている。
アレのことは、交国国内でも一部の者しか知らない。
一部の者しか知らないが、皆が知っている。
多くの者が気づいているのに気づけていない。
黒水守以上に胡散臭い男……占星術師は計画の全貌を知っていたが、あの男はズルして知っていただけでしょう。普通は気づけるものではない。
ここまでのことをやってのけた黒水守でも、さすがに交国計画が全貌を知る事は出来ないだろう。掌握も不可能だ。
「私は黒水守を評価しています。しかし、あなたは私の同志ではない。全てを明かすことは出来ない。私はあなたに協力するつもりはありません」
「交国がプレーローマに滅ぼされる直前になっても、教えていただけませんか?」
「ええ、もちろん」
現状のままでは、そうなったとしても教えることはできないでしょう。
そもそも、教えたところで無意味なのですよ。
「精々足掻きなさい。騒乱者」




